表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/70

7.召還の目的

 レオンが部屋を出ると同時に、クララが畳んだ服を両手で掲げるように持って駆け寄ってきた。服の厚みが彼女の顔の鼻から下を隠す。


「何それ?」

「これが貴方様の服です」

「部屋着?」

「いえ、外出なさるときに着用します」

「ん? 今来ているのだっていいんじゃないか?」

「いえ、それは寝間着です」

「マジでか……」

「まじでか?」

「本当かよって意味。……じゃあ、今まで寝間着で神殿の中をうろついていたわけだ。ったく、(えん)()の野郎め!」


 レオンが両手の拳を握りしめると、クララは目を見開き、後ろへ一歩下がった。


「エンマ様は帝国一の召還師でとても偉いお方です。そのような言い方をなさると罰が当たります」

「なんで? 神様じゃあるまいし」


 ここで、ドロテアの声が頭の中で鳴り響く。


『何をしている! 早く来い!』

『ちょうど今、着ている服が寝間着だって教えられたところだ。()かすなら、この格好で行くぞ』

『まだ着替えていないのか!』

『文句言うなら、今頃服を持ってきた小間使いに言いな』


 急に訪れたレオンの沈黙にクララが小首を傾げる。


「どうされました?」

「いや、猫が手招きしてうるさくてな」


 握りしめた両手の拳を広げてクララから服を受け取ると、意外に重量感があった。


「服だけ?」

「いいえ、靴もあります」

「靴下は?」

「くつした?」

「知らないのか?」

「はい」

「その単語がないってことは、まさかと思うが、裸足で靴を履けと?」

「はい」


 受付の机に向かったクララは、机の下から長めのブーツを取り出した。雨用の長靴という感じではなく、兵隊が履いているようなタイプに見える。


「サイズ――いや、寸法合うかなぁ?」


 机の上にいったん服を置いてから、受け取ったブーツに素足を入れてみたが、ちょっと緩めの感じがするものの、大丈夫そうである。


「さてと、ここで着替えていいか?」

「お手伝いいたしましょうか?」

「裸になるんだが」

「はい。分かります」

「はぁ? この下、何も着てないから、着替えるとすっぽんぽんだぞ」

「すっぽん――ぽん?」

「いいから、後ろ向く!」

「それですと、お着替えのお手伝いが出来ません」

「何? この国のメイド――いや、小間使いって、人の着替えを手伝うのか?」

「はい」

「必要ない」

「その服の着方はご存じでしょうか?」

「見りゃ分かる。はいはい、後ろ向く」

「……はい」


 不承不承に背を向けたクララが振り向かないことを確認しつつ、レオンは急いで服を着替える。黒を基調として橙色の縁取りがある詰め襟、金色の縁取りがある胸ポケット、両袖の手首近くには深紅の蛇腹が縫われている。姿見がないので見える範囲でざっと確認した感じでは、軍服っぽく見える。


 ブーツを履き終えてローブを手に寝床へ戻り、それを丸めて布団の上に放り投げる。姿見が欲しいところだが、それは想像で補い、両腕を広げたり服を手でパンパンと(はた)いたりして、敬礼の真似をする。


「軍人になったみたいだな」


 レオンはクララの所へ戻り、支度完了の格好で胸を張る。


「確かに、これを着てしまうとあれが寝間着に見えるな」

「もうお済みでしょうか?」

「終わった終わった。こっち向いていいぞ」


 こちらに体の正面を向けたクララが、サッと衣服とブーツの状態を確認した後、扉の前まで行き、ゆっくりと扉を手前に開いた。すると、薄暗い部屋に明るい光が差し込み、レオンの目を射る。


「では、行ってらっしゃいませ」

「おう」


 ぺこりとお辞儀をするクララを見て、レオンは肩の高さまで手を上げた。


 目が慣れて見えてきたのは赤い絨毯が敷かれたピカピカの廊下と、金色の装飾が豪華な太い柱、白い壁。いかにも王宮という佇まいに期待が高まる。と、そこへ、左からドロテアがのそりと姿を見せた。


「何もたもたしている! 早く部屋から出ろ!」

「急かすなよ。今、荘厳な王宮の雰囲気に圧倒されて感極まっているところだから」

「評議会は待ってはくれんぞ!」

「待たせたっていいだろうが。期待を高める演出も必要だろうし」

「気が短い連中には逆効果だ! 行くぞ!」


 立ち去るドロテアへ舌を出したレオンは、廊下へ足を踏み出す。体が外に出た途端、扉が閉まる音がした。振り向くと、部屋の中から見ると木の扉だったのだが、廊下から見ると鉄の扉だ。周囲を見渡し、戻ってくるときの目印を決めて記憶した後、ドロテアの後を小走りに付いていく。


 廊下は、三車線の幅は十分にある。天井の高さは二階建ての家がすっぽり入るくらいだ。天井の全面には神話の場面らしい絵が描かれていて、歩いて行くとそれが物語の展開になっているのが分かる。壁には絵画とかは掛かっておらず、魔石のランプのみ。それが等間隔に掛けられていて、今までと違って眩しいくらいに輝いている。彫像が所々飾られているが、天井に描かれた人物と同じ格好をしている。


「すげー。絢爛豪華ってやつだな」

「お前の異界にもこのような建物があるのか?」

「あるある。だがな、ここより遥かに圧倒される場所に行ったことがある」

「皇帝の前ではそれを言うな」

「何? 同じような物を作れって言い出すから?」

「首が飛ぶ」

「こえー……」


 ドロテアが早歩きになったので、レオンも追随する。


「あそこに行くのか?」


 30メートル先くらいに丁字路になった所があり、突き当たりに豪華な扉が見えるので指差したが、ドロテアは一度振り返ってレオンの指差す先に視線を送り、


「いや、あそこは迎賓の間だ。右に曲がる」

「あっそ。それより、()きたいことがある。割と重要な質問だぞ」

「重要?」

「そもそも論なんだが」

「前置きは不要。単刀直入に言え」

「じゃあ、言うぞ。()()()()()()()()()()()()()()?」


 ドロテアが急に立ち止まって頭だけ振り返った。


「エンマから聞いていないのか?」

「魔法を伝授されて、指導教官に会わせてやるって言われたが、それ以外は――言われたのかも知れないが覚えていない。……いや、言ってなかった気がする」

「曖昧な奴だ」

「悪かったな」

「よく聞け。今、この国では魔法を使える人間が不足している。それで異界から魔法が使える適応者を召還しているのだ」

「つまり、俺は魔法に最適な体質だった――って奴?」

「そうだ。魔法を使うには体の中に魔法回路が必要。それは長い修練で出来上がるものだが、異界の人間はそれをすでに持っているのだ」

「俺、元の世界(むこう)では魔法なんか使えなかったぞ」

「眠れる才能は、往々にして、己自身は気づかん」


 自分に魔法の適性があった。そう言われると、何だか選ばれた人間という優越感が湧いてきて、レオンは唇に笑みを浮かべる。


「で、俺に期待していることは何だ?」

「最終的には評議会が決めることだが、今の段階でお前に期待しているのは、敵の軍事行動の抑止だ」

「抑止? ああ、なるほど。最強の男がいれば、相手はそう易々とは攻めてこないってことか?」

「そうだ」

「うーん……。でも、それって、常に最前列に立たされて相手を威嚇する役目じゃないだろうな? 真っ先に狙われそうで怖いんだが」

「一度、実力を見せつけてやれば、相手も怖れを成すだろうから、常に先頭に立つ必要はない」

「それって、二度目以降だろ? 最初は立つんだよな?」

「そうなるな」

「簡単に言うなよ。言われる身にもなれ。……それより、敵さんもみんな競技場とかに集めて、ド派手な魔法を見せつけてやれば済む話じゃね?」

「どういうことだ?」

「魔法の競技会を開催するのさ。そこで、俺が実力を見せつけて、人々の記憶に焼き付けるわけ」

「敵が来るかはわからんが」

「来なくてもいい。噂って奴は、あっという間に広がるだろ?」

「……なるほど。考えておこう」

「よろしく」


 正面を向いたドロテアが歩みを再開したので、レオンも後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー cont_access.php?citi_cont_id=754435519&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ