3ー4
「……は?いや、は?不味い?は?人のお腹使っておいて不味い?は?え?私のお腹が不味くしたの?え?は?」
怒り。
今のまいにはその感情しかなかった。
語彙力は溶けていた。
「ちょ、落ち着いて!落ち着いてよ!」
「は?落ち着いてるよ。は?え?不味いの?は?え?なに?」
不服。
不満。
憤り。
ネガティブな感情がまいの心から溢れ出る。
そして、それら全てをあいへぶつける。
まいが、腹部にある残りの刺身の内の一片を指で摘まむ。
そしてそのまま口に運んだ。
彼女は、まさかベッドに寝ながら自身の腹部に張り付いたまぐろの刺身を食べることになるなど夢にも思わなかった。
もしタイムマシンがあり、昨日の自分に今の状況を話しても信じてもらえないだろう。
それほどに浮世離れした状況であった。
「うわ、まっず……。生ぬるっ……。」
もちゃもちゃと咀嚼しながらまいが呟いた。
そして、吐き出しそうになるのを堪え、なんとか飲み込んだ。
原因など言うまでもない。
刺身を冷蔵庫に入れて冷やさず、まいの腹部に置いたのだ。
元々ぬるくなっていた上に、まいの腹部の熱で更にぬるくなってしまったことである。
「……なんかごめん……。」
あいが呟いた。
「……いや、分かってくれれば良いよ。」
「お腹生臭いし洗ってきたら?」
「……うん、そうする。残りは食べておいて。」
「……うん。あの……本当にごめん。」
まいは腹部の刺身をパックに戻すとそのまま部屋を出ていった。
一人取り残されたあい。
目の前には、先ほどまでまいの腹部に乗っていた彼女のぬくもりの残るまぐろの刺身数片。
「……。」
見つめていても数は減らない。
それらを進まぬ手で口に運んでいった。
こうしてまた一つ、あいは成長するのであった。
翌週。
「まい!今度はお酒は未成年で駄目だからわかめコーラやろう!?」
「いや、もう馬鹿!本当馬鹿!」
まいの叫びが虚しく響くのであった。