9ー1
蝉の鳴き声。
教室内からグラウンドを見ると、陽炎がゆらゆらと揺れている。
時期は夏休み直前。
学生が一番浮かれる時期である。
それは、あいとまいも例外ではなかった。
二人揃って浮かれていたのだ。
「いやぁ、わくわくですなぁ、わくわく!今から楽しみだなぁー。」
昼休み。
席に座っているあいが足をバタバタと動かしている。
「ふふ、そうだね。」
微笑ましいな。
そう思うまいであった。
かくいうまいも、気持ちが浮わついているのであった。
「何しようねー。一杯遊びたいね。」
「まぁ、遊ぶのは宿題終わってからだね。……あとそろそろ大学のこととかも考えないとだし……。」
浮わついていてもやることはやろうとするまいであった。
「あー、あー聞こえませーん。」
耳を両手で塞ぎ、大袈裟に声を出す。
「夏休み……プール、肝試し、花火大会、夏祭り……。」
ぶつぶつ。
二人を見つめる人物。
陽子である。
「な、なんか佐倉雰囲気変わったな……。」
「……そうだね。」
そんな陽子を見る集団。
あいの非公式ファンクラブの姫の黒髪を撫でたい会の者達だ。
いつも通りあいを見ていた彼女らは、猛烈な視線が彼女へ注がれていることに気づいたのだ。
それを辿っていくと、陽子に辿り着いた。
獲物を見つめる猛禽類のような目。
今の彼女は誰にも止めることが出来そうになかった。
クラスメイト達が抱く彼女の印象は、春とはまるで違うものであった。
初めはあいやまいほどではないが、美人で大人っぽいと思われていた。
しかし、最近それが嘘のように崩れ去ったのである。
「ぐふ……ぐふふ……おっと……。」
ジュルリ。
陽子の口から情けなく涎が溢れそうになる。
「ま、また始まった……。」
「グフ倉さん……。」
グフ倉さん。
彼女らの間で密かに言われている陽子のニックネームである。
ぐふぐふと怪しく笑うからという安直な由来だ。




