1話目:唐突な日常の終わり
「……あれ、俺、死んだはずじゃあ……?」
何も無い、まっさらな世界。ただ広がっているだけの世界に、1人立ちほうけている男が1人。彼の名前は、下糸楓。
彼の記憶にあるのは、趣味であるサバイバルゲームの帰りに、フィールドに設置されていた吊り橋が老朽化によって壊れ、落下時に打ちどころが悪く、仲間の救急車を呼ぶ電話の声を聞きながら意識を手放したところまでだ。
「あいつら、土産話楽しみにしていたからなぁ……」
楓は、都内の私立中学校で、数学を教える臨時教諭だった。夜はインターネットを使った家庭教師。指導漬けの日々を癒すのが、月に一度のサバイバルゲームの定例会だった。事故が起きたフィールドは、普段から世話になっているショップの経営する、郊外の山。丁寧なメンテナンスを心がけているオーナーと、毎月利用しているという安心感で、油断もあったのだろう。後悔の矛先をどこに向ければいいか分からず、楓は苦虫を噛み潰したような顔をする他なかった。悪いのは自分だと言い聞かせるように。
「……死んじまったもんは仕方ないとして、これからどうすればいいんだ?」
決して楽観主義ではないが、そう思わなければ精神衛生上宜しくない、そう判断した楓は、思考を無理やり別のことへ向けた。死んだと思って目覚めたら、何も無い空間。何をすべきか、しなければならないかも分からず、途方に暮れていた。
ふと足元に視線を移す。楓の姿は黒色のチノパンに七分丈のシャツ、そして薄手の半袖パーカー。25という年齢にしては若者ウケするような格好だが、仲間内ではお世辞を含め好印象だった。
右手側にはキャリーケースも雑に置かれていた。楓が中身を確認すると、サバイバルゲームに使用した道具一式が入っていた。
「ああ、死んだ時に持ってたもの、全部んだな」
ケースにしまわれていたガスガンを1つ、手に持って確かめる。故障した様子もなく、試しにガスを注入し、引き金を引くと、問題なく稼働した。
「……これって、最近生徒の中で流行ってる、異世界転生とかいうやつか……?」
ここに来て、楓は1つの疑問を口にした。教諭という立場上、流行り廃りというのは日常的に耳にする機会がある。生徒の中にそういう題材の小説が多いという話をしていた人がいることを、楓は思い出していた。
「もし今の状況がそうなのだとしたら、面倒なことに巻き込まれそうだな……」
楓自身はそのような小説を実際に読んだことはない。ただ、生徒からあらすじを聞いた限りで、なにか予感がしているのだろう。
頭を整理する目的で、楓は胸ポケットにしまっていたタバコに火をつけ、それを口に含んだ。
『ちょっとまてやごらぁ!!ここは禁煙じゃあ!!』
その瞬間、楓の脳内に直接声が響いた。