孤独な群れ
『空気抜いてんのな』
「倉庫だから必要なときだけ入れてたのかな····」
エアロックを開け、赤暗い非常灯に照された室内の気圧状況を見て呟く。
『B23-L』。
あれからミヤと話し、僕らが装備を受け取った倉庫に戻ってくることにした。
二人とも一応装備は身に付けているが、こんな状況になった以上、予備の弾倉なんかもあれば拾っておきたかったのだ。
『完全に思考回路がホラゲだな。鉛弾が月面人に役に立つと思えねぇけど』
空きっぱなしの薄緑のロッカーを開けながらミヤが言う。
彼の口調に、違和感と複雑な感情が拭えない。
「···まぁ、まさにそんな状況だしね」
『ハハ、言えてる』
「·····、」
ロッカーを二、三と開けていくが弾丸は言わずもがな、埃ひとつ入ってない。
現実はホラゲのようにはいかなかった。
よく見たら『看護級』のロッカーだ。弾などあるはずもなかった。
『強襲級』はどこだろうか。
「ミヤ、『強襲級』にも行って
『ごっふぁ!?』
みよう、の言葉は突如ミヤの声に中断された。
──新手の『月面人』か?
腰にマウントしたサブマシンガン型の電磁銃を即座に引き抜きながら振り返り、銃口を向ける。
銃口の先には誰もいなかった。
だが案外、ミヤは簡単に見つかることになる。
『ば、おい、やめろ押し倒すな!···は?聞こえねぇ、バイザーガンガンぶつけんじゃねぇよ!ヒビいくだろ!いい加減にっておい、やめろしれっと足を絡めるな腕を押さえるな!個人チャット開けてねぇんだから喚かれてもわかんねぇよ!
····何が《寂しかったっスよー》だふざけんな、どけ!』
足元でミヤが、誰かとぐんずほぐれつしてた。
どっちも白一色なのであれだが、誰かの着ている鱗のような、蛇腹状の鱗に似た装甲板を全身につけた戦闘用甲機動スーツは『強襲級』のものだった。
なんだ、味方か。そう思いつつ電磁銃を腰に戻す。
『あ?個人チャットの申請がわからないってなんだそれ?あ、おい勝手にバイザーの画面操作するな!画面わかんねぇだろ····ほらバグったぁ!?』
相手方の声が全く聞こえない故、誰かと話してるのは分かるのだが、哀しいかなミヤが一人芝居してる風にしか見えない。
昨今の宇宙服のバイザーのタッチパネルは、内側から画面を見つつ、外から指で操作する方式だ。
その為、他人がバイザーのタッチパネルを操作することも可能なのだが、その場合、パネルに映る画面はすべて左右反対になる。
話の流れからして相手が個人チャットの申請をしたいがちっとも出来ないらしい。そりゃまそうだろう。
そろそろ助けてやろうか、と思った矢先、バイザーの左下に個人チャットの申請が入った。
名前は『Ayana=Nozaka』
綾奈·ルーファウス=ノザカ。
ここにいたのか。
チャットを許可。途端に向こうのスピーカーからけたたましい声が響いた。
『あ、ちょっとそっちどんな画面ッスか?鏡文字読めないッス!待機画面?じゃあ再起動ッスね!』
今の声と口調ではっきりした。
ノザカのスピーカーから響いている、足元でミヤとぐんずほぐれつしてるのは、『強襲級』のミーシャ·スドロフスキー。
小柄な犬系女子だ。
やたらミヤに懐いていたのがここでも遺憾なく発揮されたようだ。
と、ミーシャの声にミヤが悲鳴をあげた。
『おっ声が、サク、ミーシャと繋いだのか──って再起動!?バカいえ、そんなことしたら最低10秒は窒息地獄に苛まれんだろうが、離れろ、申請はこっちからするから離れろ!』
『サクとは繋いでないッスよー、たぶんアヤナッスね。なぁに10秒位へっちゃらッスよ!さっさと再起動して、もとに戻して、チャット申請するッス!』
『なーにが『10秒位』だこのチワワ!たかがチャット申請するためにスーツの全機能止める奴があるか!って待て、やめろそれは再起動じゃないシャットダウンだ!』
「···········なぁ、ノザカ」
『····なんだ』
ノザカと僕を置いていく二人のバカらしい会話劇。
そのけたたましい声をBGMに、奇しくも思考が彼女とシンクロした。
『「····コイツら、なんで会話できてたんだ?」』
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
『────なんで助けに入らねぇんだよサク!』
「面白そうだったから」
『ちっとも面白くねぇよ!』
あれから、『取りあえずミーシャをミヤから引き離そう』と、目の前のロッカーの列から呆れた様子で顔を出したノザカに提案し、ミーシャをノザカと二人がかりで引き剥がすことにした。
どうやら僕とノザカが個人チャットを繋ぐまでは、お互い唇を読みあっていたらしい。
器用なことだ。
そして現在、ロッカー際で落ち着きを取り戻した四人衆はお互いの無事を確かめ、座り込んで歓談中というわけだ。
『あーあー残念、来るならセルジオがよかったッスー。無事かなあの雪男』
突然そんなことを言い出すミーシャにノザカが疑問符を浮かべた。
『何故だ?宮野も薄野も戦力になるだろう』
『アイツの大胸筋にしがみつきたいッス』
『あのアメコミの筋肉なんて整形モンだろ、どうせ』
ミーシャの欲望全開な一言にあきれるミヤ。
『じゃあ大胸筋だけ削ぎ取るッス、これで一生大胸筋はアタシのもんッスよ!』
『おい人肉犬、前後で文脈あってねぇぞ』
『へへーッス』
『····ところで宮野、薄野、何故ここがわかった?』
ふとノザカが遮るように僕とミヤに話を振った。
ちなみに個人チャットのリンクは
僕↔ノザカ
ノザカ↔ミーシャ
ミーシャ↔ミヤ
ミヤ↔僕
の4回線繋がっている。
つまりノザカと宮野は直接繋がっている訳ではないのだが、僕のスピーカーを中継してミヤの方にも声が響くのだ。
「別に、ノザカ達を見つけた訳じゃない」
『逃げ込んだだけだ。あのクソ天使からな』
『そうか、実は私達もそうなんだ』
『大変だったッスよー、アヤナも混乱して倒れちゃうし』
『おい、ミーシャ言うなそれを!』
ミーシャの暴露癖は変わらないらしかった。
そういえばふと気になっていたことがあった。
「ノザカ、あのとき何処にいた?」
『あのとき?』
『ミーシャがミヤを押し倒した時』
『ちょ、やめるッスそういう誤解招くような···』
『月面で全裸死体になりたいのかよコイツ』
「ギャグ要員は黙って」
『ギャグ要員!?』
ミヤとミーシャが驚愕する中、ノザカはしれっと答えた。
『薄野、お前のすぐ後ろにいたぞ?』
「え?」
『だから直ぐに来れたんだ』
「え、でも目の前から来なかった?」
「後ろから来ると怖いと思ってな、ロッカーを乗り越えて反対側まで行き、お前と正面から合流した」
なるほど、謎に気を使わせてしまったらしい。
『·····オープンチャンネル、聞いたか?』
少し間が開いたのを見計らったのか、ミーシャとノザカにミヤがそう訊ねた。
『『··········』』
重い沈黙が、降りた。
『······ッチ、聞いてねぇのかよ』
『聞いたよ』
ミヤの舌打ちを遮るように、ノザカが声を絞り出す。
『······聞いていて気分が悪くなった』
『そんだけかよ』
ノザカの声にミヤが吐き捨てた。
すると突然、低い声が耳朶を打った。
『····· なんスか、その言い方』
「····ミーシャ?」
『なんだよ、文句あんのか?』
ミーシャはゆらりと立ち上がると、宮野に詰め寄った。
『文句ありありッスよ!それだけかってなんスか、それ以上になにがあるんスかッ!』
猛然とミヤに掴みかかり、押し倒す。
『な···んにすんだよテメェ!』
『アンタこそ何言ってンスか!あんな地獄の声聞いてたら頭おかしくなるッスよ!』
『だからそんだけかよつってんだよ!
なんかあんだろうが!助けに行きてぇとか無事か気になったとか!気分が悪くなっただけってなんだよそれ!』
『無責任に他人に同情ッスか?可愛そうだと思えば全員助けられるんスか!?』
『誰もンなこと言ってねぇだろ!』
『ミーシャ、抑えろ。今はそんなこと言ってる場合ではないんだ』
『アヤナこそこんなこと言われてキレないんスか!?コイツ、無責任にも自分がやらなかった事こっちに押し付けたんスよ!?』
「····そこまでだ、ミーシャ」
もう、流石に見てられない。
立ち上がると、ミーシャが反応する前に腹を思いきり蹴り飛ばした。
『がっあがァ!?』
『ミーシャ!?』
コンテナをなぎ倒しながら吹っ飛ぶミーシャを無視して、今度は僕がミヤの上に乗り、肩を押さえつける。
『·····おいサク、どけよ。お前まで無責任だって言うつもりかよ?気分が悪くなったで終わらせるアイツらは悪くねぇってのかよ!?』
「ミヤ、お前の言ってることはさっきと矛盾してるよ」
「、」
ミヤが息をつまらせたのが表情でわかった。
『なに、が』
「ミヤ、僕にオープンチャンネルを聞かせた時言ってたよな。『俺達は隠れる』って。オープンチャンネルも、俺は聞かないって」
『それがどうしたんだってんだ』
「なんでそんな奴が仲間の心配を他人に要求するんだ?」
『·······、』
「ミヤ、お前がおかしいのはそれだけじゃない。『サリエル』が現れてからずっとだ」
『·······』
「お前どうしたんだよ。今の態度と、『サリエル』となにか関係あるのか、本当にアレが怖いだけな──」
『うるせぇ』
馬乗りになったまま、僕を睨みかえす視線はとても鋭く、
怖かった。
『なんの関係もねぇよ、俺の態度がおかしいだと?冗談も大概にしろ』
『だったら聞くッスけど』
ミーシャが割り込んできた。
吹っ飛ばした方に視線を向けるとノザカに支えられて立ち上がった彼女の姿があった。
そして口を開いた。
『アンタ、いつもの変な口癖どうしたんスか』
『───────────────』
硬直。彼の態度はその一言に尽きた。
構わずミーシャが畳み掛ける。
『いつもの『~ってな』ってあの口癖どこに行ったんスか?アンタと話しててずっとそれが違和感だったッス。初めはシリアスモードになると口癖がとれるアレかとも思ったッスけど───違うッスよね?』
『───うるせぇ』
彼の目が泳ぎだした。
ミーシャは尚も言い募る。
『なんで口癖外したんスか?アイデンティティーとかなんとかほざいてたのはウソっぱちッスか?』
『うるせぇ』
「ミーシャ、そろそろやめろ」
ミヤが震えだす。そろそろ本気でヤバイと思い、ミーシャに制止の声を出すが、遅かった。
『それともアレっスか?口癖今さら出すのが恥ずかし──
『うるっせぇつってんだろこのクソアマァッ!』
ついに爆発した。
体を捩って馬乗りになった僕を一気に突き放すと、重力1/6の恩恵で跳ね上がったミヤが、両手で両腰からハンドガン型の電磁銃を抜き放って、銃口を僕と、ミーシャに向ける。
そのまま、肩で息をしながら早口に言い出した。
『俺とサリエルは関係ねぇ、口癖も俺と関係ねぇ!もう協力体制だかはやめだ、俺は一人で動く!テメェらとの腐れ縁もここまでだ。個人チャットにゃ出ねぇからな、テメェらは勝手にアレにやられて死ねばいいんだよ!これ以上、ズカズカ話しかけてくんな!』
彼が銃を持ったままバイザーに触れるのと同時にブチッ、と個人チャットが切断される。
呼び止めようと起き上がったときには、彼は入ってきた扉から消えていた。
『スラスターで逃げた、か』
『冷静に分析してる場合ッスか!あんのクソボケ切り刻んで捨ててやる····!』
「·····今追ってもしょうがないよ」
『はぁ!?アンタそれでも自称親友ッスか!?』
いきり立つミーシャにそう言葉を投げると、思いきりとばっちりを食らった。
「···あんなアイツは初めて見た。今追っても···多分、平行線だ」
『色々言動もおかしかったし、混乱していたのは明白だ。腐れ縁ではないし、協力体制も敷いた覚えはない。····なにより、口癖と宮野は関係しかないだろうに』
ノザカが嘆息した。
『──つーか、ススキ《薄野》!』
獲物を見つけたようにがなりながらこちらにズンズン近づいてくるミーシャ。
「なに?」
『アンタなんでアタシを蹴り飛ばした!?』
胸ぐらを掴もうと伸ばしてきた腕を、僕がつかんだ。
『っぐ、はなせ!』
「話せ?離せ?──どっちでもいいけどミヤも、ミーシャも全く冷静じゃなかった。多分あのままいったら殺し合いになってたよ」
『それは、でも!』
腕を振りほどこうとするミーシャの手首を更に強く掴む。
「····ミヤが『堕天使』を見てから態度が変わってたのも口癖が無くなってたのも冗談言わなくなってたのも分かってた。
さっきも言ったろ、『あんなミヤは見たことがなかった』。だから敢えてなにも言わずにいたんだ。アイツの中で整理がつくまで、話してくれる気になってくれるまで待ってようと思った」
広がっていた瞳孔が収まっていくにつれて、荒かった息も正常に戻っていく。
どうやら落ち着いてきたみたいだ。
『····そのわりには、トドメ刺したのサクヤっスけどね』
『·····ミーシャ、私から言っておくがトドメはお前だ。薄野も離してやれ。もう落ち着いただろう』
「····」
無言で手首を離すと、ミーシャはすぐに腕を引っ込めて掴んでいた手首を庇った。
『·····ミヤはしばらく置いておこう。またひょっこり戻ってくるかも知れないし、彼ならまぁ、死にはしないだろう』
『なにを証拠にッスか?』
『····シミュレータとは言え、ソロで『重龍級』を削り殺した奴だ。実技3位は伊達ではない』
『ま、ここに実技一位がいるッスけどね』
「それ言ったら終わりだろ···」
いきなり僕に矛先が向けられたので思わず頭を掻いた。
指とヘルメットの固さしか分からなくて手を戻した。
『おい、もう大丈夫だぞ···って、クソ、繋がらない』
ノザカが誰かに呼び掛けたようだが反応がない。
『アイツら話の途中で通信を切ったな。···まぁいい、案内する』
「なぁ、ノザカ誰にかけたんだ?」
『···気づいてるんだろう?よくよく嫌われものだよ、私たちは』
『ちぇーやっぱし根性なしッスねぇ他級は』
他級。
僕ら『強襲級』が『車輌級』『看護級』などに使う総称。だが実際は、隠語、蔑称の意味も含まれている。
それでも僕らが他級と呼ぶ前に、彼らから『狂襲野郎』と呼ばれる方が多い。
僕らが彼らを『他級』と呼ぶのは、負け惜しみでしかないのだ。
「····クラスは?」
『看護級と通信級だ。両方とも臆病を絵に書いたような性格だよ』
『いくらなんでもアタシらを化け物扱いって僻みすぎじゃないッスか?』
『····仕方ないだろう、それほどまでに月面人は強大で、それを単騎で倒せる私達は充分畏怖の対象さ』
赤く染まったロッカーの林を歩きながら、彼女たちの会話を僕は黙って聞いていた。
全員揃いも揃って力を求めるくせに、力をもつやつを見ると怖がって避けたがる。
群れてるつもりでも、誰にも理解されないまま孤立してることがある。
『強襲級』含め、今の月面基地の現状は、まさに『孤独な群れ』と言ってよかった。
30分遅れ!
申し訳ありません。
ミヤ爆発回です。
やはり意味不明にブチギレる人ってのはいつみても怖いものですね。
ノザカ「さて、ようやく登場出来たな、私達」
ミーシャ「アタシも名前しか出てなかったッスからねー。てか覚えてる人いると思うッスか?」
ノザカ「覚えてるだろう、覚えてるにきまってる。なにせ私はブリーフィングで」
ミーシャ「ものの見事に予定調和の腰をへし折って半泣きだったッスもんねー、ありゃ爆笑モンっス」
ノザカ「そこは言うな!」
次回も作戦会議回です。
ではでは!