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KAGUYA __月面blood__  作者: 質川類
第一章:コペルニクス·ダウン
8/9

最高にハッピーな地獄

 「──だぁぁぁあらッッッしゃぁぁぁあ!!!」


 『ルナミリア!もうすこし、こう、上品な気合いはないのかよ!?』


 「そんなもんに気を遣ってる暇で優雅に消し飛ばされろと!?この状況でオホホって言った方が良いわけ!?」


 『色気が無いんだ色気が!あと潤いも!お前そんなんだから戦車タンクって──避けろ!』


 「ヘルメットにゲロ吐かすぞこの思春期DTが!!」


 私は既にベタ踏みしていた右足に更に力を込めつつ、ハンドルをめい一杯まわす。

 真っ白に塗装された月面仕様の小型4輪駆動車はモーターを唸らせつつドリフトする形でタイヤを滑らせながら右に急カーブ。

 直後、車体のすぐ後ろを薄緑の光線が通過し、地面を穿ったのをバックミラーで確認する。


 今、私が運転する小型4輪駆動月面車『ムーンウォーカー』は、モーターに原子力電池を燃料にモーターを回し、タイヤは金属ゴム封入と、チェーン履帯で重量化、スリップ対策を施した『ウェイトタイヤ』を付けたパワフルでタフな車だ。

 それでも重力1/6と、粉塵だらけの最悪な路面状況のお陰でタイヤの踏ん張りが弱く、アクセルを踏む足から軋むような嫌な振動が伝わってくる。

 おまけにこの無茶な挙動。氷の上でロケットブースター付きのスーパーカーを振り回しているような気分だ。


 『ルナミリアァ!アイツこっち向いたぞ!?』


 「悲鳴なんか上げてないでぶっ放ちなさいよ男でしょうが!!」


 だが、今はなんとしても耐えてもらいたい。


 「───ッ!」


 乱暴にハンドルを切りつつ、ブレーキを僅かに踏んでタイヤを滑らせる。

 半ば片輪走行になりつつも最後まで横転せずに『ムーンウォーカー』は踏ん張って左に曲がりきった。

 そしてその直後、タイヤの数センチ外をレーザーが穿つ。

 こちらが慌てているのを楽しむような『月面人ルナリアン』の挙動に、ハンドルを切りながら八つ当たり気味に怒鳴る。


 「ねぇアンタ!ちゃんと迎撃してんでしょうねぇ!?」


 『ちゃんと、弾は!ばら蒔いてるよ!丁寧に!でも当たってる気がしない!!』


 後部の荷台で『電射砲レールガン』の銃座にいる『車輌級(クラス·アムド)』、ジェイス=ライバーの悲鳴じみた声が、ザワザワとスピーカーを揺らすもう一つのノイズと一緒に耳元で響く。

 いつもの図太い声は、泣きっ面レベルで情けなくなっていた。


 『───ってか《コイツ》は一体なんだよ!?演習で見たことある!?』


 「ないわよンなもん!どうせアレ(サリエル)の子分に決まってんでしょうが!」


 右側のバックミラーから、こちらの後ろについて追い立てる、平べったく細い楕円形をした、黒い『月面人(ルナリアン)』。

 そのシルエットは『堕天使(サリエル)』と照らし合わせると『羽』のように見えなくもない。

 ただし全長は目測2m超、羽の羽軸根(うじくこん)に当たる部分はレーザー砲門で、一応後ろ(羽の先端?)からスラスターの炎は見えるものの、『どうやって浮いてるのか』も不明なトンデモ羽だ。

 あんなモン演習で相手にした覚えはない。


 『くそ、俺シューティングゲーム得意なんだぞ──右!』


 「アンタはレースゲーム上がりのアマチュアかッ!」


 右へ急カーブ。

 車体が建て直せるギリギリの高さまで傾き、片輪走行に。直後、その車体の下をレーザーが通りすぎた。

 片輪走行の車体を戻しつつ、残った右のバックミラーからチラリと後ろを確認する。

 たしかに、荷台に積まれた『電射砲レールガン』は紫電を撒き散らしながら『羽』目掛けて光を雨のようにばら撒いていたが──いっこうに当たってるうな手応えがない。

 巻き上げる砂埃が邪魔なのか?

 あの距離から外すとも思えないが···。

 ───だがそんな疑問はさておいても、このまま追いかけ回されれれば、大人しく肉片コースまっしぐら。フレンチの腕があの月面人(ルナリアン)にあるなら話は別だが、多分焼き捨てられて食えない炭になるのがオチだ。

 ドリフト気味な蛇行運転で時間を稼ぎつつ、素早くGPS表示のある地図や計器類を見渡す。

 時速、180km/h。

 方角、北。

 電池残量、89%。

 周辺マップには右手に『コペルニクス』の第二棟、そして前方10km先に後方基地『エラストテネス』行きの『送路(パワーライン)』のトンネルが表示されていた。

·····いや、正確にはトンネルが『あった』か。


『おい!たしかそっち(パワーライン)は』


  ・・・・・

 「塞がれてるって?言われなくても分かってるわよ!!」


 『なに、事故死エンド!?自滅!?』


 「後で絶対バイザーゲロ漬けにしてやる───合図したら全力で飛びおりて!遅れんじゃないわよ!」


 『オーケーだ!生きて会おうな!』


 「今じゃないッ!」


 バックミラー越しに、『電射砲レールガン』を手放しかけたジェイスを怒鳴りつつ、蛇行運転をやめる。

 直線運動に戻った『ムーンウォーカー』は200km/hにまで加速し、振動はより大きくなる。

 石ころ一つで車が人間砲弾に変わりかねない。

そうこうしているうちに予想通りに瓦礫に塞がれたトンネルの入り口が見えてきた。

 目標地はここだが、目的はこれではない。


 『で、いつ飛ぶの!?』


 「3!」


 半泣きの声に対して叩きつけるようにカウント開始。

 時速200km/h。だがそれでも『羽』は追いすがり、むしろ徐々に距離を積めてくる。

 撃たないのは確実を狙っているのか、それとも『楽しんでる』のか。

 何れにせよ強者故の底意地の悪さが見え隠れする。


 「2!」


 高さ1kmは越えてそうな巨大なトンネルと塞がれた瓦礫がその威容を見せつけるが、周囲にもそれと匹敵する位の山と、更にその周辺に『ジャンプ台』になれそうな小高い山が散見する。

 一律真っ白のハゲ山で、岩肌が太陽に灼かれて白熱する。

 そして、『ムーンウォーカー』はまさにその山目掛けてフルスロットル加速していた。


 「1!」


 『当たれ当たれ当たれ当たれ当たれぇぇぇぇぇぇえ!!』


 バックミラー確認。瞬間にぎょっとする。

先ほどとは考えられないほど『羽』が近づいている。

 砲口の中まで見えるレベルだ。

 半狂乱になってジェイクは電磁で帯電する超加速の弾丸を雨あられとぶっ放つ。呆れを通り越して悲しいくらいに弾丸は当たらない。

 だがチャンスは到来した。


 「───飛べッッッ!!!!」


 夢中で叫びつつ、ドアを開ける。

 砲口に薄緑の光が収束していく。

 放たれるまでの数瞬。

その刹那の間に、『ムーンウォーカー』は『ジャンプ台』を駆け上がり。


 翔んだ。


 一瞬の、それでいて永遠に思える『完全なる無音』。

 時間が止まったような浮遊感を全身に感じて、運転席から真空の空へ飛び出した。


 『「──うぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!??」』


 スピーカーからの声と、私の声が二重になってバイザー内を跳ね回る。

 白銀の大地と漆黒の空、天上に煌々と煌めく青い地球と、遮光越しでも目映い光を見せつける紅い太陽。

 四色刷りの現実味を欠いた無音の世界をぐるりと見渡し、振り返る。


 丁度その時、白銀の山肌に『ムーンウォーカー』が突き刺さり、炸裂。膨れ上がる火球の中に止まりきれなかった『羽』が突っ込み、更に大きな花火を咲かせる。

 全て無音の一大ショー。

 まるで映画をミュートで聞いているような臨場感の無さ。


 「ざまぁぁぁぁあみろって──ッ!?」


 の、と中指を突き立てる前に、『ムーンウォーカー』から放たれた衝撃波が体に衝突、月面の大地に叩きつけられた。


 ····『ムーンウォーカー』の動力が『原子力電池』なのを忘れていた。

 方式は違うとはいえ、アレは言ってみれば超小型の原子炉。真空かつ重力軽減状態、更に時速200km/hで山に激突するのは、プロペラ機が山肌に激突するのと同じだ。そんなものに原子炉を積んでいるのだから───アンタよく生きてたな、である。

 だが、その反動か気分はこれまでにないくらい爽快だ。

 叩きつけられた衝撃で体が痺れて暫く動けそうもない。

 傷む体を転がし、大の字で寝そべると、漆黒の宇宙(そら)に浮かぶ地球、そしてその蒼い惑星を囲む円環と、まっすぐこちらに延びてくる一本の線──『月地間軌道回廊(アリアドネ)』を見上げて、全力で中指を突き立てた。


 「ざっまぁぁぁあみろ!!!!やっはぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」


 『──何がざまぁだ、死ぬかと思ったわ!』


 が、そんな有頂天はヘルメットの側頭を軽く蹴られて終わりを告げた。


 「あ、アンタ生きてたの!?」


 『生きてるよ!我ながら死んでねぇのがマジ不思議!』


 「ッチ、」


 『おい、今舌打ちしたな?舌打ちしたな!?ハッキリ聞こえたぞコラ!』


 「あーもううっさいわ、ね!」


 勢いをつけて大の字から跳ね起きて上体を起こす。


 『で、どうする?これから』


 ようやく本調子になってきたらしいジェイクの声を聞くと、ため息と共に頭を押さえる。


 「決まってんでしょ、『他の生き残り』を探しに行くのよ」


 『····『まだ』聞いてるのか、それ』


 ザワ,ザワとジェイクの言葉の隙間で聞こえる『もう一つのノイズ』。

 それは決してノイズではない。

 呪詛、哀願、絶叫発狂命乞い。

 音量は最低限だから耳を澄ませてようやく言葉がわかる程度。だが、言葉を聞くだけでこちらの 感情まで侵す負の奔流。


 「·····当たり前でしょ。仲間の声なんだから」


 『けどよ、言っちゃなんだがオープンチャンネルに声吹き込んでる奴の殆どはもう手遅れだと思うぜ』


 呆れたようなジェイクの声。

 私はその言葉に呆れた。


 「アンタだって岩影からケツ突きだしてプルプルしてたくせによく言うわよ」


 『バ、ちげぇし、プルプルしてたんじゃなくて便意我慢してただけだし!』


 「アンタってほんと図太いのかヘチョいのか分かんないわ···」


 『ヘチョいって死語だぞ多分』


 「無駄なツッコミ入れんな。ミヤかアンタは」


 『強襲級(クラス·アサルト)の《鉄砲玉ってな》と一緒にすんな。あそこまでイカれた覚えはねーよ』


 「ミヤがいつイカれたのよ?」


 ジェイクの言葉に引っ掛かりを覚えて思わず声が鋭くなる。


 『イカれてんだろ、『白兔級(ラビット)』ならまだしも『重龍級(ドラゴナ)』だぞ。アレを『電射砲(レールガン)』一丁で削り殺すってイカれてなくてなんだってんだ。

あとつるんでる誰だ、薄野か。アイツがヤンキーに捕まったからって一人でアジトに乗り込むわ、ミヤの無謀無茶伝説は一つや二つじゃねーよ』


 「武勇伝って言っときなさいよ。あと『重龍級(ドラゴナ)』ん時は私もサクもいたから!戦闘には参加させてくんなかったけど!」


 あの戦闘演習は何故かミヤが「一人でやる」といって聞かなかったものだ。理由は最後まで教えてくれなかった。


 『強襲級(クラス·アサルト)ってイカれた奴しかいなくないか···?

いや、それにつるんでるお前も』


 「オーケーよほどゲロの臭いを芳香剤にしたいようね」


 『イカれてません皆正常です』


 そんなバカ話をしているうちに大分痺れが取れてきた。

 ゆっくりと膝を曲げ、立ち上がる。


 『·····で、簡単に『生き残り探す』ってーけど、簡単じゃねぇぞ』


 「ぶっちゃけベリーハードでしょうね」


 『んなもん分かってるよだからちょっと簡単そうに言ったのに····。

でもよ、一体は自滅技でぶっ飛ばしたとは言え、俺達にもうアシはねぇし、武器もない。

おまけに───』


 ジェイクが視線を上げ、『コペルニクス』を見上げる。

 高さは50mを確実に越えてそうな白亜の建造物は、現在進行形で建物を『堕天使サリエル』によって解体されていた。

 クレーターの縁、基地の至るところから『電射砲(レールガン)『電磁砲(コイルガン)『熱線砲(レーザー)』が『堕天使(サリエル)』めがけて雨あられと致死の雨を降らせている。

 だが一向に当たってる様子は見えない。

 おまけに、『堕天使(サリエル)』だけ、ではない。

 震えた声で、ジェイクが言葉を続けた。


 『───あの羽、一枚じゃねぇぞ』


 漆黒の空を舞ういくつもの小さな白い点。

それは数個では収まらず、数十、数百と数が増えていく一方だ。

 あれすべてが先程追いかけ回してきた『羽』だと言うことは、言うまでもなく二人とも分かっていた。


 『·····どうするよ。最高にハッピーな地獄だぜ』


 ──だからどうした。

 私の答えは変わらない。生き残りと合流して、ミヤとサクに会うまで死ぬ気などサラサラ無いのだ。

 拳を握り、好戦的に頬を歪め、崩落していく『コペルニクス』を睨み上げた。


 「いいじゃない、最高にハッピーな地獄。せいぜい楽しんでやるわよ···!」

ルナ大ピンチ回!

そして新キャラ登場です。

生存ルートの難易度がバカ上がりする回でもありました。


ミヤ「お疲れ、ルナタンク」

ルナ「タンクじゃないッ!ミリア!いい加減覚えろバカ!」

サク「でも今回は戦車(タンク)使ってたじゃん」

ルナ「アンタちゃんと見てた?あれは四輪駆動車!ジープとかと扱い変わんないの!」

ミヤ「そりゃ知らなかったぜ。無知蒙昧ってな」

ルナ「アンタそれ使いたかっただけでしょう···?」


次回はサク&ミヤに戻ります。

ミヤの病み期の原因は如何に?

ではでは!

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