第4話 王たるもの
「……何もしていないとは言わせませんよ」
カストのその言葉に思考が停止しかける。今発言を求められれば間違いなく失態を犯すことになる。
それを分かっているのか隣のアラキアがほんの少し身を乗り出す。
そのまま私が黙っているとカストは続ける。
「少なくともあなたは今の大旅団にとってなくてはならない存在です。証明役としてだけでなく力の制御者、災厄の監視者としても代わりはいません。いいですか、あなたはそれだけの影響力を持っているのですよ」
「……っ」
カストが言うことはもっともだ。
《継承者》はそう簡単に現れない。そして、2人同時に認められることは絶対にないだろう。
仮に《継承者》が現れたとしても神器はその人を選ばない可能性さえある。
クロノスにロンゴミアント、エクスカリバー。特に気難しいとされている神器3つを扱える継承者など。
(そうだ……あれを受け継いだ時から、覚悟は……)
ロンゴミアントの特殊能力は。世界の――。
あれはけして流されたわけではなく自分自身で選び取った選択だ。だんだん震えが収まってくる。それを知っていて手を伸ばしたのだ。
遺跡で手にしたぼろぼろの紙切れに記述されていた言葉を鮮明に思い出す。
「私は、あなたのことを認めているからこそ眷属となったのですよ」
「!」
「眷属とは何か。それはあなたが一番ご存知でしょう?」
「……そうだな」
力に連なり運命を共にすることを決意してくれた者たち。従者にして友。
頷くと椅子から立ち上がり手摺りギリギリまで近づく。いつも以上に議会の場がとてもよく見えた。
(こんなにも多くの人がいたのか)
「……私は、確かに力の主ではあるがそれでも人であることに変わりはない。皆の支えがあってはじめてこの役をまっとうできるだろう。それは眷属だけではなく、ここにいない大旅団員全員の力があってこそだ。それを忘れないでほしい」
人々がうなづいたのを見て私は声を張り上げる。
「私は力の限りこの聖王としての役目を果たして見せよう!」
「見事な鼓舞だったな、アルマ君」
閉会した後、私のもとにやってきた結城は言う。
「正直ひやひやしましたが、うまくいってよかった。あのままの流れですんなり議題を片付けられて本当に……。妙な意思を反映させないようにしこちらの意見を通すためとはいえ、ああ、よかった」
「すっかり聖王様だな、アルマ君」
「からかわないでよ……」
あの場ではどうにか調子を取り戻すことができたが今後もうまくいくとは限らない。私はまだまだ未熟だ。
それにしても私の発言を利用してあの場を収め自分の思い通りに事を進めるとは、思っている以上にあのエルフはやり手らしい。
「聖王、か」
隣に座っているアラキアがポツリと呟く。
役職名に関してはうまくこちらの意見が通らなかったためこの名になったという。私個人としてはこのまま継承者と呼び続けてもいいと思っていたが押し切られた形だという。そしてこの名だからこそ敬称までついてしまった。
「悲観するものでもないとは思いますがね?」
「けど、いくらなんでもやりすぎじゃ……」
「そう思わなかった人もいるということです。一度決まった以上、覆せませんよ。ああ、あなた方が直接変更を申し立てればできなくもないでしょうが」
「……そこまでする気はないよ」
「ならこのままでいいでしょう? 何より、仰々しすぎるほうが今はいいかもしれませんよ?」
どういうことだ、と問いかけたアラキアにカストは読めない笑みを浮かべる。
「よく考えてみてください。かなり強引な命令を通そうとしたとき、現体制ではどちらのほうがよいのか」
「たしかに、そうとも取れますけど。あくまで僕らはそんな……」
そこで初めてカストの眉がよせられる。
「アルマさん、アラキアさん。1つはっきり言っておきましょうか」
「はい?」
「ひ、ふぁい!?」
「あなた方は遠慮しすぎです! 低姿勢すぎるんですよ! いいですか、もっと堂々とそして自信をもって少々強引とも思えるくらいでいいのです! 聖王が我々にするのはお願いではなく命令です。絶対的な主従。王令。わかりましたか?」
カストにしてはかなりの剣幕だった。
何度も頷くとようやくいつもの冷静な彼に戻ったように見えた。
「わかればよろしい。アラキアさん、現状の派閥構成が分かり次第情報を回すので目を通しておいてください。アルマさんにもかみ砕いて説明をおねがいします。では」
カストが気を張るのには理由がある。
数週間後についに表舞台に立つことになるからだ。
これまでは結城たちと共に公の場とはいえ人の出入りがかなり制限される場にしか出ることはなかった。ほとんどのことを総司令に任せてしまってよかったのだ。
しかし今度は違う。
クレアレアの存在を公表したときと同じく大勢の人の前に出ることになる。そこで聖王という存在を確立させておきたいというのがカストの言い分だ。
大旅団内では議会でも見たように浸透している。いや、しすぎている。
だが一般向けにはいまだにその存在の公表と大旅団員からの話程度しか認知されていない。クレアレアという力も同程度だ。未だに疑いの目は多い。
しかし同時に受け入れた人へ浸透も大旅団までとはいかずとも。
両極端な状態と言っていい。
「……あくまで我々は真実を伝えるのだよ。なにも嘘を言うわけではないし、強制するわけでもない」
「わかってるよ結城さん。ボクは大丈夫」
結城にはそう言っておくが不安でないわけではない。
間違いなく一定数の拒絶や疑いはある。うまくまとめることができなければ今後に関わってくるだろう。
私には継承者としての資質はあったらしいが、まとめ役としての資質はない。独りの道を歩んできた私にはそのような感覚はないに等しいと自分で思えるのだ。
(こんなことならもう少し政治に興味持っておくんだった……)
この前の結城の国にしてしまったらどうだという提案からして流れは確実にそちらに向かっている。進んで事を為す気はないが、いつ彼らにうまくのせられてしまうかわからない。
「あーあ……」
腑抜けた声をあげて床を蹴る。宙で軽く一回転した時にはクレアレアを完全展開していた。
白のブーツが床につくより早く手から放たれた剣は回転しながら木の板を穿つ。ばらばらに砕け散った板をしばらく見ていた。
「ラークやトルムアが恋しいのか? アルマ」
その様子を見ていたアラキアもちゃっかり完全展開しているところを見るとただ身体を動かしているだけでは足りなかったらしい。
衰えないように定期的に施設内に設けられた訓練場で訓練をしているが、そこには《使徒》や魔獣といった手ごたえのある相手はいない。もちろん汚灰がやんだことでトルムアもラークもいない。そのため刺激がほしい場合は必然的にこうなる。
私はクロノスを片手に持ちアラキアに向かって走る。
こい、とパージを剣形状に変化させたアラキアは構える。
「せいやっ!」
クレアレアをまとった刃同士がうち合わされ軽い衝撃波が起こる。部屋の空気が揺れ柱がきしんだような音を立てる。
それでもヒビ1つ入らないのはこの訓練場がハルが設計したイスク専用の訓練場だからだ。反クレアレアフィールドを壁面ギリギリに設置し、それをクレアレアリトスによって貯蔵したクレアレアで補強する。
さらに私たちが使用するときは結城の眷属しての能力で補強し被害を抑えている。
的確に胸を狙ってきた攻撃を避けると羽を広げ空中へ飛ぶ。青い軌跡を描いて飛んだあとを全く同じ軌跡を描いてアラキアが追ってくる。
天井ギリギリまで飛ぶと力を抜き自然の重力に身を任せ落下する。それでも視線は上を向いたままだ。
もう1つの青い光は天井付近で一瞬動きを止めると刃を突き出しながら羽を羽ばたかせ私に迫る。
「いい線いってるよ。でもね」
背が床につく。同時に刃が胸の防具に当たる。
「ざーんねん」
私は笑うと赤い光に包まれ、次の瞬間彼の背後に移動していた。
下で床に刃が激突する轟音が響いた。
「あの2人はもうやらせておくしかないと思うのだがね」
煙が上がる訓練場を見て結城――レクトルは隣に立つカストにそう話しかける。
カストは深々とため息をつきながら頭を抱える。
「あれで遊んでいるとは傍から見たら思わないでしょう!? ああ……もう……」
「だからこそあの2人がいるときは貸し切り状態にしているのだがね。まあ、その修繕と改良のためにハル君の予定も空けておいてもらっているのだし。……さすがに聖王サマも、本気ではないさ」
「私たちは慣れていますし、わかっていますし、やろうと思えば、我々眷属はあのオアソビに混ざれる可能性もありますけど。……何といえばいいのか、ほんの少しひやひやするんですよ」
「それに関しては間違えても彼らは互いに傷つけるなんてことはしないだろうさ。見たまえ、もし万が一間違えても問題ないようにしている」
「……わかってますって、見えていますよ」
一見心臓を狙った一撃のように見えても、当たる直前ほんの少しずらされそれでも防がれることがなければ手を止めている。
攻撃が見えている時点で本気でないというのは分かっていた。彼らならばクロノスの時間操作を使い眷属が知覚できる以上に加速していくことができるからだ。
「ところで、あれはどうなっているんですか?」
「順調さ。アルマ君も喜ぶだろう。君はこう言いたいのかね。アレが稼働し始めればその中で訓練ができると」
「確かにけがをする心配もないので安心できますし、旧型機なら訓練装置として使用していましたけど、……その」
「訓練環境として使うにはアレは現実とは体感は大きく異なるだろう。やれないことはないがね。実際にやるのならばソレ専用の環境を作らねばな。……心配しなくとも、安全は確保してある。もう絶対に事故は起こさんよ。……誓おう」
結城はポケットの中で拳を握った。
数週間後。都内某所。
この日のために交渉し用意された場所は多くの人で埋め尽くされていた。これだけの戦闘部員が集まるのは日常が戻って初めてだ。
完全展開したイスク達が最敬礼をする中、私たちは壇上に上がる。
仮面で隠れていない口元に何の表情も浮かべないよう、そして力まないように意識する。
壇の下まで降り跪いた2人の総司令に一瞬ざわついた会場は今は再び静まり返っていた。私は会場を見渡し返礼すると、顔の横にあげていた手を大きく横に振る。膝をついていた総司令たちはが立ち上がり、イスク達も手をおろす。
深呼吸すると私は1歩前に踏み出す。
「私は――」
聖王としての名を名乗り、私が言うべき一通りの言葉を発し終えそうな時だった。
耳が軽い射出音を捉えた。