第3話 議会
大旅団は現在、国際的な組織として認められている。
扱いはバチカンや大使館といったものに近いのだろうか。施設内は独自の自治が認められており、未だに扱いこそ決まっていないが総司令や《継承者》によってまとめられている。
汚灰が降ったとき、世界中から人が集まり作られコールドスリープにより国家という概念が一時的に消失したからこそ起こった事態だ。安易に解散することもできず、ただの組織として扱うにはあまりにも影響力がありすぎる。
実際、やろうとすれば国として認めさせることもできるだろう。
国に必要なものは国民、主権、領土。そんなことを習った気もする。領土を惑星リドレイスとしてしまえば条件は揃う。
一度結城が冗談交じりに提案してきたが、私はそれを拒否した。あくまで私たち《継承者》の存在は災厄を防ぎ世界を守るためだけにあればいいのだから。首脳や王達と並びたいわけではない。
権力も責任も、私たちには重すぎる。
ただ演じているだけなのだ。
この力を求められているから、約束したから。そう、ただそれだけ。
せっかく世界を救えたのだからこれからも守っていきたいとは思う。
自分にできることをしていくと決め、力も必要ならば振るう。その覚悟はできている。
そしてこうなった以上、眷属として巻き込んでしまった結城たちが誇れる《継承者》でありたい。
「Felly……」
聞こえてきた言葉は英語ではない。大旅団の会議の場を自分の席から見下ろし私はガライアの翻訳機能を起動させる。
ここ半年で地球側も交えた会議の場に出ることは多くなっていっていた。ここ数回はうまく日程を調節してくれたこともあり、すべてに参加している。
光騎士としてではなく《継承者》としてだが、進行はすべて両総司令に任せてしまっている。私のやることと言えば最終決定事項の承認と閉会の言葉のみだ。たまに思い出したように意見を述べるが、そのたび自分の発言の重さを感じていた。議論の方向が180度変わることもあれば白紙に戻してしまうこともある。
大旅団内でも《継承者》の扱いはそうなのだ。
外に出れば、というのは安易に想像できるだろう。まだそこまで出たわけではないが、どの場所でもそれ相応の対応をされた。そのために作法を2人して叩き込んだのは記憶に新しい。
「では、敬称は聖下で?」
「だがそれでは……」
「国ではないのだから陛下はないだろう」
「しかしそれなら聖下は教皇ではないのだし……」
いつもになく意見が飛び交う議会の場に首をかしげる。
先ほどまで他のことに気を取られていてこの議題については何も聞いていなかったのだ。書記係の片山とカストに頼めば内容を教えてくれるだろうが、あとで何と言われることか。
迷った挙句、左側に座るアラキアに例のスキルを使い話しかける。
『……これ、何の話?』
『え、ああ。僕らの話だよ』
ひじ掛けから手をあげると私のほうへ右手をスライドさせる。飛んできたのは一枚のホログラムウィンドウだった。
そこには片山から送られてきたと思える議事録が表示されていた。
『まだきちんと《継承者》の役職名っていうのか? それと敬称を決めていないからそろそろ決めようって話。で、そこ見てくれるとわかるだろうけど』
アラキアによると、最初にあがったのは陛下という敬称だったらしい。しかし国ではないと却下。そこであがったのは聖下や猊下といったものだが宗教ではないのだとこれも却下。その他、大旅団独特の敬称が提案されたりもしているが、分かりづらかったり翻訳が崩れたりして却下。それが堂々めぐりしているという。
『で、役職名? っていうのは?』
そう聞くとアラキアが仮面の上からこめかみをおさえるのが見えた。
同時に伝わってきた困惑に思わずアラキアを見る。
『どうしたの?』
『さんざん国じゃないって言っていたのに、聖王だってさ。王だよ? 王』
その単語に何かを思い出しかけるがすぐに忘れてしまう。とても大切なことだったような気もした。
結城からは大旅団の王のような振る舞いをしろと言われていたが、実際には総司令と同じ位の権限を持つ力の《象徴》としての役職のはずだ。それ以上でもそれ以下でもない。
『結城さん達はもちろん反対してくれたよ。けれど思った以上に《継承者》っていう存在が大旅団では浸透しすぎたのかな。宗教のような共通認識っていうのを行き過ぎた一派がいるみたいでね』
『どういうこと?』
『主にクレアレアじゃない人たちだよ。生産関係で同行してた人たち。……彼らから見たらイスクやトゥルーエ自体、奇跡の存在らしい。……あとは分かるだろう? 総司令が計画のためとはいえ祀り上げた存在、っていうのをどうとるかなんてさ』
『……ああ』
予想はしていた。
しかし大旅団内では起こらないと考えていた。彼らにとってクレアレアの技術は身近なものであり同時にイスクの存在も受け入れられていると思っていた。
だが、それは第1番艦など本部付近の団員のみだったのだろう。私たちが知っているのは所詮自分たちの身の回りのことだけなのだ。
生産者としてついてきた団旅団員の中にはまったくイスクやトゥルーエと接さなかった人員もいたのかもしれない。そして自らの船から外に出ることもなかった。船の中の環境は整いすぎているとはいえ地球とほぼ同じだ。
人工の照明によって光もあり、重力フィールドによって重力も、そして生産系の船には天候システムも導入されていたと聞いたことがある。つまり雨も降る。地球にいるのと変わらない生活を送ることができる。
戦闘部で自殺未遂が起こったこともあるが、環境がまるで違うからだ。戦闘部員は特に閉鎖環境であることを自覚しており、同時に重い責務をおっていた。
ひじ掛けを殴りそうになるが、どうにか握りしめるだけにとどめた。
話し合いの場はさらに白熱しており追加で送られてきた議事録には多くの文章が書き足されている。
私の様子に気が付いたのか一段下段に座った結城が私を振り返る。その顔には疲れが浮かんでいた。結城やカストでもこの場を抑えることは難しいらしい。
私は仮面の位置を調節すると会話に耳を澄ました。
「ですから王とはいっても国ではないですし、そもそもあの方は……!」
「そう呼ぶにふさわしい存在でしょう! なにしろ汚灰を止めた英雄……」
「いくら聖王と言えども、人だということを忘れてはいけません! 特に大旅団員は!」
「力の証明者なんだろう!? それならばイスクよりさらに奇跡の……」
どうやら大きく2つに割れているらしい。
先ほどアラキアが言っていたようにとことん祭り上げたい一派。そして私たちの正体を知りこちらの意見を尊重し守ろうとしてくれている戦闘部・医療部・参謀部各幹部を中心とした人たち。
各船の代表と各部署の代表者、そして大旅団の地球側・本隊側の幹部だけを集めたと言ってもそもそもの規模が違う。400名を超える人がいるこの場は大旅団独特の雰囲気を元々持っていた。それが《継承者》に対する見方の違いによる派閥の出現でまた変わってきている。
政治や協調性といったものに興味が全くない私からすれば面倒なだけなのだが、無視はできない。
唯一の救いはどちらの派閥もベクトルの大きさは違えど向きは同じだとことだ。ここに《継承者》――聖王の存在に疑問を示し反対する派閥がいないだけマシといえる。
結城やカストでまとめられないのならば。そしてこの状況ならば、まとめるためにやるべきことは1つ。
私が出るしかない。
私は覚悟を決めると両手を打ち合わせ音を鳴らす。一気に静まり返り人々の視線が私に向けられる。
最後に大きく深呼吸すると私は口を開く。
「あなた方の意見はすべて重要なものだ。私たちはどの意見も否定はしない。だが、1つだけ言っておこうと思う」
震え始めた手を胸にあてて誤魔化しながら先を続ける。
「私たちは《継承者》は完璧な存在ではない。迷いもするし間違えもするだろう。正直言うと私はいまだにここで話していることが不思議でならない。……私たちは、力を持つ存在ということ以外はただの、人だ」
「しかし、聖王様!」
「様、などとつけられる事は何もしていない。私は私にできることをしたまで。それだけだ。けして大層な存在ではないのだ」
そこまで言うと会場を見渡す。
これ以上は話せない。必死に隠しているが足が震えてしょうがない。座っていることでどうにか隠し通せている。何か話そうとすれば言葉に詰まってしまうだろう。
「……何もしていないとは言わせませんよ」
静まり返った中、そういったのはカストだった。