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第55話 不気味な男


 晴れ渡った空を室内から見上げる。

 セセルトとテスカが訪ねてきた夜からアラキアもイアンも忙しく動き回り各々の役目をこなしていた。

 トガも気になることがあるといってフィレイン周辺を歩き回り夜にしか跳び馬亭には戻ってこない。あのハイドでさえイアンからの願いもあってか私達の側から離れ何やら動いている。

 それに加え安全面やトガがアルマとして動く可能性から私は跳び馬亭に軟禁状態になっていた。

 幸い1日ちょっとという短期間で跳び馬亭の中では禁止事項はないという好条件だったため厨房で料理をしたり銀色の風の工房で装備の整備をしてもらったりとさほど飽きることなく過ごした。

 それはそれでよかったとして、いざその『当日』となってみると気が滅入ってくる。

(……嫌だあぁぁ)

 白い手袋をはめた手で窓枠を掴むとがっくりと肩の力を抜く。

 そのまま脇のベッドに倒れ込むとぼんやりと天井を見つめる。

 リベラリオンとの会談は昼からだ。そうなると朝からこの正装をしている必要はないのだが、何があるかわからないため仮面以外は装備済みだ。

 起き上がると部屋の机に用意されていた山盛りの朝食を平らげる。身内が多いとはいえ本当に情報が与えられている人員は少なく、無暗に顔をさらすのを避けるために今朝だけは部屋に用意してもらったのだ。そうなると昼まで暇ということになるが内心それどころではない。

 食べ終わりソファに座り直すとプレッシャーで押しつぶされそうになる。

(最悪アラキア達に任せれば大丈夫……なのに……)

 いるだけで一定の効果はあるはずなのだ。

 それに大部分はイアンが話してくれる手筈になっている。

(大旅団の議会と一緒だ……)

 そう繰り返すが落ち着かない。

 そのうちドアが開き似たような衣服を纏ったアラキアが入ってくる。

「ちぇ」

 何やら不機嫌なようだが、その理由はすぐにわかった。

「もう少し情報整理とか手伝えるかと思ったら、この格好で出てくるなって言われた挙句に部屋に放り込まれたよ……。それに『護衛対象なんですから、お願いですから今日こそおとなしくしていてください』ってハイドがさ」

 ふくれるアラキアに苦笑するとすり寄る。

「……キミは緊張とかしないの?」

「あまりね。やることをやるだけだし。だから淡々としているとか言われるんだよなあ。僕だって何が重要かは理解していて比重は傾けてるはずなんだけどなあ」

「……いいなぁ。……あぁ、けどボクもなんだか落ち着いてきたや」

 アラキアが側にいてくれるという安心と共に眠気が襲ってくる。そのまま目を閉じる。



 膝に頭を乗せ寝息を立てるエルフを見てアラキアは苦笑する。

「まったく図太いんだか……マイペースなのか……。まあ、あれだけガチガチだったし今回はさすがに理解してるだろうけどさ」

 初回のコールドスリープの誘導へ行く車内を思い出して笑う。

 あの時もアルマは寝ていた。

 そっと手袋をはめたままの手で彼女の頭を撫でてみる。

「ふむぅ……」

「……普通起きろよな」

 とがった耳を触ると抗議するように言葉になっていない声をあげもぞもぞと動くがすぐに気持ちよさそうに寝息を立て始める。

「………」

 触れるもの見るもの、特にプレイヤーは駒かい差こそあれどもほぼ現実と変わらない。柔らかく温かい。髪も視覚的にも触覚的にも現実に忠実に再現しようとすればできるが負荷が重すぎるためそうしないだけで、疑似的に再現されている。疑似的とはいえさわった感触はきちんと髪そのものだ。

 さらさらとした髪はまだ束ねられてなくクロークの上に流れている。

 さらに手を動かし頬をつついてみるともちもちとした感触が伝わってくる。それが痩せて筋力の落ちた感触でないことに安堵する。

 現実リアルでの体重減少はだいぶ抑えられているとはいえ、寝たきりの状態で筋力を保つことは難しい。アラキアが側で見ていられた1か月の間にもかなり筋肉は落ちていた。このままいけば戻れたとしても歩くことも難しい状態だろう。

 そんな状態の人間が大旅団の幹部だけでも片手は越えるほどいるのだ。

 まだそれを補助する立ち回りになるであろうアストレやカストといったメンバーがいないだけマシだ。

「……うーん……んー」

 器用に寝返りをうったアルマはアラキアの服を握りしめていた。

「あー……しわに……はならないか。まったく……」

 それから数時間後、早めの昼食を持ってきたハイドが見たのは眠る2人の姿だった。



 会談場所と指定した場所はエイムス大陸リードラント地方の都市、テレジアだ。

 設定上完全中立を掲げており、フィレインの中央広場や特定の施設以外で珍しく完全戦闘禁止区域に指定されている。街としては唯一pVpを含めすべての戦闘行為が禁止かつ自治領を名乗っている場所だ。

 他にも面白い設定があり個人的にはとても興味を抱いている街だが、今はそんなことを考えていられる余裕はない。

 私とアラキアの周りをハイドをはじめとした護衛役が囲み、その後ろにはアルマトガやガルドグルフなど同盟の幹部たちが続く。

 街の独特な雰囲気や設定から元々滞在するプレイヤーは少なく、いたとしても湖沼の景色を求めた観光客がほとんどだ。この異様な集団がフィレインの街中を歩いていたら注目の的だろう。

 NPCも独特な衣装をまとっており歓迎するような反応をみせることもあった。

 テレジアの中央にそびえる城はフィレインと同じような教会でもあり観光名所としても知られている。帯剣は認められているが抜刀は認められていない。例外もあるが、それはイベント内でのことだ。仮にそのイベントに持ち込まれてしまったとしても対抗策はある。つまり最大の安全策を取れる場所なのだ。

 私たちが城の正面門前に到着するのとリベラリオンの面々が到着したのはほぼ同時だった。

 それぞれの集団の先頭に立っていたイアンとドウトは目配せすると城の中へ入っていった。


 城の衛兵NPCに案内されたのは会議室らしく城の中ではまだ質素な部屋だった。簡易な机と椅子が数脚置いてあるだけで、壁にもシンプルなタペストリーが下がっているだけだ。

 全員が入ると少々手狭な広さだったため聖王である私とアラキア、交渉役のイアン、同盟主としてトガ扮するアルマと護衛役のハイドだけが部屋の中にいる。

 リベラリオン側もリーダーであるドウト、幹部のセセルトとテスカ、護衛役らしいフルアーマーのメンバー、そして。

(なんだ……あいつ……)

 リベラリオン側のプレイヤーでたった1人だけフードを被り顔を見せないプレイヤーがいた。その装備を見てもチームの共通アクセサリー装備はおろか装備品のカラー変更も紋章付与もしていない。イアンも気になったのか、開口一番全員に自己紹介するように言った。

 イアンの次に名乗り手を差し出すとドウトはいやいやながらも握り返してきた。セセルトやテスカとも軽く挨拶をかわすと男の前に立つ。

 アラキアよりも長身でマントで覆われているが細身なのが分かる。

「チェスターだ、聖王」

 それが初めて聞いた男の声だった。物怖じせず、自信に満ちている。

 なのにどこか薄ら寒さを感じた。

 ゲーム内の音声なのだから当たり前なのだが、作り物のよう。いや、このゲームの自然な声というよりはつくりこまれた完璧な美声というべきだろうか。

 一昨日、セセルト達から言われた完璧すぎてうす気味悪い、恐ろしいといったものと同じなのだろう。

 自席に戻ると自己紹介が終わるのを待って座る。

 ドウトによるとリベラリオンの護衛役であるフルアーマーの男はリベラリオン軍派のプレイヤーの統括で名をジャック。チェスターは正確にはリベラリオンのメンバーではないが重要な協力者だという。

 私たちがセセルト達から伝えられた情報が本物であるならば、チェスターが反大旅団・引継ぎ組の思想をドウトに吹き込み、現在もリベラリオンを操っている人物だ。そして要所要所でしか現れないというのにこの会合に同席している。警戒するに越したことはない。

「……始めましょうか。我らが同盟主と聖王は遠回しで面倒な話は好みませんので単刀直入にいきましょう」

 イアンの言葉に内心笑う。3人のうち2人がほぼ同一の考え方をする『ほぼ同一人物』なのだ。そこに眷属契約と魂の繋がりで影響を受けているアラキアが入るとなれば元の性格がどうであれ似ているのは頷ける。それにひっかけたりなんだリとわざと回りくどい言い方をすることは多々あれど元から私もアラキアもこういう場での無駄な長話は好きではない。

 会談の場を設けた理由は単純だ。こちらとしては誤解を解き協力関係を結びたい。今までの行いなどを批判するつもりは全くないのだ。批判したい気持ちはないわけではないが無駄だ。個人的な感情は今は無視すべきだ。

 打ち合わせ通りイアンが場を仕切っていてくれているため口を開かず相手方の反応を見ている。その中でも注目したのはやはり例の男だ。

 彼も私と同じようにイアンとドウトの話し合いを静観しているだけで特に口を挟む様子はない。

 それが妙なのだ。

 会談に応じたことも、今イアンが誤解を解こうと情報認識や取得済み情報のすり合わせを行っていることも彼が本気で対立を望むのであれば妨害すべきだ。時々怒声が聞こえるが今の流れてみるとだんだんと誤解は解かれてきている。こちらの思惑通りであり、協力関係を結べる可能性は高くなってきている。

 出現エネミーの行動変化、アップデートによる差、死亡したプレイヤーの内訳、非引継ぎプレイヤーへの対応や前線の様子、聖王や大旅団からのモノの見方。今対立に到る原因を一通り話し、向こうからの意見もすべて聞き届ける。

「こちらの対応に非があったのは認めます。ですが、誤解もあったと理解していただけたでしょうか?」

「あんたらの話が本当なら誤解していたは認めるけどよ、そうなるとチェスターさんの……その、俺に話してくれた情報は誤解してたってことか?」

「彼が何者かは私は知りませんからどこから得た情報をどのように整理し思考したかは測りかねますが、言うのであれば誤解であると。むろん、信じてくださればの話ですが」

 チェスターが誘導したであろう思想を崩されようとしても彼は口を開かなかった。それはイアンが会談の最終目標である提案を出しても変わらなかった。

「我々側としては、あなた方と正式に協力関係を結びたい。同盟の一員として加入しろと言っているのではなく、あくまで対等な協力関係を結びたいのです。そのために誤解を解き、我々の意見を伝える場を設けさせていただいたのです」

「俺だってあんたらのことを最初から嫌ってたわけじゃあない。でもよ、あんなのを聞かされたら身を護るための行動取るしかねぇだろ」

 それが気が付くとより過激になっていただけだ、とドウトは言う。根は悪い人ではないらしいが、それを同盟全員が信じるとなると時間がかかりそうだ。

 ここまで来てもチェスターは何も言ってこない。

 彼の動向を同じように気にしながらもイアンはドウトに再度協力関係を要請した。

「………」

 沈黙が場を包む。

 やがてドウトはチェスターの方を見ると問いかける。それに対しアラキアが顔をしかめたのは見なくてもわかった。完全な依存関係だ。ここで拒否されればそれまでになる。

「チェスターさん、どうするべきだ?」

「協力関係、結ぶべきだと思うよー、ドウトさん」

 チェスターのその言葉にドウトも私も目を見開く。

「なんでだよ! あんだけ大旅団は、引継ぎプレイヤーは悪だ、嘘つきで傲慢で、俺らを見捨てた薄情者だと言ってたじゃないかよ!」

 ドウトの何度目かわからない怒声が部屋に響き渡るがチェスターはさして驚くこともなくひょうひょうと言葉を発していく。

「あんたのあの言葉は嘘だったってことなのか!?」

「そうじゃあないさ。こっちも得られた情報はドウトさん達と一緒だったってだけで、今は状況が変わった。それだけでさー。それに、メリットだろ? 利用できるものは何でも利用する、ってのが口癖だっただろ。それに、念願の前線に追いつけるチャンスってな」

「……それは、そうだがよ」

 意外な展開に逆に冷や汗がつたう。

 掌返しだ。薄ら寒ささえ感じる。

 私では全くチェスターの考えが読めない。

 ただただ直感で恐ろしさだけが際立って来る。

 協力関係を結べそうだというのは喜ぶべきことだろうが、素直に喜べない。

「……わかった」

 そうしているうちにドウトは差し出されたトガアルマの手を握る。すなわち協力関係が成立したというわけだ。

「……しかと、見届けました。我々はできうる限りの支援を約束いたしましょう」

 もやもやとした気持ちのまま言うべきことを言うと席を立ちイアンとトガアルマを残して部屋を出た。細かい調節は彼らだけで十分だ。

 勝手の知ったテレジアの城を早足で歩き抜けると小さな庭園に出て噴水の縁に座る。

 仮面とフードを乱暴に取り払うと大きく息を吐く。

(なんなんだ……)

 あの男は何が目的なのだろうか。

 その他にも疑問が尽きないが、それよりも今は強敵と対峙するのとはまた違った恐怖に囚われていた。今まで感じたことのない種類の何とも言い難い恐怖だ。

 気が付かないうちに底なし沼にはまっていく、真綿で首を締められてゆくようなそんなモノ。

 背後で物音がし腰に手を伸ばしながら振り向くが、帯剣していない今、手は空を掴んだだけだった。

「驚かしてごめんなさい」

「え……? あ、あぁ……」

 立っていたのはテスカだった。私が部屋を出た後彼女もすぐに出たのだろう。

 そこで仮面とフードを外してしまっていることに気が付き慌てる。その様子をみて笑う彼女にもう遅いとあきらめると開き直り向き合う。

「……私に……いいや、ボクに何の用?」

「少し、話をしたくて。隣、いいですか?」

 私が頷くとテスカは隣に腰かけた。

「ふふ、やっぱり不器用で……優しい人ですね、あなたは」

「……どういうこと」

「そのままの意味ですよ。もっと言えば先ほどまでより今の方が話しやすいとでも言いましょうか。ああ、ご心配なく。決して他言はしませんので」

 言葉をきったテスカは私が黙っているとポツリポツリと話し出す。

「先程の……ドウトとチェスター、彼らを見ましたよね。協力関係が結べたことは喜ばしいことですが、私はどこか……うす気味悪さを感じるのです。締結という結果は同じでも昔のドウトと今のドウトはやはり違う。何か恐ろしいことが起きそうで」

「……ボクも、その気味の悪さは感じてる。けれども、ボクは聖王であるということを除いたとしても人の心や策というものに疎い。だから、ただ恐怖だけを感じてる。この道の行く末がどうなるのか、ここでは何も視えないし何も分からない。同時に、自分の責務と責任、向けられる思い、願い……誇るとともに、恐ろしい。この世界において力を振るえないボクは何者で、いや、力を持たない他の人と変わらないのに聖王と呼ばれ扱われ……。ボクは間違った選択をしないか、間違った道へ導きはしないか、常々考えさせられる」

 生きろと言い残したあの人たちのように、目の前で、それも私の導いた先で命が失われるのはもう見たくない。

 今回の協力関係がそういった道へ進まないか、うす気味悪い恐怖はよりその恐怖を増大させる。巻き込まれるのが私だけならまだマシだが、それが同盟のメンバーや無関係なプレイヤーへ及ぶことなど考えたくもない。

「でしたら、ここで条約を結びませんか? 私は中立派の立場を利用しセセルトよりも様々な情報を得てソレを伝える。あなたはその情報を得る代わりに、有事の際中立派のメンバーたちを保護してくださるという条約を。彼らは慎重すぎるがゆえにいつも取り残されてしまう。そのよりどころとして、安全な場所を」

「……どうしてそこまで?」

「単純に、……生きて帰るためです。あなたはこの世界において力がないとおっしゃいますけど、私たちからすればその名、その存在がすでに力と称するものです。大丈夫です。恐れずその心のままに進んでください。……そうすることで私たちも勇気をもらえるのですから」

「……勇気を? ボクが?」

 戸惑う私にテスカは微笑みかける。

「だって、あなたは聖王でしょう? 王という存在はそれを慕う者がいれば力になる。そして慕われるということは」

「……なんか前にも同じことを言われた気がするや。まだ1年もたっていないけれど、その時も胸を張れって怒られたっけ」

 緑髪の長耳エルフを思い出して苦笑する。

 彼にこんなところを見られたらそれこそ本当に雷を落とされる。揺らぐこの覚悟はどうやらまだまだ時折叱責を受けなくては維持できないらしい。

 すっきりはした。だが、悶々と悩むきっかけとなった例の男についてはもっと探らなくてはいけない。

「わかった。その提案を受け入れるよ。……私の力の及ぶ限りは」

「ありがとうございます」

 長時間の離席は怪しまれると、別々のルートを通り部屋へ戻るとすでに大部分の話はまとめ終っていた。その内容を確認すると商人の意を伝える。

 仮面の下からチェスターを睨みつけると、彼はそのフードの下で不気味な笑みを浮かべた気がした。

 



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