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第53話 派閥


 深いため息をつくと装備を解除しないまま跳び馬亭で与えられた部屋の一角に備え付けてあるソファに沈み込む。

 大規模な一斉捕縛作戦と引継ぎプレイヤーチームによる警備のおかげでPK集団の方は大方対処できた。捕縛したPK集団メンバーからイアンがきき出した情報によると彼らは末端に過ぎないようだが、このフィレインをねぐらにしていたような大集団はいないという。今後どこかで同じような被害が起きる可能性は大きいがひとまずは解決したと言っていいだろう。彼らはすでに監獄を持つ信頼できるチームに引き渡してある。

 考えなくてはいけないことだらけで焦るばかりだが、落ち着かないといけない。

 チラリと外を見ると夕焼け空が見えた。

 夕食まで時間がある。少し仮眠を取ろう、と目を閉じかけた時、部屋の扉が勢いよく開き誰かが駆け込んでくる。

「アルマ!」

「ふぁいっ!?」

 設定上この部屋の扉を開けられるのは私とアラキアだけのため相手が誰だかはすぐにわかったが、その声と勢いに驚き飛び起きる。

「一緒に来てくれ! 緊急事態だ!」

 なに、と言う前に手を引かれ部屋から連れ出される。

 そのまま跳び馬亭を飛び出すと大通りを中央の広場へ向かって走る。

「アラキア、なに? なにがあったの?」

「ユーリだ! イアンのチームメンバーが歌ってるのを見かけたらしい。……けど、そのあとは分かるだろ?」

 ただ歌っているだけなら誰でもできるが、バフがかかっていると分かれば何らかのスキルによるものとなる。そして使っているリラが巫女からもらったものとなれば。

 リベラリオンに絡まれている。

「先にイアンとリッカ達が向かったが、正直対応しきれるとは思えない!」

 イアンは戦力的には上でも物量でおされる可能性がある。リッカ達となると論外だ。

 他のメンバーもいるにはいるが、主要メンバーはほとんどが捕縛したPKプレイヤーの引き渡しや手伝いで出払っている。どう考えても向かわせたメンバーは現状では最適ではあるが、十分ではない。

 素早くメニューを操作し装備を最前線用のものへ変更すると一気に加速する。

 やがて見えた異様な集団の上を跳び越えるとイアンと言い合う男の間へ着地する。大砲を構えるリッカの背後にいる白い影を確認して安堵のため息をついた。

「何だおめぇ!」

「人に名前を聞くときは自分から名乗るんでしょ、オジサン」

 明るめの栗毛をソフトモヒカンにした男は引継ぎとは思えないが、新規にしてはややレベルが高めの装備を身に着けている。だがその指にはめられたリングと周りを取り囲む統一された装備のプレイヤーたちを見て大体の想像はつく。

「リベラリオンのチームリーダー、ドウトだ! 名乗れチビ」

 背後でアラキアが息をのみ、私へ向かって手を伸ばすがもうすでに遅い。



 基本的に温和で臆病、自分から積極的に前に出ていくことはない。

 そんな自分の相棒には1つ、絶対に言ってはいけない言葉がある。

「チビ」

 その2文字だけは。

 それがちまっこいだの可愛いサイズだのと、多少の善意が籠っていれば繰り返さない限り平気だが、完全に悪意でしか言われていない言葉となると違う。

(しまっ……!)

 羽交い絞めにしてでもその場から逃げ出すべき。と手を伸ばすが近接職の素早さにかなうわけがない。

「誰が、……チビだって?」

 先ほどまでのちょっと生意気な雰囲気はもうない。本来ならば魔獣やトルムア、ラークに向けるべき殺気ともとれる威圧にアラキアでさえ冷や汗がにじむ。

「失礼極まりないな、貴様。ボクに……私にチビと言ったこと、後悔させてやる……!」

 素早く引き抜かれた剣がドウトの胸を突く寸前、張り詰めた空気に軽やかな弦の音が響く。

「……っ!」

 HP保護圏内であり、戦闘区域を表す光の壁は立っていない。つまり仮にここでアルマの剣先がドウトの胸を穿いたとしても保護障壁に阻まれ何の被害もないはずなのだ。だが、ステータス差が大きければそれなりの衝撃エフェクトと軽微なノックバックが発生する。それさえ出ていないため寸止めだった。

 音が響くのがあとコンマ数秒でも遅ければ今頃ドウトは吹っ飛ぶなり尻餅をつくなりしているはずだ。

 先程とは違った張り詰めた空気の中、最初に動いたのはアルマだった。彼女は剣を収めると大きく息を吐く。そこにくすぶる怒りを感じてアラキアは苦笑した。手が出ることは抑えたが、『小さな』オウサマは内心未だにご立腹らしい。

 この状態では対話どころではないだろう。

 さすがに丸腰で武装した集団の真ん中に立つ気にもなれず、そっと小型の銃を手に持つと進み出る。

「僕はアラキアです。ドウトさん、騒ぎを止めに来て騒ぎを起こしそうになるという矛盾、すべてとは言いませんがこちらに『も』非があることは認めます。すみません」

「お、おう」

 攻撃されそうになったという恐怖と、それにもまして彼女の殺気に気圧されてか威勢の削がれた男はアラキアの言葉に頷いた。それでもチームリーダーというだけはあるのか、周りを取り囲むプレイヤーたちよりは早く立ち直り、多少ぎこちないながらも動き出す。

「……で、こちらがアルマ」

 アラキアが手で彼女を指し示すとドウトの眉がしかめられ動きのぎこちなさが消えてゆく。

「おめぇら、大旅団か!」

「えぇ、否定はしません。言いたいことは山ほどあるでしょうが、後日正式な場で話しましょう。その方が互いのためですよ」

 そんな言葉で相手が頷くとは思っていなかった。だからこそもうひと動作付け加える。

 ドウトが口を開く前に笑みを浮かべながら彼女を見たのだ。

 黙ってはいるもののかなり怒っている。そこに場の雰囲気も合わさって違う方向のベクトルの怒りが加わっているとなれば、睨みつけるその目が鋭いのも頷ける。

 先程の剣の煌めきを思い出してかドウトの頬がひきつる。安全だと分かっていても恐怖は消えない。死んだことのある人間ならなおさらだろう。すでに残り2つになっているドウトのリトスの光を一瞥する。

「……いいだろう。おい、ひくぞ」

 アーマーの群れを率いて踵を返したその背を見送ると広場にはやっと穏やかな空気が戻ってきた。

 どうにか堪えたものの爆発寸前のアルマをなだめてからユーリの姿を確認する。

「さーて、どういうことか説明してもらおうか、ユーリ」

「てへっ」

 おどけてみせたユーリはアラキアに睨まれると瞬時に頭を下げた。

「ごめんなさいっ!」


 

 予想通り待ちきれず飛び出してきたはいいもののどこに行けばいいのか分からず、フィレインの状況も分かっていなかったため案の定リベラリオンのメンバー、挙句の果てにドウト自身に捕まりそうになっていたというわけだ。あてもなく数日街を彷徨っていたが、その中で何度か歌い《銀色の風》のメンバーに目撃されていた。

 だがそれ以外は意図的に逃げたり隠れたりしたわけではないのに捜索網にも引っかかっていない。彼女のことだから、と納得しようとすればできたのだがそうではないらしかった。

「男のプレイヤー?」

「うん。結構若くて、引継ぎ組じゃないけど装備もしっかりしてたの」

 それに加え初期では珍しい染色アイテムを用いて髪を明るめの茶髪に染め、瞳まで緑にしていたという。

 PFOは髪や目の色は最初は黒か茶など日本人としてなら無難な色のみになっている。それをアイテムを用いて変更してゆくのだ。そのプレイヤーの使ったと思われる系統の色は白や青、赤などに比べたらまだ入手難易度は低いがレアアイテムであることには変わりなくその人物に金銭と戦力面でそこそこの余裕があることがうかがえる。

 入手したベースカラーをさらに自分好みの色に近づけるという作業もあるがベースカラーさえ気に入ってしまえはその必要はなくなる。だからこそこの街では初期装備の中でもフードが付いているマントなどで顔を隠すなどしていたのだ。

 その他にもソレ専用のスキルを極めれば装備の色を変更したり模様を追加したりとできるのだが、今は割愛することにする。

「それでその男の人が何か言ったらリベラリオンが退いた、と」

 さらには安全な宿まで紹介してくれたという。

「……あのしつこいメンバーを言葉だけで撤退させ……かつこの街に詳しい人物、ですか」

 共に話を聞いていたリアンも唸る。正直言って彼から情報が出て来ないとなればこの場でこれ以上その人物について話すことは不可能になる。彼はしばらく思案顔のまま部屋を行ったり来たりしていたが、やがて立ち止まると小さくため息をついた。

「困りましたね。情報屋として信頼性に欠ける情報……憶測、噂の類は話したくないのですが……」

「そうも言ってられない、でしょ?」

「その通りです。……わかりました。あくまで噂です。確証は全くありません」

 そう前置きすると紙に大中小3つの円をかき、大きい円からそれぞれ過激派、穏健派、中立派と書き込んでゆく。それらをさらに大きな円でくくるとリベラリオンと書く。

「リベラリオンはこのように内部では各派閥に分かれている、とされています。影響力が大きく前面に出て今の空気をつくりだした過激派、そして穏便に済まそうとする穏健派、そして中立派。……リベラリオンのメンバーが退いた、ということから件の人物は穏健派か中立派のリーダーではないでしょうか。ならばまだ説明が付きます」

「派閥がある……?」

 今までそんなことは聞いたこともなければ考えたことさえなかった。しかし噂とはいえそんな話があるとは。

「あくまで大旅団や引継ぎ組への対応の仕方に差があるというだけで内部の方針には同意しているというのが私の考えですが。そうでなければとっくに分裂や対立によって噂ではなく確証をもって情報と言える域になっているでしょう。あるいは過激派が抑え込んでいるか、うわさに過ぎないか……」

 元から確証がない話だ。

 今はその可能性がある、というだけで十分だ。

 その時、メッセージが届いたとログに出る。すぐに開封してみるとたった今まで話していた話題がらみの内容がトガにしては珍しく長文で書いてあった。

 すぐにアラキアとリアン、ハイドに転送すると装備を聖王の正装へと変更する。

 準備が整うのとほぼ同時に部屋に入ってきた『白騎士』姿のトガは一組の男女を連れていた。

「お初にお目にかかります、聖王様。私はセセルト。こちらはテスカ」

 次の言葉にリアンは目を丸くすると口元に笑みを浮かべた。

「リベラリオンのサブリーダー、幹部の1人にして穏健派と中立派のリーダーです」


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