第2話 眠る片割れ
結城のあとについて歩く私たちに視線が集まる。
大旅団の施設内。それも大旅団員しか立ち入れない区域であるためそこまで注目されることはないが、それでも珍しいのだろう。一部の大旅団員、特に戦闘部員は光騎士である私たちと《継承者》の2人が同一人物だと知っているため光騎士として動いている時も周りに一般人がいなければ《継承者》に対する最敬礼をしてくる人もいる。
それ以外の人員は《継承者》と私たちの関連性を知らないためたまに現れる《継承者》が珍しいのだろう。
独特の緊張した面持ちで敬礼してくる。
片山や深川兄弟が護衛についているというのも影響しているのだろう。
仮面の下から静かにその様子を見つめて略式礼を返しつつ施設の奥へと進んでいった。
コールドスリープ施設が敷地内に併設された大旅団地球本部には、大旅団本隊マザーシップにあった本部の機能がほぼそのままある。小規模だが宿泊施設もありその一部が団員の寮になっている。
なぜかそうであるのが当然といったように部屋は医療部内に位置している。
そこに私とアラキアは週末は帰っているのだ。
《継承者》としての公務はほとんどが週末の2日間に詰め込まれている。できるだけ負担を少なくしようと結城が各所に掛け合ってくれている、というのはきいている。
その他にもアストレが健康に気をつかってくれたりハルやカストが課題を手伝ってくれたりと様々なサポートをしてくれている。もちろんこれらについては暗黙の了解がある。そうでなければ実習系の講義や課題を適当にすますことを許されていないだろう。
「……レクトル」
先を行く結城に話しかける。
「いかがなさいましたか」
《継承者》として口を開くとは珍しい、と結城の瞳が物語っている。確かにほとんどを眷属やアラキアに任せそこにいるだけの私が自ら話しかけることはほぼない。今回のもほんの気まぐれだ。
理由は単純で結城にうやうやしい態度で接されることになれないからだった。態度上明確な上下関係があるということが慣れない。アラキアは同じ位のためこの役割のイメージを損なわない程度なら話すことができる。だが、それ以外の人に関しては違う。
絶対的な主従関係だ。
そう演出することを結城は私たちに求めた。
「……予定の再確認を」
私たち以外に誰も聞いていないことが分かっていても演技は続ける。この役割を演じている間は、ずっと。
『アルマ、何かあったのか』
頭にアラキアの声が響き背にそっと手が当てられる。
私は首を横に小さく振ると先に進むように促した。
「本日の予定は……」
「すまない。やはりいい。行こう」
結城の言葉も遮ると私は歩き始める。先行した私に片山もついてくる。
(……どうかしてる)
きっと大学が始まってまた変化した生活に順応できていないのだろう。これからはずっとこの生活が続くのだ。
どうにかして慣れないと、と息を吐く。その動作が苛立ちに見えたのかアストレの眉がほんの少し寄せられる。これは後できちんと説明せねばならない。
(はやく部屋に戻りたい……)
やってきたのは医療部内でもひと際セキュリティが厳しいエリアの1つだ。
大旅団本隊本部でいうアルクスと同等の機能を持つエリアになっている。違いは個室が数室あるということのみだ。
その中でも最奥に位置する部屋。
部屋の中に入り扉が閉まったことを確認すると仮面とフードを外す。結城たちもいつもの態度に戻る。
「それでどうしたのだね、アルマ君」
「……ごめん結城さん。あの時どうしたかったのか自分でもわからないんだ。……気が付いたら話しかけてた」
「珍しいですね。いつもあなたは必要最低限、それも本当に要所要所でしかアレの時は話さないというのに」
「……自分で認めるのもあれだけど、そうだよなぁ。……疲れたなぁ」
カストの言葉に頷くと壁際に置いてあった椅子に腰かける。
そうして見た先にはガラスの仕切りがあった。さらに奥側にもう1室ある構造になっており、その中の様子が見えるようになっている。中にはベッドが1つだけ置いてある。
そこに寝かされているのは私とうり二つの顔をした女性だった。
トガ。
アルティレナスとの決戦でアルティレナスの宿る自らの身体ごと私たちに貫かせた彼女は私たちと共に回収され大旅団によって保護されていた。
生き残りはしたもののあれから目を覚ますことはなかった。
アストレによると肉体そのものに不可逆的な損傷はないらしい。となると考えられるのは1つ。
魂を傷つけてしまったということになる。
あるいは覚醒するという意思が彼女自身にない、ということも考えられる。
『よくやく……終わる。長い長い……旅が……。長かった……』
最後にそう言った彼女はとても安らかな笑みを浮かべていた。元より死ぬつもりで器となったのだからその線は十分にある。
だが、このまま目覚めないというのはあんまりだ。
彼女は誰よりもこの未来を望んでいた。私ならばこの世界を見てみたいと思う。だが、同時にこの世界は地獄だろう。
それより、《使徒》である彼女に聞きたいことがある。アルティレナスという災厄は凌いだが全てが終わったわけではない。種が消えない限り災厄は再び現れる。
人という単位で考えればずっと未来のことだが、現れる災厄はより強力なものとなる。多くの助けを得てぎりぎり勝てた今回以上の準備をしておかなければ再び滅びの危機を迎えることになる。そうなれば戦いで出た多くの犠牲が無駄となる。
勝手だがもう一度起きてもらわねばいけない。
クレアレアで構成されている肉体のためか、絶食・寝たきり状態でもその身体が衰えていくということはない。
それでも頬には血の気がなく青白い顔をしている。
トガという存在は世間はおろか大旅団員にも公表していない。知っているのは総司令と光騎士、幹部クラスの団員のみ。まさか《使徒》を保護しているなどとは言えない。
部屋の中はクリーンルームになっているため私たちは基本的にこの前室部分までしか入ることはできない。この部屋はどのような経過をたどるかわからないという判断から使われている。その他にも立ち入りを禁止するという点からすれば都合がいいというのもある。
「あれ? アストレ先生は? カストさんも?」
いつの間にか兄弟は姿を消していた。
いつもこの部屋に来るとそうなのだがあの2人はいつの間にかいなくなっている。あとで合流するため問題はないのだが、ずっと気になっていた。
「……さてね」
結城は私を見ずつぶやくと立ち上がる。
「すまんがアルマ君、アラキア君。私も外で待っていることにする。あの2人に話があるものでな」
「うん、わかった」
結城の滞在時間が少ないのも毎度のことだ。
結城が出ていくと部屋の中には私とアラキア、そして片山だけになった。微動だにせず扉の横に立つ片山をじっと見ると、何か、と返される。
私も特に用があったわけではないため首を横に振る。
夏だというのにきっちりと着こまれた黒スーツは暑くないのだろうか。片山は相変わらず私たちの護衛をしてくれているが、さすがに学生の時についてくることはせずその時だけは結城の護衛として動いている。必要な時に必要なことをしてくれるという面は変わらない。
しばらく部屋にいたが、今日も彼女の様子に変わりはなかった。ベッドサイドに置かれたモニタに表示されバイタルも変わりない。
いつか目を覚ましてくれることを祈ったところで私は一瞬皮肉な笑みを浮かべた。
『神』ならこの手で倒したというのに、私は誰に祈っているのだろうか。そもそも祈る相手など存在するのだろうか、と。
継承者の仮面とフードをつけるとアラキアたちをつれ部屋を後にした。
へぇ、七夕……
祈る相手はお星さまですかね?