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第42話 灼熱のドラゴン


 そのまま追いかけ続けるとあたりの景色は完全に荒野となった。

 赤茶けた土に塔のように伸びる歪な巨石群、そして所々に低い丈の草むらが見える。よく西部劇に出てきそうな風景だ。私のこの騎士装はこの風景には似合わない。むしろ今まで浮いていると感じていた銃使い達の服装がよく似合うだろう。

 行く先にいかにもダンジョンといった地形が見えてくる。

 ウツボカズラのとげの部分のように見える岩が左右から突き出した渓谷だ。その周りにもいくつか小さな裂け目が見える。

「ボクに、何をしてほしいの……? 何を、すれば?」

 ここまでくれば夜に驚いて声をあげてしまったことを怒っているわけではないというのは明白だ。あの時も何かしてほしかったか、何かを伝えたかったのだろう。

 しかしわざわざ私という点が引っかかっている。

 現実世界で私を選んだというのならば《継承者》や光騎士であるなど他の人ではだめだという利点が見つかるのだが、ここではそんなものは関係ない。レベルさえ同等なら私より強い人だっているだろう。

 先ほど見えたダンジョンの入口でようやく彼女に追いつく。

 立ち止まっていた彼女は右手でダンジョンの奥を指さした。

「……この、奥?」

 相変わらず返事は返ってこないが奥を指さし続ける。

「……行けばいいんだよね?」

 スティリア=クリュスタルスを引き抜くとダンジョンへ入っていった。




 痩せた頬をゴム手袋をはめた手がなぞる。

 目を閉じたその人物の首元には青い宝石が下がったチョーカーがまかれていた。

「……ふぅ」

 ため息をついた白衣の人物は手にしたファイルに何やら書き込むとすぐそばにあった机にその資料を置く。分厚いファイルからはすでに紙があふれ出ていた。

「そーんな気を詰めすぎっとぶっ倒れるぞ、青二才」

「大丈夫ですって。あの時と違うのは十分理解していますし。というか、その呼び方やめてください。この資格取って職に就いてすでに15年以上は経ってますから」

 アストレは壁際で腕を組んで笑う弥田に反論する。

 地球支部医療部、その中でもアルクスと同等の設備を備える部屋に彼らはいた。そこに並ぶベッドの数は現在5つだ。

 ガライアは空間に満ちるクレアレアを利用するため電源などを必要としない。そのため事件が起きてすぐ自室にいたアルマをこちらへ移動させたのだ。その後、彼女の手助けに夢現世界へと旅立った彼らの体もここで管理している。

「しっかし、この子はいろんなことに巻き込まれるねぇ。小さいなりしていろんなもん背負い込んでよ」

「ほんとに。私たち《眷属》にとって誇りですよ。もちろん、心配ですけど」

「ま、おっさんにできるのはこうしてこっちの身体を守ってやることぐらいだしねぇ。VR:PFOの性別設定どうにかなんないかねぇ」

 クレアレアを完全展開した弥田アヤは「ね?」と身を乗り出すがアストレの反応が薄いとわかると展開をといた。

「つめてーの」

「別に冷たくしているわけじゃありません。ただ単純に日常であり普通のことなので、特に変わった反応は必要ないかと思いまして」

「うぉぅ、そんなとこは兄さんそっくりだよねぇ」

「誰が、そっくりですって?」

 目の前に立つ男と似た声が弥田にじわじわと冷気を届ける。部屋に入ってきたカストは仁王立ちになると黒い笑みを浮かべる。

「私が側にいないからと、随分と言いたい放題ですね彩輝。私とそこの阿呆が似ているですって? 共通点を10秒以内に8つ言ってもらえますかね?」

「そ、そんなぁ無茶苦茶な」

「それならおとなしくしておいてもらえると助かるのですが。ああ、それとも私に何かしら勝負でも持ち掛けますか? 受けて立ちますよ?」

「そういわれて勝てたことねぇから遠慮しとくぜ、おっさんは……は、ははは……」

 ひきつった笑みを浮かべた弥田はそそくさと部屋を出てゆく。

 扉が完全に締まりロックがかかったことを確認したカストは満足そうにソピアーを肩に担ぐ。

「まったく、いつまでも腹立たしい。これが腐れ縁ですか。いつか真っ向勝負で圧倒的勝利を収めてわからせた方がいいですかね」

「……それ、もうやったよね兄さん」

「アレはアレ。それにもうずいぶんと前のことです。今の実力差でも勝負してみるべきかと。……そうそう、医療部外から許可付きで来客です。入れてもいいですね?」

「うん」

 内側からロックを解除すると5人の人影が入ってきた。

 先頭を歩くのはハルだ。駆け込んできたハルは一直線に部屋の最奥にあるアルマの方へ行く。

「アールーマーちゃん」

「あー、もう室長! 挨拶ぐらいしてください! 失礼します、医療部長。機器の定期点検と新設に来ました。こちら許可証と報告書になります」

 須賀谷は紙の束をアストレに渡すと急いで己の上司である歩くトラブルメーカーの元へ向かう。実力は天才なのだが、性格と為すことに難あり――一部では天災と言われるその室長の『実績』は数えきれないほどだ。それを分かっているため誰も引き留める者はいない。

 そのあとから入ってきたのは結城だった。

 後ろ手に拘束された結城に土方は拳銃を突き付けている。

 それも扉が閉まるまでだった。しまった瞬間、銃をしまうと拘束を解く。

「規則は規則なもんでね、総司令」

「かまわんさ土方君。むしろ寛大すぎるのではないかね? それに、今の私は総司令ではないよ」

「はぁ。あなたが自分は無実であるとさえ言ってくだされば、そしてそれを証明してくだされば私もここまでしないのですがね。万が一のことを考えると眷属でもあるあなたを拘束もせずに移動させるというのはいろいろと問題があるのでね」

「私にも、話せることと話せないことがあるのだよカスト君。……この事件を快く思っていないというのは確かだがね。だからこそこうして話せることは話し解決へ導こうとしている」

 椅子に腰かけた結城はもう一人の同伴者を隣に座らせる。

「前に話しただろうが彼が、由田君だ。PFOをガライア規格になおす手伝いをしてくれた私の後輩だよ。正常稼働していればサーバの責任者でもあったが、ね」

由田ゆだ大翔ひろとです。……改めて、よろしくお願いしますよ医療部長さん」

 白衣をきた中年の男は研究室所属のタグをつけている。

 真ん中で分けられた少し長めの髪は見事なウェーブがかかっている。どこか陰気な雰囲気を持っているがその声音はとても通る。よく言えば自信ありげな、悪く言えば傲慢な目つきが印象的な男だった。

 差し出された骨ばった手を握り握手を交わす。

「そういえば以前にも、ガライアの実験などで顔を合わせたことはありましたね。こちらこそ、よろしくお願いします」

 そう返しながらもどこか警戒している自分がいることにアストレは心の中で舌を巻く。これまでこんな感情を抱いたことはなかった。

(これは、主の思想に引きずられるっていうヤツなのか……?)

 席に着くと芦部が運んできてくれたお茶を飲み気持ちを落ち着かせようとする。

 結城がこの本部にいること、聖王がゲームにログインしていること、そしてゲーム内に人を送り込んでいること。これらは彼女のオペレーターであったビルギットや光騎士などこの部屋に出入りできるごく一部の人間しか知らないことだ。そこに既知の顔とはいえ新しく人が加わるということに緊張しているだけかもしれない。

「ではさっそくですが、本題に入るとしましょう。VR:PFO内で動いている不可解なプログラムと例のPRキャラクターの誤作動は関係あると考えられます」

 それが起きたのは2018年12月20日、ちょうどアラキアがログインした日だった。

 ザ・モルス=アルヴァディア・リーパーに対抗するためのプログラムの入れ物としてPRキャラクターであるユーリをかたどったアバターを使った。システムに外部からの干渉を検知されぬようとられた措置だが、その夜、結城の前に現れたユーリは不可解な動作をし消え去ってしまったのだ。

 単なる起動ミスかと思われたが調査したところ休止状態から復帰できない状態となっていた。この事態は開発者である結城も予測していなかったらしく頭を抱えていた。

 その後、VR:PFO内で本来は稼働しないはずのプログラムが動いていることが分かったのだが、断片的にしか情報を得られず詳しい調査はできていない。今日のこの報告も大部分は仮説であった。

「……やはり、近いうちに再度データを取得したいところですか」

「これだけでは私だって何も分かりませんからね。……しかし、まぁよくも裏でこんなことを。『ディーバ』は外部からの干渉を感知すれば全プレイヤーを殺すと言ったじゃないですか。それとも、本人がここにいるから安全だとでも?」

 やはりどこかイライラする。

 見えない場所で拳を握りしめたのはアストレだけではなかったようだ。背後で杖をきつく握りしめる微かな音がした。

 当の結城本人の表情は何も変わっていなかった。メディアの前に出る時のようなポーカーフェイス。そしてその裏を見透かせない声音。最近はそればかりだ。

「また、人を送り込むといっても、今度は誰を送るつもりですか? ビルギットや芦部看護師、それに土方さんはさすがに怪しまれますよ」

「それならもう決まっている。彼らの了解もとった。と、いうよりは迫ってきたというべきかね。北米支部から1人、ヨーロッパ支部から1人……ユニータ君とフィデ君だ」

「《光騎士こうきし》を2人ですか!?」

「まあまあ、通信が繋がっている。話すといい」

 差し出された旧式の通信機を耳に着けると明るい声が聞こえてきた。

『どうも、アストレ。後ろにカストもいるんでしょ? 久しぶりね。また喧嘩してないかしら? 大丈夫?』

「ご丁寧にどうもありがとうございます。……兄さんに代わりましょうか?」

『あら、その必要はないわ。話は聞いてると思うけれど、近々フィデ連れてそっち行くからよろしくね』

「……その件なのですが、大丈夫なんですか?」

『なにがかしら? 私の仕事はジュークがやってくれるって言ってくれたし、私が行くんだからフィデが来るのは当然よね?』

 ジュークがやってくれる。

 その裏に『ジュークに無理矢理押し付けた』という真相を読み取り思わず苦笑する。彼女ならやりそうであり、そして彼なら引き受けてしまうだろう。

「で、フィデさんが付いてくるのが当然、というのはどういった意味でしょう?」

『何言ってんのよ、フィアンセがついて行かないとでも思ったのかしら?』

「へ?」

『……婚約……してる。から、……当然。……守るべき』

 彼女らの言葉と突然聞こえたフィデの声にアストレが二重の驚きを感じていると「よろしく!」という声と共に通信は切れた。

 これは受け入れるしかない。それしか考えることができずアストレは結城に頷いた。

「では、そういう段取りで頼む。我々は消えたユーリ、そしてVR:PFOについてさらに手助けが何かできないか考えてみることとするよ」




 《廃獄峡はいごくきょう

 今、歩いているダンジョンはその名にたがわず禍々しい雰囲気とうち捨てられたもの悲しさが漂う場所だった。深部に潜れば潜るほど地面の裂け目から覗く溶岩の色は鮮やかさを増していっていた。

 さすがにフィールドとは違い何度かモンスターと戦闘になっているが、やはりこのダンジョンのレベルはここ一帯では高い部類に入っている。私のレベルにはまだまだ届きそうにないが、安全マージンをとっているはずの同盟内の大多数とほぼ同等かそれ以上のレベルのモンスターしかいない。

 この地が未踏の理由はそこにあるのだ。

 砂漠の暑さではない、また違った溶岩の熱さが籠っている。経験上一番近いと思えるのは惑星ドラクの火山エリアヴルガーにあった洞窟だが、そことはかなり雰囲気は違う。まだあちらの方が空気が軽かった。

「……まだ?」

 フィールドとは逆に後ろからついてくる人物に呼びかけるが返事はない。

 何もアクションがないということは、まだまだ進めということなのだろう。

 マップを開いてみるとかなり奥まで来たらしくダンジョンの踏破率も高い数値を示している。あと少しでボス部屋がある層までたどり着けるだろう。

 最前線とはいえ、ダンジョンボス程度ならば一人でも倒せないことはない。

 ただし、怖いのはこのダンジョンが隠し要素や連続するダンジョンだった場合だ。その場合、ボスは相当な強さをほこることになる。

 エイムス大陸のパーティー推奨高難易度ダンジョンでは雑魚の一撃でさえ死ぬことがある。それと同等の難易度のものがこの大陸にもあるはずなのだ。通常ではたどり着けず、クリアもできない超高難易度のダンジョンが。

 仮にデスゲームとなったことで撤廃されていたとしても、エリアの中でも北の砂漠や赤土の荒野などという名前が付いた小さな区分で分けられたエリアの大ボスなどはエリアボスとまではいかなくともそこそこの強さだ。エイムス大陸でいうミノタウロスなどもその部類になる。奴らには一人では挑みたくない。

 そうこうしているうちにひらけた場所に出る。

 マップを開くとこの先が最奥らしい。

「……これ」

 直観的に先に進むのはまずいとわかる。

 念のためマップを開き確認してみるが結論は変わらない。

 《円筒の宝物庫》とは比べ物にならないほど広いダンジョンだったが、ボス部屋はまるまる一層に渡って広がっている。それだけでも危険だということはわかるのだが、ボス部屋と待機スペースを区切るのは巨大で重厚な扉。待機スペースも一パーティー分どころかフルレイドが余裕で入れそうなスペースが確保されている。

 扉に刻まれた絵は、岩石砂漠から始まり広大な砂砂漠とその中央部にあるオアシスの街、そして巨大な動物の骨の下では獣人たちが火をおこし生活している姿がある。このダンジョンを描いたと思われる場所の上空には雄々しい火竜が飛んでいる。

「……この絵は、砂漠エリアデゼルト? ……でも、なんでエリア全体の絵なんか」

 普通ボス部屋前扉や扉がないダンジョンだと通路のレリーフはそのダンジョンやボスについての解説を果たしている。しかしこのレリーフはそういった情報が少ない。分かるのはどうやらドラゴンが関係しそうだ、ということぐらいだ。

 《遠景の宝物庫》のボスといい、このエリアは竜をモチーフとしたボスが多いのかもしれない。

「ねぇ、さすがにこの先は危険だよ。行くにしてもみんなを連れて行かないと」

「………」

「一回ギリークに戻ろう? そうすればフルレイドでここを攻略……」

「アルマー!」

「え?」

 待機スペースに駆け込んできたのはアラキアだった。手に持った剣はボロボロでモンスターの猛攻を潜り抜けてきたことが分かった。

「あ、アラキア……、どうして……ここ……」

「とび出してくのを見て急いで追いかけたんだよ。けどモンスターの群れに手こずっちゃって。何も言わずに出てくから何かあったんだろうって。準備が出来次第ハイドが《尾行》スキル使ってみんなを連れてきてくれる」

 回復ポーションを飲んだアラキアは空き瓶を無造作に投げ捨てる。

「で、その子が今回の原因だな。一体何が目的なんだ?」

「ボクにもわからなくて。ただ、この先に行ってほしいみたいなんだ」

「……なぁ、俺たちは命がかかってるんだ。いくらなんでも理由を知らないでこれ以上協力することはできない。話してくれないか? 君自身のことは後でもいい。君は、俺たちに何をしてほしいんだ。そして何故それをしてほしいんだ」

 アラキアのきつめの口調にも動じず、彼女は私たちに背を向け扉の方へ歩いてゆく。

 扉の前で立ち止まった彼女は大きく息を吸い込むと弦をはじいた。軽やかなリズムが刻まれ澄んだ声が響く。

「……《吟唱》?」

 点灯したアイコンはスピードアップ。続いて歌われた力強い歌では攻撃力アップ、シヴィアハイエルフ・ガーディアン戦でも歌われた曲では防御アップとリジェネ効果が発動する。

「……お願い、倒して」

 初めて聞いた言葉に反応を返すよりも早く白い手は扉を押し開く。

「あ、おいっ!」

「………」

 振り返った彼女の口元が動いた。しかし扉が開く轟音に紛れ言葉は聞き取ることができなかった。

 そして彼女はそのまま幽霊のように消え去ってしまった。

 宙を舞う粒子の向こうには巨体が見えた。赤い鱗に覆われた身体は今まで見てきたどのモンスターよりも大きい。かぎ爪一つは軽く剣の長さを超える。

 ネームタグの横に4本のHPバーが表示され、赤竜――プロミネンスフレイムドラゴンが動き出した。

「……っ!?」

 その横に表示されたマークを見て思わず息をのむ。

「エリア、ボス……!?」




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