第39話 砂の大地
踏みしめているはずの大地に足が飲まれていく。沈み込んでゆく足を引き抜くとまた一歩前に出た。
見渡す限り砂。雲一つない空。照り付ける太陽。
とは言っても、そこまで暑くはない。2月半ばということもあり気温は真夏のじめじめとした日本の厚さに比べればまだ耐えられるほうだ。
森林エリアのエリアボス攻略後、新エリアである砂漠エリア、通称デゼルトへやってきたはいいが次のエリアボスへの手掛かりをなにも見つけられずにいた。森林エリアとの境界付近は岩石砂漠だったため歩きやすかったのだが、砂漠エリアの主街区ギリーク周辺を含めエリアのほとんどが砂の砂漠のため歩む速度は当然低下、さらには視界も巨大な砂丘で遮られ悪く方向感覚もつかみづらいとなれば攻略速度が遅くなるのもうなずける。
シヴィアハイエルフ・ガーディアン攻略の場に現れた《吟唱》スキルを持つ謎の少女の情報も全く集まらず攻略同盟の士気は低い。主にダンジョンや探索に出ている人員だが変わらない景色と斬攻撃が効きづらいサソリなどの甲殻系モンスターにうんざりしてきているというのが現状だ。
広さのわりにモンスターの種類が少ないというのも関係しているだろう。
他にも石化の異常状態をかけてくるモンスターもいて厄介だ。
だが、うんざりしているプレイヤーだけかというとそうでもない。この気候、そして状況だからこそ本領発揮できる人達がいる。
ガルドグルフをはじめとする獣人プレイヤーたちは砂漠に適性があるらしく森や街よりもこの砂地での戦闘や探索をむしろ楽しんでいる。擬態や砂の中に隠れたモンスターを高確率で看破することもできる。
「あーあ、飛べたら楽なのになぁ」
私も砂漠での戦闘や探索が初めてというわけではない。
大旅団の戦闘部員として訪れた惑星ドラクでは砂漠での護衛任務や殲滅任務に就いたこともある。
だが、決定的に違うことがある。
あの時は空を飛べたのだ。だからこそ誰よりも機動力があり移動もそこまで苦労しなかった。砂に足をとられることも避けることができたのだ。
今はもちろん飛ぶことはできない。
スキルがあるということはないだろう。落下による衝撃もある程度の高さとスピードがあればダメージ判定が出る。それこそ空を飛んで墜落でもしたらHP全損ということもあり得る。仮に跳べても、現実同様そう簡単に飛ぶという動作を習得できるわけではないはずだ。
「こう、ふわっと……と、うわっ!」
両手を広げて地面を蹴ってみる。が、見事に足をとられ顔面から砂地に突っ込む。
口の中に入った砂を吐き出すと、服をはらい立ち上がる。
前にもこんなことがあったような気もする。
「よぉう! アルマー」
「よう! にゃはははははは」
砂埃をあげながら器用に砂丘を滑り降りてきたのはガルドグルフだった。その肩にのり手を振っているのはマオだ。
「こんなとこで会うなんて珍しいね。どうしたの?」
特に分担をしているわけではないためどこにいようと勝手なのだが、この広大なフィールドで偶然出会うなど珍しい。特にこの一帯は砂丘が延々と続いているため道もない。すぐそばを通っていても気づかない場合も多い。
「単純に見かけたから来たんだけどよ」
そういったガルドグルフの横腹にダメージ判定ギリギリの強さでマオの踵がめり込む。痛みは感じない仕様だが衝撃波ある。最初のうちは痛みのない衝撃というのは不思議な感覚だったのだが、慣れてきた今、プレイヤーたちの中でそれは痛みと同意義となってきている。
「ぐえっ」
「あほぅ、アンタが迷子になっただけだろ。まったく、組む相手を間違えたと見たにゃ。……というわけで道教えてくれるとうれしいにゃー?」
アンタも迷子だろ、という言葉は飲み込みマップを開く。
何せ私たちも街からまっすぐ歩いてきたわけではない。登るのが大変そうな砂丘や面倒なモンスターは避けている、
ほんの少しの距離ならば足跡をだどって戻ることもできるが、それも時間経過や運が悪ければフィールドの天候によってはすぐに消えてしまう。
それにここには目印となるようなものはないに等しい。
だからこそマップが重要な役割を果たしているのだ。
「えーっと」
マオ達にも見えるように可視化させると地図をのぞき込む。
「って、あれ?」
本来表示されているはずなのだがそこには《No Data》の文字が描かれていた。
マップは一度歩いた場所が登録されたり他人からデータを受けとったりしてつくられていくのだが、非表示になるということはほとんどない。一番可能性として大きいのは阻害系のデバフだがそれがかかっている様子もない。
「あー、やっぱりか」
「やっぱりって? というか、なにこれ?」
「実はとある噂、というかはクエストについて調べててにゃ。砂漠の幽霊だか、幻影だかっていう話なんだけどにゃ」
「……それって、ボクらも巻き込まれた?」
クエストログを開いてみると案の定クエストが始まっていた。
「そうみたいにゃ」
「……狙ったでしょ!?」
「戦力は多いほうに越したことはないにゃ。ね?」
「ね? じゃあない!!」
とはいえ、始まってしまったものは仕方がない。
メッセージを飛ばすことはできるらしく、ギリークで待つハイドに遅くなるとだけ送るとマオ達に同行することにした。
「うぅーん」
ガルドグルフの肩に座りあたりを見渡すマオが唸り声をあげる。
かれこれ2時間以上地図のない砂漠を彷徨っているわけだが複数回通常のモンスターと戦闘になった以外は特に何も起きていない。クエストの情報にあるような幻影だの幽霊だのといった類のものも見当たらない。
「なんでかにゃー、開始してるんだから条件は整ってるってことのはずなんだけどにゃー」
マオはガルドグルフの顔の毛を無造作につかんだまま後ろを歩く私たちの方を振り返る。
「なんかおもいつかにゃいかにゃ?」
地味にいてぇ、と文句を言いつつも歩み続けるガルドグルフのことも気にしつつ考えてみるがそれに関してはさっぱりだった。そもそも私たちは巻き込まれ地図が表示されない、またはフィールドではなくインスタントマップの可能性もある場所にいる、ということだけしか知らない。
出現する敵や気候は変わらないらしい。ドロップ品も通常と同じだ。
「ねぇ、マオさん。クエストアイテムとかないの?」
「ないぞー」
「じゃあ、ヒントみたいな話は? よくクエスト受ける時に延々と話し聞かされたりするでしょ?」
「んー、なんでも夢か現実かわからなかったって話にゃ。倒れそうになってたところで白い塔にたどり着いて休んだ。で、気がついたら街にいたっていう曖昧すぎる話だったにゃ。NPCだからそれ以上は聞き出せなかったんだけどな」
「……それ、何をして来いっていうクエストなんです?」
「その塔の宝物を持ってきてくれって話にゃ。……証拠がほしいって話だが、報酬がけた違いでな。こりゃなんかある、っていうカンが働いたんだ。にっしっし」
マオの情報収集能力とカンは信用できる。
だが、過去にこういう笑いをしたマオの依頼を受けた先で待ってたのは面倒なことばかりだった。もっともひどかった例をあげれば簡単な探索クエストと聞かされていたものだ。目的のアイテムを手に入れると作動する罠でその下層にある高難易度ダンジョンまで落とされたことがあるのだ。私のレベルだったため余裕で突破できたが、あれが探索したダンジョン推奨レベルギリギリか安全マージンをとった、くらいのプレイヤーなら1階層も突破できないだろう。
念のため装備を確認し腰のポーチにアイテムストレージから取り出したポーション類を詰め込んでおく。このあたりの推奨レベルはまだ私のレベルに遠く及ばないが、ボスエネミーはその限りではない。できれば一か所でじっとしててほしいのだが、森林エリアのシヴィアハイエルフ・ガーディアンのようにこのエリアのエリアボスと戦闘にならないとも限らない。
「ん?」
足を止めたガルドグルフにならい私たちも立ち止まる。
マオも肩から飛び降りガルドグルフと同じ方向を見つめる。
「潜伏型のモンスターか?」
アラキアも武器を片手に緊張した面持ちで私の隣に並んだ。これまでの道中で獣人の砂漠での適応と察知能力の高さはわかっている。スキルレベルが多少高いくらいでは勝てない特性だ。
「……違う。でもなんだ、こらぁ」
「なんかにゃ、妙な胸騒ぎというかにゃ。獣人特有の察知能力だと思うんだけどにゃ」
私もそちらの方面を見つめてみる。
エルフの視力で何か見えないかと思ったからだ。しかし照り返しが強く思うように見られない。眩しすぎるせいか地表付近がぼやけて見える。
「……おい、アルマ。風だ。……妙な風が吹いてやがる」
「風?」
「って、ちょっと!!」
一点ばかりを注視している私たちの肩をアラキアが叩く。
振り返ると同じ方向を指しているが何を言いたいのかはすぐにわかった。
もくもくと立つ煙。そしてそれはだんだんと迫ってきている。先ほど地表付近に集中していたためぼやけているな、としか思わなかったものの正体だ。
「砂嵐っ!?」
ものすごい勢いで迫ってくるそれからは到底逃れられない。建物でもあればいいが、あいにくここは砂漠のど真ん中だ。
日差し避けのフードはしているが、明らかにそれでは砂の侵入を防ぐことはできない。処理の問題でそこまでは再現しなくとも強風と視界の狭まりだけはどうにもならないはずだ。そんな状態で何か起きても対処できない。
「と、とりあえずかたまるんだ。背中を互いに預けて何かあればすぐに行動できるように」
「うん!」
「いまんとこ、まわりにモンスターはいねぇ!」
「周りに罠仕掛けてみたにゃー。何か来ればわかるはずにゃ」
「ナイス! マオさん。ガルドグルフさんも」
そのまま座り込むとすぐに砂嵐に飲まれる。
予想通り砂の感触の再現はそれほどではなく目は普通に開けていられるが、そのかわり視界は現実よりもせばまっている。3メートル先も見えない。強風で衣服の裾が暴れまわる。
「………」
砂嵐は2時間ほど続いた。
途中、陽が落ちたのか砂嵐のせいか暗くなったため携行用のランプをつけた。その淡い光とは別の光が見えだした。
「……月?」
立ち上がれるようになったころには月がのぼっていた。青白い光がフィールドを照らしている。砂嵐に飲まれる前とはまったく違う。砂も青白く見え、昼間とは異なる景色となった砂漠に見とれていると再度アラキアの手が肩に乗る。
「アルマ、あれ」
アラキアがさした方面にあったのは白い塔だった。円形の塔でそれほど高さはないが、他に地面から突き出たものがないこの場所ではそれでさえ大きく見えてしまう。
「なるほどにゃ。つまりは遭難して砂嵐にあって耐え抜けば、って話なのか。一人じゃやりたくないクエストだにゃ。と、いうわけで最後の仕上げだにゃ。攻略、攻略ー!」
ダンジョン名は円筒の宝物庫。
砂漠エリアにある他のダンジョンが味気のない土気色の石や砂岩でつくられた建物や遺跡が多いのに対しこちらは白いつるつるした石のようなものでできているといった異なった雰囲気のダンジョンだ。だが、出現するモンスター自体はレア種が多少多いくらいでほぼ変化がない。
外見通りさほど広いわけでもなくつくりも簡単なためすぐに最奥のボス部屋らしき場所の前までたどり着いた。
「この奥が宝物庫ってわけかにゃ」
「でも、扉付きのボス部屋……しかも、最上部をまるまる占拠しているってあまりいい予感はしないんだけど……」
PFOのボス部屋は大きく分けて2つに分けられる。扉があるか、ないかだ。
扉がある場合はレリーフが刻まれている場合が多くそこからボスや特殊ギミックのヒントを得られることも多いが強力なボスである可能性が高い。逆に扉がなく特徴的な柱や簡易的な門といったものだけで仕切られているものはボスとはいえ弱いことが多い。
その他にもそのダンジョンにおけるボス部屋の位置や面積、待機スペースの大きさといった要素で変わってくるが、今回のコレは嫌な予感しかしないのだ。もちろんクエストであるという時点で強さのレベルは限られてくるが、そもそもこのクエストの推奨人数というものがわかっていない。
もしかしたらキャラバン規模の集団を想定したものかもしれない。
とりあえずは扉に彫られているレリーフを見ていくことにし、よく見えるよう手に持った灯りをかざす。
描かれているのは宝物庫の名の通り数々の財宝だ。時折かきこまれている背景や柱といったものからこの塔だというのはわかった。
そして一番奥と思われる場所に鎮座する巨大な生物。それを見て思わず小さく悲鳴をあげる。
鋭いかぎづめにネックレスと思える財宝をかけ、角にはその巨体に似合わないほど小さな王冠が刺さっている。財宝の山の上におろしている足はうろこに覆われいかにも力強そうにみえる。
「……ドラゴン」
「マジかよ」




