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第27話 負の感情

「正気ですか!? 馬鹿ですか!? 阿呆ですか、あなたは!?」

 その後言える限りの罵詈雑言を一通り口にしたカストはため息をつく。

 カストの前に立つのはアラキアだ。それも『聖王カルマ』としてだ。本来ならば許されるような言葉ではない。

 しかしアラキアは何も言わずにたたずんでいた。

「まさかとは思いましたしいくつか予想はしていたとはいえ、本当に最悪のパターンを提案してくるとは!」

「でもできないわけじゃない」

「そうですが」

 そこまでいうとカストはため息をつきソファに腰かける。その顔は呆れを通り越している。

 彼はよく知っていた。だからこそだ。

「……はぁ。あなたも彼女と同じで言って聞くような人じゃありませんし、できる限りの支援はしましょう。ですが」

 強い口調に戻ったカストはソピアーで床をつく。

「1つ、約束してください」

 カストの言葉にアラキアはゆっくりと大きく頷く。

「……もちろんだ」




 だんだんと青に染まっていく陸地を見てマントの下で剣の柄を握りしめる。

「いよいよだな」

「うん」

 数時間前に確認作業が終わり出港した。船に舵はあるが所詮は飾り物だ。出港時と戦闘時の位置変更にしか使わない。

 もう後には引けない。

「アルマ様」

「……なに? それよりもキッド、様はつけなくていいって言っているのに」

「ですが」

「アルマ。はい、復唱!」

「ア、アルマ……様……」

 一呼吸おいて様と続けるキッドに私はため息をつきそうになる。あまりリスクは背負いたくない。

「おい、アルマ。そろそろ部屋に戻るぞ。夕食だ」

 時計を確認したトガが私の腕をつかむ。

「え、ちょっとトガ、まだ話が……!」

「そんな頭が回っていない状態で話してどうする。休むことも必要だ。キッド、お前もいいな?」

「は、はい!」

 そのままぐいぐい部屋のほうへ引っ張っていくトガに引きずられる。

 彼女の言い分も分からないわけではない。何より誰かと共にいることに嫌気がさしてきた時だったからちょうどいいと言えばちょうどいいのだ。

 だがキッドは私に何か伝えようとしていた。それを遮ってしまうのはどうなのだろうか。

 部屋に入ったトガは入口の鍵を閉めるなり私をベッドに放り投げる。

「な、なに? 夕食じゃないの?」

「貴様、鏡を見てみろ。ひどい顔をしている」

 そんなことフードと仮面で顔を隠しているのに何故わかる、という私の言葉は私を射る赤い瞳が細められたことで消えていく。

「……まさか、見えているの?」

「ああ、はっきりと。この世界への接続がクレアレアによって行われていることを忘れるな。《使徒》の目にははっきりと負が見える」

 《使徒》には負のエネルギーが見える。

 いつ聞いたのかは忘れたが、トガはそう言っていた。彼らにとって重要なエネルギー源だからなのかそれとも彼らそのものだからなのか、《使徒》には負のエネルギーを感じるだけでなく見ることができるという。

 それがどんなにわずかなものでも知覚できるらしい。

「気を張りすぎだ。貴様は休むべきだ」

「でも……」

「一人で抱え込むな。いいな? とにかく、明日一日は休め。……私の予想だと、明後日の夕方から夜だ。わかっているな?」

 今夜中には外海へ出れる。そうして1日何事もなく過ぎ環境への順応をはかるだろう。このゲームはそういうところは律儀なのだ。

 そしておそらく慣れたと思われる頃、最大の難関にぶつかる。

 それが何なのかはわからないが、イアンたち情報屋の手でいくつか候補はあがっている。

 1つ目は嵐にあうという何ともベタなもの。2つ目もベタだが大型の魔物に襲われる。3つ目にあがったものは海賊に襲われるというものだがこれは一番可能性が低い。

 なんにせよ、危険なのは確かだ。

「……わかった。トガのいう通りだよ」


 いつの間に眠っていたのだろうか。

 布団を押し上げると身を起こす。室内の一画のみかろうじて読み書きできる程度のカンテラの灯りで照らされている。机に座り何やら長い羊皮紙に書き込んでいるトガは湯気をたてるカップの中身をすするとペンを置く。

「起こしてしまったか」

「……いや。何してるの、トガ?」

「今まで得た情報をまとめていた。それにパーティー編成と戦略を練り直していた。今のままではいささか不安があったからな」

「トガも休まないと」

「私なら大丈夫だ。睡眠は《使徒》にとって嗜好品と同じ。ただの趣味の範疇さ。……ゆっくり休め」

 さらに灯りを落として再びペンを取ったトガは黙々とペンを動かす。

 真剣なそのまなざしを誰かと重ねながらうとうととまどろみ始めた。


 次に目が覚めたのは陽が高く昇ってからだった。

 部屋にトガの姿はなく、机の上に用意してあった軽食を1人頬張った。部屋のドアを閉めてしまうとよほど大きな音やドアに直接与えられたもの以外は聞こえなくなる仕様のおかげで部屋は静まり返っていた。

 船特有の揺れも再現されていないため海のど真ん中にいるということをついつい忘れてしまいそうになる。

 それすなわち戦闘区域であるということだ。

 街中やホームとは違い、ここではダメージを受ければHPが削られる。部屋の中でも同じだ。

 逃げ場はない。

 唯一あるとすれば死に戻りすることぐらいだろうか。転移ポータルやアイテムを使う以外で転移する唯一の方法。それが死戻りだ。死戻り先はフィレインの円形広場。あの翼の生えた女神像の前となる。

 むろん、それは今のこの状況において避けなくてはいけない事態だ。

 だが、もしものことがあった際はその場で蘇生するのではなく死に戻りし戦闘から離脱するように伝えてある。攻略は何度でも挑戦できるが死に戻りできるのは3回までだ。4度目の先に待つのは死。

(……やっぱり適役か)

 全てを書き記した羊皮紙はなかったが考えるのに使ったらしい殴り書きのメモからはイアンを指揮役として据えるらしい。キッドがタンク、ガルドグルフをアタッカーのリーダーとしレイドに備える。

 例外的に私とトガのみは互いをバディとして遊撃にまわる手筈だ。

「……すごい考えられてるな」

 散らばるメモを拾い集めるといくつもバツで消されたり線を引かれたり逆に書き足されたりしている。名前の横に記された数字やアルファベットはパラメータだろう。

 よくそこまで集めたものだ、と感心しているとトガが部屋に戻ってきた。

「多少はいいな」

 ポツリと呟きソファに腰かける。

「アルマ、ちょっと来い」

「なーにー?」

 トガが自分の横に座るよう手を動かす。

 その手が私の額に移動する。

「つめたっ!?」

「冷やしてきたからな。気持ちいいだろう?」

「うん、気持ちいい。でも痛くないの?」

「この世界では痛みは感じない。大原則だ。動きもそうだが、表情もだいぶ柔らかくなったじゃないか。昨日の心ここにあらずって顔よりはましだ」

「なにそれ」

「全て貴様のことなのだがな。まあいい。私はもう少し空ける。夕食までには戻るが無理はするなよ」

 ニヤリと笑ったトガに私はふくれる。

「まるで病人を扱うみたいに……酷いじゃないか!」

「これから大変だからそれくらいきっちり休んどけってことだよ、阿呆。じゃあな」

 ソファから立ち上がったトガは部屋から出ていく。

「……自分の状態ほど気づかない、ってものか。ホームで合流した時よりはマシだが」

 扉の向こうで呟かれた言葉は当然聞こえなかった。


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