第26話 王と光騎士
約1か月。
この無機質で殺風景な場所でただひたすら待っている。だが、眷属として研ぎ澄まされた感覚では常に監視されていることがわかった。
今日は、その人の気配がだんだんと少なくなっていった。
部屋に灯された灯りが消え暗闇に包まれえる。
カツカツと階段をおりてくる足音は見張りのモノではない。
高い場所にある窓から差し込んだ月明かりの中、鉄格子越しに白い姿が浮かびあがる。
右手が軽く振られると監視カメラが青い火花を散らして粉々に砕け散る。これで監視するものは何もない。何を話しても大丈夫だ。
「……どういうことだ、マルクト」
白の人物は右手に1通の手紙を握りしめそれを結城のほうへ突き出す。表情は仮面に隠れて見えないが、その声音には怒りと困惑が込められていた。
「わざわざ私を呼びつけるくらいだ。わが組織を危険にさらしてまで動いたのだ。それ相応のものなのだろうな?」
「……ええ、約束いたしましょう聖下。1つ確実に言えることは、このままでは」
「このまま? どの状況をさして『このまま』と言っている? 総司令が囚われた状況か? 大旅団の現状か?」
「いえ、ペルグランデフェデュスオンライン。VR:PFOの状態です。このままでは、死者が。っ!?」
青い光が弾け結城は床に叩きつけられていた。
手足を拘束していた枷が耳障りな音を立てて粉々に砕け散る。
「……死者? 死者だって?」
「聖王カルマ?」
「もうとっくに出ている! 5738! これが何の数字だかわかるか!」
格子をすり抜け、一瞬にして結城の目の前まで移動したアラキアは右手のひらを結城に向ける。その手の先では青い炎がゆらゆらと揺れる。
「分からないとは言わせない。……1か月で5738人。それだけの数の人間が死んだんだ」
「5000だと?」
「ああ、そうだ。言っておく。……今の僕は冷静じゃない。返答次第では、僕は、……私は、守るために聖王として力を振るう」
炎は形をとる。
右手に握られたのは剣形状のパージ。その切っ先は真っすぐ心臓に向いていた。
「このままではどうなる? 答えよ、マルクト」
「要求はモールス大陸の攻略。船で渡る必要があるが、レイドで海に出てはいけない。……全員死ぬ。レイドパーティーは壊滅するのだ」
澄んだ青空に地平線の海の青が溶けて交わっている。
初めて乗り込んだ船の舵の前で大きく深呼吸すると鼻の中まで冷たい感覚が反映された気がした。
「どうだ、フィティリス号は?」
「最高だよ」
気分は海賊だ。海賊旗が上がっていれば完全にそうだ。
がっしりとした船体はつやつやで美しい黒樫。さすがはノースガルム地方の最高級品といえる。真っ白な帆も、下げられたロープ、備品の1つ1つに至るまでできる限りランクの高い素材を使っただけある。
美しいだけでなく頑丈なのはこの状況ではとても重要な要素だ。
甲板には50人近いプレイヤーが思い思いの場所に立っている。
「資材の積み込み終わったぜ!」
「こちらも航路の情報収集・計算終わりました」
「人員の確認終わりました、光騎士アルマ!」
階段をのぼってくる3人のリーダーの姿を見つけると、各々担当してもらっていた個所の報告をしてきた。キッドの大旅団式の敬礼につられて『聖王』の返礼をしそうになり、慌てて光騎士としての動作をする。
思った以上に染みついてしまっている王としての所作を驚きつつ、ふと寂しさを感じた。
「ごく……お疲れ様、感謝する。……えっと、出発時間は変えないでよさそうだね」
メニューを開き時刻を確認するとまだ昼前だった。
出発は夕方としているためまだ時間はある。
「集合時間は15時。それまでは何しててもかまわない。それでいいかな?」
「あなたがそれで構わないのならば私からは異論ありません。あなたがこの同盟の盟主ですからね」
「ではそのように」
解散させ割り当てられた部屋へ戻る。
ランタンの光がゆらゆらと揺れ部屋を照らす。船と同じ素材で作られた家具は美しい光沢が光る。普通に素材をそろえ作ろうとしたらどれほど金が飛ぶかはわからない。
トガと共有するとはいえ船長室にあたるこの部屋はとても広い。
ふかふかのベッドに横になっているとノック音が響く。
「……誰だ」
ソファでくつろいでいたトガはカップを置くと扉を開ける。
トガが対応している間に仮面をつけフードを被ると椅子に移動する。トガの方は常にフードを被っていることにしたらしく今もその格好で対応していた。
「キッドとイアンだ。どっちも個人的に話があるらしい」
「別々に聞いたほうがいい内容?」
「どちらでもいいらしい。イアン曰く同じ内容だろう、だとさ」
「……分かった。通して」
まだ解散してから30分も経っていない。もう少しゆっくりしていたいところだが、話があるというのならば聞かないわけにはいかない。
ソファに2人を案内したトガは紅茶を入れに部屋を出ていった。
「話とは?」
自然と背筋が伸び動作や言葉遣いが変化する。
自分でも驚くが半年は無駄ではないらしい。むろんこのすべての知識を自ら学んだかと言えば違う。多少は書に込められていた記憶を参考にしている。未だにすべては読み解けないが《継承者》は代々高い地位にいたせいか役に立つ知識は多い。
ふと、先代の《継承者》であるあの騎士のことを思いだした。彼はどうしているのだろうか。災厄が収束した今、干渉する気はないと言っていたが、遺跡で話したときにはまた会おうとも言っていた。
それができるのも無事このゲームをクリアしてからだ。
「では、私から」
予想通り先に口を開いたのはイアンだった。
キッドは緊張した面持ちで座っているだけだ。彼については何を聞きに来たのか大体の予想がついている。
だが、イアンの「同じ内容」というのは予想できない。彼は大旅団員ではないはずだ。ならば私の正体についても知らないはず。キッドが聖王と話しに来たと予想している現状には合わないのだ。
「まず最初に、失礼ですが何故顔を隠すのか教えていただけませんか? 情報屋という性質上、気になってしようがないのですよ」
「別に大した意味はない。強いて言うのならば、光騎士だと名乗る気がなかったからだ。私の容姿は目立つから。これで十分?」
「ええ、十分です。ではもう1つ。これが本題なのですが……あなたは何者ですか?」
楽し気にその瞳が細まったのを見て内心ため息をつく。
集まったとき、聖王の返礼をしそうになったあの瞬間はしっかりこの男に見られていたらしい。キッドについてはあのあと口止めはしたがそうする意味はほとんどなかったと見ていい。
すくなくとも、この男については。
ここは素直に認めてこれ以上噂として広まることを避けたほうが得策だ。カストには怒られるだろうが、それも年単位で後のこと。ここは自分でどうにかするしかないのだから。
「それについてはあとで正直に答えよう。というよりキッドの話を聞いたほうが早いだろうね?」
「え、えっと」
「いいですよ。私は別に怒っていませんし、こちらからそうおねがいしたのですから。ですが、それは今この場をもって一度撤回します」
キッドは椅子から立ち上がると膝をつく。
「聖下、これまでの非礼お詫び申し上げます」
「気にしていないといいました。それにあれはこちらからの願い。……さて、イアン。これで十分ですか」
「ええ。もちろん」
「では、このことは他言無用でお願いします。大旅団最大の機密事項ですから。……もし、漏れた場合はそれ相応の対応をします」
「わかりました。こちらも情報屋としてのプライドがあります。もし、私が原因で情報漏洩が起きたとなれば、その時は煮るなり焼くなりどうぞ?」
ふふ、と笑う男にカストとは違う腹黒さを感じる。だがそれでもこの男は信頼できるのだと判断した。
私自身は分からないが、記憶はそう理解していたからだ。
「そうそう、対価というわけではありませんが私からも通常他言することのない情報を渡しておきましょう。私の本名は紅井理久。何か問題を起こしたら探していただいて構いません」
生き残っていたらですけどね、と笑みを浮かべながら言うイアン。
ポッドを手に部屋に入ってきたトガはその様子を見るだけで大体このことは察したらしい。机に紅茶を置くとおとなしく部屋の隅に移動していった。
「さてと、私もいつまでも機密を漏らす可能性のあることはしていたくありません。キッド、聖王の名のもとに命じます。私にはあくまで光騎士アルマとして接しなさい。なお両名、この場でのことにかん口令をひきます。以上」




