第18話 3回まで
たくさんの人が話すザワザワとした雑音が耳に届く。
足の下の地面は草地ではなくかたい。人の声以外に聞こえるBGMもSEもない。
視界の調節が完了したのか、ぼんやりと見えていた灰色っぽい景色が鮮明になる。
「……ここは?」
まったく見覚えのない場所だった。
VR:PFO内だろうが特徴的なオブジェクトもなく、ただ立つための空間があるだけ。見た目もただの四角い板、それもワイヤーフレームだけのようにも見えてしまうほど雑なつくりだ。
インスタンスマップだとしてもありえない。
VR:PFOは結城が長年かけて作り出した独立システム上で動かされている。完璧な仮想現実世界の実現を目指した彼ならどんなに些細なことでも手を抜かないはずだ。
《Alarm:Forced transition》
強制転移。
それは先ほどの赤い光だったのだろう。
通常、転移アイテムがなければフィールドから転移はできない。あの時、所持アイテム内に転移アイテムはなく使用しようともしていなかった。むしろリセットされた転移先の再設定をしようとしていたのだ。
プレイヤーを強制的に転移させることができるのはGMくらいである。
そしてGMがゲームに干渉してくるということは何かガライア側だけでは対処しきれないトラブルが起こったということだ。
(なら、なんで強制ログアウトじゃないんだ……?)
トラブルが起きた際の最善策はプレイヤーの強制ログアウト。これもGM権限でのみ可能だ。
そして強制転移も。
周りからは不安げなささやきが聞こえてくる。
(強制ログアウトをしなくてもいい程度のトラブル……? それともできないほどのトラブルなのか?)
できない、というのはありえない。
無理矢理ガライアを外してしまえば接続は途絶える。数日麻痺が出る可能性もあるがいずれは治るもののためほぼ問題ない。
なんにせよ何かしらのアナウンスがあるはずだ。
そう思ったとき、空間の中央らしき場所に巨大な火柱が立つ。やがて炎は赤ローブを纏った人の姿を取った。
赤ローブのデザインはどこか総司令の制服を思い出させる。GMアバターだ。
(結城さん……?)
いつもはおろされているフードを目深にかぶったアバターは注目を集める中、ゆっくりと両手を広げる。
「ようこそ、夢現世界へ」
空間に響いた声は低く落ち着いた声だった。
ざわついていたプレイヤー達が静まり返る。
「私の名はディーバ。このVR:PFOの、現在のゲームマスターだ」
「……ディーバ?」
聞いたことのない名だ。
少なくとも開発過程で聞いたことはない。そしてあのしゃべり方は結城ではない。
アバターの中に別人が入っている。感覚としてはそう言うのが正しいだろう。
しかし彼のことだ。これもメディアの1つととらえ偽っている可能性もある。そのような場合は見抜くのはほぼ不可能。
現実では眷属のつながりをたどれるがここではできない。
「なぜこの場へ全プレイヤーを集めたのか。それはペルグランデフェデュスオンライン、『正式』サービスの開始を宣言するためだ」
再び場を人々の囁きが覆っていく。
正式サービスはすでに開始されているはずなのだ。11月11日15時開始。
すでに3時間の時が経とうとしている。
「プレイヤー各位については、今後の説明によくよく耳を傾けることを推奨する。だがまずは……」
管理者用のメニューが開かれいくつかの操作がなされる。
画面の中央が押された瞬間、首元で光が弾ける。光が消え去ったのち、そこにあったのはガライアの補助機器であるチョーカー型クレアレアリトスだった。
青い宝石が首元で淡い光を放ちながら揺れえる。
なぜ現実世界の機器がここに現れるのだろうか。不安になり耳を触ってみるが亜人の特徴である耳はとがったままだった。クレアレアを完全展開している感覚はしないため、仮想現実世界であるということは確からしい。
「それはこの世界において生きる証となる。死に戻りできるのは3回まで。4度目はこの世界で生きる権限を失い、二度と戻ることはできない。自らの残り回数は宝石の輝きによって判別できる」
周囲の人のクレアレアリトスを見ると、4面に分かれた宝石は全面に青い光が灯っている。一度死に戻りするたびに1面ずつ光が減ってゆくのだろう。
だが、それが3度までとはどういうことだろうか。
いくらもとから厳しいルールだったとはいえ二度とプレイできなくなるというのはやりすぎなのではないだろうか。
「……勘違いしているプレイヤーも多いだろう。言っておくが、二度とプレイできない……それは単に強制ログアウトさせられ接続権がアンインストールされるわけではない。4度目の死を迎えたプレイヤーは、実際に死ぬ」
「……え?」
「君たちプレイヤーはこの世界で生きる住人だ。当然他の世界である現実へ『ログアウト』することはできず、死を迎えたのなら死ぬのが摂理だろう? それに、3度も生き返れるようにしているのは最大限の配慮だ」
その言葉に混乱する。
これは、チュートリアルでもイベントでもないのか。トラブルが起きたわけでも、ない?
メニュー画面を呼び出すとそこにあるはずのログアウトボタンが消えていた。直接コマンドを打ち込んでも反応は返ってこない。緊急用のコードも試してみるが何も反応はかえってこなかった。
どうにか現状を理解しようとディーバと名乗ったGMアバターのほうを見ると、念を押すように彼は人差し指を立てる。
「だからと言って一方的ではおもしろくない。クリア条件を与え、達成された暁には生存した全プレイヤーのログアウトを実行しよう」
宙に現れたホログラムウィンドウには巨大な樹が映し出されている。
VR:PFOのパッケージにのっていたあの樹だ。
「モールス大陸。その大陸のグランドクエストクリアが条件だ。大陸ボスを倒す。実に単純な条件だ」
「……馬鹿な」
「エイムス大陸のグランドクエストのクリアは関係ない」
「……む?」
「疑っているプレイヤーも多いだろうが、これはイベントではない。これらはペルグランデフェデュスオンライン本来の仕様だ。なお、現実世界にて強制的にガライアを外す、ログアウトさせようとする……またはそれに準ずるような妨害をした場合、プレイヤーの死につながると言っておこうか。魂を打ち砕かれた人は死に、完全な無へ戻る」
「……っ!?」
必死に理解しようとするが頭が働かない。
魂を、打ち砕く?
「……これでチュートリアルを終了する」
呆然と立ち尽くす中、再び赤い光に視界が覆われる。
転移の光に包まれる中、耳に届いたのはプレイヤーたちの叫び声だった。
「どういうことですか!?」
本部内の一室に駆け込んだアラキアは集まった光騎士とその中央に立つエリックの顔を見渡す。
だれもが悲痛な面持ちで目を合わせてくれない。
「……結城総司令が……拘束されたというのは。VR:PFOが……デスゲームになったというのは!?」
「本当ですよ。そして、VR:PFOが……デスゲームとなったというのも。警察はGM権限を持つ結城総司令を犯人だと考えたようです。それに……ディーバ。GMが名乗ったその名は結城総司令の昔のプレイヤーネームです」
「けれども!」
落ち着かせるようにエリックは両手でアラキアを制す。
「アラキア、結城総司令が犯人だと決まったわけではないです。事を荒立てぬために素直に従っておくと言っていました。……ですが、否定できるだけの証拠がないのも事実です」
「不幸中の幸い、といってはいけませんが……被害者数は全世界で15万人に抑えられています。ほとんどが日本に集中しているという事実はありますが、対応は進められています。しかし、ゲーム内部への干渉はできませんでした」
淡々と述べてはいるが、カストの視線はそらされたままだった。
沈黙ののち、エリックが口を開く。
「アラキア、伝えておかねばいけないことがあります」
「……はい」
「このVR:PFOにアルマがログインしていますよね。彼女のクレアレアリトスに宿る光は」
「すでに1つ光を失っています」




