第17話 夢現世界
『これより、サービスを開始します』
そんな自動音声案内と共に視界が開け一瞬白い光に包まれる。
足先が石畳に触れる感触がし、一気に風景が目に飛び込んできた。同時に幾人もの歓声が耳に届き、空気を震わせる。
続いて軽快な音楽がフェードインしてくる。弦楽器のような音が緩やかなメロディーを奏でている。PFO時代から変わらないフィレインのBGMだ。
初期装備のプレイヤーの中にちらほらとPFOからデータ引継ぎを行ったらしいプレイヤーの姿を見かけるが、すぐに人の波に飲まれる。
15万人。それだけの人数がこの街に立っているのだ。
円形広場と教会を中心に半径5キロある円形の街となったはじまりの街フィレイン。
順次ログインしてくるため人々が移動し始めても円形広場の人が減る様子はない。
私もとりあえずは初期装備に切り替えるとフィレインの南門を目指し大通りを南下し始めた。引き継ぎプレイヤーがかなり少数だと分かった今、下手に熟練者であることをアピールしてしまえば人に絡まれかねない。
それだけはごめんだ。
ここは他のプレイヤーに紛れフィールドに出て他の地方を目指したほうがいい。
初期装備とはいえレベルはかなり上であるため高難易度ダンジョンさえ挑まなければある程度までなら動き回れるはずだ。そこからは到達しているプレイヤーは限られるため元の装備に戻し遊んでも平気だろう。
フィールドに出ると街道沿いに南下し途中の分岐で進路を西へと変える。
レベル帯が一段階上がるためここからは人が少なくなるはずだ。
先ほどまでは狩りつくされ見られなかったエネミーの姿がちらほらとみられるようになってきていた。
剣を抜き放つと行く手を阻むエネミーを無造作に斬りつけ走り抜ける。一撃で消滅したエネミーの光の残滓が舞う中、わずかながら経験値が加算される。
目指すはエイムス大陸北西部、ユーランド地方だ。
少なくとも1週間はかかる計算だが、最初の目的地はホームだ。転移地点のリセットが行われたことにより転移ポータルの再登録が必要となったからだ。自らのホームを転移ポータルとして登録しておきたいのだ。
フィレインは初期登録されているため飛び出してきたが、順番に他の主要都市も回らねばならない。
道中、寄れそうなところには寄るとしてもエイムス大陸を制覇するには1か月以上かかるのは確実。まずは場所を絞って回ることにしなくてはならない。
順調に伸びていくアクセス数を見て結城は笑みを浮かべる。
総司令室で1人、執務机とセットになった椅子に腰かけ動き出した新たな世界の様子を見守る。
「…………」
不意に一番下の引き出しを引く。何も中身の入っていない引き出しは容易に開き静止した。
いつもは気だるげな瞳にうつるのは全く違った色だった。
小さく舌打ちをすると乱暴に引き出しを閉める。傷1つなく整理整頓された執務机が音を立てる。
「……っ」
再び視線を画面に戻すがその顔に笑みはなかった。
表示させたホログラムキーボードの上を手が動く。
夕日に照らされた室内で、エンターキーが静かに押された。
だいぶ日も落ち景色は夕日に染まっている。
時刻を確認すると17時。あと1時間ほどで夕食の時間だ。
2時間で移動できた距離はそれほどでもない。少し高い場所に登ればフィレインの街ははっきり見える。
「……確か、この辺だったよな」
ログアウトするにしても適当な宿屋を探さなければいけない。PFOからの仕様から変わっていなければフィールド上での即時ログアウトは不可能。どうしてもしたいのならばできないことはないが、一定時間その場にアバターが放置されるため場所と時間を考えなければ、次にログインしているした時には死に戻りしたうえ装備やアイテムもすっからかんということがあり得る。
その状態のプレイヤーを執拗に狙うエネミーまでいるほどだ。運営側もおすすめはしないだろう。
記憶ではこの辺に小さな村があったはずだ。そこにたどり着きログアウトするのが一番だ。
陽が落ちる前に安全圏に入らなければ、と足を速める。
フィールドに出現する敵は時間帯によって異なる。
ちょうどこの辺から異常状態を仕掛けてくるエネミーが出始めるのだ。アイテム欄を確認することもなく飛び出してきたため異常状態を解除するためのポーションが入っていないことに気が付いたのはついさっきだった。
普通なら3個ほど入れているはずの麻痺の解除ポーションは腰に下がったポシェットにも見当たらない。
異常状態は全て5段階に分けられる。レベルが高くなるほど厄介になる仕様である。
麻痺を例に挙げると、レベル1は動きにくくなる程度。それでもかなり歩みは遅くなる。レベル2が動きにくさが増しかつアーツやモーションに阻害が起きる。レベル3はアーツや動きがことごとく阻害され歩くのが困難になる。4は自由が利かずともなんとか手だけは動ける状態。5にもなると完全に動けなくなる。そうなれば完全にモンスターの餌食だ。
このあたりに出現するのはレベル1の異常状態しかならないが、それでもデバフがかかるのは避けたい。
その気になれば一撃で屠ることは容易だが中には仲間を呼び寄せる厄介なモノまでいる。囲まれれば状態異常を受ける可能性は高まる。
そいつらは夜になるとポップする割合が高くなり、同時に暗闇に紛れるのが得意なためできれば早めに安全圏に入りたい。
進む先に敵エネミーを示す赤いアイコンが表示され剣を握りしめる。
スキル《索敵》を発動するとアイコンの横にエネミーの名とレベルが表示される。
(wild boar:ワイルドボア Lv:4)
初期の雑魚エネミーだ。安価な肉と牙、皮をドロップする以外特に面白いものはない。しいて言うならば突進系攻撃の練習相手にうってつけだということぐらいか。
アーツ:ハックバッシュを発動すると瞬時に背後に回り込み剣で斬りあげる。
未だにシステムに引っ張られる形だが鮮やかに煌めく刀身とアバターの軌跡は見事なものだ。これの感覚を掴めるようになれば次の攻撃にうつるまでの隙が少なくて済むだろう。完全展開体で戦う感覚とはかなり異なるがこれもこれでとでもいい。
途切れた林の向こうに小さな農村を見つけ走り出す。
夕食まで時間があるのならばアイテムの補充をしておきたい。緩やかな坂を駆け抜ける。
柵で囲まれた村の門に近づき門を守っているNPCに挨拶をする。
ここで話しかけておくとのちに発生するクエストがあるため、先にフラグを立てておくのだ。PFOではただの食材アイテムだったが実際に味わえるVR:PFOでは美味しいご褒美になるだろう。
畑を囲む柵の一部が壊れかけていて困っている、という話を聞き終えるとひとまず宿を探すために村へ足を踏み入れる。
その時だった。
景色が静止する。
同時にさわやかな風のSEも鳴りやみ静寂が場を包む。
「……っ!」
まるで汚灰に包まれたときのような悪寒が走り両腕で身体を抱える。
反射的に手が剣の柄を掴み、ほんの少し引き抜く。臨戦態勢をとったまま動きを止めていると不意に目の前に赤い文字が浮かび上がる。
《Alarm:Forced transition》
強制転移。
その意味を理解する間もなく文字と同じような赤い光に包まれた。




