第12話 覚醒実験
今日のガライアの置いてある部屋はいつももとは違う空気が満ちていた。
秘密裏に運び込んだモニター類が部屋の端にまとめられている。そしてアストレを中心とした医療部の精鋭たち、ハルを筆頭とした研究部の人員、そして眷属と結城と私たちで選び抜いた人員に集まってもらっている。
研究部の人間が大半を占め、この部屋に集まっているのは総勢40人程普度。
聖王の制服こそ身に着けているものの、ここにいる人は全員私たちの正体を知っているため仮面とフードは外し素顔を見せている。
長椅子に腰かけ床から浮いた足をぶらぶらしていると結城が声をあげる。
「さて、始めるとしようかね」
事前に概要は結城と話し合ってあるため任せておけばいい。
彼の後ろにアラキアと共に立ちながら成り行きを見守る。
「まず最終確認だが、自分の役割は理解しているだろうね?」
仮想世界への接続は訓練用の高性能型ガライアを用いて行うことになっている。
主に技師と医師は私たち付きとトガ付きの2つのチームに分かれる。今回の覚醒実験は何が起きるかわからない。状況によってはガライアの調節も必要になるだろう。
接続からうまくいくかさえわからないのだ。
一応ロックは解除してもらったが、意識のない相手に使用したことはない。
「では、各自準備を始めてくれたまえ」
説明が終わったらしくトガの元へ向かう一団が部屋を出ていく。
「我々も準備をしようか」
「ああ、うん」
今回のために整備してもらったガライアの前に移動するとクロークを脱ぐ。下に着ているのは検査着だ。ガライア接続中、常時モニタリングするうえでこの服装のほうが楽だという理由で着ている。
クレアレアリトスがついているチョーカー型の補助機器のみ首元につけ、ガライアの中に入る。
若干ひんやりとした感触に驚く。どうやら体を預ける部分の素材を変えたらしい。指先で押してみると弾力性がありながら柔軟性もありフィットする。
「アルマさん、いいですか」
「あれ? カストさん?」
ガライアの外に立ちこちらをのぞき込んでくるカストはいつもの白衣姿なのは変わらないが、首に聴診器をかけている。弟のアストレと思わせる姿だ。
アストレはトガのほうへ向かわせたためここにはいない。
「あなたとアラキアさんに関しては医師を1人つけるという約束でしたよね。専属医師であるアストレは向こうの担当なのであなたには私が付くことになりました。ちなみにアラキアさんには弥田医師が」
「うん」
今日集めた医療部員はアルクスに集められた人のみだ。だからこそ安心してアストレをトガのほうへ向かわせた。
てっきり弥田あたりが私につくことになると思っていたのだが、まさかカストだとは思ってもいなかった。
「……ああ、もしかして」
「うん?」
「私が医師免許を持っていることを知らないのでしょう? 安心してください。これでも前職は医師ですので。……個人的な理由で辞めてしまいましたが」
「心配してないから大丈夫だよ。……始めて」
体の力を抜いて背もたれによりかかると、ガライアの補助機器に加えて様々な機器が付けられていく。コードが多すぎて何が何だかわからないが、不快には思わない。
「アルマさん左腕をあげてくれますか?」
「こう?」
「はい、結構です」
くるりと幅が広いベルトのようなものを巻き付ける。
その時に視界に入った治癒バングルにはかなり傷がついていた。戦いに出ることがなくなってからも変わらずつけているバングルは何度も私を助けてくれたアイテムだ。
今回はガライアの蓋部分を開放したまま接続する。緊急時急激に切断することなく接続したまま処置できるようにしたためだ。前に強制切断をされたことがあるが、アレの影響はすさまじかった。
「さてと、準備はできました。いつでもできますよ」
「……はじめよう」
「わかりました」
カストは宙で手を動かす。こちらからは見えていないがガライアのホログラムウィンドウをいじっているのだろう。今まで気にしていなかったが、完全展開していても生身にガライアを装着していれば使用できるらしい。
「目を閉じてください。いきますよ」
「うん」
「ガライア起動。……シンクロを開始します」
光が消えていき、手足の感覚がなくなっていく。最後に音が消え去るとそこは完全な闇の中だった。
『こちら、シンクロ完了しました。いつでも開始できます』
「わかった。こっちも始められそうだよ」
『では完了したら通信を入れてださい』
「わかった」
アストレは新しく部屋の中に設置された機械を見る。
ガライアというよりはジリウラのような見た目をしたソレはベッドと一体化するような構造をしている。バイタルの計測も同時にできるように補助機器も変更されている。
(あとは、うまく接続して稼働できるかだけど)
そればかりはやってみないと分からない。
「よし、アストレさん最終確認終わりましたよ」
「ありがとうございます、須賀谷さん。向こうはすでにシンクロを開始してるようなのでこちらも始めましょう」
完全な暗闇の中のはずなのに体の感覚が戻ってくる。
どこか宙に浮いているような不思議な感覚に羽を広げたくなるが、あいにくその動作はできないらしい。
「へんな感じだな……」
「アルマ君、私もその意見には同意する」
振り返ると結城――レクトルが立っていた。その隣にはアラキアの姿もある。
「回路の負荷をなるべく少なくしようとできる限り情報を少なくしたのだが、床ぐらい実装するべきだったか」
「まあ、感覚的にはぎりぎり分かりますし大丈夫ですよ」
「そうかね。ん? どうやらあちらもうまくいったようだ。仮アバターで具現させるが、二人とも準備はいいかね?」
「いつでも」
「大丈夫です」
では、と結城がボタンを押した瞬間、暴風が吹き荒れた。
エラーを表す警告音が鳴り響きハルは赤い光が灯ったガライアに駆け寄る。
「結城!?」
「うぅ……」
感覚遮断が解除されたのかうめき声をあげた結城は頭を押さえ体を丸めていた。
「結城! 大丈夫!?」
「……ハル、君……か?」
顔をあげた結城の瞳は焦点が合わずぼんやりとしている。
弥田はハルをその場から退かすと結城を支え簡易ベッドに移動させた。
「急な切断による反動だな。じきに治るはずだが。で?」
「……一体何があったのですか?」
「……どうやら、私だけ弾かれたようだ」
話すには問題ないらしく横になり目を閉じたまま結城は口を開く。
「システム的には問題ないはずですよね?」
「そのつもりだ。トガ君と2人はどうだね?」
「順調です。すでに3人の回路は繋いであるのでうまくいっていれば接触しているかと。こちら側からできることはもうありません」
「そうか。……なら、あとはうまくいくことを、彼女が答えてくれることを願おうか」




