第10話 提案
ガラス越しに見えるのは同じ顔。
しかし反射しているものではない。
総司令室に集まった私、アラキア、カスト、アストレは結城に連れられ地下にあるトガの部屋に来ていた。私とアラキア以外は何があるのか知っているらしく特に気にした様子もなく結城に従っていた。
いつもなら開けることのない部屋を隔てる扉のロックを解除すると私たちを彼女のベッドサイドまで誘導する。
「そろそろ説明してくれるよね?」
ここまで入れた時点で彼女自身に何か変化があったというわけではないということは確実だ。免疫力の低下などがあればここではなくもっと深部にある無菌室に移され、私たちでさえ立ち入りを制限するはず。
しかし良い方向にも変化はなさそうだ。
「実は、アストレ君やカスト君と話し合ったところトガ君と話せるようにできる可能性を見出してね。君たちにも、確認を取ろうかと思ってね」
「トガと話せる可能性……?」
彼女を覚醒させる方法、と言わないあたり何かありそうだ。
続きを促すと結城は私に旧式のガライアを手渡してくる。1週間の試運転をしたときに私が使用したモデルで完全に持ち歩きには適さない。あの頃は補助機器が多かったり起動や接続に時間がかかったりと実用レベルではなかった。
性能も今の最下級モデルのほうがいいくらいだ。
ずっしりとした重みが腕にかかっている。
「ガライアとは」
「……?」
結城は胸元に手を当てる。
「魂とリンクし稼働する機器だ。ARやMRでは違うが、VRではそうなる。……大旅団発足当初やそれ以前では脳とのリンクだったがね」
「……魂とのリンク」
「察しの良いアルマ君なら理解してくれると思うのだね」
「……魂」
アストレによればトガは脳死状態というわけではないらしい。そもそもクレアレアで身体を構成しているトガという存在に脳死という状態があり得るのかは不明だが、反応上はそうなるという。そして魂のほうもこうして存在し息をしている以上死んではいない。クレアレアで構成された状態で魂とのつながりが切れればその場に何も残さず霧散する。
肉体と魂の関係性は私でさえよく理解できていないため言えるのはそれくらいだ。
「……まさか」
ガライアという機器から1つの答えを導き出す。
何も話を聞くだけなら現実世界でなくともいいのだ。
「仮想現実世界で、話そうって言うの?」
「その通りだ。事故防止の観点から製品版のガライアには接続時、意識の有無や身体状態、精神状態のチェックが入り適合せねば接続できないようになっている。まれにすり抜けてしまうことはあるがね。だが、そのロックを外せば意識のない状態でも接続は可能だ。そしてこれは推測だが、魂を具現させたともいえるアバターに働きかければ、いわゆる魂の覚醒ならできるのではないか、とね」
「…………」
あまりの突拍子のない提案にしばし沈黙する。
確かに理論上はできないことはないだろう。
だが。
「……失敗すれば、魂は……砕け散る」
そもそもクレアレアで構成された肉体に魂を宿し存在している状態でさえイレギュラーなことなのだ。呪いを受けているといってもそれは、輪廻転生の輪から外れさせただけ。魂自体を殺してしまえば不死という呪いはないと同様だ。
私とアラキアでさえ、魂を打ち砕かれてしまっては無へとかえり再び現世へ戻ることは不可能。黄昏の海岸という場所も魂があってこそだ。
「たしかにリスクは大きいが、提案としてはどうかと思ってね」
「できないことはないだろうけど……トガはもとより、ガライアは膨大なクレアレアの流入に耐えられるの?」
ただ接続するだけならクレアレアリトスに蓄えた分で補え、回路も耐えられるようになっていいる。クレアレアを受けとめる素質なら十分すぎるほどあるため心配はしていないが、それは平常時だ。やりすぎれば無防備な状態である今、その魂を打ち砕きかねない。
災厄が一時的とは収束し平和が戻った今、無理矢理彼女を起こす必要はあるのだろうか。
普通に考えるのならば、次の災厄の顕現には数百年数千年単位で猶予はある。いつかは情報を聞き出させばならないが、今すぐの必要はない。
そっと彼女の手を握ってみると温かかった。
場合によってはこの温かさを奪うことになりかねない。
彼女にとってこの世界はどうなのだろうか。ここは彼女の世界と同じようであって、全く異なる結末を迎えた世界だ。彼女の願いはかなった。しかし、ここにいるアラキアはアラキアだが、彼女の知るアラキアではない。
違う枝葉の先にある世界で起こった事象は変わることはない。
目を覚ましても、ここは理想であり同時に地獄だ。
「仮にガライアの回路が耐えられたとしても、トガはどうだろうね。覚醒した後のことは考えてあるの? あくまで推論だけど、ボクならば……見てはみたいけど、ここには残りたくない。ここは生き地獄だ。……いっそ、このまま目覚めないほうがいいとさえ思うだろう」
「アルマ君」
「トガにとっての本当の世界は滅びたんだ。彼女にとって、ここは偽物なんだ。……ごめん」
彼女がそう思わない可能性はある。しかし、私ならばそう考える。
いっそ、満足したまま幸せな夢を見ながら消えてしまったほうが楽だと。この世界に戻ってきてもあるのは喪失感だろう。
そっと背にアラキアの腕が回される。
彼女には、この感覚はない。
「ではアルマ君、いや聖王。質問を変えよう。……聖王として、トガを目覚めさせるべきかどうか。どうかね?」
「……すべきだ」
一瞬言葉に詰まるが私はそう言う。
災厄を防ぎ、滅びの未来を迎えさせないことが聖王としての役割。そしてそれに備えることも。
ならば唯一、滅びの未来を知り自らが災厄の器となった事のあるトガは貴重な情報源だ。多少強引にでも聞き出すべきだ。
(……そうか)
「……レクトル、そなたは私にそうするしか道はないと、結局はこの道を選ぶことになると言っているのだな」
「ええ、その通りです」
「回りくどいことを……」
私はため息をつく。
「……なら、最初から光騎士であるボクに総司令権限で命じればいいのに。わざわざ聖王を通しても面倒なだけでしょう?」
「私はあくまで提案していただけなのでな。強硬手段はとらないつもりでいた。迫ったことではないしな」
意見をききたかった、と結城は微笑を浮かべる。
「彼女が苦しむようなことはしたくないのでね。ガライアでの接続のみして、のちの選択は彼女自身にしてもらうというのはどうかね? 最後の一押しのみ任せるというのは可能かね? 彼女が目覚めるという選択をしなければ今回は見送ればいい」
「また随分と難しいこと言うよね。アラキアに手伝ってもらえばできると思う」
「アルマは集中力はあまりないからな」
「んな、失礼な!」
吹き出したアラキアは誤魔化すように私の頭をなでる。
「もー、そうやって話をそらそうとするんだから!」
「ごめんって! 本気出せばすごいもんな。特に追い詰められたときとか」
「フォローのようでフォローになってない!」
「だって本当じゃないか。って、ちょっと殴るなって! 地味に痛い」
軽く握った拳でアラキアの二の腕辺りを殴る。もちろん本気ではないが相手がイスクだということは分かり切っているため、少々力は強めだ。
その後、詳細な実施方法と時間を決めると今日は解散した。




