第9話 デメリット
「……っ」
目を開くと半透明な外殻を通して入ってくる光で若干薄暗い空間が目に入る。密閉された空間だが計測された生体データに従って快適に過ごせるよう調節されているため不快感はない。
見た目は旧型と同じだが、最新鋭のガライアだ。一般に普及しているガライアは超小型化したため最低限の動きをする程度にまで性能を落としてある。VRを例に挙げるのならば若干ラグが起きる可能性があり、モデルもよく見ると荒い。
しかし、この大旅団限定のモデルならば現実とまではいかなくともかなりの精度で再現可能だ。だが、一般型より深く接続し現実からの感覚を遮断する高性能型は問題があった。
「はーい、お疲れさま」
出入り口でもある前面部分が持ち上がり入ってきた光に目を細める。
目の前に立つのは櫓木春。大旅団での名前をハルと呼ばれる研究者の女性だ。腕は確かだが、少々難ありというのは本部勤めの大旅団員なら誰もが知っていることだ。
ハルは手際よく私の体から補助機器や計測器を外し収納する。
すべてを片付けた終わるとハルは私をのぞき込むような格好で聞く。
「そろそろ動ける?」
動けるか。
これが大旅団モデルの一番の問題だ。
一般的モデルは本当に必要最低限の感覚遮断と接続しか行わないのに対して、使用者がイスクであるという前提のある大旅団型は使用者への負荷制限が甘く設定され高出力での運転が可能になっている。そのことによって高性能が実現されているのだが、VRから切断後しばらく体が動かしづらくなる。
魂と肉体の接続が希薄になるからだとか、より深く踏み込むからだとかと言われているが数分で回復するためそこまで問題視はされていない。一時は感覚遮断が強すぎるのではと囁かれ医療部の協力のもと大規模な実験を行ったが、問題はそこではないということは確認された。
私個人の考えを言うのならば、情報量が一気に膨れ上がるのが問題なのではないかと思うのだ。
いくら魂とリンクするとはいっても、そこに流し込まれる情報量は生身の人間が普段受け取っている情報量よりははるかに少ない。接続が切れ現実世界に戻ると受け取る情報量が一気に増え処理しきれず体が反応できないのではないか、と考えているのだ。前に結城や春にそう言ってみたが、その可能性もある、という言葉のみで真相は分からない。
軽く手足を動かし慣らすとゆっくり起き上がり装置の外に出る。
やはり部屋の電気が眩しく感じた。
「結城さんは?」
「少し前に部屋に戻ったよ。ほい」
上から大旅団の白いクロークが降ってくる。シャツの上から羽織ると、部屋の端にあったベンチに腰かけ水を飲む。かなりの時間ガライアを使用していたため軽い脱水状態になっている、というのがアストレの判断だ。前に2日間連続でテストした時は、緊急ログアウトさせられた。それから使用前と使用後には水分を取ることという条件が加わり、一般向けモデルでは一定時間ごとに警告が出る仕様が追加された。
「シャワー使うなら手配するから言ってねー」
「わかった。……そういえば春さん最近は何も作ってないの?」
聞いてからしまった、と思ったことは言うまでもない。
いくら最近静かだからと彼女が何もしでかしていないことなどないのだ。私が知らないのはおそらく、結城たちが耳に入らないようにしているからだ。
「おもしろいスキルを数個PFOに追加したのと、コレ! じゃじゃーん」
「……なんですか、これ」
嫌な予感がして壁ギリギリまで後ずさる。
春の手に握られているのは光剣のような棒状のものだ。しかしかなり細くどこかに取り付けられるようにストラップのようなものが伸びている。
「ガライア専用スティック型補助機器。タッチペンみたく使うのもよし、何かに見た立てて使ってもAR機能で補完できるから万能! 例えばペンでしょ、剣でしょ、マイクでしょ」
「ペンはいいとして剣とかマイクって……」
「あれ? まだ話いってない? VR:PFOが安定したらAR側でもゲームを展開しようって話」
「知らない……」
まだVR:PFO自体稼働していないのだ。ガライアの機能として安定して稼働しているのはユーリによるライブと通信機能、VRだと会議程度だ。その後のことなどまだ考えていない。
「音楽ゲームか戦闘を想定してるみたいだけど」
「戦闘? 音楽ゲームはまだわかるとしてもARで戦闘? ……それってかなり大規模だし大変じゃない?」
「そこで役立つのがこのハルちゃん特製スティック型補助機器! ARを通してみればなんにでも変化可能! ついでにちょこっとVRの感覚遮断機能を応用して感覚までそっくり! ……って、どうかなーと」
「……ゲーム内容とかその機器の性能はともかく、感覚遮断機能はAR側には使わないほうがいいと思うよ。……なんでかは漠然としてるけど、危険だと思うから」
「えー、ガライアの時点で身体に変な負荷がかからないように何重にもセキュリティ引いたのに!? アレ結構大変だったのにー! ねー、褒めて。褒めてよ聖王さまぁー」
「ちょ、ふざけないでくださいよ!」
抱き着いてきた春を軽く避けると立ち上がる。
限度をわきまえているのは知っているが、やはりこの人の相手を1人でするのは面倒だ。
汗もひいてきたため個人用のガライアを装着すると荷物を持って部屋を後にする。自分の部屋に戻ると翌日の準備を済ませ夕食に向かおうとした。部屋を出ようとした瞬間に鳴った呼び出し音に驚きながらARモードを作動させると、目の前に結城のホログラムが表示された。
『やあ、急にすまないね』
総司令室で1人でいるのか総司令の制服ではなく白衣姿の結城の手には魚肉ソーセージが握られていた。白衣もはだけているところを見ると、あれから誰とも会っていないらしい。
「夕食前だから手短に」
『それはすまなかったな。しかし、アルマ君にとってとても重要なことだと思うのだがね』
「ふぇ?」
『詳細は今夜はなそう。22時ごろ総司令室に来れるかね? うまくいけばそう長くはかからないし、私も長引かせるつもりはない。最悪打ち切って今週末に再度話すつもりだ』
ソレが何なのかは通信では言わないつもりなのだろう。
もしくは情報の観点で言えないものなのか。
私は頷くともう一度時間と場所を聞き通信を切った。




