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第111話 盟主不在の攻略集団

 アークルイナの拠点の一室に漂う空気は非常に重いものだった。

 ナハイラの姿が消えたのち、その場に残されたプレイヤーたちはどうにかそのあとを追う術がないか模索した。しかし、物理的な追跡もできず、追跡スキルも機能しなかったためあきらめざるを得なかった。

 ひとまず拠点に帰還することを決定したプレイヤーたちだったが、アラキアをはじめとした数人が反発したのは言うまでもない。その中にトガと共に突入してきた鎌使いの女性プレイヤーも含まれていた。今も眉をつり上げ押し黙ったまま彼女はレクトルの背後の壁に寄りかかり立っていた。その隣には片手盾を使っていた男性プレイヤーの姿もある。

「……ひとまず、状況の整理をしましょう」

 数分ぶりか数時間ぶりかイアンの声が室内に響く。

 いつも自ら進んで進行役を務めていたイアンだったが、今回ばかりは心底嫌そうな顔をしていた。

「第75層のボスの撃破及び第76層の解放を確認しています。76層のボス部屋前までのマッピング自体は問題ないと思われますが、ボス戦に関しては見合わせる必要があるかと。ナハイラがまた罠を仕掛けていると思われますし、対抗策を探さなければいけませんからね。幸い75層の攻略で死者はでなかったのですから……」

 その言葉に返答はなかった。

 アストレとカストの間に座ったユーリが何か言いたげに視線をさまよさせるが、部屋にいるほとんどの人が視線を下に向けていた。死者はでなかったが、と、誰でもが口にするのを我慢しているようだった。さすがのイアンも背もたれにもたれかかり手で視界を覆い大きなため息をつく。

 静まり返った部屋に扉の開閉音が響く。

「待たせた」

 部屋の空気を意に介さない様子で部屋の奥の方へ歩んでいったトガは空いている椅子に腰かける。

 これで最奥の椅子以外はすべて埋まっているが、それが逆にその椅子の主の不在を強調していた。

「イアン、何か話していたなら続きを」

「話していたといえば話していたのですが、思うように進まなくてですね。先に別件を処理しても?」

「わざわざ私に聞かなくてもいいだろう。私は上司でも何でもないのだから、好きにしろ」

 トガの言葉に軽く肩をすくめたイアンは、では、と、きりだす。

「まず、あなたたちについてですね。自己紹介をお願いしても?」

 レクトルの背後に立っている2人組は顔を見合わせる。女性プレイヤーが、行け、と言うようにテーブルの方を指さすが、男性プレイヤーは猛烈な勢いで首を横に振る。

「……意気地なし」

 ポツリと呟いた女性は背を壁から離し姿勢を正す。

「あたしはシナミ。大旅団戦闘部特殊攻撃隊所属のソロよ」

 シナミの言葉に部屋中の視線が集まる。

 特殊攻撃隊と言えば、アルマと同じ所属だ。その中でもソロと言えば、高い戦闘能力が保証されるかわりに性格や協調性に難があるとされる、いわゆる問題児だ。片手で数えるほどしかいないとされているが、戦闘面以外で注目されることは少なく実態を把握している人は少ない。

「色々言いたいことはあるけれども、あとでいいわ。次」

 シナミは横に立つ男性を小突く。困ったような委縮したような様子で男性は一歩前に出る。

「えっと、俺はエンガです。大旅団関係者とかじゃなくて本当にただの一般人で……」

「でも、イスクの適性はあるわよ。反動キャンセルはできる。……で、ちょっとだけ時間をもらっていいかしら? 最低限の自己紹介は済ませたでしょう?」

「ええ、どうぞ」

 イアンが頷くなりシナミはアラキアとカストの方へ向き直る。

「こうしてこっちで顔を合わせるのは初めてね」

「これまではメッセージで済んでいましたからね。それで? あれだけ攻略に加わる気がないと言っていたあなたがどうしてあの場に?」

「もちろん、攻略に加わりたくないことに変わりはないわよ。けれども」

 シナミの声に怒りが混ざる。

「聖王様に危害を加える輩がいるのならば話は別よ」

「それはどういうことですか? あなたが聖下に対して特段の忠誠を誓っていたような記憶はありませんが」

「あら、心外だわ。……まあ、信望者って言うのとは違うし、その認識であっているかもしれないわね。あたしは命令されるのは嫌い。束縛されるのも嫌い。けれども、なによりくそったれな現実世界が大嫌い。……でもね、そんな嫌いな場所でもたった1つ好きな場所があるのよ。わかるかしら?」

「見当もつきませんよ。しかし、あなたが饒舌になる程度には好むものだということは把握出来ました」

「さすがは情報部長さまね。とくにかく、あの方のためなら話は別。パーティーに組み入れられるのは拒否するけれども、エンガとペアで遊撃の戦力くらいにはなるわ」

 シナミの言葉に隣に立つエンガは目を見開くが諭される前に諦めたように肩をすくめる。言われた以上、断れないと判断したのだろう。

「わかりました。ありがたく力を借りることにしましょう」

 そこで言葉を切ったカストは眉一つ動かすことなく続ける。

「で、本題はなんですか?」

「話が早いわね。要件は2つ。向こうの世界に戻ったらエンガのイスク適性を調べてほしいの。イスクの追加人員募集、あるでしょう?」

「ええ、ありますね。リストに加えておきましょう。他にも勧誘候補者はいますから」

「じゃあ、次。……必ずあの方を助け出すと誓いなさい。一度、直接手合わせをしてみたいの」

「助け出すのはもちろんですが、手合わせ……?」

 怪訝そうな顔をするカストを気にすることなく、シナミはニヤリと笑う。

「次は必ず勝つの。……あの方は、すごい。きっと勝てない。けれども、どこまでやれるのか直接確かめたい。戦いたい。ああ、考えただけでぞくぞくする」

 青い瞳にギラギラとした光を灯しながら、恍惚とした表情でシナミは言い切る。

 その様子に思わず噴き出したのはアラキアだった。

「その戦闘狂ぶり、アルマそっくりだ。助太刀に来てくれた時に身のこなしを見た限り、相当な実力者だろうしいい勝負をしそうだな」

「あら、もったいないお言葉。……でも、あなたに言われるとお世辞に聞こえちゃうわね。どうせ全部調査済みのクセに」

「相変わらず『私』に対しては辛辣だな」

「そりゃそうよ。私が膝をつく対象の聖王はあなたじゃないもの」

「……辛辣すぎる」

 思わず肩を落とすアラキアにシナミは鼻を鳴らす。

「それはそうとして、ねぇカルマ様?」

「もういっそアラキアとして扱ってくれ……」

「じゃあ、アラキアくん?」

 子供に話しかけるように呼んだシナミにアラキアはさらに肩を落とす。

「なぁ、せめて大人として扱ってくれないか」

「年下ということに変わりはないのに?」

「……シナミ、僕のことをからかっているだろう?」

「いじりがいがある、の間違いね」

「勘弁してくれ。それで?」

「とっとと救出に向けた策を話し合いなさい。ボス部屋前までのマッピングに行ってくるから、戻ってきたら作戦を教えてちょうだい。それじゃ」

 言いたいことは言い切った、と満足気な表情で踵を返したシナミはエンガの腕を引っ張り部屋から出ていく。背中を見送ったアラキアは深々とため息をついていた。

「相変わらず嵐のようだったな……」

「他の大旅団員とはまた違った意味で聖王に魅かれている人間ですからね。……そして特殊攻撃隊所属のソロですから、クセがないほうがおかしい。そもそもここまで会話が成立しただけマシと言えるでしょうか」

「そんなにか? ソロは全員会話が成立しないって言うけど、アルマもちょっと人見知りなだけで話が通じないわけじゃないし」

「あのですね、アラキアさん。アルマさんも大概ですよ。あなた慣れ過ぎていませんか?」

「えー……」

 納得できない、と言ったように口を尖らせたアラキアだが、だんだんとその表情が曇っていく。

「……アルマ」

 机の下で強く握られた拳が震えていた。

「1つ安心材料があるとすれば」

 思わずそう言ってからカストは続く言葉を飲み込む。事実を告げるだけであって、これまでならば迷うことなどなかった。その変化に内心驚き言葉に詰まったのだ。一方でこのような情で進行を遅らせるべきではないと叱咤するいつもの自分もいることにカストは戸惑う。

「あの、アラキアさん」

 結果、カストの口から出たのは歯切れの悪い呼びかけだった。

「遠慮せず言ってくれないか? アルマを助けられるならなんでもいい」

「しかし……」

 部屋が静まり返り名状しがたい空気が場を満たす。

 そんな中、クツクツと笑う声が唐突に響く。

 肩を震わせひとしきり笑ったトガは挑発的な笑みを顔に浮かべる。

「仮にも大旅団の情報部所属が笑わせてくれる。私としては予想もしなかった一面が見られておもしろいものだったが、他の人間からはどうだ? 真実を直視できぬ参謀など頼りになるものか」

「……っ!」

「こう言いたかったのだろう。利用価値がある限りアルマを殺すことはないだろう、と。ただ利用価値があるうちだけだ。それに、殺さないだけで他に何をするかわからない。早急に救出に動くべきだが、そのための戦力をどうするべきか。ナハイラへの対抗策も必要だ、と」

「その、とおりですが、対抗策はともかく、これ以上戦力を捻出できるあてはありませんよ。現在攻略に参加しているプレイヤーに次ぐ実力をもつ層は数が少ない上に差が開きすぎている。とてもじゃありませんが、すぐには動けません」

「ラストダンジョン攻略においての戦力は件のボス戦以前と比べ下がっているわけではない。私がアイツの穴を埋める。……合理的だろう?」

「……確かにあなたならばアルマさんの穴を埋められる。ですが埋められるだけで戦力増加というわけではありません」

「わかり切ったことを。……私は、私として動くだけだ」

 トガの表情が曇るが一瞬のことだった。

「それで、対抗策とやらを聞こうか。あるのだろう、レクトル?」

 トガの問いかけにレクトルは頷く。

「ああ。まず、1つ目はユーリだ。すでに動いてもらっているが、彼女であればハイレベルアカウントによる妨害は防げる。GM権限の制限は解除されていないし解除されることもないだろう。よって、あとはしかるべき場所、ルイナレナス最上部に位置するハイエルフの王宮まで攻略を進めナハイラを打ち倒せばいい。あちらが出てくる気がなくとも、我々が王宮に足を踏み入れさえすれば強制的にヤツは引きずり出される。同時に様々なGM権限も機能しなくなる。ユーリの準備さえ整えばこれまで通りの攻略が可能だろう」

「ゲーム攻略はそれでいいとして、アルマさんの救出は?」

「ゲームクリアこそアルマ君を助けることにつながるのだよ。彼女は十中八九その王宮内に囚われているはずだ。プレイヤーが最後まで足を踏み入れることができない場所だからな。それに我々が足を踏み入れるまではGM権限がフルで使える唯一の場所と言っていい。我々がゲームをクリアすれば自ずと彼女も解放されるだろう」

「今まで通りゲームクリアを目指す、ですか」

「その通りだ。……だが、これまでの攻略はまだ簡単な部類であったと言わざるを得ない。76層からは一段と難易度が上がり、90層以降はより凶悪なモノとなる」

 そうはっきりと宣言したレクトルはメニューを開くと、自らの武器を実体化させ机の上に示す。

「アンチ武器ウェポン。……私でさえこの武器が付与される条件は知りえない。しかし、ごく一部のみ、その条件と所持者となるべき人物を知っている」

 大旅団員を中心に部屋中のプレイヤーたちは驚きの声をあげる。

 PFOでは入手経路不明とされていたアンチ武器ウェポンだが、その実、PFO自体がラースの介入でイスクとアンチ武器ウェポン所持者の選抜システムとして機能していたことは一部の人間のみが知っていることだ。彼らでさえ現時点で所持者がいるアンチ武器ウェポン以外の情報は知らないのだ。そして付与条件など知る由もない。

「それは、どのようにして知った情報なのですか。なぜ今?」

「隠しても意味はないだろう。正直に話すとしよう。ログイン直前にラースから、だ。裏付けなどとれるわけもなく、真偽も怪しい情報であったがため今まで口にすることは避けてきた。私も知らないプレイヤーネームも含まれていたこともある。そして、これまで1つの武器種には1つのアンチ武器ウェポンという原則が覆されることもだ。その他にもあるが、状況から判断して真実であることを認めざるを得なくなった。そしてバランスブレイカーであるアイテムをこれ以上攻略に持ち出すのは大変遺憾ではあるが、個人の矜持よりも優先すべきものもある。そう判断したからだ。一刻も早いクリアに必要であろうとね」

「どの程度の効果が期待できるのですか?」

「私が把握しているアンチ武器ウェポンはあと8つ。黄金弓フィルリピン、護短銃フルプレッブHG-28、世奏琴リラ=リドス、伝杖クラリス、土芽拳バルマン、護小盾スタルク、澄刃シンジタイトサイズ、誓護盾フィシア。それぞれ所持者はクレア君、ハイド君、ユーリ君、イアン君、ガルドグルフ君、キッド君、シナミ君、エンガ君だ。先に言っておくが、なぜその人なのか、その武器なのか問われても答える術を持たない。取得方法についても、所有者に対してのみ伝えるよう幾度となく言われている。この件に対し何か質問はあるかね?」

「聞きたいことはたくさんありますが、その口ぶりではほとんど真っ当な回答は得られないでしょうね。ですので、1つだけ。我々既知のアンチ武器ウェポン所持者はPFO内で付与された武装を現実世界で展開時に使用できました。また一部所持者については逆の現象も。これらの現象は今回新たに取得する人員についても適用されるものなのでしょうか? 適正、があると?」

 強調された『適正』という言葉にアラキアの表情がこわばる。

「それはつまり、アルマに認められないまま所持者となれるだけの素質があるのか。いや、あるはずがないからこそ影響がないのか、ということだよな? 光騎士レベルのイスクなら年齢的にはすでに所持者になっていなければおかしい人間がほとんどだからな」

「それについては答えられる。結論から言えば、問題ない。この世界でのアンチ武器ウェポンは癖の強い強力な武器、として捉えていい。こちらで取得したからといって現実世界でのアンチ武器ウェポンを取得することはない。が、条件さえそろえば取得する可能性は将来的にはあるだろう、との話だ」

「では、ユーリとアンチ武器ウェポンについて全面的に任せていいのか?」

「そうとしかやりようがないだろうからね」

「残りの人員は装備の強化と戦闘の立ち回りの見直し、レベル上げ……準備ができ次第、すぐにでもルイナレナスを駆け上れるようにしておく。異論は?」

「ないとも。ボス部屋前までのマッピングはしても大丈夫だろう。レベリング効率もいいはずだ」

「じゃあ、さっそく取り掛かろう。僕は夕食までの時間で少しでもマッピングをしてくる」

「待って」

 トガは勢いよく部屋を出ていこうとするアラキアの袖をつかみ引き留める。

「私も行く」

 静かにそう言ったトガにアラキアは頷き返すと、そのまま部屋を飛び出していった。そのあとをトガはすかさず追う。

「我々も各々のすべきことを始めましょう」

 イアンの言葉に椅子をひく音が重なり、程なくして部屋からはほとんど人がいなくなった。

 自ずと残ったのはレクトルをはじめとしたアンチ武器ウェポン関係者だった。

「では、こちらも始めるとしようか」




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