第107話 ルイナレナス
プレイヤーたちの歓声がボス部屋に響く。
終わったのだ、と。
「……終わったの……これで?」
信じられないというのが本音だ。
ここに至るまで約2年半。
それが、終わったというのか。
抱き締め合い歓喜に沸くレイドメンバーたちの姿を眺めながら、ふと、1人の人間の横顔が目が留まる。
いつものポーカーフェイスとはまた違った静かな横顔だ。そこに浮かんでいる表情は喜びではなく、どちらかといえば。
「……レクトル?」
不安が首をもたげ彼の名を呼ぶ。
「ねぇ、レクトル……」
こちらを見ないレクトルに不安が恐怖に変わる。
そして、とある彼の言葉を思い出す。
『このゲームの元々の仕様は、現状でも変わらない。その中でクリア条件となる大陸ボスの討伐……真の大陸ボスとは――』
自分でも何をしようとしているかわからないまま部屋を見渡す。
歓喜している人、人、人。そしてそれを眺めるレクトル。
いや、違う。プレイヤーたちを見ているのではない。その先の何かを見ている。ボス部屋の奥だ。
視線を辿ると扉があることに気が付く。
プレイヤーたちの間を縫ってゆっくりと扉に近づく。
ボス部屋には必ずあるタイプの扉だ。入口へのショートカットにつながっていたり、あるいは――。
あるいは。
扉にそっと手をかけ押し開ける。
軽い力で開いた扉の奥には石造りのらせん階段が続いていた。
無言のまま足を動かす。
やがてたどり着いた階段の最上部には分厚い石の扉があった。薄暗くて読み取れないが、表面に何かが大きく彫り込まれている。
力を入れ、押し開くと、たいまつのような光が目に入る。
安全圏である、という表示と共にログが流れる。
そこに書いてある文字に、小さく声が洩れる。
「あ……あぁ……」
必死に理解しようとするが、拒絶する自分もいた。
何分経ったのか、ほんの一瞬のことだったのか。
文字の意味を理解した私は、床に座り込んでいた。
その背後で開かれた石造りの扉には【2/100】と刻まれていた。
アークルイナの拠点は静まり返っていた。
誰もがうつむき、言葉を発せずにいた。
あれで終わりではなかった。むしろハイキングオブストラテーゴステーゴスははじまりだったのだ。
あの時、ログにはこう書かれていた。
『第1層突破。第2層到達。第2層入口地点への転移ポータルが解放されました』
そして扉に浮き出ていた【2/100】の文字。
あれは到達した階層が100層のうちの第2層目だということをあらわしていた。
ハイキングオブストラテーゴステーゴス以上のボスがあと99体待ち受けているということだ。
第1層のボス部屋前にあったレリーフに描かれていたエネミーの数は全部で99。ハイキングオブストラテーゴステーゴスの姿もあったことから大陸ボス以外のボスの種類の推定までは済んでいる。寄り道や回り道をせず、システムの導きのまま順当にたどった時に戦う順番で配置されていることも予想できている。
問題はレリーフの中にあのザ・リートユグドラシル=アンヘルの姿があったことだ。4分の1ほどと数こそ少ないもののモールス大陸のボスの姿もあった。
どのボスも基本は踏襲しつつも、ハイキングオブストラテーゴステーゴスのように厄介な攻撃パターンを持っているだろう。それこそ大剣の二刀流や素早すぎる両手斧、取り巻きの不意打ちといったようにこれまでの常識を覆すようなものを。
さらに、時間的な問題もある。
第1層はボス部屋発見までに5日かかった。仮にこれと同じペースで進めたとしてボス攻略を含め6日で1層とすると、100層クリアまであと594日、つまり2年弱かかることになる。
ここまできてまだ半分以下の攻略進度であったなどと、すぐに認められるわけがない。
私はテーブルに広げていたアイテムを格納すると拠点を後にする。いつもと変わらない賑わいのアークルイナの大通りを抜けると転移ポータルの前に立つ。
「転移、ルイナレナス2層」
次の瞬間、私はルイナレナス第2層の入口に立っていた。剣を引き抜くと安全圏を通り過ぎダンジョンの薄暗い通路を進んでゆく。
しばらく進むと視界端にエネミーアイコンが点灯し行く手を複数のエネミーが塞ぐ。
剣を掲げると躊躇なく群れの中に飛び込みアーツ発動の構えをとる。
「そこを……どけぇ!」
まばゆいほどのエフェクト共に剣が閃き次々とHPゲージを削り切ってゆく。
こんなところで立ち止まっている暇はない。
立ち止まってはいけない。
一刻も早く先へ進まなくてはならないのだ。
徐々にだが攻略速度も戻り、それから半年後には第50層のボス撃破、1年と1か月後には75層のボス部屋が発見されるまでに攻略は進んでいた。
ボスの変更点のパターンも攻略が進むほど割り出されてきており、レベルと装備を整え戦闘中の連携を崩さなければさして恐ろしいものではないことも周知されていった。
犠牲がなかったわけではない。10層ごとあるいは25層ごとに特殊な強化がなされたボスが配置されており、ボス攻略のたびにリトスの光を失う人、さらにはすべての光を失って死亡するプレイヤーも出た。その数は二桁にのぼる。
それでも足を止めることはなかった。
数日前、75層のボス部屋が発見されたとで拠点内には緊張した空気が流れている。
予想されるボスはザ・リートユグドラシルアンヘルの強化種だ。エイムス大陸の大陸ボスの姿はレリーフにはなかったため、エイムス大陸からのボスとしては最後となる。75層ということもあって攻略難易度は桁違いとなるだろう。
剣を机の上に出すと刀身を専用の布で磨いてみる。
夢現世界は現実と違い、鉄の剣を野外に放置していても錆びることも欠けることもない。アンチ武器やクレアレアで生成された武器は現実でも錆びることはないが、手入れをすることは気持ちの上では大きな意味を持つ。
氷の刃をひとなですると、冷気が流れ出る気がした。ザ・リートユグドラシル=アンヘルと同様、泉の水による回復行動があるとすれば、次のボス戦でも大いに活躍してくれるだろう。
クロノスの二振りも取り出すと同様に磨いていく。
クロノスも何度もボス戦で窮地を救ってくれた武器だ。綺麗なグラデーションはこの世界においても健在だ。
「アルマはほんとにその剣が好きなんだにゃあ」
大ジョッキを手にふらりと現れたマオは私の対岸にドサリと腰を下ろす。
「まあ、この世界じゃデータだけど、現実世界でもボクの相棒だから」
「まったく、最初はまんまんとしてやられたにゃ。妙な違和感はあったけど、まさかこんなのが光騎士アルマ本人だなんて思わなかったしな」
「こんなの、とは失礼だなぁもう……」
最初のうちはかなり警戒してマオにさえ光騎士であることは黙っていたが、バレた時のマオの反応はおもしろいものだった。驚いたと思ったらしょげかえり、疑い、落ち込み、興奮し、と普段の彼女からは想像できない表情をたんまりと拝むことができたのだ。
「無礼なことを言ってしまうと、帰った時に手酷い反撃を受けるかもしれませんよ? あの大旅団のお偉いさんなんですしね」
私とマオの会話を聞いていたのか、楽しんでいるようなからかっているような笑みを浮かべたイアンが椅子に座る。
「私としては思わぬ収穫ですし、今後とも贔屓にしていただければ幸いなのですけどね」
「大丈夫だよ。嫌って言ってもカストさんに引っ張ってきてもらうから」
「それはまた大変そうな。無事戻れたら心待ちにしていますよ」
クツクツと笑うイアンに半分呆れかえる。遠回しに聖王として連絡する、と言ってもブレないのだ。
「皆さん、ガルドグルフが軽食を作ってくれましたよ。森林ワームのから揚げ、中央のハーブソースかけです!」
笑顔のキッドがテーブルに置いた代物を見たイアンの笑みが強張る。先ほどまでの笑みはどこへやら、そそくさと席を立とうとしているイアンを私が指さすと、キッドがイアンの肩をがっしりと掴む。
「イアン、せっかくの食事だし、楽しもうぜ? 食わず嫌いはなしだぞ?」
「そ、そんなことは言っていませんよ。少々用事を思い出しまして」
「一口だけでも食べていったらどうだ? ほら」
まるまるとした素揚げを掴んだキッドはイアンの口元に近づける。
「ほら、肉厚ジューシーでおいしそうだぜ?」
そんな様子を見て私も素揚げに手を伸ばす。
見た目は、アレだ。
現実世界でなら悲鳴を上げるであろうでっぷりとした芋虫だ。
しかし、この世界ではとてもおいしい食材でもある。何故かゲテモノほどおいしいのだ。それに調理済みの食材はそこまでグロテスクではない。ちょっとした芋虫モチーフのから揚げのようだ、と言いたいが無理があった。正真正銘のゲテモノだ。
ボンレスハムのようなその物体にかぶりつくと、口の中にじゅわっと濃厚なうま味とまるで高級な肉のような脂が広がる。本当に肉そのものだ。そのままではしつこいであろう脂をハーブソースがさっぱりとさせてくれる。心配するようなぬちょ、だか、べちょだかという食感はなく、食感はハムやチャーシューに近い。
「おいしい」
夢中で頬張っていると背後から伸びた手が素揚げを一つとってゆく。
「なにこれ、おいしい!」
上機嫌な声に振り返れば、そこには芋虫にかぶりつく歌姫が立っていた。
部屋中から集まった視線という視線が、うそだろ、と各々の心を物語っている。
「……ユ、ユーリ……が……食べていると、なんだかものすごいインパクトが」
「あら、私が食べようとアルマちゃんが食べようと、兄さんが食べようと同じじゃない。おいしいわよ、これ」
一口頬張るたび、断面から透明な脂がしたたり落ちる。
どうしよう。この歌姫、現実世界に帰っても今まで通りのプロポーションでやっていけるのだろうか。
そんな不安に襲われ、手の中の食べかけの料理とユーリの姿を交互に見る。
「ユーリ、何を食べ……」
上の階から降りてきたカストとアストレも思わず声を失っている。
「兄さん、これおいしいわよ?」
「そ、それは、よかった……」
うれしそうなユーリには何の文句も言えないのだろう。いつになく言葉に詰まりつつ、イアンに似た引きつった笑みを浮かべたカストに私は心の中で吹き出す。これが顔に出ていたらあとで何と言われることやら、と思ったが、すでに時遅し、らしい。眼鏡の奥で瞳が細められている。これは、ユーリが幸せそうだったから、という方便を使わせてもらおう、と心に決める。
だが、そんな表情を浮かべながらつかつかと歩み寄ってくるエルフに引きつった笑みを浮かべてしまう。
「そのような顔をするとは何かやましいことでも?」
「い、いやいやいや、まさか」
心の中で悲鳴をあげながら首を横に振る。
必死に。
そう、必死に。
カストが合流してすぐにユーリの件があったため、ありがたーいお説教をくらったのはエリアボス戦直前だったのだが、その時の剣幕たるや、アルクスからの復帰直後に無理をした時よりちょっと軽めくらいといったほどだ。つまり、強烈な雷が落ちたというわけだ。
アラキアはともかく、私が一部のプレイヤーだけとはいえ聖王であるという身分を明かしたことが一番の要因らしい。未だに件の襲撃者たちの主犯は捕まっておらず、場合によってはこの夢現世界に潜んでいる可能性もあるという。いくら呪われているとはいえ、魂を打ち砕かれれば私とて死ぬ。その危険性を云々かんぬん。と、いうのが大まかな内容だ。
エリアボス戦への参加もいい顔はしなかったが、渋々ながら許してくれている。いざとなったら真っ先に逃げる事、などと言われていたが、ルイナレナスでの戦闘で何度その約束を破ったか覚えていない。
そんなわけで、今ここでこれ以上怒られるのは勘弁願いたく、と必死に否定するのだ。私は怒られるようなことは何もしていないのだから。
「まあ、それはそれとしまして」
「へ?」
あまりにも唐突にあちら側から話題の変更をしてきたことに一瞬呆気にとられかけるが、翡翠の瞳に射抜かれて慌てて首を横に振る。
「……まあ、いいでしょう。今度こそ本題ですが、明日のボス戦の指揮を任せられませんか?」
「うん、わかっ……はぁっ!?」
カストからの依頼ならば下手なものではないだろう。そんな幻想を抱いていたのだとわかった途端、私は椅子から飛び退っていた。
「待って、今までの階層も含めてボス戦の指揮はイアンが中心にとっていたでしょ? なんでいきなりボクなの!?」
「単純明快です。あなたが一番ザ・リートユグドラシル=アンヘルの攻撃パターンを把握しているからですよ。私もイアンも一通りは把握していますが、実戦経験はほぼないに等しい。強化箇所や変更箇所に気づくのが遅れる可能性があります。明日はその一瞬でも惜しいのです」
「……理屈はわかったけど、本当にボクが?」
「全部とは言いません。なにか異変を感じたらすぐに指揮権を引き渡す、という形式でどうでしょうか」
「逆に混乱しない?」
「我々が下手にあなたの邪魔をするとでも?」
自信に満ちた笑みに内心大きなため息をつく。
「わかった」
しぶしぶ頷くが、今回もうまくのせられたような気がしてだんだんとむしゃくしゃしてくる。いつかはぎゃふんと言わせてみたいものだが、まだまだ年月がかかりそうだった。




