第105話 最後の街
「これが……最後の街……」
南門から一歩足を踏み入れ、安全圏であることを確認した私は思わずつぶやいていた。
ディアザたちの話通り、道中の妨害を除いてはハイエルフとの戦闘もなく、安全圏の村や街では味方のハイエルフ達から歓待を受けもした。こうしてアークルイナへ足を踏み入れることもできている。
世界樹エリアへ足を踏み入れた時のような襲撃を警戒して機動力のあるパーティー単位で移動すること約2週間、ようやく最後の街ことアークルイナへ到着したのだった。
はじまりの街フィレインと同じく円形の街をぐるりと城壁が囲った造りで、様式もどことなく似通っている。違いはフィレインは中央が円形広場であるのに対し、アークルイナは巨大な塔のようにも見える城が雲を突き抜け遥か上空までそびえたっていることと、フィレインがいくつか入りそうなほど広大な街の規模だ。
王城の背後にはモールス大陸中から見ることができるほど巨大な樹が枝を伸ばしている。
「あれを攻略するのか」
横に立ったアラキアも同じ感想を抱いたらしく空を睨んでいる。
改めて下から上まで見てみてもかなりの広さがあることが想像できる。ボス部屋を見つけるだけでどれほどの時間がかかるだろうか。
なにはともあれ、まずは拠点を確保しなければならない。
ポータルを探しつつ手ごろな物件がないかも確認。ついでに街の様子や店の情報も、と戦闘とはまた違った疲れがドッと襲って来る。
早朝に出発し昼過ぎには到着したというのに、新たな拠点で椅子に座ることができたのは日が暮れてからだった。王城前の広場に設置されていた転移ポータルを起動しチームメンバーがそろう頃には日付が変わっていた。
「攻略方法は、どうします?」
いつもであればぐっすり眠っている時間にホットアップルティーと軽食をつまみながら幹部陣と今後の方針を話し合っていた。
「まずは、ラストダンジョンのレベル帯まで全員鍛えた方がいいと思うんだ。タワー攻略形式の領土戦なんて聞いたことがないけど、ありえない話じゃないし、少なくとも突入時に門番との戦闘は起こるはずでしょ?」
「そうですね……。では内部の攻略はレイドで?」
「それはやめた方がいいと思う。屋外と違って連絡手段がないし、機動性も限られる。同じ方向をマッピングし続けるのも効率が悪いし、パーティー単位が妥当だと思う」
「ふむ。ではいつも通り、ですね。現時点でこの最前線までたどり着いている大規模集団は我々だけです。チーム大旅団編成時にトップ集団は大方取り込んでしまいましたから、次点以降とは大きな差が開いています。残るは編入依頼のあった旧PFO有力チームくらいですが、同盟として加わってもらっているのでレイドでの運用は可能です。……つまり、我々が負ければ次はないということに他なりません」
イアンの言葉がずっしりとのしかかってくる。
あの時と同じだ。
汚灰との戦いと、同じなのだ。
「レベル調節と装備更新の時間は1ヵ月もあれば十分かな?」
「むしろ、それくらいかけた方が無難です。……最後に、開発者さんの助言でも聞いておきますか」
部屋中の視線がレクトルに向けられる。
「期待するような情報は、何もない。……いや、1点だけ。城門を一度突破してしまえば、ルイナレナス……あのダンジョンへの出入りは自由となる。無論、閉じ込め系統のトラップに引っ掛からなければだが、ね」
「……っ!」
レクトルの言葉にざわめきが起こる。
今までの彼はあいまいな言葉で情報を濁してきた。一度も私たちが知り得ない情報を断言することはなかったのだ。
それを、今、口にした。
「なぜ……」
イアンが問い返すとレクトルは口元に笑みを浮かべる。
「時間が惜しい。……と、君たちが思っているだろうからね。私なりのプレゼントだ」
そう語るレクトルの表情が作りものだと私にはわかっていた。だが、表情が作りものだとしても嘘はついていない。
「レクトル……まだ、なにか……」
隠しているの。
そう口に出しそうになったが、レクトルの意味ありげな視線に遮られる。
漠然とした不安を抱えたまま、その夜の会議は解散となった。
それから1ヵ月と少し経った頃、私たちはアークルイナ攻略を開始した。
城門の突破は、想定外にすんなりといった。
警戒してレイドで挑んだのだが、ディアザたちの支援があったとはいえ、相手の強さはパーティーでも十分対処できるほどだった。さしてレベル差があったわけでもない。装備もできる限りの強化は施したが、アンチ武器を出すほどでもなかった。
塔の内部を攻略し始めても違和感は拭いきれなかった。
ラストダンジョンともあり、けして敵は弱くはない。ドロップ品も相応のうまみを持っている。
だというのに、中途半端な雰囲気を感じていた。
確かにラストダンジョンではある。
なのに、ラストダンジョンと思えるほどの緊張感がないのだ。
順調に攻略が進んでいる。いや、進み過ぎている。
安全地帯でマップを開くと4日目だというのに、かなりの範囲がマッピングされていた。チームのほぼ全員がラストダンジョンを攻略しているとはいえ、慎重に進んでいるはずの現状、異様なほどだ。
私とアラキアはペアで動いているため、ことさらに慎重な攻略を心掛けている。宝箱があっても絶対の安全を確認できない限りマッピングのみで手を出さないようにしているほどだ。
戦闘も突出しすぎないよう、柄にもなく手堅いガードを取り入れている。
「……何かがおかしい」
事あるごとに私はそう呟いていた。
エイムス大陸のラストダンジョンでは抱かなかった感覚だ。
このラストダンジョンはどこかPFOのセオリーから外れている。
こんな時はどうすればいいのだろうか。進まないという手はない。だが、これほどやりこんだゲームが他にほぼないことから何も考えは浮かんでこない。
他のメンバーもこの奇妙な違和感に浮足立っているようだった。
奇妙な違和感がはっきりとした不安と恐怖に変わったのは、5日目の夜のことだった。
ルイナレナスから帰った私たちは拠点のホールで異様な光景を目にすることになる。かなりの広さを持ち、ここを拠点としてから窮屈だと感じたことのなかったホールが人であふれ、籠った熱気がうっとおしい。
人込みをかき分け騒ぎの中心となっている掲示板まで行くと、そこにはキッドがパーティーメンバーと共にマップデータを張り出しているところだった。
ほぼ完璧なマップデータの中央付近のダンジョン内にしては広すぎる空間に視線が釘付けになる。その先はマッピングされていない。
すぐさまそのマップデータを読み込むと、まじまじと見つめる。
こんなことがあるのだろうか。
声を張り上げたキッドも同じことを思っているのだろう。震えた声が室内に響く。
「今日、現時点のマッピングでは最上部となる地点で我々は……ボス部屋を発見しました!」
嘘だ、と感情どころか理性まで認めようとしない。
先を越されたからなどという幼稚なことではない。
ありえないのだ。
こんな短期間でボス部屋が発見されるなど、あってはいけないのだ。
普通のダンジョンでもボス部屋が発見されるまで最短3日。エイムス大陸の例で言うと、エリア境のダンジョンでは偵察開始から平均して1週間、最長で1ヵ月という例もある。ラストダンジョンに至っては3か月かかった。
それだけのボリュームと攻略難易度があるということだ。
今回のラストダンジョン攻略も慎重に進めることを前提に6か月はかかる見込みだった。ラスボス攻略まで入れたら年単位の計画でいたのだ。
それが、たったの5日でボス部屋までたどり着いた。
これを異常事態と言わずになんと言うだろうか。
プレイ時間の長いプレイヤーほど、恐怖を抱いているに違いない。
「……罠の可能性は?」
「ない」
そう言い切ったのはいつの間にか私の前までやってきていたレクトルだった。
「プレイヤー諸君、聞きたまえ。このボス部屋はPFO本来の仕様である。罠などではなく、正規ルートである。ここを攻略するほか攻略方法は存在しない」
「本当だろうな!?」
どこからかあがった声にレクトルは表情を崩すことなく言い切る。
「嘘ではない」
一呼吸置いたレクトルは続ける。
「私もボス攻略へ参加しよう。信用がおけないというのであれば、事前にリトスの光を1つまで減らしてくれても結構だ。やるかね?」
「……っち。んな、胸糞わりぃことするかよ」
「けっこう。1つ、忠告しておこう。見た目で侮ることなかれ。ラストダンジョンのボスなのだから、ね」
そう言い残したレクトルはさっさと自室へ引き上げていった。
そのままレイドの編成を行い、解散となった。




