第7話 VR:PFO
ペルグランデフェデュスオンラインVR。
通称VR:PFO。
ガライア対応のVRゲームとして初めて発表されたそれは瞬く間に話題となった。これにより広く世間にVRが認知され始めることになった。
「……ヘッドマウントディスプレイを飛び越えていきなりコレ、か」
「いきなりではないよ。きちんと過程があるのだがね」
「そう見えるのは一部の研究者と製作者だけ。世間一般から見たらヘッドマウントディスプレイすら知らないんだから、それを飛び越していきなり出てきた新技術だよ。これまでのVRの定義さえ覆しかねないね」
コツン、とつま先で石畳をつつく。
その足は白いブーツに包まれている。しかし、クレアレアを完全展開しているわけではない。
仮想現実世界にいる、というのが日本語的に正しいのかはわからないがそう言うのが一番しっくりくる。
始まりの街フィレイン。
PFOでもプレイヤーが初めて足を踏み入れるこの地はVR:PFOでも役割を変えず中心地となる予定だ。今はテストプレイヤーである私とゲームマスターである結城しかいないが、サービスが開始された暁には数百万人のプレイヤーが行きかう場所になる。
フィレインでも中心にある教会前の円形広場は夕日に照らされ赤く染まっていた。
「で、これでもう調節はできたんだよね?」
「ああ。ゲームバランスとしてはこれくらいがいいだろうな。バグもあらかた修正し終えた。アストレ君やカスト君、ユニータ君たちに協力してもらって最終テスト、そして修正を行ったらサービスを開始できるだろう」
「……むぅ」
「そんな不満そうな顔をしなくとも、昼間はともかく夜は君たちにも開放しよう。特にアルマ君はβどころかα……いや、システム開発の時から協力してくれているのだしな。締め出すなんてことはしないさ。あとでCβテスト専用のガライアを渡そう」
「ほんと?」
「私が嘘をついたことがあるかね?」
「…………」
「何故そこで黙り込むのかね、アルマ君……」
レクトルは肩をすくめるとメニューを開き装備を解く。大旅団総司令の制服に近い赤ローブ姿に装備を変更すると何かをオブジェクト化し私に差し出してきた。
ほかほかと湯気を立てるソレは。
「……魚肉ソーセージまん?」
前に1週間連続テストプレイした時に最初に食べたレクトル特製まんだ。中身の具はその名のとおり魚肉ソーセージと魚介風味のあん。タイミングよくおなかのあたりから音がなる。
「もう! こんなところまで再現しなくていいのに!」
「アバターの表現は素直だからな」
旧型の科学版ガライアは脳とリンクしていたが、クレアレア版のガライアは魂と繋がり意識を仮想現実世界にリンクさせる。
クレアレアは心に強く影響されるため、クレアレアを通して伝達された情報には感情が含まれることもある。この世界のアバターの感情表現システムは感情の情報をありのまま再現するためかなり率直に現れてしまうのだ。
その出力を設定したのはレクトルなのだから消すこともできるはずだが、彼曰くそのようなものもあったほうがよりおもしろいだろうということで残っている。
ひとしきり形だけの文句を言った後、魚肉ソーセージマンにかぶりつく。
前よりも皮がもちもちとしていて餡も魚介の風味が増していた。
「……おいしい」
「だろう? 戦闘システムの次にこだわって作ったシステムだからね。完全再現とはいかなくとも現実に近いものをだな。……さて、最後に一戦していくかね?」
「気が早いなぁ」
「アルマ君に言われたくはないのだがね?」
互いに10秒もかからず戦闘用の装備に変更したのを見てニヤリと笑う。
「ミレニア晶洞のクリスタルガーディアンでどうだね?」
「それならリーリス天空郷のザ・リートユグドラシル=アンヘルのほうがいい。飛び道具がないともっとおもしろそうだよ」
「確かに飛び道具か面白い遠距離戦法でも取れなければ撃破できない……って、まてまてまて。アレは100人レイド想定の裏ボスの1種だぞ? グランドシナリオのラスボスに相当する。何故知っているのだね?」
「?」
「あれはPFOの時点では到達したプレイヤー数は全体の5%もいなかったはずで、撃破は……そうだな、2回だったか? そしてHPゲージの最後の1本が半分になったころ、遠距離攻撃でしか防げない全回復行動が入るのだが……」
「あれね、回復の泉を凍らせちゃうと回復しないんだよ。攻撃して防ぐものだからあたり判定があるらしくてね、異常状態が入るんだ。おもしろいよねぇ」
装備したグライオスの刃をなでる。現実では砕かれてしまったがPFO上では残っていたため通常装備として使っていた。
アンチ武器クロノスはあまりにも強力すぎてテストプレイでの装備を禁止されてしまった。そのためグライロスを特定のテスト以外ではメインウェポンとして扱っている。
PFOの高ランクレア装備には特殊能力を持つものが少なくない。さすがにアンチ武器ほどの力はないが、強力な切り札になることも多い。現実世界でも一度使ったことがあるがグライロスの特殊能力は水の氷化。水がなければ意味はないが、接近職として使える妨害魔法の1つだ。
ザ・リートユグドラシル=アンヘルはその名の通りユグドラシルをモチーフとしたボスモンスターで回復の泉によるHP回復行動をする。その水を凍らし機能しなくしてしまったのだ。
「それで、勝ったのかね?」
「……たまたま参加したレイドだと勝てたけど、一人だとやっぱりチェインも繋げないしムータでタゲの入れ替えもできなかったから最後までは」
「そもそもアレはレイド『専用』ボスエネミーなのだがね」
無茶を、と訴えてくるレクトルの視線から顔をそむける。あの頃の私にパーティーを組むなどという選択肢はなかった。
レイドパーティーに参加したのもたまたま道中で鉢合わせしたからだ。そうでなければ単身突破しようとしていただろう。現に2回目は一人で迷宮を突破し挑んでいる。さすがにその時はクロノスを使ったが、それでも最後の数%のところで激化した攻撃に操作をミスし死んでいる。
「なら、ザ・ストラテーゴステーゴスでどう? 確実に倒せるだろうし、装備もそれ相応に合わせれば楽しめると思うけど?」
「ああ、ユートリアス遺跡のかね。……ミノタウロスだと面倒だからな。よし、いいだろう」
「じゃあ、さっそく転移を……」
そう言ってメニューを開きアイテム欄を見る。
しかし、これがテストプレイだと忘れていたのだ。いつもなら必ず1つは入れているはずの転移石が1つも入っていないのだ。代わりに入っているのは初期装備一式と追加されたグライオスのみ。先ほどまでのプレイで消費してしまったため回復薬は1つも入っていない。
そのまま固まっているとメッセージの受信音が聞こえる。メッセージボックスを開くと差出人《GM》からプレゼント付きのメッセージが届いていた。開封すると回復薬セット1式と転移石1つがアイテム欄に追加された。
転移石を選択してオブジェクト化するとアイテムを使った。
転移した先は中央部でも東部にある遺跡群の遺跡の1つユートリアス遺跡だ。
この一帯は東に行くほど牛のモチーフが増えていく。最初は訳が分からなかったが、東部のサレドニア地方でミノタウロスの迷宮が見つかるとそれに到達するための道だということが理解できた。
ユートリアス遺跡には最弱ボステーゴスとミノタウロスのちょうど中間と言えるウシ型モンスターのボスがいる。それがザ・ストラテーゴステーゴスだ。何故テーゴスという言葉を繰り返しているかはいまだに謎だ。
ダンジョン自体はそこまで広くはなく寄り道をしなければ戦闘込2時間ほどで最深部前まで到達できる。
「……相変わらずシュミ悪いよね。この牛野郎」
「肉がドロップするのはいいではないか。スキルさえあれば美味しい食事にありつける」
「料理スキルを今までのPFOでとっている人ってかなりの変人だよ? 疑似店舗で売るくらいしかなかったんだし」
「これからは味わえるようになるさ。……と、アレも試してみるかね」
レクトルは管理者用の複雑なメニューを開くと何やら操作し始める。
最後に中央に現れたボタンをタップすると宙に光の球が現れる。光の球は人型をとる。
女性としては平均的な身長だがかなり細身な人影はPFOの世界観にあったゆったりとした衣服を身にまとっている。しかし、それはプレイヤーや既存のNPCのモノとは異なっている。
白を基調とした衣服は戦闘を意識したものではない。首元ではガライアの補助機器であるチョーカーに下がるクレアレアリトスが揺れる。
「……これって、ユーリ?」
私は目の前に立つ少女を見上げた。