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デス・トリックアーティスト

「デス・トリックアートに応募するわよ!あたしの賞金30万円を手に入れるために!」

 頭にティアラを乗せた女子高生が声高らかにそう宣言していた。


 今日は土曜日の半日授業でお昼から僕たちはフリーだった。そんな放課後の教室。小腹が空いてきたので早急にお昼ご飯とシャレ込みたいところだったのだが……。ティアラがサンサンと輝く日光を反射して僕の目に差し込んでくる。不愉快極まりない。数百円ほどの安物だ。このティアラが所持者の特徴を表わす身勝手な女子高生、梶鳥 かじとりりんと僕は話をしていた。今日もこのわがままお嬢様の厄介ごとにつき合わされるのかと思うと気分が滅入ってしまう。

「一体何の話なんだ?」

 僕がそう聞き返すと梶鳥の人差し指が僕の鼻っ柱を突き刺す。

「何の話なんだ?じゃないわよ。今月号のデス・トリックアーティストを見てないの?」

 目の前に突き出すように雑誌が開かれた。デス・トリックアーティストとはミステリー好きがミステリー好きのために作られたミステリー好きに特化した雑誌。有名ミステリー作家の情報やインタビューなんかが載っていて、作家のほうにスポットを当てているのが特色だ。女優さんのように綺麗な人や作家の低年齢化しており、彼らの私生活からどのようなミステリーが生まれているのか興味深い。

「ほらほらこのページ。大好きが大好きなお姉さんの記事も載ってるよ。だ・い・す・き。見えてる?だ~い好き」

「んぐぐっ」

 僕の名前を連呼してくる。水雅 大好みながだいすきが僕の本名だ。いつもこうして名前でからかわれている。もうただ単純に大好きって言葉を言いたいだけなんじゃないかな。意味もなく呼ばれることが多く、僕も出来るだけ気にしないようにしている。

「あたし、あなたのことが大好き!」

「ええっ!」

「くすくす。あたしは名前を呼んだだけだよ?大好き。もしかして勘違いしちゃったの?だ・い・す・き」

「んぎぎ」

 こんな風にイジられるから。全くとんでもない名前にしてくれたよ。……まぁ嫌いじゃないけど。

「ところで大好きのお姉さんだよね?今月号で特集されているのって。最近よく見かけるよね。テレビとかにも出てたし」

 水雅 好夜みながすきよは僕の姉で、大学に通いながらミステリー作家として活躍している。大きな賞を取ったとき授賞式をテレビ放送されたからメディアへの露出が多くなった。最近ではワイドショーでコメンテーターをしていたりする。

「大好きのお姉さんってすっごく美人だし、頭良いよね。あたしファンだし、大好き。あ、今のはお姉さんに言ったんだから、勘違いしないでよ?」

「もう良いよそれは。それでデス・トリックアートって何?」

「デス・トリックアート!それは人を如何に芸術的にエンターティメント的に殺すかの殺人トリックコンテスト!あたしの中の殺人欲求を遺憾なく最大限に発揮できるサディスティック・バラエティ!」

 殺人トリック。それは推理小説にある殺人犯の隠ぺい工作のことである。後半は何を言っているのか僕にも分からないが。

「なんか性格疑われそうだな。鈴って」

「何言ってるのよ。殺人欲求も昇華させれば、それは文化作品にもなるのよ。江戸川乱歩も言ってたじゃない。悪人志願だってさ」

 昇華。反社会的・誇大妄想・性的欲求や異常性愛などを芸術として表現し、高い評価を得ること。確かに人殺しなんて考えることすら良くないことだ。だけど逆手にとって推理ミステリーやホラー作品にしてしまえば、それは一転して楽しめるエンターティメントとなる。

「つまり、あたしの言動一つ一つが芸術ってことよね」

「それはどうかと思うが。どうしてそのコンテストに応募しようって気になったんだ?」

「それは大好きのお姉さんが審査員をやっているからよ。弟が応募してきたら色を付けてくれるでしょ?」

「なんてこと考えてやがるんだコノヤロー」

「どうどうどう。あたしの賞金のためにがんばってよ、ね?大好き」

「鈴が頑張れよ」

「と、いうことで大好きだけだと不安だから、協力者を探してきたわ。みんなこっち来て、自己紹介して」

「全然聞いてないし、失礼なこと言うな」

「えっと今日は何のために呼ばれたんですか?」

「ショートカットで首輪してる子があたしの奴隷。こっちの根暗は心理学に詳しい子よ」

「心理学と言ってもユング心理学における夢分析や占い方面。そもそもユング心理学全般オカルトだと言われている理由は……」

「二人ともよろしくね。こっちが大好き。変な名前でしょ?」

「うるさい」

 そして僕たちはお互いの紹介をした。梶鳥が奴隷と言っていた子は華奴 隷子かどれいこで根暗の子は浦名 伊詞花うらないしかと名乗った。クラスは違えど、僕とは同学年。梶鳥の交友関係は謎だ。

「だ、大好きくん?なんだかキラキラしたネームですね」

「……大好き。いっぱい呼びたくなるステキな名前。大好き」

 まぁこんな反応だろう。もう慣れたというか諦めた。イジられるのは仕方ない。恥ずかしいけど、逆に考えれば女の子から、合法的に大好きと言われているのだから名前得だ。

「ところで、そのデス・トリックアートとやらのアイディアはもうあるのか?プランみたいなのもの」

「んーそうね。あたしたちが適当にアイディアを出していくから、それを拾って大好きがまとめて。ほら三題噺みたいな感じで。三人寄らば文殊の知恵ってやつ」

「文殊の知恵っていうか、ただ姦しくなるだけだと思うぞ?よく考えたら僕のウエイトが強くないか?」

「とりあえずやってみようよ。大好き」

「鈴さまのためにがんばりましょう!大好きくん」

「なんだか面白そう。大好き、私の知識が役に立つのなら協力する」

「……わかったよ」

 名前を呼ばれると、やってみようって気になる不思議。あと三人寄ればって、その数に僕は入ってないのな。


「ところで僕はミステリーなんて書いたこともないし、基礎とか全く知らないぞ?」

「ノックスの十戒みたいなものですか?確か解明される前にちゃんと見破られる材料は用意しておくこと。トリックに矛盾がないこと。秘密の抜け道や超常現象で成立させないこと。専門用語や知識をあまり多用しないこと。これくらいでしたっけ?」

「探偵役が読者を納得させてこそ、推理ミステリー・エンターティメントということね」

「ふむふむ」

 そんなルールがあったのか。

「あたしの知るところでトリックの鉄板といえば、密室トリック。これは説明しなくても有名よね。

 テレビでやってる2時間推理ミステリーはほとんど観光地にまつわる見立て殺人が多いのは知ってる?

 お祭りや伝承に沿って殺人が行われていくの。だからお祭りや伝承を紐解いていけば自ずと謎は解けていくってわけ。テレビを見てるだけでお祭りや伝承の歴史に詳しくなれるし、ミステリーも楽しめる。興味持ってくれれば聖地巡礼効果もあるから一石三鳥よね。

 他には変身トリック。犯人が被害者になったり、逆だったり。アリバイが崩れて一転したり、実は双子だったり。時間差トリック。鉄道時刻表を使ってアリバイ作りをするトリックね。これは鉄道マニア向け。

 例を挙げれば限りがないわ。今こうしてる間にもトリックは生み出されているのだから」

「そうか。色々あるんだな」

 そんな話をされるとなんだか不安になってくる。


「さて、まず何から考えていきましょうか?」

 ここからようやく本題へと入る。

「考えるところから考えるという感じだな」

「うるさいわね。だったら大好きが考えなさいよ」

「……はい」

 浦名がちょこんと手をあげていた。

「やはりここは人気作品から学ばせてもらって、主人公は大人の女性なのに理由合って幼女の姿にされてしまう。彼女は頭脳は大人、体は幼女で……」

「はい、隷。何かアイディアない?」

「えっと、一から考える必要はありません。舞台はここ学園にしてアイディアを出して行けば良いと思います」

「採用」

 浦名はくすんと泣いていた。

「最初に考えるべきことはどこに死体があったか、ですか?」

「そうね。死体が無ければ何も始まらないものね。じゃあ仮想少女A子が死体役ね。どこで殺されたことにする?」

「ミステリーのセオリーとして容疑者が多いと一人一人スポットを当てている暇がないから、容疑者を極力減らしたい。さらに裏書の作りやすい環境だとなお良し」

「裏書?」

 聞き慣れない言葉に僕は反応した。

「アリバイのこと。犯人を特定する要素で凶器・動機・裏書の3K。アリバイというほうがわかりやすいんだろうけど」

 なるほど、と僕はうなづいた。アリバイを犯人が偽証するから裏書なんだろう。

「例えば異空間移動やタイムマシンを使った殺人や魔女が作り出す人を寄せ付けない魔術結界を利用するのもあり」

「ありじゃないよ。ルールで超常現象はダメなんだろ?」

「それなら水泳部で発見されたことにしましょうよ!やっぱり濡れスク水女子高生はペロイですから」

「なんだよそのペロイって?」

「ペロペロしたくなるほどエロイって意味ですよ。大好きくんだって濡れスク水女子高生をペロペロ舐めたいでしょ?はぁはぁ!」

「なんで発情してるんだよ」

「もう!素直になりましょうよ、ペロスク大好きくんだと!あ、これだとリングネームみたいですね」

「わかりにくいわ!リングネームって、なんでプロレスなんだよ?華奴はプロレス好きなのか?」

「私ではなく、鈴さまに女子プロの試合連れてってもらってます」

 意外な趣味が発覚する。女の子が女子プロ趣味とは。

「最近の女子プロは萌え系選手が多くて。あーいう可愛い女の子が技を掛けられて痛みに耐える表情見てると、なんだかリョナしてる気分に……って何を言わせてるのよ。セクハラよセクハラ!大好きに穢されたわ!責任取りなさいよ!」

「なんで僕のせいなんだよ!無実を主張する!」

「そんなことはどうでも良いの。でもお色気は入れておくほうが評価は上がりそうね。採用。それじゃあ早速水泳部を取材しましょう」

「切り替え早いな。今からか?」

「当たり前でしょ?大好きのために無駄な時間なんて割いてる暇はないの。隷、お願いね」

 確かにそうだけど、無駄な時間は僕のせいじゃない。

「レイサッサー!少々お待ちください!」

 華奴は教室を出て、サーッとどこかへ行ってしまった。……数分後。

「鈴さまー水泳部取材許可降りましたよ!」

「ご苦労さま。それじゃあ行くわよ」


 みんなで室内プールのほうへ行くと女子水泳部が練習していた。女子水泳部顧問がやってくる。この顧問はなんと姉の担任だったそうで、大好きがミステリー作家を目指しているならばと取材をOKしてくれたとのこと。本来男子が女子水泳部の部活中にお邪魔することなど許されない。結果オーライだけど、僕の名前を勝手に出さないでほしいものだ。

 早速、僕たちはプールの周辺を捜査し始めた。何かトリックのアイディアになるようなものを。ガラス張りの室内プール。ガラスは天井と上部面以外は曇りガラスになっている。男子と女子の各更衣室とシャワールームがあり、浄化槽を経てプールサイドへ到着する。また部活は男女交代でプールを利用しているようだ。男子水泳部は今頃基礎体力作りで外を走っているだろう。あとはプール用具室にビート板や浮き輪、水難事故のための救命道具があった。

「水泳部は女子30名。プール使用時には必ず顧問1名が常に監視していますね」

「了解。これから具体的なトリックも含めて考えていくわよ。大好き、メモ忘れないで」

「あいよ」

「プールでの事件といえば、やはり水を利用したトリックが一般的でしょうね。まずプール内でのトリックを考えてみましょう。誰かアイディアある?」

「えっと。水に溶けやすい毒を使ったり、氷の凶器とか熱湯や水蒸気を使うトリックもありそうですね。他には水中に入れると見えにくくなる透明なビニールや鋭利なガラスも使えますし、排水溝を使って排水中に巻き込ませて溺死させたり。電気を通して感電死させるという方法もあります」

「あとは水難事故に合った地縛霊に足をひっぱってもらうとか、超上空にテレポートさせてプールへ落下させるとか、水を一瞬で抜いてしまうとか、水圧で圧死させるとか」

「いきなり超常現象化したぞ。待て待て」

「いいわね、いいわね。あたしのサディスティックな部分が刺激されちゃうわ。もしくはプール底がヒーローロボットの発進基地でプールが割れたときに基地へ落ちちゃうとか」

「それは秘密の抜け道だろ。ヒーローが事故起こしてどうするんだよ」

「ただプール使用には顧問の監視を掻い潜らなければいけませんね。逆にそれがアリバイ作りにもなりますが。

 それに室内プールは曇りガラスになっているとはいえ、外からの目撃者の可能性も忘れてはいけません。何と言っても女子水泳部が部活しているんです。抜身の聖剣をいきり立たせた戦士たちが少女たちの秘宝を舐るように凝視しているはずです。あぁ恐ろしい。私の嫁たち早く逃げてーって感じになりますよね」

「変な例え方するなよ。華奴のスイッチがわからん」

「制限。まさにトリックにはうってつけね。次はプール以外の場所も考えておきましょう。例えば更衣室とかプ-ル用具入れとか」

「女子更衣室!着替え中にサプライズ扉オープン!はお約束ですよね」

「なんだよ、サプライズ扉オープンって。まぁ説明はしなくて良いけど。更衣室だと密室トリックも考えられそうだな。鍵がかかるから」

「そうね。密室はロマンよね。どう料理してあげましょうかね。早速更衣室をチェックしてみましょう」

「密室はロマン。密室でナニをナニしてナニするんでしょうね」

「言い方次第で意味が違ってくるんだな」


 三人が女子更衣室へ入っていった。

「……おい、ちょっと待てよ。僕は男だぞ?」

「何やってるんですか、大好きくん。今のは自然な流れで女子更衣室に侵入するべきでしたよ?何一人で常識人ぶってるんですか!女子更衣室の匂いをハフハフしたくないんですか?」

「僕は最低限の常識は持っているつもりだ」

「さすがに『水雅大好き女子更衣室に侵入!女の子の体臭嗅ぎまくりの大好きド変態だった!』なんて新聞部にすっぱ抜かれたりしたら、あたし大爆笑しちゃって、お腹よじれて捜査できなくなっちゃったら困る」

「心配するとこ、そこじゃないだろ!」

「異性の体臭は無上の催淫剤。例え草食動物でも繁殖期になれば野生本能が目覚め狂暴化する」

「キャー!大好きくんのえっち!でも強引なのは嫌いじゃないですー」

「こら大好き!なんていやらしい目であたちたちを見てるのよ!もう催淫効果が出ちゃってるの?」

「……もうどこから突っ込んで良いのやら」

「突っ込む!?やっぱりそんなことばかり考えているのね!正体を現したわね、この変態ッ!」

「まさかこんなタイミングで処女を散らすことになるとは……せめてこの穢れだけは禊ぎたい。少しだけ時間をくれないか?大好き」

「あーもう。その浄化槽にでも入ってれば?こんなことしてる場合じゃないだろ……って何やってるんだよ!」

 浦名が本当に浄化槽に入ろうとしていた。僕は慌てて手首を掴んで止めた。

「まだ早い、大好き。それとも穢れたままの身体が好みだというのか?」

「大好き!そんな趣味があったの!?それはマニアックすぎない?」

「大好きくん。恥じることはありません!淡白でも良い。少しくらい変態に育って欲しいって有名な言葉があるじゃないですか!」

「もー何を言ってるのかわからないよー!」

 僕はもうお手上げだった。誰か止めてくれ。姦しいにもほどがある。

「あわわっごめんなさい、大好きくん。ちょっとからかい過ぎました!」

「大好き、ごめん。冗談が過ぎた」

「ごめんごめん。大好きの困った顔が見たかっただけよ。本当は泣き顔見たいから、もっとイジメたいんけど、それじゃあ話が進まないし、この辺りで許しておいてあげるわ」

「とんでもないな!」

「どうどうどう。ならあたしたちだけで部屋に入るわ。大好きにはスマホで映像送るから気になったとこ指摘して」

 それはそれで問題ありそうな気がする。だがようやく動き始めてくれたことに僕は安堵した。


 僕が更衣室の外で待機していると、すぐに梶鳥から連絡が入る。

「はーい。大好き、見えてる?これなーんだ?」

 スマホには赤い……何かが映っていた。何だろう?

「これ顧問の大人パンツ。先生がこんな大胆なの穿いてるなんて信じられる?ハレンチ教師よね。勝負下着かしら?」

「何やってるんだよコノヤロー!」

「ん?趣味じゃなかった?やっぱ若い子がいいのね。今度は一年生の着替えを……」

「ええーい!やめやめーいっ!真面目にやれーい!」

「もう何言ってるんですか。鈴さま。あれですよ、あれ。パンツ単品には興味ない。興味があるのは穿いてるパンツのほうだ!そういうことですよね。わかってますよ、大好きくん!」

「わかってないよ!全くな!」

「そっか。大好きは今穿いてるパンツが好きなんだね。だったらそう言ってくれれば良いのに。あたしので良ければ、いつでも見せてあげるよ。見る?」

 その後、僕の送られてくる映像にかなりローアングルに映し出される梶鳥の姿だった。ゆっくりとカメラアングルは梶鳥のスカートの下へと潜っていった。

「うわぁああああああ!な、なな、何やってるんだよ!それはマズいって!真面目にやれよ!」

 ピピピっカシャ!スマホについているデジカメのシャッター音が聞こえた。な、な、なんだ?誤操作でもしたのか?と思ったがそうではなかった。

「はい。大好きがあたしのパンツ見たときの写真ゲットー」

 映像は相互に流れている。つまり僕からの映像も向こうに届いているわけで、どうやらその一部を保存したようだ。ちょうどスカートの下にスマホが潜った瞬間を保存された。

「どうしようかな?この決定的瞬間がクラスメイト全員に配られたら大変なことになるよね?大好き」

「うおおーぅ!や、やめてくれよ!それだけは!そんなことされたら僕の人生終わりだー!一生変な目で見られるー!」

「そうだよね。ド変態確定だもんね。でも安心して。今後ともあたしの命令に絶対服従するなら秘密にしておいてあげても良いわよ?」

「ぐぬぬ。卑、怯、な、り」

「ま、本当にパンツなんか見せないけどね。下にはちゃんと見えても良いようにブルマ穿いてるんだもの」

「ええっ!鈴さま。ブ、ブブブブ、ブルマ穿いてるんですか?」

「へ?えぇ。そうだけど、そんなに食いつくこと?」

「当たり前ですよ!今は無き、最高のセクシーアイテム、ブルマですよ?コスプレ業界では不動の人気を誇っているんです!まさに退嬰させてはいけない良き日本の文化なんです!私、感動しました!」

「そ、そうなの?知らないけど」

「大好きくん!お願いがあります。鈴さまのブルマ映像を私にください!何でもやりますから!鈴さまのローアングルから覗くブルマ姿なんて、裸以上にペロイお宝映像に決まってるじゃないですか!」

「そこまで言われると何だか恥ずかしいわ!大好き、そのスマホあとで真っ二つにへし折ってやるからね!」

 意外なところから反撃がきたようだ。梶鳥の慌てっぷりが半端ない。ちょっとだけ僕の胸はスッキリした。そして残念ながらお宝映像は保存されていなかった。


「さて、真面目にやりますか。女子更衣室の詳細だけど、プールサイド側に出入り口の扉が一つ、外側の扉横にロッカーの鍵掛け。ロッカーは鍵付き。10個4列、中央の2列目3列目が背中合わせにロッカーは配置されているわ。奥にベンチがあって、その裏がシャワールームね。

 シャワールームには換気扇と横長の窓が一つ。横長の窓は人が通り抜けるには上下が小さすぎるわね。換気扇も取り外せば出れそうだけど、年季の入った汚れが目立つからすぐ分かるでしょうね。外から周って換気扇を見てみて」

 僕は女子更衣室の裏側に周って換気扇を見上げた。

「大好きくん。聞こえますか?換気扇を回してみましたよ」

 換気扇のカバーがガションと開き、ゴワァーと音を立てながら回転を始めた。

「大好きくん。深呼吸してみてください」

 何故そんなことを言うのかわからなかったけど、華奴の言うとおりにしてみた。酸素が脳を巡ってスッキリさせた。

「どうですか?女子水泳部が使っているシャワールームの香りがお届けできてますかー?」

「ぶふっ!何させてるんだよ!」


 僕たちは再び女子更衣室を確認していく。

「ロッカーの鍵は外側の鍵掛けに掛けられてあって、これを室内に持ち込み、対応する番号のロッカーを使用する。着替えが終われば鍵を戻すようになってるわね。プールサイド側から鍵掛けは丸見えだから隠したり持ち出したりはできないし、誰がどのロッカーを利用しているのかもバレバレね。

 更衣室自体の鍵は顧問か体育教師が管理してるみたい」

「密室トリックを行うにはなかなか厳しいシステムですね。鍵のせいでかなり限定されます。これではパンツも隠れて盗めない」

「おいおい。さっきのパンツどうやって撮影したんだよ?鍵は開けられないんだろ?」

「え?気になる?気になるの、大好き?」

「いえ、いいです。失言でした。ごめんなさい」

「あれはパンカチよ」

「パ……なんだそりゃ?」

「パンツ+ハンカチでパンカチ。今、女の子のパンツグッズが流行ってるんですよ。スマホカバーにパンツシュシュにリストバンドパンツとかも人気ですよ」

「そんなの初耳だよ。パンツばっかりだな」

「身に付ける分には非常に良い素材ですからね。大好きくんもどうですか?おひとつ」

「他にトリックに使えそうなものはないのかよ?」

 僕はバッサリ話を切り変えた。

「あれ?そういえばこれだけ監視が強いとA子の死体はどうするんですか?」

「……ん?A子の行動ね。生きたまま入室したのか。殺されてから入室したのか。更衣室自体の鍵は教員が持っているのよね?監視がある中で死体を運ぶには頭を使うわ。ならA子は生きたまま更衣室に入室するのが自然かしら」

「死体をテレポーテーションさせたり、時間を止めてこっそりと運び入れるか。召喚魔術を使う手もあり」

「どれもボツだよ。完全犯罪可能じゃないか」

「死体を偽装して移動。死んだまま移動。あ、それならゾンビパウダーで仮死状態のまま更衣室に移動させるのはどうでしょう?」

「ゾンビパウダーってのがよくわからないけど、時限付き殺人というのはありだな」

「時限付き殺人……経絡秘孔を突いて3分後に死ぬ暗殺拳を使えば良い」

「こらこら色々なところから怒られるぞ。例えば毒を盛って、ロッカー内にある解毒剤を取りに行くようA子に仕向けるとか」

「それなら教員に相談しろって話よね」

「僕の案だけそういう冷静なツッコミが来るのな」

 浦名の案は全部スルーしてるくせに。

「意外とバレないのがロッカー上の荷物とか。前段階として空っぽの荷物を置いて印象付けしないといけないけど」

「言われてみれば、ロッカーの上にある荷物って誰も触りませんもんね。忘れ物かもしれませんし、置きっぱなしの荷物かもしれませんし」

「学校の七不思議“増えるロッカー”のせいかもしれない。深夜に女子更衣室へ入るとロッカーが一つ増えていることがあるの。そのロッカーを開けると自分の死体が入っているという」

「キャー!怖いのはイヤですよ!」

「いやいや、何の話をしてるんだよ!推理ミステリーの話をしろよ」

 しかし、それから僕たちはんーっと考え込んでしまった。なかなかアイディアは出ない。

「考え方を変えて男子更衣室でA子が発見されたというのどうでしょう?インモラルな感じがしますよ」

「それは却下。あたしのデス・トリックが映像化されたとき、男子更衣室なんて汚い絵面が出てきちゃうじゃない。男の裸体なんてオバさましか望んでいないわ」

「そんな計算までしてるのか?」

「当然じゃない。メディアミックスされてナンボの世界よ。ぜひ主人公には巨大ロボットに乗ってほしい」

「推理ミステリーじゃなくなってるよ」


「次、シャワールームのほうを見てみましょう。ロッカールームとはすりガラスで仕切られ、シャワーは5つ、右上に換気扇と横長の窓がついてるわ」

「一番に目が行くのは外部と繋がっている換気扇と横長の窓ですね。ここから人の出入りは狭すぎて出来ませんが、何かを投げ入れたり、紐でくくって引っ張り出すことはできるかもしれません。シャワーホースやカーテンも使えます。ただし窓側は校舎から丸見えになってますから誰かの目に留まる可能性は高いです。そういう意味では覗きは難しいですよ、大好きくん」

「いや、僕は覗きなんかしないけど」

「またまた、ご冗談ですよね。健全な男子高校生が覗きに興味がないなんて。それとも大好きくんは不健全でアブノーマルでしたっけ?」

「……」

 僕は何も答えなかった。答えたら負けだと思ったから。

「外には人の目がある。その目が犯行時に向かないようにする方法。例えば、ラクダはみんな同じ方向を向くという。諸説あるが、これは浴びる日光を最小限に抑えるためだとか」

「例えがわかりづらいよ。でも日常の学校でみんなが同じ方向を向く瞬間を狙うってことだよな。何かイベントとかないと無理じゃないか?みんなが何かに注目する瞬間ってないぞ?」

「いたずら風になびくスカートに男の目線が集まるみたいな感じですかね」

「その例えもよくわからないけど。多分注目するのは男子だけだ」


「今度はシャワールームを見てみましょう。何かアイディアないかしら?」

「今、急にお湯を出せば制服がびしょびしょに濡れて、ブラスケハプニングですよ!大好きくん、そういうの好きでしょ?」

「なんで僕に振るんだよ」

「やめなさい。そっちのアイディアじゃないっての。他に気になったものはある?」

 ぐるっとシャワールームの内装がスマホに移り出される。

「関係ない話ですけど、どうしてホラー映画ではシャワールームで美女が襲われるシーンが多いのでしょうね?」

「本当に関係ないな」

「シャワーは夢分析では浄化や健康状態を暗示するから、綺麗なものを汚したいというサディズムが刺激され印象深く残るのだと思う」

「えっちの前にシャワーを浴びるのと同じなんでしょうか?そういえば、さっき伊詞花ちゃんが浄化槽で身を清めようとしたとき、大好きくんは止めましたよね?大好きくんは汚したいサディズムはないんですか?」

「よし、その話題はここまでだ」

 変な方向に話題が行きそうだったので、僕は強制的に方向転換させる。

「更衣室はどうも密室トリックが肝になりそうだな」

「そうね。防犯意識が高いと犯行もしづらいわね。当たり前だけど。ミステリーの世界って、ある程度隙がないとダメよね。被害者が一人きりになりやすいとか」

「パンチラもしない女の子はヒロインになれないってことですよね、大好きくん」

「わかんないよ、その例え!」


「というか、そろそろ出てきてくれないか?女子更衣室の前で男一人で待ってるのがツラいんだけど」

「そうね。今の大好きって女友達に頼んで女子更衣室内を盗撮してる変態にしか見えないから」

「そんな風に見られていたんだ。僕って」

「大好きが変態だと思われるのは正直、どうでも良いけど、あたしたちの行動が制限されるのは良くないわね。変態の仲間だと思われたくないし」

「僕も思われたくないよ!」


 女の子三人が出てきた。水泳部顧問に挨拶をして出て行く。せっかくだから外から換気扇周りをみんなでチェックしておく。換気扇はなかなか年代モノで取り外せば確実に証拠が残る。むしろ復元不能になるかも。

 後ろを振り返れば校舎がどーんと見える。怪しい行動を取ればすぐにバレるだろう。ちなみに更衣室の屋根は窓や換気扇がギリ隠れる絶妙な高さのため、校舎から覗くことはできない。非現実的な話だが、これじゃあ校舎からの狙撃も無理だろう。

「現場の下調べはこんなものかしら。次は何を決めましょうか?」

「A子のプロフィール。ここから犯人像や動機にもリンクできるから」

「そうなのか?」

 浦名はうなづく。

「時は偶然だけじゃない。運命は気付かないところでリンクしているもの」

 浦名はキリッとしたキメ顔で僕を見てくるが、よく分からなかったので苦笑いしかできなかった。とりあえず僕たちは一度教室へ戻ろうということになった。


「あ、そうだ。喉乾いたからジュース買ってきてよ、大好き」

 梶鳥は戻ってきた教室の前でそんなこと言い始めた。

「……そういうのは教室に戻ってくる途中で言えよ。自販機の近く通ったのによー」

「バカね。そんなことしたら大好きのムカつく顔が見れないじゃない。腸煮えくり返って不貞腐れる顔が見たいんじゃないの」

「完全に僕のことバカにしてるだろ?」

「怒ってる顔が見たくなったのよ。カワイイから。ね?お・願・い・大・好・きっ」

「……」

 僕はわざとらしく、大きいため息をついた。


 僕は自動販売機の前に来た。頼まれていたジュースを何本か買っていく。

「あ、私も持ちますよ」

 後ろを振り向くと華奴がいた。腕からジュースが半分ほど抜き取られる。

「どうしたんだ?何かあったのか?」

「いえいえ。ちょっと二人でお話がしたくて。良いですか?」

「あ、あぁ。別に良いけど。何?」

「ズバリ、鈴さまとはどういう関係なんですか?」

「いきなりだな」

 目をキラキラさせて聞いてくる華奴。この年代の女の子はみんなこういう恋話が好きなんだろうな。

「残念だけど、関係も何もないよ。あっちは僕の名前をイジって楽しんでいるだけだよ。さっきの見てただろ?」

「そうでしょうか?むしろさっきの絡みを見てると親密な間柄なのかなって思いました。あ、絡みといってもえっちな意味でじゃありませんけど」

「そこ訂正したほうが、えっちな意味にしか聞こえなくなる」

「あ、これはミステーク!」

 なんだろう?このミステークって腹立つワードだな。わざとらしいから。

「でも鈴さまがあんな風に人と絡んでいるのは珍しいと思います」

「そうなの?」

「そうなのですよ。鈴さま、あー見えてすごく繊細な人だから」

「繊細にしてはやけに攻撃的だけどな」

「ふふっそれだけ安心して心開いているってことですよ」

「そうなのかな?」

「そうなのですよ」

 んー女の子はわからないものだ。

「どんな小さなきっかけでも、それは運命だったのですよ、きっと」

「運命ねぇ」


「遅いよ!何してたの?」

 僕たちは再び教室へ戻ってきた。梶鳥は不機嫌そうに僕からジュースを奪って飲み始めた。好物なのか知らないけどトマトジュースを。

「鈴はトマト好きなのか?」

「いいえ。あたし吸血鬼だから生き血の代わりにね」

「……」

 梶鳥を見るとこちらをキラキラした目で見ていた。リアクションを求められている。代わりに僕の顔は呆れ顔になっているだろう。

「ヴァンパイアフィリア。性目標倒錯とも言われる症状。性行為欲求ではなく、あくまで前戯を代替する行為。

 また夢分析では血液は生命エネルギー、憎悪の感情、心的外傷を暗示し、飲む行為は欲求や潤いの必要性を暗示する。よってヴァンパイアフィリアとは本人の生命エネルギーが枯渇した状態を訴えてかけるもの。

 諸説あるが、ヴァンパイアは一度死んだ者。当然生命エネルギーゼロの彼らは生きる者から生命エネルギーを奪っていく。そして襲われた者も……」

 隣の浦名が急に語り出した。各国のヴァンパイアの伝承や定義、分類などに話は続いていく。梶鳥のほうを見るとあわあわとしていた。延々と続いていく説明にどう対処すれば良いのか困っていた。

「ところで二人は何の話をしていたんだ?」

 仕方ない、助け舟を出してやるか。あからさまに話を遮る。浦名は一瞬ムッとした顔になったが、ようやく話を切り上げてくれた。


「A子のプロフィールを決めていた。殺すほう殺されるほう、共に無関係ではない。無差別であってもそれはあくまで殺すほうは意味のある象徴として選んでいる。殺される側のプロフィールは鏡像として殺す側のプロフィールとして映り出される。特にコンプレックスは強く出るから、そこから動機を広げていけば良い」

「犯罪プロファイリングというやつね。犯行現場や被害者から得られる情報は多いのよ」

「そうなんだ。それでどうなったんだ?」

「私の出した案は却下された。頭と頭がゴッチンコして、A子と男の中身が入れ替わる。A子は自分の身体を穢されたくなくて、自分の身体になった男を殺す」

「うおおおおーっ!なんですかそれは。面白いじゃないですか!燃えます!すっごく興味があります!それでどうなったんですか?」

「面白いけど、推理ミステリーとしての面白さじゃないよね?」

「それは残念」

「でも参考にはなったわ。特殊なケースで男女逆転劇。犯人は女の子にしか見えないカワイイ男のこ……娘のほうの男の娘。二人だけの秘密で男女逆転したお付き合いをしていた……というのはどう?」

「この設定なら女子更衣室トリックの自由度が上がる。犯人は女装して入室できるようになった。

 夢分析で衣服は第二のペルソナ。コスプレでもわかるように衣服が人格に影響を与える。その衣服を脱ぎ着する更衣室は自己のキャラクター性への変化・生まれ変わり性を暗示する。なので更衣室での殺人衝動はそれらを満たされない危機的状況の打破を暗示する。

 ならば犯人は男女逆転劇や女装欲求の終わりを否定するための動機となる」

「……そうなのか?」

「あくまで一例。A子にフラれるとか。つじつまは合っているはず」

「秘密にしていた性的交遊の破綻といったところか」

「せ、性的交遊?なんて淫靡な響きなんですか!確かに女装癖も立派な癖ですもんね!」

「動機や犯人像はそれで決まりか?」

「共犯や交換殺人、実は自殺だったとか、中身が入れ替わっていたとか、色々付け加えることはできるけど。ただ女子更衣室の特異性から男子が犯人という意外性は悪くないわね」

「確かに。意外とまともなアイディアだ」


「大体アイディアは出尽くしたかな?じゃあ、大好き。あたしたちの捻り出したアイディアを全部使って面白いデス・トリックアートを書き上げてちょうだい」

「あーはいはい……んはぁ?え?ええ?今なんて言ったんだよ!全部は使えないだろ?超常現象じみたアイディアもあったじゃないか!主に浦名のやつ」

「もへっ☆それほどでもあるけど」

「褒めてないよ!なんだよ、もへっ☆って!」

「お題が簡単すぎても、つまらないからハードル上げてみたの。そういうわけだからよろしく。大好き」

「よろしく、じゃない!僕が考えていたプランが台無しじゃないか!全部使えなんてめちゃくちゃだ!横暴だ!」

「あはっ。その困り果ててのた打ち回る姿がカワイイわ、大好き」

「まぁまぁ大好きくんなら大丈夫ですって。私も手伝いますから一緒にがんばりましょう」

「大好き。みんなでがんばれば大丈夫」

「浦名が一番足引っ張ってるんだよ。アイディア的に」

「もへっ☆それほどでもあるけど」

「それはもう良いってば!」

「あたしは手伝わないからね。せいぜい苦しんでいる姿を見せてちょうだい」

「いや、誰のためにやってると思ってるんだよ!」

「どうどうどう。でもそういう約束だからね。あたしたちがアイディア出して、大好きがまとめる。間違ってないでしょ?」

「そうは言っても、これはどう考えても無理だろ。大体A子はどれで殺されたことにするんだよ?」

「言ったでしょ?あたしは大好きが苦しむ姿が見たいの。もちろん全部に決まってるじゃない」

「むちゃくちゃだ……」


 とんでもないことになってしまった。本当にこれ全部をまとめなきゃいけないのだろうか。勘弁してくれよ、全く。

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