阿片
重く、粘ついた、不思議な異国の煙草。染み付いた煙の匂いを隠すように、念入りに振り撒かれた薔薇の香水の中を、桜の枝が揺れています。鉛色の厚いカーテンを背景に、それは枯れかけてくすんだ花をまだ残していました。
今日は、幾らか具合がいいのでしょうか。彼は寝台から身体を起こし、重い巻煙草を揺らしていました。微かに赤みが混じった髪の向こうから、物憂げな瞳が私を眺めます。
「早く。こっちに、来い」
掠れた声が、私を急かします。寝台の端に腰掛け、髪をかき上げると、彼は煙草を置き、ゆっくりと私の首に噛みつきました。
じんわりと響く、鈍い痛み。その重苦しい痛みは次第に薄れていき、唇の柔らかな感触に変わっていきました。
――ねえ。貴方が牙を無くしてから、幾つ月が廻ったのでしょう。もう、肌を裂く事など出来ないのに。なのに、貴方は、私に襲いかかるのですね。 流れ出した暖かな血を、忘れられないように。
彼は微かに息を乱し、寝台に倒れていきます。離れていく冷めた唇を感じながら、彼の、残り僅かな誇りを、私はどこか冷ややかに眺めていました。
「ほら…飲んで」
手首を滑ったナイフを、彼は見ようとはしませんでした。ぷつり、ぷつりと流れていく雫を、彼は目を伏せ、微かに震えながら、舌先で舐めとっていきます。
――苦しいですか。飼われるように、人間から命を与えられる事は。他の何をもってしても癒せないという貴方の渇き。
私がそれを癒やす度に、気高く冷酷だった貴方は失われていく。それを知りながら、私は貴方に血を与え続けるのです。
噎せ返るような、薔薇と阿片の香。咲き誇れぬままに枯れていった花。渦を巻き、立ち昇る蒼い煙。全てを包み込む芳しい嘘を、私はぼんやりと眺めていました。