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二十一世紀頼光四天王!

二十一世紀頼光四天王。〜首が飛ぶ島。

作者: 正井舞

轆轤首、という妖怪がいる。轆轤とは滑車の事で、鶴瓶や桶を頭に喩え似ている事から轆轤首と言われるとされる。

妖怪と言えば語弊がありそうだが、大抵にして妖怪というのは大なり小なり日常の中の幽かな陰の中に常に住まうのだ。

「雨が来ますね。」

「雨が降る前に帰りますよ。」

マーメイドの描かれた珈琲パッケージのストローを齧りながら透明度の高い海面を見下ろしていた綱は季武が空を見上げて呟いたと同時、クルーザーの運転士がデッキに顔を出したのに振り返った。

「さだー金時ー、戻っといでー。」

古式泳法遠泳勝負、と銘打った二人は遠い場所にその金髪が見えていたが、ざぶんと一度大きく水飛沫が立てば、綱が見下ろしていた海水の下から一気に魚が逃げた。

「金太郎テメー、自分の性質理解しろ!」

「してんだろ。」

長い前髪を掻き挙げ珍しく額を出した貞光はクルーザーデッキに上がる途中に金時を蹴り飛ばし、はいはい決着は帰り着いてからにしますよ、と季武が宥めた。

雨の匂いが濃くなった海はきっと夕立程度なのだが、長く留まって良い事など、素人にはきっと殆ど無い。海開きの始まっている海浜公園ではライフセーバーが小さな子供のいる家族連れを中心に声をかけているようだった。そろそろ潮も流れが変わる。

源家所有のクルーザーが戻るのは海辺にある会員制ホテルで、毎年夏になると招待される。世話役の係員も慣れたもので顔を覚えていれば人見知りをしない金時などはよく仕事の邪魔をする。海水浴から帰ったスラッシュガードと海パンのそのまま、流石に水気はしっかり拭いたが、そのままロビーを通る。夕飯は広いラウンジでのディナーや提携レストラン街。中華がいいです、と季武の挙手で一度着替えてから中華バイキングに向かう。

ドレスコードは最低限、シャツにスラックスの金時と冷房が苦手だという綱はベストを羽織った。貞光は食事前に前髪をヘアピンで留める。浴衣に羽織姿の季武は外国人らしい客から注目の的だった。

「量の多少を、味の濃淡を問わず。」

いただきます、とまでの口上は育ちの良い青年であったが、食べ始めると空き皿の量にウェイターが顔を引きつらせた。昔からこいつらは機会があれば存分に食べる。そしてその分を正しい方法できちんと消化する。

「頼光、結局最終日合流かぁ。」

「寂しいか?」

「まあ、ここ一年は碌々会えてねぇからなぁ。」

「鷹匠さんの企画、明日だそうですよ。」

「動画撮って良いなら頼光にも送ろうか!」

「そんな渡辺先輩がクルーザーから身を乗り出し過ぎて海に見事なダイブを披露した一部始終は俺が送っておきました。」

「たけてめぇ!」

語尾に星マークかリズムマークの引っ掛かりそうな季武の上機嫌に綱がよそってきた杏仁豆腐を落とし、うわ、ごめんなさい、と反射的に詫び、あーあ、と呆れたように貞光が笑って。

「お召し物に汚れは?」

「あ、大丈夫です!わー勿体無い。」

ウェイトレスがナプキンや蒸した布巾を片手にやってきて、片付けますね、と穏やかに微笑んだ。空き皿を回収して貰って、甘味をデザートに並べたテーブルの上は一度上品にセットされた。

「今のひと、抜け首だな。珍しい。」

ウェイトレスもウェイターも中華模様の刺繍が入ったパンツスーツで、胸元にはネームタグがある。先程の女性は赤いシャツに濃い墨のタイと朱色の制服から高い位置で髪を結い、襟から少しだけ。

「ああ、赤い痣か。」

くるりと首を一周する痣があるのは抜け首という妖怪の特徴で、轆轤首にもあるという。抜け首が別名を飛頭蛮ともいう。

「そういや轆轤首は不完全な幽体離脱だって描いてた作家がいたよな。」

「確かに、精神情緒豊かな女性に多かったそうですから、筋通りそうな気もしますね。」

貞光は趣味でサブカルチャーを触る。季武は昨今の妖怪ブームに手に入る資料という名の娯楽は錦絵収集が好きだ。妖怪といえば崇徳院、玉藻前、そして酒呑童子が有名で、酒呑童子が出てくれば必然的に彼等も登場する。白描画であったり錦絵であったり、また綱の鬼斬は描かれた時代で姿が違うのも面白い。刀というものは時代によって姿形が大きく変わる。反りや刃文は狙って作られる物でなく、使われる鉄に由来する。近代に近くるほど反りは深くなる。幾度生まれ直す度、お前痩せたなぁ、と綱は鬼斬の刀身を額に当てる。頼光の安綱もこの世に現存するのが奇跡のような名刀だ。

「飛頭蛮は中国産だろ?」

「轆轤首、抜け首、飛頭蛮、どれも首から上に異常、という点では同じようなもんじゃねぇの?」

「そうですね、飛頭蛮は確かに獰猛だと昔読みました。」

「轆轤首が獰猛じゃねーって証拠はねぇが?」

「転寝していた女の首が伸びるように落ちた、という文献がありますので、見間違いも多いのは轆轤首の特徴でもあるのかも知れませんね。」

ご馳走様でした、ときちんと手を合わせて頭を下げて、レストラン出口で会員名源を告げるとデータ管理されている複合機がレシートを出す。

「どうします?」

「俺ァ寝る。」

貞光は特にすることもない、とさっさとロビーからエレベーターホールに向かい、パネルをタッチすると一度広い窓から外を見た。碧い山並みには古民家がちょこちょことマッチ箱くらいの大きさに見えて、白い海岸には明るい宿泊施設や学校も見えた。

「・・・吃驚しました。」

「うん?」

「なんかあっか?」

「ここ、観光で持ち直したんですっけ?」

季武が広い窓辺に寄って、瀬戸内海に浮かぶ島々が遠くに見える真っ赤な空を見た。夕立の終わった空はしかし多少に水分を含んだ空気で対岸と思われる島も近くに見える。

過疎の酷かった島々は瀬戸内海の自然豊かな立地を利用し、観光ホテルやツアーが多くある。聞こえてくる言葉も近隣のパートと思われる掃除屋は田舎訛りの挨拶が新鮮だ。今時分の鱧を食い逃すん勿体無いで、と教えてくれたのは金時が今朝のロードワークに出会った漁師だ。

「女性に優しくない土地ですよ、ここ。」

戦慄に二の腕を摩った季武は、源平合戦を繰り広げられた過去を辿るようである。

「まあ、戦なんてどこでもあったさ。」

「いえ、これは近代のまじないです。祟りというには古いですが、呪いやそれに近い物はありますね。念の為護符書きます?」

「んー、俺は良いかな。」

「女に優しくない、か。」

ポン、とエレベーターの到着に乗り込んだのが自分たちだけであるのを確認して。

「捕虜に女使ったとか?」

「そういう可能性は否定しませんが・・・もっと新しいですよ。」

「だな、陰湿っつーか、鬱っつーか、なんかそんなん?」

土地のことになると強い金時は、うん、正体わからん、と素直に言い切って、地主さんでも挨拶行くから綱付き合うか、と振る。勿論応えは是。

一人一部屋の贅沢に速攻寝入った貞光はそのまま、三人はラフな格好に着替えると、レセプションに出かける旨を伝えて真っ赤な夕陽に染まる外に出た。ホテルの敷地を出ると細い県道に、時折思い出したように街灯や信号機が設置されている。

「たけ、何処行く?」

「郷土史でも読めれば万歳、ということで。周辺の様子を少しだけ見て帰ります。ケータイは持ってないんで、ひょっとしたらこのままおやすみなさいですね。」

それでは、と綺麗に頭を下げた季武は竹林の陰に消え、竹林ということは殆ど山の手入れもされていない土地に金時と綱は連れ立つ事になる。山歩きは好きだし海は少し新鮮で、蝉や蜩の声が聞こえる田舎の空気に時折軽トラックや青々と豊かな畑、夕刻という事もあって民家の傍を通れば家族の団欒する声も聞こえる。

「飯盒で炊いた飯にカレーって至高じゃね。」

「さっき夕飯食ったよね?金時?」

「いや別腹。」

「そっかー。鱧食べたい鱧。明日は和食にしてもらおー!」

貞光曰く脳筋二人はそのまま田畑と私道の入り混じった山の中腹、こっちか、と唐突に金時が獣道に入った。

す、っと呼吸が楽になる。肺の奥まで綺麗に洗い流されるような感覚に、神の生きる道であると即座に察し、お招きありがとうございます、と金時は笑った。

「馬頭観世音・・・。」

「馬も昔は多かったみたいだな。今は和牛にチカラ入れてるらしー。」

「何処情報?」

「貞光。去年くらいからホルスタイン少なくなってるつってた。観光用の牛肉が主っぽい。」

「はあー、さだ、ほんとよく見てるよねー。」

「前髪あんなんなのにな。」

「物理視野絶対俺らのが高いのに。」

金時が立ち止まったのは八幡系列の祠の前で、拝むというより田舎に帰ってきた孫が祖父母を見るように笑い、きちんと確認してもらえた嬉しさに白い歯が溢れた。

「綱、素戔嗚さんこっち。」

「うん!」

整備されていない踏み固められた地面を跳ねるように綱は呼ばれるようにその祠で、家から失敬してきた生米の入った守り袋を開く。野鳥がきっと何処かにいる御柱の許に届けてくれる。

「インハイはどうだ?」

「人事は尽くしたが、とだけ言っておく。」

むっつりと不機嫌に断じた綱は、個人は兎も角団体では全く成績が奮わなかった。観戦出来た季武は、平和ボケって怖いですねぇと苦笑した。

「視野と状況判断しっかりしてっし、白井?白山?だっけ?犬とバスケやらサッカーやらやってんだろ?」

「ぬいか。あくまで趣味だがなー。ほら。俺って蹴鞠の時代から。」

「あー、レートおかしかったよな。」

殿上人が案外俗っぽい遊びに興じていたのは今では笑い話に出来る。鬼退治の褒美になかなか地位のあった彼等だが、侍の身分は高が知れた。

「こっちが天照大御神さん・・・?」

どうした、と綱が金時を伺ったのは、神域に於いて金時が疑問符を放つ事が滅多にないからだ。

「いらっしゃらない。」

「はあ!?最高神が?」

「いや、完全にじゃない、なんだこれ。」

気配っつーか匂いっつーか、と金時は感覚を言語化するのに頭を痛めたらしかった。いるようないないような、実に中途半端なのだという。ざあっと風が抜けたのに振り返れば、老女が一人、二人の存在に目をしょぼつかせた。

「若いんがぁ、めずらしなぁ。」

そしてそうやって微笑んで、右足を引きずりながら祠の一つ一つ、生米が捧げられてあるのに、嬉しそうに手を合わせて頭を下げた。

「お客さんけ?」

「あ、うっす。」

「はい。」

ゆっくりゆっくり頷いた彼女は、台座に菊の御紋はあるのに何も飾られていないそこに立ち止まる。こちらは子供でも慈しむような手であった。

「きれぇな女神さんがおってやってねぇ。」

二人の視線に気づいたのかそうでないのか、独り言のように彼女は。

「戦争で、爆弾の材料に、なってしもたんよ・・・。」

嗚呼、と静かに静かに、悼むように瞼が降りる。老女はそのまま、楽しみやぁ、と二人に微笑んで神域を出た。

「そっか、菊の御紋、女神像。・・・ここに天照さんがいたんか・・・。」

そうかぁ、と遠くの空を見上げた金時は、虚空を撫で、頭を下げた。

「金時、今のお婆さん、首に痣・・・あった。」

愕然と、綱は述べた。

翌朝、金時と綱は習慣の通りロードワークに出て、朝の漁から帰った漁師がその場で刺身を捌くのに、これくらい出来へんと、と闊達な笑い声に混ぜてもらったりもした。

「へえ、女にねぇ?」

悪辣に嗤った貞光は、首回りに赤い痣のある女がこの島には多いという話を聞き、朝食を終えて水上バイクのレンタル手続きを行った。ホテルの職員に少ないのは系列会社が雇った外の人間が多いから。この島で生まれ育ったと思われる女には、特に中年以上には必ず赤い痣がある事に、彼等は漁師町まで出向いてやっと気付いた。特に気にしている様子が無いので、幻覚なのかと疑ったりもした。しかし痣を隠すように首にタオルを巻いている若い女もいたため、島の者には、特に成人した女性には大抵現れるもののようであった。

「季武の霊視、金時の加護、と来りゃ完全に閉鎖村のオカルトだぜ。田舎にはよくあるこった。俺が掴んだオモシレー情報があるんだが、聞くか?鬼斬りの武士。」

楽しそうに探る貞光の眼光はしかし、挑戦的だ。翡翠の飾りがきらりと光った刀袋は高貴な紫色が鮮やかだ。船室の荷物の中に一際目立つのは気のせいか。

「聞いて、俺はどうすればいい。」

ライフジャケットを着用するための船室に怜悧な切れ長の目が眇められ、おお怖い、なんて巫山戯る貞光は、きっと気づいて信じているのだろう。

「さあ?」

「さだ、お前はどうする。」

「この件に関しちゃ俺は手出ししねぇ。俺らの敵に回るもんじゃねぇからな。」

情のない物言いに騙されがちだが、身内に専ら甘いこの男は、季武が察知したものが彼の悪縁になるか、金時の不安が何処に繋がっているのか、分析し理解した上で綱に教えた。

「秘密を知る遊女を流した将軍、家臣を刎ねた大名、このテの話は維新前の日本にならごろごろ転がってるもんだ。」

「二十一世紀も、何年来たか。」

綱は嘆息しつつ、水上バイクが届けられてインストラクターの説明を受ける。

「虐げる者がいたんだ。虐げられた人間は何人いたと思う。」

人間は、ピラミッド社会で生きている。虐げる最高地位と虐げられる最底辺地位では人数は倍の量では済まないはずだ。

「季武が言ったろ。祟りや呪いまで、未だ、行ってない、ってよ。」

天照大御神の居ない神域、女に優しくない土地、きっとまだ、今なら。今の時期だから。地獄の釜が開き始めてざわめかしい夏の空気を一閃するだけ。

想いを断ち切ればこの島を囲うようなまじないは、彼岸に無事渡る事になるのかもしれない。

共はいらない、少しだけ、とその夜、一振りの太刀を腰に穿いた青年が神域に入ったらしい。潮の音が咽び泣く女の声のように聞こえる、夜空の美しい、女達の首の痣が消えた夜だった。

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