第2話 宿
初老の男と少年が立ち去った後、ウォルナットは麓からほど近い路地をいくつか通った所にある、庶民がよく利用する宿に向かった。宿に入り、部屋の戸を開けようとした時にウォルナットは宿の女将さんに声をかけられた。
「ちょっと、ウォルナットさん。さっき、宮廷のお遣いの方がいらしたんだけど何かあったの?」
女将さんの言葉を聞いた時、ウォルナットは内心舌打ちを打った。少年と初老の男と別れた後、後を付けている者がいることに気付いていたウォルナットは、相手に気付かれないように撒いたのだが、どうやら先回りをしていたらしい。
「えぇ、先程山で皇族の方が使われる橋を歩いていた少年を助けたんですよ」
「あらまぁ、ウォルナットさんらしいわねぇ。そうそう、お遣いの方がこれを置いて行ったのよ」
女将さんが差し出した紙を受け取り、書かれていたことを読んだウォルナットは再び溜め息をついた。そこには今夜、宮殿から迎えが来ることが記されていた。こうなると、ウォルナットは宮殿に行かざるを得ない。ウォルナットは女将さんを見て、苦笑しながら口を開いた。
「すみません。用事が出来てしまったので、今夜は宿に泊まれそうもありませんね」
「あらそう。分かったわ」
女将さんはたいして気にもしていない風に微笑んだ。彼女は寛容な人柄なのだろう。
「勝手ですみません」
「いいのよ。別に構わないわ」
女将さんは笑ってそう答えた。その夜、人々がそれぞれの家や宿で夕食を食べている頃、ウォルナットが泊まっている宿の裏口に複数の人影が現れ彼を呼んだ。
「お迎えにあがりました。至急、宮殿に向かわれるご用意を」
老獪そうな初老の男が小声でウォルナットに言った。
「用意なら既に出来ています」
ウォルナット愛用の双剣と荷物を持ち、外に出た。
「では我々に付いて来て下さい」
ウォルナットは頷き、彼らと宮殿に向かった。迎えに来た者たちとウォルナットは暗い路地を静かに歩いて行き、やがて遠くに背の高い塔が見えてくると右に曲がり、道なりに進んで行った。
道中、ウォルナットは周囲の建物や風景を横目で確認していた。万が一、逃げる必要性に迫られた時にどこを通ればいいか確認する為だ。
やがて宮殿の裏口に着くと、そこには数人の侍女や侍従と思われる人たちが待っていた。