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だぶさん  作者: 千路文也
26/28

026  熟成されたヒット


 だぶさんのいぶし銀は止まらない。まるでベテラン選手のような堅実な守備には解説さえも唸っている。好プレーとは言い難いが、彼の一挙手一投足には爽快感が満ち溢れている。そんじょそこらの新人選手にはあの守備の動きは無理だ。何年もプロ野球の生存競争に打ち勝ってレギュラーを勝ち取った30代前半から30代後半の内野手的な動きなのだ。プロ一年目には思えないのは守備の流れにもあるが、打撃力も地味ながらアッパレとしか言いようがない。メジャーレベルの打撃とまで評価するまでにはいかないにしても、選球眼が良くて際どいボールをカットする技術は一人前だ。恐らく、広島カーツ内でも一二を争うレベルの粘り打ちだ。ピッチャーに少しも多くの球数を投げさせるのだから恐れ入る。新人選手の多くはチームの勝利よりも個人の成績を優先しがちだ。個人の成績を尊重するのはあくまでも選ばれし野球選手だけであり、そんじょそこらの野球選手はチームの勝利を優先すべきだ。だぶさんは自分が平凡であるのを知っているので、チームプレーに徹していた。ある程度の空気を読めるのは才能なのかもしれない。ここ一番のバントを決めるのは職人技に近い。球場も敵対チームもだぶさんがバントすると分かっている。球場全体が分かっていても送りバントを成功させるのだから恐れ入る。前半戦が終了してオールスター出場も果たすまで送りバント成功率は驚異の100%を誇る。ここまでくると精密機械だ。後半戦が始まってマークも厳しくなった。相手チームはどうやらだぶさんを脅威として認めたらしい。徹底的な内角攻めやタイミングを外す系の変化球を交えた投球を駆使されたり、だぶさん専用のシフトまで敷かれるようになった。それでもだぶさんは打率.250を維持してホームランも3本打っている。犠打数は言うまでもなく両リーグトップだ。送りバントを成功させて球場が湧く選手などだぶさんぐらいだろう。


「ツネーズの若きエース、速水大道。インコースを2球続けて投げた後は必ず首を横に振って変化球を投げる。その確率は92%を超える。残りの8%を度外視して速球を待つのは得策とは言えない。やはりここはアウトコースの高速シンカーを狙い打つべきだ……!」


 今日はツネーズとの試合が組まれていた。二死満塁の場面で七番バッターのだぶさんを迎えると、脳内で素早く投球シュミレーションを行って相手の動きを分析する。投手の癖もそうだが捕手のリード傾向も頭に入れた上での計算だ。その計算式において92%の確率でアウトコースの高速シンカーが来ると予期した。日本人らしい基本的なスタンスでバットをスイングすると、予想とは違うコースにボールが投げ込まれた。やはり計算通りにはいかないかと思いつつも球種は紛れもなく高速シンカーだ。アウトコースでではなくインコースに投げられたのは失敗だが、胸を開かずにグリップを残すことで何とかボールに当たった。芸術的な流し打ちでライト前にボールが転がり、その間に三塁ランナーが生還した。これによりチームは先制したのだ。広島ファンから声援を受けて思わず笑顔をこぼす。球場で見せる機会の少ない笑顔は紛れもなくカーツ女子の心を揺さぶっていた。カーツ女子と言ってもピンキリで、40歳を超えた主婦も一応はカープ女子とも呼ばれている。当たり前だが他の若い選手よりもオバサン受けがいい。若い選手でありながらも渋さが光るバッティングで勝利に貢献するのだから、ごくごく自然なことなのかもしれない。



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