025
温もりだけでは生きていけないと証明したのが、だぶさんである。彼は冷静沈着な物言いとは裏腹に愛を求める傾向を持っている。たとえば夜は一人で寂しく眠れないのだ。あまりにも寂しいのでぬいぐるみを買って布団の隣に置いている。そして寂しくて胸が苦しい時はぬいぐるみを抱きかかえてシクシクと泣くのだ。寡黙故に女性関係とは接点が無さ過ぎる。巷ではゲイ疑惑が浮上しているぐらいである。当たり前だが、だぶさんは女が大好物である。おっぱいやデカ尻に釘付けになるのは男として当然である。誇れる事では無いにしても、おっぱいとデカ尻には目をチラつかせる。そういう意味ではだぶさんはムッツリスケベなのかもしれない。そんな事はさておき、だぶさんは今日も絶好調だった。決して肩は強くないが、捕ってから投げるまでの動作が鮮麗されている。解説者によっては強肩と表現するのも納得だ。それぐらいの技術を持っているのは確かである。どうすれば肩の弱さが克服出来るかと自問自答を続け、ようやく手に入れた方法が捕ってから投げるまでの動作を俊敏にする事。さすれば際どいタイミングでもアウトにするのが可能なのだ。守備での活躍も多いにあるが、打撃面でも好調である。プロ一年目にして変化球や速球に対応出来るのは大したものである。今時の新人野手が打率.280を維持しているなど奇跡に近い。それでいて足もあってパンチ力もあるのだから広島カーツのファン達は絶頂している可能性が高い。広島には熱心のファンがいて、選手の打撃成績と投手成績を完璧にインプットしている人間を知っている。その人物は広島を愛するが故にコミュニケーションを捨ててまでパソコンに熱中しているような人物だ。そういう人間も少なからずいる事を選手達は忘れてはいけない。そう感じながらだぶさんは野球を続けていた。プロ野球で試合に出られるのは監督、コーチ、スカウト、遡れば親のおかげだ。決して自分一人の力ではプロになれなかっただろう。夢に向かって努力するのは自分の力だが、夢に向かって走るための道は周りの人間が造ってきた。それはこれから先の未来でもそうだ。高い金を払って球場まで足を運んでくれるファンがいるから自分達の生活が成り立っている。ファンが一斉にボイコットして球場がすっからかんになれば選手達には給料が発生しない。当然、球団としても成り立たなくなり未来は失われてしまう。大歓声を浴びながら野球の出来る喜びを噛みしめないといけないのだ。だが、近年の野球選手は誰かに支えられている感覚を失っている。全て自分のおかげだと勘違いして、ちょっと良くない事があれば不平不満を言いだして怒り狂うのだ。デッドボールの一発や二発を喰らって「チン○コついてるのか!」と逆上する選手など試合に出る価値があるだろうか。だぶさんは断じて無いと思っている。本当のプロフェッショナルならばデッドボールにも平然として、一塁まで歩くのが普通である。140キロを超えた硬球が当たれば痛いに決まっている。泣きそうになるのも無理は無い。だが、プロ野球選手ならば無表情で一塁まで歩かないと感じが悪い。当てた側より文句を言っている人間の方がどう見ても感じが悪い。野球選手は誰から観られて成り立つ職業だ。半端なプレーなど不可能である。常に意識を高く持ち、崇高なる理想を見据えないと話しにもならない。だぶさんはそう考えながら乱闘騒ぎの現場を見つめていた。
味方先発投手が期待の新人にデッドボールをぶつけてしまったのだ。彼の名前は知念恭二。鳴り物入りで阪海ワイルドダックスに入団したのだが、人格に難があると有名だ。高校時代には煙草飲酒を目撃されて退部寸前になったらしい。後輩や先輩問わず暴力的かつ罵倒を浴びせるのが得意だ。ヒーローインタビューの時にも見当違いの質問をしてきたアナウンサーにはマイクを取り上げて頭上を殴りつけるのもザラだ。このご時世、プロレス野球をするのは知念恭二ぐらいである。彼は二発続けてボールを当てられて故意死球だと怒り狂い、我が軍の先発投手を殴り掛かったのだ。これには味方敵問わずして大混乱に陥り、止めようとした主審にも拳が直撃していた。その一撃で主審は泡を吹いて倒れてノックダウン。修正不可能の域に突入である。
「おらああああああ!」
知念恭二は唾を撒き散らしながら暴れ回っていた。止めようとする広島陣営をもボコボコに殴りつけていたのだ。乱闘など自分のルールに反するので、だぶさんはベンチから一歩も動かずに黙って見ていた。愚かな事をすると。殴り合いの喧嘩を見てファンが喜ぶ筈がないからだ。殴り合いの白熱した戦いを見たいのであれば、プロレスを見に行く筈だ。それでも野球観戦をしているのは野球を見たいからである。現に球場からは「いいかげんにしろ!」とか「さっさと試合を始めろよ!」とか「金返せえええ!」などの罵倒が飛び交っているではないか。やはりそうなのである。結局は当たり前の仕事を当たり前にこなすと評価に繋がりやすい。頭を熱くして投手に飛びかかるようではプロの仕事とは言えないのだ




