第三話 諍い
「いやぁ!黒猫が前を通ったわ!」
「ちょっと!箒を持って来て頂戴!」
二人組の女の甲高い声がすぐ近くで聞こえる。すぐに頭を挙げると、箒を持った女が目の前で私を見下ろして立っていた。私を写す瞳には嫌悪と嫌厭が宿り、そして険悪な顔つきになっている。
その女性に隠れているもう一人の女は目尻に大粒の涙を貯めガタガタと怯えている。
偶然とはいえ、人間と鉢合わせてしまった自身の不運に対して心の中で溜息をこぼす。人間に出会って得した思い出は一度たりともない。
この二人が良い例である。すべての人間は怯えるか、暴力を振るうかのどちらかであった。さらに苛烈で娑婆気もあり欲目がある者は私を捕えて見世物にしたりオークションに賭け、懐を温めていた。
人間の前に姿を見せることは自らが危険に飛び込むようなものであるため、人間の往来が激しい場所には近付かないように気を付けている。
今日も日が微かに漏れている裏路地を歩いていた。そこには肴の骨や残飯などが放棄されている。それにありつくこうと歩いていた時に女たちに遭遇してしまった。
女は非力とはいえ、勢いに任せて猪突猛進するので、何を仕出かすか分からない。
現に、瞳をきょろきょろさせ、ジリジリと迫る女も箒を片手に何をするのか。運が良けれが箒で無造作に追い払われるだけだが、箒で叩かれないことを祈るばかりだ。女の力にもよるが痛いし、穂先が鋭い針のようでできているためチクチクと痛む。
「お姉ちゃん、怖いよぉ」
「どっか行け!魔女!!」
後ろに控えている女が抑えきれなくなった涙を流し始め、姉と呼ぶ女に助けを求める。
その声が女の闘気を鼓舞し、迷いを断ち切らした。
先程とは違い、瞳に高揚が見て取れる。恐らく、妹を守る使命に身を奮い立たせているのだろう。
美しい姉妹愛だと関心しつつ、孤立無援のこの状況をどのように打破しようかと思案をめぐらす。
現在居るのはこの二人と私だけ。そしてここは裏路地であるため、滅多に人間の通行しない。よって増援がくることもない。
逃げることが一番無難そうだ。
女たちが大声を上げて助けを求める前に逃げるか。
逃げるには一番の好機だと理解した私は、女たちとはいる反対方向に向かって身を翻し走り出す。
女たちの様子が気になり、後ろを一瞥すると、妹の方は私の逃走に歓喜し、一方姉はへなへなと力無く地面にしゃがみ込んだ。体の張り詰めていたものがなくなり、緊張の糸がぷつりと切れてしまったのだろう。
今度こそは人間に遭遇しないことを願いつつ、陰鬱な足取りで食事を再び探し始める。