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箱庭図書館の事件目録  作者: 雨夜 紅葉
『名も無き人喰い』編
7/30

チノイロ屋敷にて。

【7】


列車を降りて徒歩10分。

品種はわからないけれど綺麗な赤い花を売っていた花売りの少女や、錆び付いた鉄材を肩に担いで歩く青年たちの横を通り過ぎて、辿りついた郊外の屋敷。

オロイラ伯爵邸。


そこで俺たちを迎えたのは、長い髪を緩く一つに束ねた金髪碧眼の少女だった。


「お待ちして居りましたぁ、不知火灰様。本日は私がご案内させて頂きますのでぇ」


アリス・ワンダーランドです。

なんて明らかな偽名を平然と名乗って、彼女は笑顔で深々と頭を下げる。

足首まであるロングのメイド服が、その反動で風に揺れた。


「ーー……ようこそ、“チノイロ屋敷”へ」


「で、えっとぉ、どちらが不知火様ですかぁ?」

「僕だよ」

「おやおや、失礼しましたぁ。では事件の概要をお話する前に、お嬢様の元までご案内致しますねぇ」

「いいよ、別に」

「そういう訳にも参りませんよぅ。あの方は今や現当主でありますから、お嬢様がお会いしたいと仰った以上、お連れするのが私の仕事です」

「ああ、そう」

「ところで……そちらの方はぁ?」


腹の探り合いみたいな会話に入りたくなくて空気と化していたというのに、彼女はわざわざーーいや当然なのだけれどーーこちらに目を向けて、こてんと首を傾げてみせる。昔こんな人形あったよな、と頭の何処かで考えながら、隠すようなことではないので促されるままに口を開いた。


「あー……俺は文月七夜って言います。一応、医者です」

「お医者様、ですかぁ」


間延びした声に似合わない、影を宿した翡翠の目が俺の姿を捉えて僅かに細まる。どうやら訝しがられているようだけれど、そこまで疑われてはいないらしい。こういう時、白衣があって良かったと思う。実用目的が一番なのは確かだけれど、この時代では身分証明に使われるのが多いのもまた事実だ。

とはいえ白衣(ソレ)は医者であることを証明はしてくれるものの、俺自身が怪しい人物でないことまで伝えてはくれない。

さてどうしたものかとたじろいた、そんな俺の気持ちを察したかのように、何かを言いかけた彼女を遮って灰は言った。


「僕の友人だよ」

「……ご友人ー?」

「死体の状況と死因を調べる為に勝手ながら呼ばせて貰った。わかったらさっさと入れてくれるかな?最近仕入れた未読の名作を置いてきてしまってね。こんな所で君と喧々するほど暇じゃあないんだ」


すると彼女は相も変わらず無感動に無感情な目で俺と灰を交互に見比べて、それから、ふぅと一つ溜息を零す。


「まぁ、いいですよぉ。入れるなとは言われてないですしぃ……不味かったらぁ、処分すればいいだけですしねぇ。なんだっけ……来る者拒まず?違う違う……行きは良い良い帰りは怖いぃ?」


前者と後者で全然危険度が違うんだけど。

とは、突っ込まない。

知らぬ間に突っ込みキャラにされて何処にでも突っ込んでいるうちに死んでました、なんてオチだけは御免だ。言わぬが花、触らぬ神に祟りなしである。

尤も、


「前と後ろで物騒の度合いに差があり過ぎてるよ」


悪魔にだって悠々と喧嘩を売りそうな“俺の友人”は、気にも留めていないらしいが。

というかこの状況的に俺も巻き込まれるんじゃないだろうか。目の前の小柄な彼女がどんな人物か、そもそも切った張ったが得意なのかさえも知らないけれど、ここ数秒会話した感じじゃあまともな人物である可能性は徹頭徹尾絶無で皆無だ。食人性愛者や拷問狂が出るこんな屋敷で働いているような人間が、まともであるはずもないって前提もある。まともでないということは、話し合いで解決できないということで。

会話の成立しない人間は嫌いだ。

言葉の代わりに暴力を振るうから。

ああ嫌だなぁ、と溜息を吐いて。


その瞬間、俺の安い予想を清々しいくらいに裏切って、彼女は酷く愉快そうに笑った。


「そうですかぁ。以後気をつけますねぇ」


ではではご案内します。


そう言って扉に手を掛けた彼女の柔らかい笑顔に若干拍子抜けしながら、俺はちらりと隣の灰を見やる。流石にあいつも違和感は感じたらしい。少し不審げな目で様子を伺っていて、けれど、俺の視線に気付いてすぐに表情を戻す。

だから俺は、とりあえず関係無い話で流しておこうと、どうせ言葉の綾なのだろうけれども、先程少し気になったことを訊ねてみた。


「……未読の名作って?」

「森鴎外作『舞姫』。この世に3冊しかない希少本」


だから早く帰りたい、と言い切った灰につい数秒前の決意も忘れて突っ込んでしまった俺は、少なくとも長生きには向いていないようである。


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