名も無き人喰い
ぴったり30話で完結!!!!
なんという偶然……
「で、灰」
「ん?」
「結局、《人喰い》はどこ行ったんだよ」
「……教えても良いけれど、あんまり知り過ぎると彼に殺されるよ」
「やっぱり結構です」
ご要望通り自分と灰のカップに二杯目の紅茶を注いで、俺は背もたれに体を預ける。ここ二、三日はひどく疲れた。精神的にも、肉体的にも。
早く家に帰りたい気分だが、帰るまでの道のりがかったるいものだから、仕方ない。
もう少し休んでから帰ろうと、小さくため息を吐いた。
「っていうかさ」
「は?」
「僕らは一度、《人喰い》に会っているんだよ。君は気づかなかったかもしれないけれど」
「マジかよ……そんな子供記憶にねぇな」
「ーー待って。もしかして七夜、《人喰い》を男だと思ってる訳じゃないよね?」
「え、」
「《アリス》って言ったじゃん。主人公は女の子だよ。『名も無き人喰い』は、同性愛……所謂“百合”の話なんだから」
驚きの事実。
いや、まぁ、女の子だとしても、それっぽい人物はいなかったような。
「ヒント。『不思議の国のアリス』でトランプ達は、白い薔薇をペンキで塗っていたね。何色に塗っていた?
更に付け加えるなら、僕らが“彼女”に会ったのは屋敷に到着する少し前のことだよ」
「薔薇ぁ?少し前、って」
あ。
【21】
あれから、僕は彼女の後を追った。
どこで生まれ、どこで生きて、何を思って息をしていたのか。
そうして知ることが出来たのは、知りたくなかったことだけで。
僕も、彼女も、奇跡のようなこの世界でさえ、特別ではないという真実。
誰かの描いたシナリオを、僕らは今まで必死に演じていたのだ。
苦しさも悲しさも、痛みも辛さもフィクションだった。
僕らは、生きているようで、生きていなかった。
「あーあ、」
ぱしゃん。と水溜まりを跳ねあげれば、水面に映り込んだ青空が掻き消える。ただただ虚しかった。何の感慨も、湧かないほどに。
けれど、たった一つだけ。
もしも神様が実在するなら、聞いてみたかった。
「僕らは、」
一体、何だったんだろうと。
知りたくなかったことを知ってしまって、僕は初めて、ここで死ぬことを考える。
役者として選ばれたのなら、僕の探し物はどこにも無い。
無いものを探し続ける人生なんて、無意味だとしか思えなかった。
『化物』
その言葉が示すものを、僕は今ようやく理解する。
どこかで見ているだろう作者とやらは、これから僕の選ぶ結末を、どんな風に隠喩したのかな。
彼女の迎える結末を、どんな風に描いたのかな。
わからない。
わからないけれど。
奇跡。
僕の唯一愛したもの。
きっと創作物でしかないこの世界に、それは存在する筈もない。
でも一度愛したものを、そう簡単に忘れられはしないのだ。
だから。
せめて僕の最期くらいには、一欠片でいいから、奇跡が宿っていればいいのにと。
祈って。
願った。
終わりだ。
終わりにしよう。
身を隠していた路地裏から街並みを見上げ、僕は笑った。
笑って、笑って。赤く染まった右腕に、もう一度牙を立てるのだ。
THE END.
これにて一応完結です。
一応第二章も半分くらいは準備できてるんですが、投稿するかはまだ未定です……
さて、いかがでしたでしょうか。
楽しんでいただけたなら幸いです。
ありがとうございました。




