表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭図書館の事件目録  作者: 雨夜 紅葉
『名も無き人喰い』編
29/30

謎吐き

「レイライン・ハート・オロイラは、父親が自分を殺そうとしていることを知った。殺される前に殺そうと思い、原作通りに万年筆を刺す。殺害場所には地下室の前を選んだ。あそこなら人目に付かないし、最後の仕上げも行い易い。


ーーそうして彼女は、扉を開けた。


手枷の鍵を奥に放り、昏倒した父親を部屋に押し込む。『人喰い』が鍵を拾いそれを外す、その間に自分は地上へ。これで終わり。後は、『人喰い』が勝手にやってくれるからね。遺体が書斎にあったのは彼女の仕業ではない。原作に沿って殺し、『自分は原作を知らない』と言い張ろうとした彼女が余計なことをする筈がない。ーー遺体の移動についてはまた後で説明するよ。

とりあえず。これにより、オロイラ伯爵殺人事件の犯人は、まず間違い無くレイライン・ハート・オロイラだ」


館内が一気に静まり返る。

けれど、まだ事件は二つ残っていた。

終わりじゃあない。

喋り通しだった灰が一口紅茶を含み、『・・』さんがふっと目を伏せる。


第二幕。


「次に、集団食中毒事件。とは言ったものの僕はこの件に関してほぼ調査していないし、何の毒を使ったとかは断言出来ないけれど、犯人はわかる。

まぁ、サブストーリーってやつだと思って聞いてくれるとありがたいな」


メインよりサブストーリーの方が大勢死んでいるんだが、触れたらマズイんだろうか。医者目線で見ると人の命に人の命以外の価値は無い訳で、1人と5人がイコールになるなんて考えられない事態なんだけれども。


「5人が殺された理由は、遺体を移動させたからだ。5人の内の誰かが発見して、書斎まで運んでしまった。おそらくは『人喰い』の存在を知られないように。秘中の秘みたいな扱いをされていただろうから、伯爵が隠匿命令でも出してたんじゃないかな。勿論伯爵は物語の進行が滞りないように隠したかったんだから、伯爵が死んでなお隠す必要は無いんだけれど、彼らがそんな裏事情を知っていたとは考え辛い。だから命令に従って『人喰い』が居た証拠を消そうと、遺体を運んだ。結果、伯爵は書斎で発見される。奇しくもご令嬢の意図を破ってしまった5人は、報復として殺されたーーこんな感じだね。おそらく命令したのがレイライン・ハート・オロイラ。実行犯はドゥイードル兄妹だ。あの屋敷の仕組みでは兄妹が調理・配膳を担っていた様だから、毒だろうが何だろうが混入し放題。実に簡単で確実な方法だーーその分見破られやすいって欠点は、探偵(ぼく)に関心を持たせなければ良いだけで。今回はたまたま空席が目に付いたから尋ねたものの、僕が訊かなければ、多分言うつもりは無かったんだと思うよ。尤もーーーー……


依頼人が彼女でなく“貴方”だった以上、そんな“IF”はあり得ないんだけれどね」


あっさり、と言えばあっさりな解決。おかげで完全にモブ扱いな5人には、若干同情の念を覚えた。どんな人物だったのか、自分の死をどう思っているのかすら知る術は無いが、後で合掌くらいはしておいてもいいかもしれない。どれだけ狂人で異常人格でも、命×5であることに違いは無いのだ。


「最後に、アリス・ワンダーランド殺人事件」


けれど、おそらく失われた命の行く末とか全く考慮しないタイプのこの探偵は、台詞を読み上げるみたいに淡々と話を続けていく。


「解くべき謎は4つ。『何故彼女が殺されたのか』『犯人は誰か』『発見時の状況と検死結果が食い違っている理由』、そしてもう一つが、『一連の事件の終結先について』」


「『何故殺されたのか』。所謂、動機の話だね。これは単純に、僕を撹乱させるためだ。きっと夕食の場面で語られた推理の一部が、想定外だったんだろう。例えば自分の役割が二代目『ハートの女王』であることとか、さっき述べたように、偶然にも僕が空席を訝しんだこととか。もっと挙げれば、同行人として医者を連れてきたことも当てはまるかもしれない。なんにせよ、“彼女”は思いもよらない行動を取られて動揺した。動揺して、自分が疑われているのではないかと疑ったんだ。だから誰かに罪を着せようと目論み、結果、アリス・ワンダーランドを殺した、と」


「続いて『犯人』。まぁ、言うまでもないけれど、大方の予想通りだ。

ーーーーここまでは、ね。

大事なのは三点目の、『食い違い』の方」


「そこに居る文月先生が出した検死結果だと、直接の死因は首筋から打たれた薬物。なのに首には生体反応の無い索状痕。殺された後で吊られた遺体は、そこまで時間が経っていないにも関わらず冷え切っていた。普通に考えれば、殺人犯の他に、現場を作り上げた人間が居るということになる。しかも、殺人犯の意図とは無関係な理由で。だから彼女は驚いたんだよ。自分が殺して霊安室に置いた筈の死体が、倉庫で首を吊っていたと聞いたらそりゃあ驚くよねぇ」


言われて、初めて思い出した。

俺が報告した時、意外にも動揺した彼女の姿を。

てっきり、《人喰い》の犯行で無かった事実に驚いたのだと解釈していたけれども、あれはそういうことだったのか。

霊安室に寝かせておいたのなら、遺体が冷たかったのも合点がいく。発見が遅れていたらもっと冷えていた筈で、そこまでいったら、俺は本当の時間よりずっと前を死亡時刻と診断しただろう。“倉庫で吊られていた”からこそ、正しい判断が出来た訳だ。

要するに。


「アリバイ工作。きっとそのつもりで、彼女は遺体を霊安室で“保管”した。時期を見て発見させれば完璧な筈の計画……けれどそれを見事に看破した人物は、検死をした七夜が『不自然だと思うように』遺体を倉庫へ運び首を吊らせる。これがアリス・ワンダーランド殺害事件の真相であると僕は推理するけれど」


「ここは是非貴方に合否を教えて頂きたいね。折角長々と語ったというのに、“あくまで想像の話”で片付けられてしまったら興醒めだ。前の二つの事件の解答はもう失われてしまったから、答え合わせの仕様が無い。ならせめて、最後くらいは答えをくれないかな」


言い終えて紅茶を飲み干した灰が、シニカルな笑みを浮かべ『・・』さんを見る。釣られて俺も向き直ると、二人分の視線を受けた『・・』さんは、大して気にも止めていない様に柔らかく微笑んだ。


「彼女を吊ったのは、そうするべきだと思ったからです。アリスの死体を見つけた時、全ての事件にお嬢様が関わってらっしゃると確信致しました。想定は、していましたが。

……不知火様があの場で何もお話にならなかったのは、全てにご察しがついたからですか?」

「そうだね。99.62%、貴方の行為だと思った。僕は自分を過信しない。だから“間違いない”と言い切れる程ではなかったけれど、大体のあらすじは想像がついていたよ」

「あ」


なるほど。だからあんな中途半端なところで手を引いたのか。灰は自分の探偵業を“仕事(ビジネス)”と言った。ならば、現在進行形で契約状態にある依頼人を、関係者の前で告発する筈もない。レイラインさんを犯人に挙げるにしても、芋づる式に全て明らかになってしまう危険性がある以上、いっそ何もかも丸ごと口を噤んだ方が簡単ではある。


“語ればいいということではない”


つまりは、そういうことだ。


「……本当に、優秀な探偵様ですね。伯爵(わがあるじ)が“天才”と称したのも頷けます」

「ご期待に添えたなら重畳。でも最後は訂正させて欲しいな。才能だとか天性だとか、そんな安い手品(トリック)を披露した覚えはないよ」


その言葉に「ですね」と笑い、『・・』さんは椅子を引いて立ち上がる。どうやら知りたかった真実(コト)はもう充分に知れたらしい。燕尾服の内ポケットから出した厚い茶封筒をテーブルの隅に置くと、「ありがとうございました」なんて言って頭を下げた。


「料金はここに。あまり屋敷を空ける訳にも参りませんので、不躾ですがそろそろ失礼させていただきます」


躊躇い無く去り行く後ろ姿を見つめながら、けれど俺は、忘れてはいない。

灰がまだ謎を解き終えていないことも

屋敷を後にする前、言い残した予言めいた台詞も。


「ーーああ、最後に一つだけ」


さもたった今思い出した様な調子で、灰は口を開く。


「『そうするべきだと思ったから』と貴方は言ったけれど、僕は最初からずっと気になっていた。否、気に入らなかったんだ。彼女が、《アリス》の名を冠していることが。だっておかしいだろう?《アリス》は全てにおける主人公で、(ユメ)に焦がれて不思議之国(ワンダーランド)へ進む無知な子供。それは、物語に従い地下室から脱出を遂げる、人喰いにこそ相応しい称号ではないのかな。少なくとも、一介の使用人には過ぎた名だ」

「…………、」


『・・』さんは、振り返らない。


「《メアリアン》。人の名前風にするなら“メアリー・アン”か。本来彼女には、召使いを意味するその名前が与えられるべきだった。なのに実際は不似合いな“アリス”。ここから導ける答えは、残念なことに幾千幾万とある。だから、伯爵の好みそうな妄想症(パラノイア)気味で道徳観念を逸脱したような発想を元に選択しよう」


「原作での《メアリアン》は《アリス》と同一であるという説がある。伯爵が同一説の賛同者だったなら、《メアリアン》の位置にはかなり気を付けただろうね。核心に触れずかといって隅に咲く花でもない、絶妙な位置。その条件に一番適している役割こそが、【偽物(ダミー)】。わかりやすく表現すれば“影武者”だ。いつハートの女王が『アリスの首を刎ねよ』と言い出しても良いように、物語が留まることなく流れるように、偽物(メアリアン)に《アリス》と名乗らせていた。そうだろう?」

「……一体。

一体何の話をしているのですか」

未来(これから)の話さ。人はこぞって今の話を求めるけれど、僕らに必要なのはいつだって予測と想像だからね」


会話を交わしている間も、二人の視線が一瞬だって交わることは無かった。『・・』さんは扉に向き直ったまま立ち尽くしていて、一方で灰は茂る木々の向こうに覗く淡い青を見つめている。

次々に生み出される言葉だけが、この場で唯一自由だった。


「話を戻そう。ところで、影武者ってシステムで最も大切なのは隠匿性だと言われている。知っている人間は可能な限り少ない方が良い。『人喰い』でさえ地下室に隠した伯爵のことだ、影武者(メアリアン)のことも当然機密扱いしただろうから、それを知っていた人間は限られている。

当事者の伯爵と死んだ彼女は勿論として、一見無関係な協力者が一人は欲しい。そこで選ばれたのが、貴方だ。

貴方は舞台裏を全部把握していた。把握しながら、無関係を装っていた。伯爵に随分信頼されていたんだねぇ。故の、『伯爵の願いを叶え終える瞬間までは例え彼の心臓が止まってもこの命は彼のもの』なのかな」


「伯爵の心臓は止まった。でも、『物語の結末を知る』という願いは達成されていない。主に一生の忠誠を誓う貴方としては、伯爵の代わりに、彼の願望を叶えることが必須だった。そして物語が安心安全に終わりを迎えるためには、偽物(ダミー)が死んだ今、何としても本物(アリス)を守らなければ。

となると貴方がまず初めに打つべき手は、初期化(リセット)以外にない」

「リセット、ですか」

「白々しいなぁ。彼女の首を吊った時からずっとそのつもりだった癖に。

……殺す気なんだろ?女王も双子も。

《アリス》を殺しかねない人間を、全部」


沈黙。


続いて「どうでしょうね」と否定にも肯定にも取れる曖昧な返答を漏らし、『・・』さんは止めていた足を再び動かした。革靴の底が床を叩くたびに、小気味良い音が図書館内に響く。


「貴方は、」


ふっと言葉を発した灰の声も、もう既に、当初の真剣味を失っていた。


「どうしてそこまで伯爵に心酔しているんだろうね」


俺は、おそらく『・・』さんは答えないだろうと思った。きっと灰だって、それぐらいの気持ちで聞いたのだと思う。

けれど『・・』さんは、図書館を出る直前、あっさりと振り返って。


「この命は、伯爵の所有物(モノ)ですから」


「“僕”は死ぬまで、伯爵(かれ)伯爵(かれ)の祈りを守るだけです」



そうして。

依頼者『トーマ・マッドハッター』は、自分の足で舞台から降りたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ