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箱庭図書館の事件目録  作者: 雨夜 紅葉
『名も無き人喰い』編
28/30

謎解き

柔らかい湯気の立ったカップが、二人分休憩所の机に置かれている。律儀にもティーポットの他にミルクピッチャーや檸檬、角砂糖など各種取り揃えたプレートが付属していて、準備した人間の紅茶好きが伺えた。否、伺うも何も、“あいつ”に会ったことのある人間ならば誰にでもわかるくらい明確な事実なのだけれども。

そしてその紅茶好き本人は、当たり前のようにストレートのアールグレイを啜りつつ語り始めた。

右手が無い分、皿は持たずに。


「オロイラ伯爵の事件と、アリス・ワンダーランドの事件。加えて、少し前に起こったっていう集団食中毒事件。この三つの事件は、誰か一人の企みで出来上がったものじゃあない。何人かの人間が、それぞれの意図を持って行動した結果だ。その中の一人が当然貴方な訳だけれど、昔の法の順列で言えば、一番罪の軽い犯人だろうね。何しろ貴方は、今のところ誰の命も奪っていないんだから」


時系列に沿って進めようか、と灰は言う。


「まず最初に、本命であるオロイラ伯爵の事件。これの真相は大体夕食の時に言った通りだよ。改めて簡潔に説明すると、オロイラ伯爵は地下室で飼っていた『人喰い』によって殺された。『名も無き人喰い』という本の筋書きに沿って、ね。で、此処で更なるネタばらしーー謎解きをすると、」


「『名も無き人喰い』の作者は、オロイラ伯爵ではない。おそらくは奥方、サイリア・ハート・オロイラ伯爵夫人が本命だ」


「『名も無き人喰い』が未完のまま出版されたのが7年前。つまり7年前の時点で、完成の見込みはないと判断されている。この作品に狂おしい程入れ込んでいた伯爵が、“未完”という形で終わらせるしかなくなったーー他にどうしようもなかったというのだから、それなりの理由があったと考えるのが妥当だ。飽きたとか思いつかないとか、そんな軽い理由でないことは確かだろうね。僕じゃあ流石に、夫人の亡くなった正確な時期を知ることはできないけれども、7年……誤差はあっても1、2年。そのくらい前に亡くなったんじゃないかな。作者死亡につき未完。一番ありがちな理由だよ」


『・・』さんは、黙って灰の推理を聞いている。この場合の沈黙は、肯定に等しい。


「また、伯爵は至る所で夫人の悪業を自分のものとしていた形跡がある。例えば、有名な“拷問狂”の噂。天涯孤独な人間を攫っては拷問を繰り返すーーあれが彼女の仕業だということは、先にお話した通り。僕が彼女の名前を出した時、貴方達の空気が一瞬にして変わったのも、夫人の性格……性癖が関係していたのだと思うけれど。何せ『ハートの女王』だからね」


「兎にも角にも、夫人が亡くなった瞬間に『名も無き人喰い』の結末は永遠に失われた。残された伯爵はそれが気になって気になって仕方なかったんだろう。自分で先を想像したかもしれない。もしかしたら、著名な作家を読んで書かせたりしたかもしれない。けれど、用意した沢山の可能性の内、どれが愛する妻の描いた結末なのかがわからなかった。わかるはずもない。だって夫人の理想の結末は、彼女の脳に閉じ込められたまま灰になったのだから。伯爵に出来るのは、在るだけの結末(エンド)を並べ立てることだけだった。その末に辿り着いたのが、《Live-Action》という方法。……いや、《検証》と言った方が適切かな」


「幸い『名も無き人喰い』の舞台はオロイラ伯爵邸だ。『不思議の国のアリス』をモチーフにした住人も、『千年鳥居』も『金十字』も『ビル群』も、『観覧車』だって揃ってる。足りないとすれば、『人喰い』だけだーーいくらなんでも『人喰い』は夫人の創作だろうからね。あれがノンフィクションなら在り得る結末は一つで、探す必要がそもそも無いし。

何にせよ、再現自体は難しくなかった訳だ。問題の『人喰い』も、適当に赤ん坊でも攫ってきてあの地下室へ閉じ込めたら、“教育”し設定に忠実な『人喰い』を作って終わり。舞台も役者も揃えたんだ、あとは“開演”して状況を眺めていればいい」


んな阿呆な、と突っ込みそうになって、すんでのところで踏み止まる。自重。自主規制。なんだっていいけれど、空気は読むべきだ。と言うより、俺の常識であの屋敷を測ってはならない。多少あり得ないことの方が、彼らにとってはきっと当たり前なのだから。

なんて、


「ただ、この作戦には大きな問題がある。ーー七夜、君は読んだから知っている筈だけれど、物語に出てくる“オロイラ伯爵に当たる人物”は一体どうなったかな?」

「え、」


そんなことを考えていたから、突然話を振られた俺は一瞬何を問われているのかわからなかった。なんとかすぐに平常心を取り戻し、止まりかけていた脳を必死に再起動させる。

あの本に出てきた登場人物に、オロイラ伯爵に似た人物はいただろうか。ああいや、“伯爵に当たる人物”ってことは、別に外見や性格の話じゃあなくて。

伯爵を《人喰い》を作り出した者と解釈するなら?

そうか、確かあの話には。


「父親……父親がいたよな。あれが伯爵だとするなら、人喰いが部屋を出る時に殺されたんじゃなかったか?」

「正解。人喰いの父親、つまり創造主はかなり序盤で死ぬんだ。となると、物語を進行させる為にはオロイラ伯爵が《人喰い》の餌になる必要がある。けれどそれは出来ない。それだけは出来ない。死んでしまえば本末転倒だーー結末を知れないまま終わってしまうからね。まさか《人喰い》の腹の中から見届ける訳にもいかないだろう。伯爵が人間である以上は。

さて、この問題をどう解決(クリア)するかというと、実はそんなに難しくない。誰だって少し考えれば思いつく方法だよ。『代役を用意すればいい』って。しかも伯爵の手元には、丁度良くぴったりの人材が居た」


灰はやけに確信めいた声で言う。


「二代目『Queen of Heart』。本来の“作者”の、後継者とも言える彼女なら不測は無いだろう。あるとすれば性別だけれど、父親が母親になって物語の根幹は揺らがないしね。オロイラ伯爵は、自分の娘を餌に物語を進めるつもりだったんだよ」


「でも、まぁ当然、この人選は失敗だ。というか、なんで気がつかなかったのか僕は不思議でたまらないな。彼女を二代目としたのは伯爵自身なのに、何故、騙し切れると思ったのか。『アリス』においてーー王が女王を御することなど不可能だ。現に当のレイライン・ハート・オロイラだって、自分の父親の企みに気づいていた」


と。

ここで初めて、『・・』さんが口を開いた。


「どうして、彼女が“気づいていた”だなんて言い切れるのですか」

「そりゃあそうだよ。伯爵が喰われて死んで、彼女が生き残っているんだから。一撃目は万年筆、それから人喰いが肉を荒らす。伯爵は原作通りに殺されていた。あそこには鋏も、もっと言うなら包丁だってあったのに。揉み合った形跡は無かったから、咄嗟に万年筆を手に取ったって可能性は薄い。あえて万年筆を選んでいる。そんなのは原作を知っている人間が、『伯爵は自分の意思で原作通り人喰いに殺された』と見せ掛ける為に仕込んだとしか考えられないよ。また、夫人が存命している間は『名も無き人喰い』を読む機会(チャンス)も沢山あっただろうから、彼女が原作を知っていたって可笑しくはない。逆に彼女が代替にされるとわかっていなかったのなら、他に伯爵が殺される理由は無いからね」

「別件で誰かが伯爵に殺意を抱いたということはありませんか」

「無い。『拷問狂』と称された主人にさえ仕えてきた使用人が、今更彼を恨むとは思えないし、何より伯爵は昔から人を見る目があった。自分の周りに狂った人間ばかりを置いていたんだよ。もうとっくに“手遅れな人間”を、とでも表わそうか。今だってそうだろう?どんな手を使っても到底正常には戻せない様なキャラクターが揃ってる。自分の世界を完結させているんだ、外界からの影響なんて受けようがない。何も愛さないし悲しまないし楽しまないし恨まない。他人に好意も善意も悪意も殺意も抱けない。唯一の例外が、選択肢の外側からやってきた“娘”なんだよ。子供を選ぶことは誰にも出来ないんだから」


なんというか。

まるで、伯爵のことを昔から知っていたような言い方だ。

もしかしたら知り合いだったのかもしれない。思い当たる節は幾つかある。

けれど、やっぱり口には出さなかった。


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