誰も知らないアンコール
【20】
箱庭図書館にて。
今日は天気が良い。
いつもの休憩席の窓から外を眺めて、そう思った。
おおよそ二日間《管理人》の不在だった箱庭図書館は、やはりどこか乾いた空気が漂っていて。じゃあ少し風を通そうかと窓を開けたのは、今から3時間程前のこと。
丁度良い強さを維持して吹き抜ける風が、気紛れのようにカーテンを揺らす。“場面”に似合わない爽快感というか、ゆったりとした雰囲気が此処にはあった。
「七夜、診療所は放っといていいの?」
「今日休み。流石にちょっと疲れたから閉めた」
「ふうん。まぁそれが、この国における自営業の利点ではあるよね。定休も臨時休業もまさに“自由”だ」
いつもの様に脚立の上に腰掛けた灰が、読み終えたらしい本を棚に戻しながら呟く。薄黄色の背表紙に記された題は、『斜陽』。いつだったか、「没落していく貴族の話」だと教えられた記憶がある。嫌味なのか。それとも、気分の問題なのか。どちらにせよ、少なからずあの事件が影響しているのは確かだろう。
「さて」
と、お決まりの台詞で前置いて、灰は不意に此方へ視線を寄せた。
「あくまで僕の謎解きは仕事だからね。料金を支払ってもらっている以上、依頼人には真実と結論を伝える義務がある」
言い終えるより先に脚立から飛び降りて、軽い動作で着地したその足が、明確な意思を持って図書館の奥へと歩き出す。まるで世間話でもしているみたいに、気負わない足取りで。
「正直に白状するなら、僕はあまりこれ以上を語りたくないんだ。語るに過ぎる、と言うのかな。何もかも説明してしまうのは風情が無い。けれど、依頼人がそれを望むのなら話は別だ。主義も情緒も無関係なところで、“依頼の一つ”として話そうと思う」
どうする?
と尋ねた灰に、『・・』さんは黙ってうなづいた。そうして、「お願いします」と。
それを聞いた赤い目が、振り返って僅かに細まる。明日雪が降るんじゃないかってぐらい珍しく邪気の無い笑顔だ。どちらかというと、微笑むような。
けれどそんな表情もすぐに姿を消して、一瞬後に残っていたのは、いつもの皮肉めいた笑顔。
「そうーーじゃあ僭越ながら、この僕が解決編を請け負おう。少し長い話になる、紅茶でも淹れてくるよ。七夜、《お客様》を席へ」
「ああ、」
「まぁ、折角出向いてくれたのだから、ゆっくりしていくといいよ
。歓迎しよう。
ーーねぇ、《犯人》さん?」




