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箱庭図書館の事件目録  作者: 雨夜 紅葉
『名も無き人喰い』編
23/30

再演宣言

キャストは揃った。

予定調和のストーリーも、ラストシーンも準備済み。

【16】


目が覚めた。


「お早う、七夜。早速で悪いけれど、僕は先に行ってるから準備が出来たらすぐに来てくれるかな」


そんな灰の声を聞き流してうなづいた俺は、ぼんやりと脳が覚醒するのを待つ。散々眠れないとか言っておきながら、どうやら俺はしっかりと睡眠を取ったらしかった。我ながら呑気なものである。否、それ程にヒトの慣れとは恐ろしいものなのかもしれないが。


「さっきから廊下が騒がしいんだ」


何かあったのかもしれないよ。


不謹慎にも少し楽しげに呟かれたその一言を寝起きの俺が正しく理解して、それから慌てて部屋の外に出るまでには、おそらく数分以上の時間を要していただろう。



音を立てて乱暴に扉を開ければ、丁度トーマさんが通りかかったところだった。

唐突なことにお互い一瞬硬直した後、彼は当然のように頭を下げる。


「お早うございます、文月様」

「あ、はい」


お早うございます。と。

俺は緊張感が霧散したのを、というかーーもっと言うなら、気を削がれたのを自覚した。

屋敷内で騒ぎが起こったのならこの人がそれを知らない筈もない。いくら探偵とはいえ客である灰だって事態の変化を感じていたのだ、まして現在(いま)ではたった4人しかいない使用人の一人が、何の連絡も受けていないなんて有り得ることか?

愚問だ。

けれど、トーマさんに焦燥の感は微塵も視えない。

どころか彼は、呑気にもこう言い出した。


「申し訳ありませんが、不測の事態が起きたようで少々朝食の時刻が遅れると思われます。今暫くお待ち頂きたいのですが」


朝ご飯。

ここで朝ご飯の心配なんかされたら、もう決定的だろう。

この人、本当に本物だ。

本物の、無関心・無感動主義者。

そういえばトーマさんがポーカーフェイスですらない無表情を崩したのは、伯爵夫人の名前を出した時だけでーー否、そんなことよりも。

不測の事態、と言った。

それはつまり、予想していなかったことが起きたという意味だ。

いつもなら傍観しているところだけれど、ここに探偵はいない。

主役が不在だ。

なら、踏み込んでみるべきかもしれない。

状況を把握すること。それは今迄の巻き込まれ経験から学んだ自衛の鉄則なのだから。


「不測の事態ーーって?」


すると彼は、なんでもないかのように言う。


「私も殆ど把握していません。ただ先程、ディーからーーーー料理人(コック)から連絡が入りまして」

「連絡、」

「『大変なことが起きたから二階の倉庫まで来て欲しい』と」


手袋に包まれた手で指し示されたのは、真っ暗な廊下の突き当たり。ここからじゃあ倉庫どころかドアの有無すら見えないけれど、有ると言うなら有るのだろう。

それより気になるのは、『大変なことが起きた』という部分だ。

件の料理人に会ったのは一度きりで(今現在話題に上がっているのが兄の方か妹の方かはわからないが、どちらにしろ夕食の時だけだ)無論話したことなんて無いから、彼もしくは彼女の言う「大変なこと」がどの程度のものなのかは推測の仕様もない。けれど、あのどこかずれた自己紹介と特徴的な外見から想像した限り、極普通で平凡な人間である、っていうのは少し無理のある設定だ。

そんな人間の直面した、「大変なこと」。

頭をよぎるのは、当然、ここに来るまでの車中で灰が予言した“未来”だった。

犯人からの再演希望(アンコール)、『また新たにーーーー』


『人が、死ぬ』


「……トーマさん」

「はい」


刹那の躊躇いの末に口を開けば、そういう人形みたいにトーマさんは首を傾げる。

俺は、腹を決めて言った。


「俺も付いていっていいですか」


ここだけの話だが、言葉尻こそ疑問系にしたものの、彼がなんと言うかを俺はある程度の確信を持って予測していたのである。当たり前といえば当たり前で、今更特筆することでもないのだけれど。


こんなに明らかな伏線(フラグ)でさえも気に留めることなく流してしまう意思のない彼が、意思を持って断るなんて事態が、なかなか有り得る筈もないのだ。


さぁ、幕を開けようか。

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