再演宣言
君を助ける唯一の方法を僕は知っていて
それが出来るのは僕だけであることも、僕は理解している。
成る程、確かにアレを解決篇とするのはやや中途半端な感じがする。
とはいえ途中でぶった切ったのは灰自身なのだし、これ以上語るつもりがないと言うなら、なおのこと此処に残る必要はないと思うのだけれど。
「……オペラの役者や演奏家が、一度幕を引いてもすぐに衣装を脱がないのは何故だと思う?」
「は?」
「正解は、再び客の前に出る機会があるからだよ。さてこれをなんと言うか」
「えー、っと。エンドロールとか、アンコール、とかだっけ」
「そう、『Encore』。僕はトロエベット・ハート・オロイラの事件においてこれ以上を解説するつもりはないけれど、もう一つ事件がーーつまりは犯人からの再演希望があるならば、此処から離れる訳には行かないよ。言っただろ、人が死ぬって」
当然だろうと言いたげなその態度に、俺は少しだけ納得しかけてから慌てて首を振った。絆されてはいけない。こいつを基準に考えるようになってしまったら、凡人たる俺も変人の仲間入りをしたのと同義なのだから。
「そもそも、なんで人が死ぬとか死なないとかわかるんだよ……“自分で殺す”んじゃあるまいし」
それ以前に、事件が起こるのが判っているなら防げばいい話だ。対策を練り、先手を打って。少なくとも、こんなくつろげない場所でくつろいでいる場合ではない。
と思ったままを正直に伝えれば、不意に浮き上がった赤い目がゆるりと俺を見る。
「それが出来るなら僕は探偵をしていないな。いやむしろ、それが出来ないから僕は探偵を名乗っている」
「……何言ってるかわかんねぇんだけど」
「探偵の探偵たる矛盾とでも言うのかな。僕らが事件に遭うのは基本的に『起こってしまった後』であって、今回みたいに予測出来ていたとしても、そこからどれだけ足掻いたって『起こってしまう』んだよ。僕らが干渉できるのは、いつだってその“結果”にだけなんだ。じゃないと、運命が釣り合わないからね。哲学界ではこれを宿命論と呼ぶ。ーーっていうか」
僕は片腕だし、君だって腕力の強い方じゃあないのに、文化系二人で人殺しに向かって行っても勝てる訳ないでしょ。
なんの感慨も込められていなさそうな正論を寄越されて、俺は返す言葉も無く黙り込んだ。理想郷在住とはいえ荒事に巻き込まれた経験も持たずまた持つ気もなかっただけに、腕っ節に自信が有るかと言えば答えは否だ。“チノイロ屋敷”に無駄な死体が増えるだけだろう。確かに俺たちじゃあ、文字通り役不足ということらしい。
尤も俺たちがもう少し“正義の味方”
であったなら、命と引き換えにしてでも助けたのだけれど。
残念ながら俺は、偽善者であっても聖者には程遠いもので。
「まぁ何にせよ、事が起こるまでそう時間は掛からない筈だ。僕も少し喋り疲れたし、続きは次の機会にして今日はもう休みなよ。君は完全なる無関係者なだけに一番殺される可能性は低いんだから、余計な伏線建てる前に寝て置いた方が良いだろうし」
窓の外、夜空の代わりに広がる分厚い金属の“天井”をつまらなさげに見上げた灰の視線の先を追ってから、本日何度目かの溜息を床へと溢す。
意見自体はごもっともな内容であって、だから多分何処かで納得はしている筈なのだけれど。なんだか腑に落ちない、はっきりとしない感情もまたぐるぐると存在していた。
まるで上手く逸らされたというか、
さりげなく煙に巻かれたような、そんな気分だ。
とはいえ、これ以上立ち入る度胸があるのなら、最初からこんなところまで来ていない訳で。
「……わかった。じゃあもう寝る」
「ん、お休み」
布団に埋もれていた本をベッドサイドのテーブルに置き、大人しくシーツに潜り込んだ俺は何気なく両手で耳を塞いだ。到底眠れる気はしなかったけれど、睡眠を取るのはよくわからない薬を使われたあの一回ぶりだったものだから、蓄積されたままちっとも発散されていない疲労感を、今の内に回復させておかなければならない。
加えて俺は村人F。脇役を希望する身としては、『見ざる聞かざる言わざる』の精神を忘れてはいけないだろう。うん、今更だけれど。手遅れな感じも、否めないけれど。
それはそれとして、だ。
「ーーーーーー」
自分で考えておきながら決まりの悪くなった俺は、思い描いていた色々を頭の隅に追いやって目を閉じる。
空っぽになった思考に残ったのは、「どうか明日も生きていられますように」と、そんな祈りだけだった。
けれどだからと言って君を助けるかは、別の話。




