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箱庭図書館の事件目録  作者: 雨夜 紅葉
『名も無き人喰い』編
15/30

始まりの地下室

意外に安定していた足場を、慎重を期して降りていく。案の定暗さはあるが、なんとかなりそうではあった。

うん、大丈夫。

と最後の二段分は省略して、やっと視認できた床へと直接飛び降りる。

永遠に続きそうに見えた梯子は予想外に短くて、慣れさえすれば子供でも移動出来るくらいの難易度だった。いや、灯りがないというのは致命的だけれども。つまりは要改良、だ。

とはいえ暗さを抜きにしても、随分と久方ぶりに動かした体はこの程度の運動でも疲労感を主張して、僅かに凝った肩を左右交互に回して解しながら、俺はゆったりと歩き出した。

手を伸ばせば触れられる壁伝いに、闇に映える鮮やかな赤を追って。


「雰囲気出したいなら蝋燭でも置いとけっつーの。全体的に真っ暗とか、設定盛り過ぎで“如何にも感”カンストしてんじゃねぇか」


歩き辛いことこの上ない、と誰に言うでもなくぼやいてみても、言い知れない不安に晒された気分は晴れない。地下というだけあって体感温度も決して高くはなく、冷気が頰を撫でる感触が一々気持ち悪いーーって。

空気が流れている。

それはつまり、近くに空間があるということだ。

地面の下に(コシラ)えられた、密閉されていない、何らかの空間が。


成る程。

そういう可能性もあったのか。


てっきりこの道は何処かにーー“地上”の、もしかしたら密室殺人事件が起きた部屋とかに繋がっていて、犯人はこうやって移動したのだ!みたいな王道過ぎる展開が待っているのではないかと予想、否、空想していたのだけれど。

ミステリーとしては及第点も貰えないようなトリックが仕掛けられているのではと、らしくもなく期待したりもしたのだけれど。

地下室。

まぁ、普通に考えれば、地下へ続く梯子の先にあるのは地下室の方だ。

スタンダード。

裏を書く必要もない程に表。

定番という、定番。

とか。


「となると問題は、用途の方なんだよな……」


誰に聞かせる気もなく吐き出した声が乱反射して、思いの外響いた声に内心驚きながらまた一歩を踏み出す。瞬間、その足先が、こつんと何かを叩いた。

触れてみる。

どうやら材質は木のようだーーなんて独りごちつつそのまま左側に滑らせた掌が、暫くして金属の冷たさを伝えてくる。手探りで形を確かめてみれば、日常的によく見る例のアレであることを確信した。

握り込んで、一瞬の躊躇。

とはいえ、ずっとここに居るわけにはいかないので。


「ついてねぇなぁ……」


手の中にあるそれを右に回すのと同時に、押し開ける。錆び付いた蝶番が鈍い音を立てて、心持ち重く感じるドアが、ゆっくりと口を開けた。


暗闇に慣れた網膜を鋭く刺激してくる光に、目の前がホワイトアウトする。

思わず顔を背け明順応が終わるのを待った俺は、恐る恐る室内に視線を向けて。


「やぁ、遅かったね。早速でわるいけれど、残念ながらさっきの血液の正体は豚でも牛でも魚でもなかったよ」


君は多分初めて見ただろうから、説明してあげよう。


ーー呆然とする俺の隣に立ちそう言った灰は、左の人差し指で、室内にあるものを壁側から順番に指し示していく。

だが、違う。

これは確かに予想だにしていなかった光景だけれど、《死体以上》に驚愕に塗れてはいない。

感性の違いだ。

灰と違って人の死を見慣れていない俺にとって、亡骸(ナキガラ)は第一位の非現実で。

以上はない。

最上級に、上は無い。

だからこれは、こう表現すべきだ。

ばらばら殺人より理解不能でーーーー

この世の何より、悪趣味だと。

なんて。

示された先を目で追いながら、頭の何処かが、考えた。


「引き千切られた鎖に、それを壁に打ち付ける鉄製の杭。そしてその鎖の先には、いかにもな擦り切れた赤い首輪。今時珍しい手枷に、使用済と思われる鞭……付け加えると、床にはあからさまに致死量な血溜まり。総合的に考えれば、あるいは、一般的に考えて」


語りながら、灰が嗤う。


「何かを飼い慣らして……否、飼い殺していたんだろうね。それが犬とかの類じゃあないのは、まぁ、わかりきってることだけれど」


当然だ。

四つ足動物を飼うのに、手枷はいらない。

両手を封じる必要があるのは、


「更に言えば」


「君はおそらく、こんな情景を一度想像したことが、思い描いたことがある筈なんだ。それもつい最近、ね。“地の文”っていうのは、物語の進行と情景描写のためにあるんだから」


え、と隣を振り返れば、あいつは子供みたいな笑顔を浮かべて言い放つ。対して俺は、すぐさま思い浮かんでしまったデジャブ感に表情筋を強張らせた。

ドアを開けた数秒前の自分を、殴りつけたい気分で。


「面白くなってきたじゃあないか」


全然、全く、笑えそうにはなかった。


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