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何気なく投稿してしまったシリーズ

僕の前世は……

作者: 雪 渓

「僕は、自分の前世がなんだったかわかるんだ」


そんなことを言って、誰が信じてくれるだろうか。「前世」というものが存在することでさえ、一部の人を除いて誰も信じてはいないだろう。それどこか、「ぼく、実は前世『虫』だったんだ~」などと口走ってしまえば、僕が血の滲むような努力をして、かろうじて繋ぎ止めてきた人間関係を自ら崩壊させてしまうことになる。現代社会で生きる上で、このようなことはどうしても避けなければならない。故に、


「僕の前世は虫だった」


 なんてことは、絶対に口にしないと決めている。両親にも、兄弟にも、もちろん、どんな仲のいい親友にも。


 そもそも、僕の前世の「虫」というのは何だったのか?

 力強いカブトムシか? 遠くまで飛べるバッタか? 気楽にその辺を飛び回る超ちょか?

 残念ながら、答えは全部NOである。


 僕の前世は「か」だ。


 そう、みなさんのよく知っている、あの「蚊」である。

 夏の水辺に大量発生して、最近はなぜか冬にも見かけるあの虫である。


 そして、僕が言うのも何であるが、彼らは実に迷惑この上ない。


 まず、うるさい。一日が終わり、気持ちよく布団に入り、部屋の電気を消して日々の忙しさを抜け出してわずかばかりの安寧の時間を得ようとした刹那、あの耳障りな音を聞いた時の衝撃。そして怒り。真っ暗で何も見えないうえにその音源は大変小さい。一度手で払ってみても、またすぐに耳元にあの嫌な音をたてにやってくる。本当にうるさい連中である。


 そして、数が多い。無駄に大量発生するのは本当に勘弁していただきたい。駆除が大変である。それに、最近は病原菌まで運んでしまうというからたちが悪い。プールの脇に団体でプカプカ浮いている彼らのを見るのは決して気持ちのよいものではなかった。


 そしてなにより、先ほども少しだけ触れたが死に方があまりにも無残である。飛んで火にいる夏の虫というが、最近は夜に高圧電流を流した棒に突っ込んで自滅したり、蚊柱の中に殺虫剤を吹きかけられたり。

 だが、極め付きはやはり手で叩かれて圧死するケースだ。あれは怖い。そしてひどい。迫りくる手のひらを寸前のところで躱した思っても、二度目、三度目の攻撃が迫ってきて、最後にはペシャンコにされてしまう。


 そして何とも。何とも不運なことに僕は前世でそうやって死んでしまっていた。


 これが何をするか、分かっていただけるだろうか?


 簡単に言うと、僕は人が手を叩く音を聞くと「生命の危険」を感じるのである。


 おかしなことだと思うだろう? だが、笑いごとではないのだ。

 その音を聞くと自分が死ぬ瞬間がフラッシュバックするのである。これはなかなか頭が痛い。

 人が手を叩く音を聞く機会?そんなもの、そうありはしないだろう?

 君はそう思うかもしれない。でも、その機会は意外に多く、そのたび僕はあの迫り来る両手の記憶がよみがえってくるのである。


 たとえば、卒業式とか入学式とかは最悪だった。特に小学校のころの卒業式の練習――通称卒練。あれはとても耐えられるものではなかった。「もっと拍手を大きくして!」「六年生がみんな退場するまで大きい音で拍手して!」だが、その音は僕に恐怖しか与えない。いい加減腕も疲れるからやめてくれと思うのだが、先生達の命令に逆らうだなんて考えもしなかった僕は、ただ手を叩くしかなかった。

 お陰様で、僕が卒練で倒れるのはずっと立ったままでいる、例の「お別れの言葉」を言ったり、歌を歌ったりしている最中ではなくて、座ってみんなで拍手をしている時ばかりだった。

 まったく、「蚊」というものははた迷惑な生き物である。


 けれども、成長するにしたがって僕の前世の記憶は薄くなっているようである。こんなもの、このままなくなってしまえばこの上なく幸せなのだが、人生そう簡単にもいかないのだろう。もうしばらくはこの「蚊の記憶」と一緒に生きていかなければいけないようである。


 


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― 新着の感想 ―
[一言] 誤字のお知らせです。 故に、「僕の現世は虫だった」なんてことは… になっております… 面白い発想のお話で楽しめました。 ありがとうございます。
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