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第六話『黒衣の悪魔 side black 1』

大野拓馬は大変な事態に巻き込まれていた。

二日間の新入生指導も終わり、恐怖も脅しもない日常を噛みしめていた時だった。昼下がりの裏庭で一人日向ぼっこを楽しんでいた拓馬は、あの応援団に声をかけられたのだ。言っておくと、声をかけられたというのは、こんにちは、等という生易しいものではない。拓馬は「今日の放課後に体育館裏に来い。トンズラしたら地獄を見ることになる」という有り難くも何ともない言葉を頂いていたのだ。

「ああ、鬱だ。俺なんか悪いことしたかなあ」

応援団と拓馬との接点をあげるとすれば、新入生指導以外にない。けれども、新入生指導において、拓馬は応援団の印象に残るそうな行動をした覚えがなかった。少なくとも彼らの目には、自分はその他の有象無象として写っているものと認識していた拓馬にとって、今回の出来事は驚きに値するものだった。

「いや、もしかしたら俺が気付いていないだけで、逆説的に、目立たないことが際立って目立っていた原因なのかもしれないな……」

「どしたの拓馬くん?浮かない顔して」

「うわっ、ビックリした。何だつかさか……。教室に入ってくる生徒をいちいち驚かすなよ」

「いや、そっちが勝手に驚いただけだしっ!それにボクにそんな趣味ないしっ!」

教室に戻った拓馬は、ちょうど扉の前にいたつかさとバッタリ出くわした。考え事をしていた彼にはその出来事がひどく唐突なように思えてしまって、驚いてしまった。

つかさは彼の言い分に少しだけ不服そうな表情を見せたあと、拓馬の顔を覗き込み、もう一度だけ尋ねる。

「で、どうしたのさ?珍しく悩んでいるようだけれど」

「珍しくってなんだよ。俺は無口なだけでいつも百八の煩悩に苛まれているんだよ」

「へえ、自分で無口って言っちゃうんだ。それで、ど、う、し、た、の、か、な?」

つかさは少し待ちくたびれたように、語尾を強めて再び同じ台詞を放った。

拓馬は何だか気まずくなってつかさから目をそらすが、つかさはその間もじーっと拓馬の横顔を見つめていた。拓馬はチラリとつかさを見やるが、その眼光からは逃れられないと悟った彼は口を開く。

「いや、別に……どうもしないよ?」

「話をそらすなっ!さっさと話すことっ!」

拓馬は思わず怯む。つかさの顔をまっすぐ見つめると、その表情はむすっとした怒り顔だった。少し理不尽に思ったものの、拓馬は口をゴニョゴニョして話し始める。

「えっと……応援団に、放課後に体育館裏に呼び出された」

すぐには返事はなかった。不自然に空いた間を不思議に思った拓馬がつかさの顔を覗き込むと、そこにあったのは怒り顔でも、はたまた、悲しそうな顔でもなかった。

「ん?おい、何で無言なんだよ。しかも一瞬だけ嬉しそうな顔がみえたぞ!」

ムッときた拓馬はつかさの額に軽くチョップをぶつけ、その拍子にちょっとだけ首をすくめたつかさであったが、すぐに申し訳なさそうな表情をつくって弁明を始めた。

「いてっ!でもまあ、そう言われたなら嫌でも行くしかないんじゃないのかな?はい解決」

「いや、そのアドバイスはおかしいだろ!他人事だと思って……」

「そうだね。何を言っても結局は他人事だしね」

つかさは耳を疑うような言葉を発してまた笑ったが、当の拓馬はもう気にしてはいなかった。彼はがっくりと肩を落とすと、まるで独り言のように呟いた。

「ああもう。現金とか巻き上げられたりするのかな……」

「いや、さすがに恐喝はないでしょ」

「さっきは他人事とか言っておいて、今度はどの口が言っているんだ?お前の言うことはもう信じられん」

「つれないなあ」

「大丈夫。俺は正義の味方ぶるつもりないしシカトで解決するのが一番。それにいざとなれば、お前より担任に相談した方が手っ取り早い」

つかさはそれを聞いて目を大きく見開いたかと思うと、声を少し詰まらせながら拓馬に詰め寄る。拓馬はそれに驚いて二歩ほど退いてしまった。

「もしかして、行かないつもりなの?」

「はあ?行かないよ」

「い、いや、そこは素直に行きなよ」

「行かん、って」

「行こうよっ!」

つかさはだんだん焦ったような、困ったような表情を浮かべた。

「そうだ!ボクもこっそりついて行くよ!そうすれば問題ないでしょ。うん問題ない」

「そうだなっ、とでも言うと思ったか!残念でした」

「いじわるっ!」

「いじわるじゃねえだろ」

途端につかさはプルプルと右手を震わせて拳を握りはじめた。言葉で説得できないなら力付くで、と考えるいつものつかさがそこにはいた。断ればつかさに、受け入れれば応援団に粛清を受ける状況に追い込まれた拓馬は、とんでもない不幸に巻き込まれたと心の中で嘆いた。

「あの応援団が相手なら、無下に断るのも気が引けるなー」

拓馬は自分の意見を訂正し、若干棒読みでつかさに伝えた。

それを聞いて拳をほどきにっこりと微笑んだつかさは、明るい声で言った。

「よしっ!わかればよろしい」

(こいつは一体俺に何を求めてるんだ?)

こうして、拓馬は浮かない気持ちのまま午後の授業を過ごすことになった。そして、つかさが拓馬を遠くから見守るという口約束はなぜか有効なまま放課後を迎えることになった。


◇◇◇


放課後になって拓馬はつかさと体育館裏に向かう。

「ねえ拓馬くん。応援団に会う前にボクが一つだけ良いことを教えてあげる」

「何だ?」

「応援団長は『黒衣の悪魔』っていう二つ名を持ってるんだよ。だから、気を付けた方がいいよ」

「へえ」

今の拓馬にとっては有り難くも何ともない情報を教えてもらったあと、予定通りに体育館裏の砂利道に足を踏み入れる。

「じゃあ、ボクはそこの階段から眺めておくから何かあったら叫んでね。たぶん大丈夫だとは思うけど」

一方的にそう告げたつかさは、拓馬の返事を確認もせず颯爽と姿を消し、それを確認した拓馬はひとつ溜め息を吐き、気持ちを入れ直す。体育館の中や運動場からは人の声はするが今拓馬の立っている体育館の裏は人の気配が全くなかった。時計で再度時刻を確認する拓馬。一歩ずつ慎重に歩を進めると、踏むたびにじゃりっと地面の小石が音を鳴らし、それが緊張感を増すのに一役買っていた。

体育館裏に人はいないと拓馬はそう思っていた。

しかし、それは勘違いだった。よく見渡すと、十数人ほどの生徒が集まっているのが拓馬の目にとまる。何かの集まりだろうかと一瞬思ったが、そこにいる生徒の顔を見ると、一様にどこかで見たような不安色に染まっていた。ここで拓馬はやっと気づく。

(呼び出されたのって俺だけじゃなかったのか)

それを知って、少し気持ちが楽になった拓馬だが、呼び出しという事実が消えたわけではなかった。応援団の姿がないか、辺りをうかがいながら再びゆっくりと歩を進めた。

――無音。

そう一瞬だけ、そこには無音の時間が訪れた。

気が付くと、そこにいた生徒は全員拓馬の方に目を向けている。

「な、なんだ」

多数の視線を浴びて混乱する拓馬。しかし、よく見るとその視線は拓馬にではなく、『その後ろ』に向けられていた。

嫌な汗が拓馬の額から吹き出した。

「オイ、何をやっているッ。さっさと歩け!」

予感は的中。途端に後ろから聞き覚えある怒声が飛んだ。

「は、はいっ!」

驚いた拓馬はこけそうになりながらダッシュすると、他の生徒が集まっている場所へと一目散に向かった。その後ろを、応援団員の二人が異様なオーラを放ち、威嚇しながらゆっくりと歩いてくる。長身の団員が一人、髪の長い団員が一人。間違いなく新入生指導の時にいた二人だった。

――恐怖。

その二文字がその場にいた全員の中に再生される。

目の前まで迫るほどの距離まで近づいた時、彼らは言った。

「今日集まってもらったのは他でもない、貴様らに重要な話があるからだッ。その話は団長からしてもらう。団長が到着するまで、そのままの姿勢で待てッ!いいなッ!」

威圧感に圧倒される。

言われるまでもなく、直立不動のままそこにいた誰もが動けなかった。

あとから考えれば、団長が姿を見せるまで五分もなかったはずだった。けれども、その時の拓馬たちにとってはその五分が、とてつもなく長い時間に感じられた。

しばらくすると、じゃりっという小さな足音が遠くから聞こえてくる。

――刹那。

緊張が走る。

そして、一同は姿を現した応援団長の姿を目にした。

はずだった。

「やほ。二人とも何してんの?」

しかし、そこに現れたのは団長ではなく、普通の生徒だった。メガネをかけた普通の生徒。その瞬間、その場にいた応援団員の二人の顔が真っ赤に染まるのがわかった。

二人は急いで、その生徒のところに駆け寄ると、拓馬たちとは離れたところで小さな声で何かを言い争いを始める。

「おい、凍一!その格好は何だ!団服はどうした?」

「あれ動きづらいし、いいじゃん別に。てか、あの生徒たちは何?」

「あ、あれは、凍一が新入部員を集めないと、応援団の存続がヤバイから、とにかく部員集めろって。そう言ってたから……」

「もしかして、強制連行してきたわけ?だめだよそんなの。応援団は不良集団じゃないんだから。帰ってもらって」

「わかったよ。でもそれは良いとして、だ。新入生指導であんなに啖呵を切っておいて、お前がそんな恰好で登場したら、一年生に示しがつかんだろ!仮にも応援団長なんだから、せめてメガネぐらい外せ!てか、お前帰れ!」

「勝手な言い分だな。わかったよ。一般生徒のふりして帰ればいいんだろ?」

しばらく無言の時間が過ぎた。

どうやら話し合いが終わったようで、凍一と呼ばれた少年は、チラチラと拓馬たちに視線を送りながら来た道をそのまま帰って行った。それを確認した二人の応援団員は、もう一度拓馬たちの元へ戻ってくる。

「ごほん、すまなかった。き、貴様ら一年生にはな……重要な話があると言ったが、その、あれだ。その件はまた後日……」

しどろもどろな彼らには先程までの威圧感が嘘のように消え失せていた。

そこで、一年生の中でも気の強そうな男子が、恐る恐る口を開いた。

「あ、あのー。さっきの人って誰ですか?もしかして、応援団長……ですか?」

それを聞いて、黙り込む二人。

一年生も何も言葉が出なかった。

「あーもうっ!やめたやめた」

突然、片方の髪の長い生徒がそう言うと、着ていた学ランを脱ぎ始める。

学ランを脱いだ姿を見てみると、改めて女だとわかる。

「あーもう。暑いんだよ、この服。おい一年、お前の言うとおりだよ。さっきの腑抜けたやつが、応援団長だよ。もう勘弁してくれよ」

そこにいたのは応援団のイメージからはほど遠い普通の一般生徒だった。

「おい、彼方。もうイメージ崩れたんだから気を張らなくてもいいぞ」

そう言うと、もう片方の長身の生徒も、頭につけていたハチマキと、手に付けていた白い手袋をを外した。

拓馬を含め、そこにいた一年一同は驚くばかりである。

「ん?何をそろって不思議そうな顔してんだ。応援団だって普通の生徒なんだよ。お前たちが思ってるような暴力的な生徒でもないし、威張り散らすような生徒でもない」

新入生指導とは全く違う雰囲気とぶっちゃけた本音に、拓馬も脱力する。

他の一年生も、拓馬と同様、何も口には出さなかったが、みな安心したような表情を浮かべていた。その様子を見て、長い髪の応援団員は告げる。

「まあ、せっかく集まってもらったし。状況を説明するとだな。ここに集まってもらったのは一年生に応援団に入部してもらうためだ。でもまあ、こんなやり方をして悪かったと思ってる。だから、入部とか関係なしに今日は帰ってもらっていい。本当にすまなかった」

彼女は深く頭を下げる。

「でも、部員不足で悩んでいるのは本当なんだ。 応援団は入学早々あんなだから、代々慢性的に部員不足で悩まされてるんだ。今年は今の時点で入部希望の一年生が一人しかいない。もし、入部する気があるのなら、明日の同じ時間に、ここにもう一度来てほしい。もちろん強制じゃない」

拓馬は不器用ながらも丁寧に説明を続ける彼女たちに対し、嫌悪感を通りすぎて少しだけ好意を抱き始めていた。

しかし、その幻想は一瞬にして砕かれることとなる。

頭を上げたその生徒は、最後に念を押すように声色を変えていった。

「あ、あと応援団は硬派なイメージで通ってるから、もし、応援団は実はやわでした、なんて言いふらしたら、ぶっ殺すからなッ」

さすがは応援団と言ったところ。その一言だけで拓馬の鳥肌が立つには十分だった。

「では、解散!」

最後の最後に不穏な空気を残しつつ、その言葉が発せられると一年生たちは逃げるように帰って行ったのだった。

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