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第三話『学校のヒミツ③』

――時は過ぎ、ある日の昼休みのできごと。

月乃はつかさといっしょに机を並べて、教室でお昼ご飯を食べていた。そんな折に月乃はつかさの顔をじっとみつめる。つかさは不思議そうな顔をしてそれを見つめ返していたのだが、ついに、月乃からいたたまれないような声が漏れた。

「はあ、新しい部員が、つかさちゃんだったら良かったのに……」

そう言って、また一口おかずを口の中にいれた。

太陽が化学部に入部してから一週間が経っていた。その間に新入部員は一人も増えていないし、これからも増える気配も見せない。月乃にとって、部員が増えないことは別に構わない。ただ、彼女が気に食わなかったのは、あの男、手嶋太陽と二人きりということなのだ。


「たっくんが余計なことしなければ、あいつだって化学部に入らなかったかもしれないのに。この恨み、忘れるものですかっ!」

「まあ、いいじゃん。太陽くんも悪い人ではないし、化学部にとっても、月乃にとっても、薬にはなるとしても、毒にはならないんじゃないかな?」

「確かに、やる気だけはあるのよね。でも、肝心の部長のやる気がないから、いっつも空回りしてるの。見てると愉快を通り越して、不愉快になってくるわ」

「相変わらず、月乃は手厳しいね」

「普通よ」

つかさはそれでも普通という月乃に対して苦笑いを返した。

月乃は、つかさととても仲良しだった。だから、愚痴を聞いてもらうようなことも、気兼ね無くできるし、何より、つかさはとても良い子なので、いつも素直に話を聞いてくれていた。

「ところで、つかさちゃんは部活どこかに入ったの?」

「入ったけど、何部に入ったかはまだ内緒」

月乃の質問に対して、つかさは誤魔化すように笑う。

「もう、意地悪なんだから」

学校が始まって時間が経つと言うのに、つかさの部活を誰も知らなかった。それ以前に放課後に部活に行っている様子も見せない。何を考えているのか全くわからなかった。つかさはそういう隠し事をするようなタイプではなかったので、月乃はますます怪しむ。


月乃が疑いの視線を送ると、つかさは申し訳なさそうな表情をつくったのだった。

「ごめんね。先輩に、来週まで絶対に誰にも言うな、って口止めされてるから、月乃にも言えないや」

「変わったことを言うのね、その先輩」

「先輩がっていうより、部活自体が特殊だからね。そのせい」

その時の月乃は、何だか不思議な部活だなというくらいにしか思わなかった。

「そういえば、話変わるけど、月乃は掲示板みた?」

「掲示板?あんまり見てないけど……。何か重要なお知らせでも貼ってあった?」

つかさは話題を変えると、月乃にそう尋ねた。掲示板とは廊下の壁にかけてあり、様々なプリントがそこにはピンで張り付けてある場所なのだった。

月乃は知らないと言う。それを聞くとつかさは満面の笑みで答える。


「だったらさ、あとで見に行こうよ。きっと面白いから」

「いいよ。でも面白いってどういうこと?」

「百聞は一見に如かずだよ、月乃。あとからのお楽しみ」

つかさは再び曖昧な言い方をすると、大事な部分を隠して話そうとはしなかった。

月乃は口を動かしながらも軽く首をかしげるだけで、その時のつかさの意図や、ましてや、このことが先ほどつかさが口にした特殊な部活に関係していることなどには考えが及びもしなかった。


◇◇◇


お昼ご飯を食べ終わって廊下に出ようとしたときだった。

ちょうど二人と入れ替わるようにして教室に入ってくる人影が見えたので、つかさたちは一旦立ち止まった。しかし、その人物が誰なのかを認識すると同時に、声をあげるつかさ。


「あっ!拓馬くんじゃないか!さっきちょうど月乃と二人で、拓馬くんの話をしてたところだったんだ」

「そりゃあ、どうも。そうだ、月乃。ちょっと良いか?」

「なによ?」

拓馬は何かを思い出したように月乃に顔を寄せる。そして、怪訝な表情を浮かべる月乃に対し、右手の指を曲げて彼女の額の前まで持ってくると、突然、ピンっと一発デコピンを噛ました。

「いったあ。アンタ、何すんのよっ!」

「やられる前にやり返せ、ってね。どうせ、月乃は俺が化学部のことを太陽に話したことを根に持ってるんだろ?それがわかって、俺もおとなしく受け身でいられない訳よ?」

「ふーん。でも、先に手を出したのはそっちになるんだからねっ!覚えとけっ!」

月乃は拓馬を押し退けて、一人教室を出ようとすると、その際に拓馬の左足を思いっきり踏みつけて立ち去った。


「あ、待ってよ月乃」

月乃のあとを追いかけるように、今度はつかさが教室を出ていった。

残された拓馬は一人、左足の痛みに耐えていたのだった。

「月乃、おでこ大丈夫?」

「大丈夫だけど、本当に信じらんないっ!足を踏みつけてやったわ」

(だから、拓馬は痛がってたのか……)

二人はそんな愚痴をこぼしながら、本来の目的である廊下にある掲示板を目指し始めた。

しかし、そこについたときには、更なる驚きが待っていた。

真っ先に確認できたのは掲示板に貼られた掲示物ではなく、その前にできた人だかりであったからだ。そしてそれは、掲示板に重要な事案が貼り出されているというつかさの先程の言葉を裏付ける証拠にもなっているのであった。


「うわ。結構人がいるね。こりゃあ見るのに時間が掛かりそう」

「そうだね。あとから出直してもいいのだけれど」

「思い立ったらすぐ実行。ここまで来たんだから、人混みを押しのけてでも進まなきゃ」


月乃はつかさにつれられるまま、人混みを掻き分ける。前へ前へと進んで行って、ついにはそこにある掲示物に目を留める。それと同時にそこに書いてある文字が勝手に目に飛び込んできた。


『応援団による新入生指導のお知らせ』


そこにはそう書いてあった。その下に目を移すと……


『日時:四月二十七日、二十八日の放課後

対象:新入生

場所:体育館

これは流惺高校の長きにわたる伝統行事である。新入生はこの指導を通して、高校生としての自覚を身に付け、男子は誇り高き気概を纏った漢へと、女子は芯の座った強き乙女へと成長するのである。心して望むように。我々も一切の妥協はしない。

第四十八代応援団団長、霧島凍一』


「応援団?新入生指導?」

「そうそう。だから言ったでしょ?何だか面白そうだって」

「そうかな?全然面白そうには見えないんだけど。二日間もあるし」

つかさの上機嫌な態度とは裏腹に、月乃はむすっとした態度で返す。だが、このときの月乃は気が付かなかった。この掲示物に目を向けている周りの生徒たちが皆、一様に不安の色に染まっていたことを。そして、自分自身がこの行事を甘く見ていたことを後で後悔することになるのだった。


◇◇◇


下校時刻も近くなり、生徒の人通りも少なくなった放課後の掲示板を前に、一人の少女がたたずんでいた。長くてきれいな黒髪が印象的な彼女は、一年生ではない。学年が一つ上の上級生だ。その少女は、『応援団による新入生指導のお知らせ』のプリントを読んで、楽しそうに笑っていた。

その様子は部活で学校に残っていた手嶋太陽の目に偶然入った。彼はそんな不思議な先輩の様子を見て、思わず声をかける。

「あのー、どうかされましたか?二年生……ですよね?」

太陽の声が耳に届くと、その少女はゆっくりと振り向いて彼の方を見た。

「オッス、一年生。このプリントを見てたんだよ」

彼女は新入生指導のプリントを指差して言った。

「この行事は一年生にとって通過儀礼のようなものだ。私も去年経験して、散々な目に遭ったよ。なんせ、応援団の先輩方は怖いからな」

彼女が脅すような口調でそう告げると、太陽はたまらず苦笑いを浮かべた。

「それは……おっかないですね」

「心配するな。来年のこの時期になれば、お前も私のように笑って思い返せるようになるさ。ところで少年、名前は?」

彼女は急に太陽の名前を尋ねた。別に隠す必要を感じなかった太陽は素直に答え始める。


「手嶋太陽です」

「太陽……か。良い名前じゃないか。覚えておくよ。私は宗賀柚子、ヨロシクな」


彼女は長く黒い髪をなびかせてもう一度にっこり笑うと、方向を変えて颯爽と去っていったのだった。

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