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第二話『学校のヒミツ②』

校内地図にある化学実験室に向かう三人。特段入り組んだところにあるわけでもないので、ほとんど迷うこと無く辿り着くことができた。


改めて『化学実験室』というプレートを確認する拓馬。

月乃は先頭に立って迷うことなく扉を開けた。

まず、目についたのは、ガスバーナーの置いてある実験机に、その側に備え付けられたホース付の水道だった。

部活動中かと思いきや、決してそんなことはなかった。むしろ逆だ。実験室内が広いこともあるが、ぱっと見て人っ子一人見当たらない。けれども、電気はついていたし、扉も空いていたのだ。本当に誰もいないとなると、不用心だ。


「し、失礼しまーす……。誰かいませんか……?」


月乃もどうやら不思議に思ったようで、声を潜めて一歩ずつ慎重に足を進めていた。

三人が人を探して部屋のなかをもう一度見渡すと、扉から一番離れた実験机に、白衣を身に着けたお菓子をむさぼる少女を見つけることができた。


「あ、オッス」


実験室に居た、たった一人のその少女は、あか抜けた声でそう挨拶した。

一瞬だけ部屋の中の空気が固まるのがわかった。お互いに見てはいけないものを見てしまった、という状況に似た空気だった。

部屋の中を何度見渡しても、いるのはその生徒だけ。しかも、拓馬たちを見ても、お菓子を食べるのをやめなかった。その少女は言った。


「あんたら、何か用?」

「入部希望……なんですけど」

月乃が申し訳なさそうに言った。

「ああ、入部希望ね。とりあえず、中に入って扉閉めてくれるかな。先生に見つかると厄介なことになるし」

「あ、はい」

三人は言われるがままに中に入り、扉を閉める。

「入部希望は三人?」

「いえ、俺はただコイツについてきただけです。入部する意思は全く無いです」

拓馬は答える。

「ボクも入部希望ではないです、はい」

 つかさも答える。

「そう。わかった、入部希望は一人ね。じゃあ帰っていいよ」

「えっ?」


 今の状況をよく理解できずにあたふたしている三人に向かってその少女はもう一度言った。


「ん?だから、帰っていいよ。この部活は基本自由だから、来たい時に来ればいい。まあ、私は部長だから一応毎日いるけど」

その部長と名乗った生徒は、興味がなさそうなそぶりを見せると再びお菓子に手を伸ばした。拓馬は月乃の方を見る。彼女が何を思っているのかはわからなかったが、その視線は実験室の中に目を向けていた。

「あ、あの……部員は部長さん一人だけなんですか?」

部長は月乃に目を向ける。

部長は両手の指を折って頭の中で部員の数を数えているようだった。

「いや。えっと……二年が五人と、あとは三年が私を含めて二人いるよ。まあ、幽霊部員もいるけど。他に何か?」

「い、いえ!ありがとうございますっ!今日はこれで失礼しますっ!」

月乃はそう言うと、体を回転させ出口に向かった。つかさと拓馬もそれにならって月乃の後を追う。

「おう、いつでも待ってるよ」

後ろからそう部長の声が聞こえた。

ただ、最後に発したのは「あっ、実験室でお菓子食ってたことは誰にも言うなよー」という非常に情けない言葉であった。


◇◇◇


――帰り道

三つの影が帰路についていた。

「どうするの?月乃はカガク部に入るの?」

「そりゃあ、入るわよ」


つかさの疑問に月乃は即答した。しかし、つかさはそれを聞いても疑問の晴れない顔であった。それは拓馬も同じこと。


「何でだ?言っちゃ悪いけど、『化学』の『か』の字も見えなかったぞ、あそこ」

「大丈夫。そんな理由じゃないから、私があそこに入ろうと思ったの」

拓馬の疑問にも、月乃はなぜか誇らしげに返した。それを聞いて、ますます首をかしげることになった二人。

「じゃあ、月乃は何で化学部に入ろうと思ったのさ?」

「簡単よ。単に理科室の薬品庫の警備が甘そうだったから」

「うわ。お前、一体何をするつもりだよ」

「それは秘密」

月乃は笑ってごまかした。


拓馬は笠下月乃という少女に更なる恐怖を感じた。


◇◇◇


もう一人忘れてはならない人物がいる。手嶋太陽のことだ。

太陽は、拓馬たちが化学実験室に行った次の日の朝、始業前の教室で一人机に座っていた。そして、拓馬が登校するなり、すぐに表情を険しくして彼に詰め寄った。


「おい、拓馬。昨日の放課後につかさ達と帰っただろ?まあ、それは良しとしよう。だがしかし、お前は一つ大きなミスを犯した。それはこの俺という存在を忘れていたことだっ!」


太陽は自分の存在をアピールするかのように手を広げると、拓馬の前に立ちふさがる。しかし、拓馬も拓馬。そんなことは無視すると、鞄を置いて自分の席に座った。

太陽はそんな拓馬の仕打ちに少なからずショックを受けると、拓馬に泣きついた。


「なあ、拓馬。俺たち親友だよな?な?」

「確かに、お前とは中学からずっと同じクラスで、親友と言っても差し支えがないほどの縁はある」

「だったら、何で昨日は俺を誘ってくれなかったんだよーっ!つかさがいて、月乃も加わって、そこで何で俺に振らなかったんだよ!同じ教室にいたのに!」


太陽は言った。結局、この男は自分だけ誘われずに仲間外れにされた現実に拗ねているのだ。拓馬は少しだけ間を置くと、一言だけ言った。


「すっかり忘れてたわ。すまん」

「嘘つけ!昨日教室を出るときに俺と目が合ったでしょ!それで俺のことを鼻で笑ったでしょうに!」

「気のせいだ、うん」

そう続ける拓馬。それを聞くと、太陽はさらに顔を近づけて、ヒソヒソ声で言った。

「お前は知ってるだろ?俺が中学の頃から笠下月乃が好きで、彼女を追いかけてこの学校に来たことも。俺はお前と違って努力の男なんだよ。少しくらい情けをかけてくれたって良くないか?」

「だったら、一つだけ良い情報を教えてやる。月乃が入る部活だ。月乃は化学部に入るんだとよ」

「そうか!その情報は確かなんだな!やっぱり持つべきものは友達だぜ!」


太陽は月乃に関する新しい情報を手に入れて、今までにないくらい目を輝かせると、拓馬の手を握ったのだった。拓馬は一瞬だけ嫌そうな表情をしたが、太陽の手を握り返すと、かなり心配そうな目で訴える。


「太陽。お前は健気だな。例え硫酸をかけられてもめげずに頑張れよ。応援するから」

「怖ええよ」

「いや、あながち冗談でもないかもしれないぞ」


ちょうどその時、始業のチャイムが学校に響き渡った。いつの間にか教室内には多くの生徒が登校してきており、拓馬はその中に月乃とつかさの姿も見た。


「とにかく、サンキューな、拓馬。お前も頑張れよ。応援するから」

「俺の何を応援するんだよ」

太陽は、へへっ、と笑うと何にも言わずに拓馬の元を立ち去る。

そんな太陽の姿を見て、拓馬は少しだけ疑問を感じながらも、目の前に迫った学生の本分を前に、そんな事実も忘れ、一人のしがない高校生として、教室の空気に馴染んでいったのであった。


◇◇◇


――放課後

月乃は部室に向かっていた。しかし、その顔は晴れない。

その理由はいたって簡単である。それは、手嶋太陽という男の存在があるからに他ならなかった。うっとうしい、実にうっとうしいと彼女は思っていた 。

「ねえ、月乃は何でそんなに不機嫌なのさ?」

「うるさい、死ね」

「ひでえ」

(ったく。何でこいつが私とおんなじ部活なわけ?たっくんも余計なことしてくれちゃって……)

月乃は小声で呟いた。


そんなどうしようもなく不機嫌で、それでいてほんの少し刺がある彼女を前に、太陽も困っていた。口が悪くて、性格も悪くて、でも、頭だけは良い。そんな女の子の扱い方をどうしたものかと悩んでいた。

けれども、嫌ではなかった。なぜなら、彼は彼女のこういう強気なところに魅力を感じ、友達以上の特別な感情の抱いているのだから。


手嶋太陽は笠下月乃が好きだった。


拓馬はこの事を知っている。


女子二人も知っている。つまり全員が知っている。太陽は中学の時を思い出す。


月乃との思い出に良いものはない。発言の半分以上は罵詈雑言。珍しく月乃から声をか けてきたと思ったら、基本パシリ。物理的な攻撃もしばしば。そんな状況だったから、拓馬に月乃が好きかもしれないと告げたとき、「お前マゾか?」と疑われたりもした。

その後、一度だけ人生を懸けた告白をしたが激しく断られ、色々あって今に至っている。


「あんた初めてだっけ」

「えっ、何が?」

「部活よ、部活。初めて来るのか、それとも以前に来たことあるのか、どっちって聞いてるの?」


化学実験室の前に到着した月乃は扉にかけた手を一旦止めて、太陽に尋ねた。

思考に耽っていた太陽は不意を突かれて言葉につまるも、今回はひどい言葉を浴びせられることはなかった。けれども、そのせいで何だか物足りないと一瞬でも思ってしまった太陽は、このあと一人自己嫌悪に陥ることに繋がってしまうことになるのだが。

太陽はとりあえず話を繋げる。

「初めてだよ。今日の朝に入部を決めたばかりなんだから」

「ふーん」

そういう月乃の顔は少しだけ笑っているように見えた。そして、彼女は扉を開ける。

太陽は初めてその中を見た。実験机にガスバーナー。今日は三脚にビーカー、試験官まで準備してあるのが確認できた。しかし、相変わらず広いわりには、人の少なく感じる部屋だった。


「こんにちは、先輩。新入部員の笠下月乃です」

返事はない。

月乃は部長の姿を探す。そして、彼女は、昨日と変わらず扉から一番離れた実験机に座ってお菓子をむさぼっていた部長の姿を見つける。それを見た太陽も昨日拓馬たちがして見せたように少しばかり驚いたような表情を見せた。

だが、昨日とは異なる点が一つ。今日は部員がもう一人いた。


「いらっしゃい。あなたが新入部員?あれ?一人って聞いてたけど……。でしたよね、部長?」

「一人だよ。もしかして、私を疑っているのか?確かに、私は仕事はいつも適当だが、昨日の出来事を忘れるほどアホではないぞっ!」

「さりげなく、仕事を適当にしてることを認めないで下さいっ!」

その女の部員は、部長に叱責と飛ばしつつも、入口へと立っていた月乃と太陽の顔を交互に見ていた。そしてそのたびに首をかしげていた。

仕方がないので、太陽の方から状況説明を始める。


「いや、俺は入部希望で、今日初めて来ました。昨日来たのは月乃一人だけです」

「そうなんだっ!なら、納得。それに、これでまた一人部員が増えるね!歓迎するよ!」

その子は身に纏った白衣をひらひらと揺らしながら、太陽の入部を心から喜んでいるようだった。

「そうそう。私は二年の神林若葉。よろしくね、一年生諸君」

部員が二人いても、実験室の中は殺風景な感じだったが、無気力な部員のほかに、明るい性格の若葉がいるおかげで幾分か花があった。


「わぁい、うれしい!部長。新入部員ですよ。実験とかやってみます?塩酸とか硫酸とか準備しますか?」

「めんどくせ。お前はこれでも食って胃酸でも出しながら、少し黙ってろ」

「やった。部長からお菓子もらっちゃいました!ありがたくいただきますっ!」

部長が若葉にお菓子の袋を投げ与えると、若葉は新入部員の二人をほったらかしにしてお菓子を食べ始めた。

「ほら、折角だから、一年にもやるよ。ただし、実験室の扉はちゃんと閉めてから食えよ」

「マジですか!お言葉に甘えていただきますっ!」

部長の投げ与えた釣り餌に今度は太陽も引っかかった。化学のイメージとは程遠い光景を目の当たりにして、がっくりと肩を落とす月乃。


「ほら、月乃も食べちゃえよ。はい、バナナ」

「って、何で私はバナナなのよっ!もっと違うのないの?確かに、バナナはお菓子って言うけどっ!」

「俺もバナナ食べてるぞ?」

「そういう問題じゃないってのっ!」

怒った月乃は、太陽の足に向かって強力な蹴りを一発叩き込んだ。そのあと太陽が痛みに悶絶していたのは言うまでもない。


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