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第一話『学校のヒミツ①』

――遡ること十年

どの学校でもそうであるように、四月を迎え、この高校に今年度も新しい生徒が入学してくる。入学式、それは毎年変わらずに起こるイベントである。この流惺高校は男女共学、部活動も盛んで、交通の便も良いため、それなりの人気がある高校だった。


「おはよ、拓馬くん。また会ったね。これもまた運命の出会いってやつなのかな?それとも前世からの因縁とか?」


大野拓馬は、突然後ろから声をかけられた。

振り返ると、そこには、にこやかに笑うショートカットの女の子が一人。彼女の名前は八尋つかさ。拓馬と彼女とは、中学からの付き合いであった。男と女の付き合いではない。ただの友達という意味での付き合いだ。


「ばーか。そりゃ、同じ高校だから会いもするさ。つかさとはこれで四年目か。はあ」

 拓馬は小さくため息を一つ吐くと、自分の歩く速度を落とし、つかさと横一列に並んで歩く。そして、また三年間よろしく、と嫌みっぽく拓馬は笑って付け加えた。つかさはそうだね、と短く返す。しかし、返事は思わぬ方向からも返ってきた。

「ホント、こんなやつとまた三年間いっしょなんて、ウンザリよね。どっかいけ。つかさちゃんに近づくな」

 そのぶしつけな物言いから、姿を見なくても誰かはすぐにわかった。同じ中学出身で、つかさの友達、笠下月乃。彼女ともまた、同じ高校に進学することになっていた。拓馬はもう一つ、今度はあからさまに大きな溜息をつく。


「あっ!今、溜め息ついたでしょ!でもね、覚えておいてよね。あんたが嫌だと思ってるその百倍は私の方が嫌だと思ってるんだからねっ!」


見ての通り、拓馬は月乃にものすごく嫌われていた。最初は友達の友達という関係でしかなかったはずなのに、勝手に距離を縮めて、そして勝手に突き放す、そんな間柄に変わっていた。距離を縮めるという表現は、まるで好意があるような含みがあるが、月乃の場合は違う。もしかしたら、弱みを探っている、という表現の方が合っているのかも知れなかった。

そんな月乃に拓馬は言った。


「月乃は頭良いんだから、もっと上の高校目指せただろ。何で行かなかったんだ?」

「だって、ここが家に一番近いんだもの。それに、受験勉強なんてやる気しなかったし」

 彼女は平然と、すごいことを言ってのける。

ここも、決してレベルの低い高校ではないはずだった。無勉で入った、何て言ったら、それこそ少なからず反感を買うことを、この少女は考えているのだろうか、と拓馬は一人余計なことを考えていた。

けれども、拓馬はすぐに杞憂だということに気付いた。

その陰湿な性格とは裏腹に、彼女は無駄にかわいい顔立ちをしている。それだけで大抵のことが許されるのが今の世の中なのだった。

月乃は自慢げに鼻を、ふんっ、と鳴らした。


「あっ、そうだ。忘れてたわ!そういえば、もう一匹オマケがいたんだっけ」

「おまけ?」

突然、思い出したようにそう言う月乃。それを合図に月乃の後ろから顔を出したのは、申し訳なさそうな顔をした、少年だった。

「忘れるなんて、酷くないか?空気を読んで、今か今かと割って入るタイミングを探ってた俺の気持ちがわかるか?」

「そう言えば、太陽もこの高校だったっけ」

 拓馬は言った。手嶋太陽。それが彼の名前だった。

「おい、思い出したように言うなよ。拓馬、お前は中学の時の親友の顔を忘れたのか?」

「いや、受かってるとは思ってなかった、と言うのが正直な感想だ。よくあるだろ、別々の高校に進学して、疎遠になった中学時代の友達って」

「拓馬の中では、既に俺はそういう分類にフォルダ分けされてたのか……。悲しいぜ」

「すまん、悪かったよ。それと今更だけど、合格おめでとう。それで朝から仲良く月乃と登校ってわけか」

拓馬は別に茶化していたわけではなかったが、その言葉を聞いた途端に、月乃から物凄い目付きで睨まれて、挙げ句には、月乃はつかさを挟んで反対側に移動して、太陽と距離を取り始めた。


「勘違いしないでよねっ!コイツがストーカーみたいに勝手に着いてきただけよ。迷惑よ。あんたもコイツの親友っていうのなら、ちゃんと躾くらいしといてよねっ!」

月乃は太陽を指差して捲し立てるように言った。その時の太陽のショックを受けたような表情もまた、大声をあげて周りから変な目で見られている月乃と同じくらいに見物であった。

拓馬とつかさは、しかたがないね、というような表情を浮かべて、お互いの顔を見合わせた。


大野拓馬。八尋つかさ。笠下月乃。そして、手嶋太陽。

この四人はみんな同じ中学の出身であり、新しい環境における不安から、初日からこのように仲良くバカ騒ぎできるのは、ある意味自然の流れであった。四人それぞれの、その事に対する捉え方は異なっていたとしても、高校の門をくぐるときの四人の気持ちは、少なくともある種の安心感を抱いていた、という事実に偽りは無かった。


◇◇◇


ボーイミーツガールという言葉がある。

直訳すると、少年が少女と出会う、という意味になるのだろう。これから何か新しい出来事が待っている、そんな期待を胸に抱かせる、希望に満ち溢れた素晴らしい言葉である。


しかし、大野拓馬の高校生活は少し違った。


クラス内には既に同じ中学同士だったやつ、同じ塾で一緒だったやつ、という風に派閥ができていた。さっきの言葉を模して言うならば、ボーイノウズガール。少年は少女と知り合いだった、という所だろう。

そんな中で、新しい出会いなんてものは存在しなかった。もっとも、拓馬自身が新しい出会いというものを積極的に望んではいなかった。

なぜなら、拓馬だって既にボーイノウズガール状態だったから。

「ねえ、拓馬くんは部活何にする?もしかして、もう決めた?」

 新学期が始まって一週間ほどたった、ある日の昼休み。そんなタイミングに、白紙の入部届けを持ったつかさは、拓馬に詰め寄った。

「俺はまだ決めてない。つかさは?」

「ボクはね、興味がある部がひとつあるけど、まだ迷ってるんだ」

 部活動、という制度がこの国の学校には存在する。入るも自由、入らないも自由。一方で、校内では部活動の勧誘が積極的に行われており、体験入部も活発になっていた。拓馬は教室の窓から裏庭を見下ろす。そこにも勧誘を行う生徒の姿が見える。

「やっぱり、俺は中学と同じで帰宅部でいいかな」

 拓馬はなんとなく、そう答えた。しかし、つかさがそれを許さない。

「だめだよ。高校生だよ。青春だよ!」

なぜか妙にハイテンションなつかさは、机をバンバン叩きながら拓馬に促した。

「お前、それ中学の時にも似たようなこと言ってたじゃないか」

「そうだっけ?」

つかさは笑う。同じような言葉が出るあたり、つかさの考えていることは、昔から変わっていないのだろう、とひとり拓馬は納得した。


つかさは中学の時もそうだった。運動部に所属していた彼女はいつも快活で元気がよく、男友達も多かった。良く言えばボーイッシュ。悪く言えば、女を捨てている。一人称で『ボク』を使っているあたり、本人としても自覚はあるようだ、と拓馬は勝手に思っていた。

そんな彼女だったからこそ、自分より元気がない男子を見ると、放っておけなかったのだろう。「やあ、そこの少年。どしたの?」そんな言葉が、中学校時代に拓馬にかけられた最初の言葉だった。

「とにかく、俺だって興味を惹く部活があれば、入るつもりだよ。でも……」

 拓馬はそこで言葉を区切る。言わなくてもわかるだろう、と思ったからだ。

「へえ、じゃあボクが上手く勧誘できれば、一緒の部活になる可能性もあるってことかな」

なぜかつかさは前向きだった。

「なんだ。同じ部活に入ってほしいのか?」

「まあね。部員不足で悩んでるって聞いたし」

「どこだよ、そこ」

「へへ、ないしょ」

つかさはもう一度笑った。

(まあ、文化部ならともかく、つかさはどうせまた運動部だろ?俺には関係ないね)

拓馬はつかさとの話を終えると、すぐに机に伏した。昼下がりの教室。拓馬のまぶたは重かった。


◇◇◇


――放課後

部活動が始まる時間。特に用事のない人は、自由に使える時間でもあった。

拓馬は終礼が終わるや否や、鞄を持って、いの一番に教室を立ち去ろうとしていた。理由は簡単だ。拓馬は部活に入ってない、無駄話をするような友達もいない、詰まるところ、学校にいてもただ時間を浪費するだけで、意味がないのだ。


それが拓馬にとっての理由。


ただ、イコールそれがつかさにとっての理由ではなかった。


「拓馬くんっ!早いよっ!早すぎるよっ!そう逃げるように帰らなくてもいいじゃないかっ!今日は一緒に帰ろうと思ってたのにっ!」

出口へ向かう拓馬を逃がすまいと、その手を掴むつかさ。ついでに抵抗されないようにと念を込めて、掴んだその腕をきゅっと捻り、きっちりダメージまで与えていた。

「いててっ!止めろよ。お前のそれマジで洒落にならねえから。くそっ!」

「わかればよろしい。貧弱な男の子っていうのも考えものだけど、こういうときは素直に従ってくれるから嬉しいよ」

「なんだその正義感の欠片もないセリフは?お前は女の子らしく『ごめん、やり過ぎちゃった。てへ。大丈夫?怪我とかしてない?』ぐらい言えないのか?」

それを言った途端に、つかさは腕の力を緩めた。


「ず、ずるいぞ。そんな乙女チックなシチュエーションをボクに求めるなんて。そんなことしなくても、ボクは立派な女の子なんだからーっ!」

「いたたたたっ!いたい、だから、いたいっ!」

つかさの仕打ちに、拓馬は再び激しく痛がった。

そんな拓馬の目が、急に影におおわれる。

「バカね。教室の入り口で何やってるのよ?はやくどいて」

不機嫌そうな面持ちで、拓馬の横に立ったのは月乃だった。

「あっ、月乃じゃん。月乃も一緒に帰る?ってか帰ろうよー」


月乃が来ると、つかさの興味は一気にそちらに移る。つかさからの提案。帰る方向が同じで、中学の時からいつもそうしてきた。しかし、今日は月乃が、申し訳なさそうな表情を作って、つかさの方を向いた。

「ごめんね、つかさちゃん。今日ひとつ体験入部があるの」

つかさは残念がるどころか、俄然興味が湧いたような顔をして、聞き返した。

「どこ?」

「化学部ってわかる?そこ」

首をかしげるつかさ。そんな部活あっただろうか、という表情にも見えるし、なんでそんな部活を選んだのだろうか、という表情にも見える。いや、つかさには、きっとどちらの気持ちもあったのだろう。

「カガク部?」

つかさは聞き返した。

「バケガクの方の化学ね。暇なら、つかさちゃんもついてくれば?きっと歓迎してくれるよ」

月乃は笑顔でそう返す。

ちょうどその時だった。その様子をちらりと横目で見ながら、拓馬が教室を出ようとしていた。つかさの眼が怪しく光る。

「月乃がカガク部に行くんだって。いっしょに拓馬くんも行こうよ」

つかさは拓馬の腕をつかんだ。

また捻られるかと思い、少し怯えたが、今度は優しく掴んでくれた。


「ひっ。何で?俺には関係ないでしょ?」

「どうせ今から家に帰って、漫画でも読みながらダラダラするだけなんでしょ」

拓馬は表情を変えずに、まあな、と呟いた。

「え、たっくんもついてくるんだ。ま、別に良いけど」

「おいおい、俺は行くとも何とも言ってない!それに何だ、その残念そうな言い方は!おい、目をそらすんじゃない、月乃!」

「うるさいな、もう」

月乃は髪を弄りながら、容赦なく言い放つ。

「まあまあ二人とも。穏やかに、ね?」

「まあいい。月乃が入りたがってるその化学部って言うやつがどんなものなのか、この目で確かめてやる。きっと素敵な部活なんだろうよ」

「その通り、素敵なところよ。硫酸とか置いてあるし。たっくんの顔にかけたら、一気に人生ハードモードだよ。でも、そしたら、私も捕まっちゃうからしないけど」

拓馬は冷ややかな目で月乃を見る。笠下月乃とはこんな女なのだ。

「仕方がない。じゃあ三人で行きましょう」

三人は荷物をもって、教室を出た。

『仲良く』とは決して言えないところが、このときの三人の関係性をよく表していた。

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