学園都市にて。五日目。
起きると予想通りセバスさんが朝食の準備をしていてくれたので日課の朝の鍛錬へ。日課の鍛錬が終わるとエルザも起きて来て食事となる。メニューはエルザの希望通りだったのは言うまでもない。セバスさん恐るべし。
食事の後はまた授業について話していたけど、よい天気なので広すぎる庭の散歩をする。話しを聞く限り危険な動物はいないようで、一応鳥がいた時の為にセバスさんの弓矢を借りてきた。
近づくと奥まで入らなくても豊かであろう事がうかがえる。樹々は茂り、鳥の鳴き声がする。糞があることから兎が居る事が予想できたし、おそらく鹿も居ると思う。迷わない様にほんの入り口を歩き回って鳥を一羽撃ち落とした。
「ホロ鳥といってなかなか美味いけどそれよりも、トラの弓の腕もなかなかね。」
一発で撃ち落としたことを褒められた。
「山育ちだからこれくらいわね。」
物心ついた頃に教えられ、食生活を豊かにする為に日々磨いた腕だ。
「でも、これだけ得物がいるならたまには狩りをしても良いかも。」
散歩に満足して帰ると丁度リエールさんが来た所だった。
「お主の師匠殿から届け物じゃ。先程使い魔が来た。儂の所に来たのは場所が分からなかったからだろう。」
「使い魔ですか?」
あの師匠に使い魔なんていただろうか。
「うむ。」
リエールさんが合図をすると空から現れたその姿は上半身が鷲、下半身が獅子のグリフォンだ。ただしその大きさは獅子程の大きさはまだ無く中型犬といったところで、まだ子供なのがわかる。
「ぐりぐりっ!」
「「ぐりぐり?」」
祖母と孫、二代に渡って首をひねられた。
「名付け親は師匠です。文句は師匠にお願いします。変わった名前だけど、彼は師匠の使い魔ではなく、僕の友達です。」
首元を撫でると嬉しそうに鳴く。
「グリフォンが友達のぅ・・。」
「はい。小さい頃に拾って餌をあげたりしているうちにだんだん懐いてくれて。」
「まぁお主がそう言うならかまわん。」
グリフォンが珍しいのかエルザは黙って見ている。
「これが預かり物だ。」
渡されたのは拳程の魔石。浮かぶ紋様を見て師匠の物だと判断する。
「伝言ですね。『bogfはあd。』」
キーワードを呟きながら一定のラインをなぞる。直に淡い光と共に声がした。
「よう。元気か?手紙を書くのは面倒なのでこれにした。これなら喋るだけだからな。手紙を見る限り学園にも入れた様で何より。リエール嬢ちゃんにも礼を言っておいてくれ。」
リエール嬢ちゃんと言われた祖母を信じられない物を見たかの様にエルザが目を大きくする。すかさずその頭に拳固が落ちた。
「家具は好きにしな。売るにも使うにも薪にくべるにもさ。てかそんな事でいちいち許可を取らんでいいよ。面倒だし。あの食うにも困っていた餓鬼の作った物が人気出る何て思いもよらなかったな。うん。感慨深い。そもそも家の存在忘れていたから、もうお前の物にしちゃっていい。ありがたくもらっておけ。弟子の独り立ち記念的な?。あ、ありがたいと思うなら何か珍しい酒送って下さい。お願いします。コートラ大明神様。ぐりぐりなら運んでくれるはずだし大丈夫だよね?信じているよ?それに、気が向いたらそっちに顔出すから、その時は歓待できる様にいい店探しときなさい。これ師匠命令ね。えっとあとなんかあったかな?まぁ思い出したらまた連絡するかも。じゃあね。」
一気に喋ったと思ったら、そこで音声が途切れた。
「ちなみに再生後この玉は爆破・・・。」
される。その言葉を聞き終わる前に思いっきり上に向かって投げる。
5メートル程上がった所で花火の様な音と共に玉が爆発した。キラキラと魔石が舞い綺麗ではある。
「魔石もただじゃ無いのに・・。」
師匠にかかればただみたいな物かもしれないけれど、あれを売れば数家月分の食費にはなるし、セバスさんにもお給金を払えたのにと思ってしまうのは弟子失格なのだろうか。
「相変わらずのようじゃな。」
リエールさんは面白そうに笑っている。
「トラのお師匠様ってお婆様と気が合いそうな方ね。」
褒めているか微妙な言葉だ。
「とりあえずお酒売っているお店紹介して下さい。」
何か疲れた。ぐりぐりを撫でて心を癒す。
そう、ぐりぐりをグリグリする。
ぐりぐりグリグリぐりぐりグリグリぐりぐりグリグリ。
多少嫌がっても付合ってくれたぐりぐりに感謝。心を癒して顔を上げると二人して何とも言えない顔をしていた。ボクノココロハヤンデナイデスヨ。
「今日の所は儂の所の酒を運ばせよう。」
「私も良いお店聞いておいてあげるわ。」
二人が妙に優しい。
・・・
・・
微妙な沈黙を破ったのはセバスさんだった。
「お話中失礼致します。ルガード様がいらっしゃいましたが如何致しましょう。」
「ルガードか。儂も会おう。」
渡りに船とばかりにセバスさんの案内で家の中に二人が戻っていく。
「ぐりぐりまた後でね。」
僕もその後から付いて行くと、応接間にルガードさんともう一人髪の毛がぼさぼさな少女が居た。
「ルガード久々じゃな。エルザが世話になっている。」
「リエール様もお見えでしたか。」
「うむ。それでうちのバカ孫が駄目にしたトラの刀の事じゃな?」
早速話しを進めていく所はさすがだ。
「はい。お二人が帰った後直に思い出したことがありました。一人だけ刀を打っていた鍛冶がいたことを。偏屈なのが多いドワーフの中でも更に偏屈といったところだったので思い出すのに時間が食っちまいましたが・・。」
そういって隣に居る女を見る
「その偏屈なくそ爺は偏屈をこじらせてくたばっちまいましたよ。」
声は思ったよりも若く、娘と言って良い年齢と思われる。
「その息子夫婦は包丁なんかを打っていましてね、こいつはその孫になります。」
「こいつって失礼ね。私はタタラ。タタラ・ハル。ドワーフにも鍛冶達にも忘れられた刀鍛冶のくそ爺の孫だよ。」
「お前リエール様とエルザ様の前なのだからなんとかならんのか。」
「よいよい。」
ルガードさんが諌めるのをリエールさんが許す。
「なにが「よいよい」だ。リエール「様」、エルザ「様」だ。いくら無名とはいえ刀鍛冶が作った一振りをこんなにしちまいやがって、馬鹿な孫とその祖母だろ。」
「ちょっと待って。」
さすがにエルザが言葉を挟む。
「なんですか、エルザ様?」
わざわざ様を付けて呼ぶそのやりようは挑発している様にしか見えない。
「トラの刀を駄目にしてしまったのは私。申し訳なく思うし、馬鹿だと言われても文句は無い。しかしだ、お婆様まで馬鹿呼ばわりは許さん。」
頭に血が上っている様だけど、けっしてタタラはリエールさんの事を馬鹿呼ばわりしていない。当のリエールさんはそれがわかっているのかいないのか言葉を挟まない。
口元がニヤ付いてる。
わかっているな・・。
「へー。それでエルザ様は許さないからどうしますか。殴りますか?店を潰しますか?あいにくと工房は閉鎖しましてね。この体一つしか在りませんが殴るならご自由にどうぞ。ほら。」
頬をエルザに突き出して指で突く。
エルザの顔は真っ赤だ。
「殴らん!」
口から火の粉をこぼしながら叫ぶエルザ。
「殴りませんか。そうですか。竜族のお馬鹿なお姫様は、ちんけなドワーフの小娘を殴ってはお手手が汚れるから嫌だと。それとも負けるのが嫌ですか。謝るなら今のうちですよ。偉大なるタタラ様ごめんなさい。私が悪うございましたと頭を床にこすりつけて謝るなら許してあげないこともないですよ。」
自暴自棄の様にタタラの挑発が繰り返される。
「決闘だ!」
決して丈夫ではないエルザの堪忍袋の緒が切れた。
「望む所です。」
二人して外に飛び出していく。願がわくば家が壊れません様に。
「うちの孫は相変わらず猪というかなんというか・・・。」
呆れたかのようにそれでも面白そうにリエールさんが笑う。
「止めなくてもよかったでしょうか?」
セバスさんにリエールさんが頷いて話しをする。
「大怪我する様なら止めてやれ、ま、多少の傷は自己責任じゃな。それで五月蝿いのが居なくなった所で話しをしようか。」
「はぁ。」
多少付いて行けなかったのかルガードさんが間を置いて話し始めた。
「何処まで話しましたか・・。あぁ死んじまった爺さんサフネ・ハルというのですが、その人が構えていた工房に行くと火も落ちてすっかり材料も道具もなかったわけです。注文を貰うまでは打たない。気に食わないヤツなら打たないと。死ぬまでそれを通したそうで、そうすると余計に金も稼げずに、少しずつ借金が重なり、死んだ後息子さん達が返済の為に工房いっさいを処分していました。」
「それを孫娘が良しとしなかったと?」
「いえ、しょうがないと一応は納得していたみたいなのですが・・。刀は二人一組で打ちます。これは他の武器でもあるやり方なのですが、その爺さんの相槌を打っていたのがタタラで、今は親父さん達の包丁や鋏を打つことなんかを手伝っています。」
「ふむ。」
それではああまで怒る理由がわからない。
「儂が悪いのですけど、一応とあの折れた刀を持って訪ねた所、一通り眺めた後にタタラが泣き始めましてね。儂より親父さん達が驚く程の泣きようでした。なんでも爺さんが死んだ時も泣かなかったらしくて。十分くらいして泣き止んだら今度は怒り始めて、なんで折れた。折ったヤツは誰だと。話しをするとエルザ様を一発殴らせろと。そんなんで会わせるのはまずいと思ったので直接トラ様の所に来たのですけど。」
二人が出て行った方を見てため息をついた。
「トラ様には会いたがっていたから本人は打ちたいと思っていると思うのですがね・・。」
二人のわめいている声が聞こえる。
「相槌を打つのが居ない事が問題かのう?」
「いえ、それは儂がやっても良いですが、問題は道具と場所、それに材料ですね。一から道具を揃えるとなるといくらかかる事か・・。」
「一振りの為にとなると高く付きますね。」
こうなると話しに出ていたお爺さんの道具を処分してしまっているのが痛い。
「お爺さんの物を買い戻す事は出来ますか?」
「いくつかは出来るかもしれないが、ほとんどは加工なりされていると思ういます」
何かを叩く鈍い音がする。先程までの声がしない。殴り合っているのか。
何かが壁に当たる音と崩れる音がして、嫌な予感がする。あっ、爆発音もする。
「ちょっと見て来てもいいですか?」
二人も異変に気付いていたようで三人で席を立つ。
音のした方は裏手だったので勝手口から出たら直にわかった。勝手口を出て直ぐ右手、台所の横に隣接された風呂場の半壊している。壁は破れ、おそらく爆発音がしたのは魔導釜だ。周りには水が溢れ、風呂桶にはタタラが浮いている。
ルガードさんがタタラを引っ張り出し、リエールさんがエルザに拳骨を落とす。
「申し訳ございません。止める間もなく・・。」
セバスさんが謝るけど責任は彼に無い。
「エルザ。罰じゃ。風呂の修理はお主の責任じゃ。」
「はい・・・。」
エルザの力で殴ればどうなるかいい加減学んで欲しい。ルガードさんに叩かれたタタラが目を開けそうなので、一応、手加減はしたのかもしれないけど。
「風呂が無いとトラが困るじゃろうから儂が立て替えておくが・・・。」
タタラの様子を見てリエールさんの口元が笑う。
あまり良い予感がしないのはエルザも同じだろうか。
リエールさんに視線が集まる。
「刀にかかる費用と一緒に儂に借金じゃな。孫のよしみで利息は取らんでやるが、頑張って卒業までに返すのじゃ。」
「いったいいくらになるの・・・。」
エルザ、御愁傷様です。
「そこのタタラにも払わせるが、まぁ風呂釜の修理と刀の代金はただ働きで確定じゃな。」
ルガードさんもしょうがないなといった様子で特に反対しない。
「うむ。儂はこれまで孫に対して甘かったかもしれん。色々と面白くなって来たぞ。クフフフ・・・・。」
嫌な感じの笑いが聞こえる。
「コトーラにはあとで酒と共に書類を届けるから確認してサインする様にしてくれ。」
言外に協力するよな?と言われている気がする。
「内容によります・・。」
ささやかな抵抗をしておく。
「なになに、お主にも悪い話しじゃないし、ルガードは儂に付合ってもらうぞ。」
引きずられる様にしてルガードさんは連れて行かれた。
残されたのは、不安そうなエルザと伸びているタタラ。セバスさんは早々に片付けを諦め二人に付いて行った。
後でぐりぐりに慰めてもらおうと思う。
目を覚ましたタタラにタオルとエルザの服を渡して着替えてもらい、二人に何が起こったのか説明してもらったところ、大体予想通りだった。
決闘だと言って出て行った二人だったけれど、決闘というよりも癇癪をぶつけただけで、お互いに言い合った後、タタラがエルザを何回か殴ったらしい。勿論、竜の鱗に守られたエルザには全くといって効かなく、その段階に成ってようやくエルザもタタラが自暴自棄に怒りをぶつけているのがわかったらしく、暫く殴らせた後に一発殴り返したところ、思ったよりも飛んで風呂場が壊れたらしい。
「授業では竜か竜人としか戦っていなかったので力加減を間違えた様だな。」
「頑丈なドワーフじゃなくてエルフだったら大怪我していたわよ。」
人族な僕も当ったら大怪我していたはずだ。
「それで少しはすっきりしたか?」
「おかげさまでね。」
なんでもほとんど必要とされなかったお爺さんが無くなった後に、ようやく必要とされた悲しさ、虚しさと使い込まれた刀を駄目にした事への怒りで「つい、カッとなっちゃった。」とのことらしい。エルザも売り言葉に買い言葉で「ついカッとなった。今は反省している。」とか言っているからお互い様だろう。
殴り合って仲良くなるなんて何処の漢だと思ったけれど言わぬが花だよね。
先程まで殴り合っていたとは思えぬ程仲良く話していたところにルガードさんが書類を持って帰って来た。
「泣いた烏がもう笑ってら。これを三人に渡してくれってさ。」
それぞれに封筒を渡してくれた。
「酒はセバスさんに渡しておいたからな。」
「ありがとうございます。」
お酒も一緒に運んできてくれたらしい。
「なに、トラ様にはお世話になるし、ついでだからな。」
「そのトラ様はやめませんか?」
お尻の当りがこそばゆくってしょうがない。
「トラ殿?」
「せめてさん付けで・・。」
師匠達は基本呼び捨てみたいなものだったし、年上の人に丁寧に呼ばれる事に違和感が在る。
「じゃ、トラさんと呼ばせてもらうよ。今後の事は書いてあると思うし、儂は一度帰るな。」
「わかりました。色々とありがとうございました。」
玄関まで三人で見送る。
もう一度応接室に戻ってそれぞれ封筒を開く。
エルザは恐い顔で、タタラは何とも言えない顔で入っていた書類を読んでいる。
僕の封筒に入っていた書類は四通と手紙が一枚。
・工房の作成許可書
・土地の賃貸契約書
・風呂場の作成依頼書
・入山許可証
最初の三枚は直に理解した。リエールさんに依頼して風呂を作ってもらうことと、刀の為の工房をうちの敷地内に作るということだ。土地は余っているのだし賃貸借契約にしなくてもかまわないけど。
最後の入山許可証は手紙を読んでわかった。
『トラへ。入山許可証は学園に通う生徒がある程度実力が付いた時に出す物で、実力に見合った武器を作成する為に学園の保有する鉱山の探索許可になります。同時に6人まで入れるので、エルザの他行きたい人が居たら連れて行ってかまいません。場所はエルザが知っています。入学式までには帰って来て下さい。また、三枚の書類はトラが居ない間に準備をしておくのに必要となります。サインをしてセバスに預けておいて下さい。それでは武運を祈ります。皆の愛するリエール学園長より。』
「二人も同じ様な事かな?」
最後の一文は無視して二人に声をかけ、テーブルに書類を置く。
「私はトラ様に刀を作れば借金無しと。その後も工房を使いたかったら毎月賃料を払う契約をしてくれると。」
タタラの置いた書類は二通。借金と言う形の契約書と工房の賃貸契約書。
「私は借金よ・・。」
エルザが置いたのは一枚だけ。リエールさんに対する金銭貸借契約だ。
「学園を卒業するまでは利子を取らないとか。」
可哀想だけれども自業自得な気がするので放っておく。
「この鉱山の事だけど。」
「えぇ、私の手紙にも書いてあったわ。一緒に行く様にって。一週間後に入学式だから今日、明日には出た方が良いわね。私も鉱石集めて少しでも借金の返済に・・。」
ぶつぶつ言っているが放っておいてあげよう。
「タタラも行く?」
「良いのですか?試練の鉱山ですよね?興味は在りますけど、私は学生じゃないし、エルザさん程強くないし・・。」
「6人まで行って良いって書いてあるから良いと思うけど?」
エルザをみると頷いてくれる。
「大丈夫よ。学生のパーティーにまぎれていても。まぁトラはまだ学生じゃないけど、許可は出ているのだし。それに私の拳に耐えられるなら問題ないでしょ。ただ三人だと回復がいないわね。」
「私は回復魔法使えません。」
「私もよ。」
「あー。駄目元で誘ってみようかな。」
頭に浮かんだのは一人。
治療魔法の使い手であるマリアさんの返事は芳しい物ではなかった。お嬢様の元を離れるわけにはいかないとのことだったが、面倒だったのだろう。何となくわかってしまった。
食料、水、地図、ピッケル、ロープ、回復薬や包帯等はエルザが用意してくれて、それぞれのリュックに詰められている。他には各自武器を持つ。エルザは剣、タタラは鎚と兜に軽甲と盾、僕は脇差しと槍をエルザから借りた。エルザと僕は防具も無いけどしょうがない。借りようにもエルザの鱗より固い防具は中々ないし、必要としないので持っていないからだ。
ばたばたと夜まで準備をしていざ出発と言う時に来客があった。来客はマリアさんを連れたエミリアだった。
「マリアだけ楽しい事に連れて行くのはずるいわ。」
その一言で誤解がある事がわかった。マリアさんには断られたはずだったのだけど、エルザがエミリアに漏らした言葉が、マリアを引き連れてのエミリア参戦となったのだ。その言葉が「トラがパーティーにマリアを誘ったらしいよ。」で、マリアさん自身が行くかどうかに触れていないところが嘘つきとも言えずに小賢しい。
「回復役も出来たし出発しましょうか。」
「うちの馬車で行きますか?」
エミリアの言葉にエルザが首を振る。
「馬車じゃ時間がかかってしょうがないわ。今回は特別よ。」
背負った鞄をこちらに渡して皆からエルザが離れる。
「んっ。」
気合いとも何とも言えない言葉を発し、エルザはその姿を変えていく。
燃えるようは赤い髪の色はそのままに全身へと巡りやがて鱗と変わり、背中からは翼が生え、突き出た口には牙が並び、一瞬の内に20メートル程の大きさの灼熱竜になった。
「綺麗・・。」
タタラが呟いたのも無理はない。月の光に照らされてなお赤く、夜に浮かんだ宝石の様だ。
「あんたそれは褒め過ぎよ。」
くちから出ていたみたいだけど、本人もまんざらじゃなさそうなのでかまわないだろう。
「羽と羽の間に乗ってね。」
言われるまま乗り込むと、思っていたよりも静かに夜空へと舞った。あっという間に見送りのセバスさんが小さくなり、家も一つの光となる。
「それじゃ行くわよ。」
今度は前方へと進んでいくけど、あっと言う間に街の光が後ろになったことと比べると、風の吹き付けが全くと言って良い程に無い。
「竜が空を飛ぶときに風の加護があるというのは本当だったのですね。」
マリアさんの言う通りなのだろう。羽はたまに動くだけでどんどん進んでいく。
「そろそろ着くわよ。」
言葉と共に速度は落ち、ある程度落ちると今度は高さが落ちていく。着いたのは山脈の麓。山小屋が一軒有り、篝火が焚かれている。
地面に降り立ち、僕らが降りるとエルザは元の姿に戻った。
「ありがとう。」
「いいのよ。」
少し嬉しそうに見えるのはなんでだろう。
篝火に近づくと山小屋から人が出て来た。
「こんな時期に学生さんかい?」
筋骨逞しく、ザ・山男といった風体だ。
授業のないこの時期にはあまり生徒が来ないのかな。
「そうよ。これが許可証。」
僕が懐から許可証を出すとエルザが自分の学生証と共に山男に渡す。
「ちょっと待っとくれ。」
確認をする為か山小屋に戻っていくが直に帰って来た。
「いずれも本物の様だ。直に入るかい?朝まで待つかい?」
「直に入るわ。」
「許可が下りとるから実力的には大丈夫だと思うが、中にはモンスターも居る。実力を過信して奥に行き過ぎない様にな。年に何人かは行き過ぎて帰れなくなっちまうからな。」