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学園都市にて。一日目。

 キクノ学園都市は巨大である。小国の王都なぞ比べ物にならない程に。エゴ大陸のほぼ中心に位置し、人種と技術が集うこの学園は各国の緩衝地帯とも揶揄される広範囲を自治している。

 そして学園都市の名前通りその中心はキクノ学園であるが、巨大故に幾つもの校舎に分かれている。それは魔法科や武術科、練金科といった科別だけではなく獣族だけが集まる校舎や少数の竜族とそれに仕える人々が集まる校舎などがあり、それぞれがそのまま派閥になり各校舎がそれぞれの名を名乗り分かれているらしい。

 そして入学には一般入学と特別入学があり、一般入学は特資入学と呼ばれる金を積んで入学免除されるものと、それよりは金がかからない代わりに年一回の試験で一般教養の他に魔法や剣技等を披露して入学を認められる者がある。そしてその試験は先月終わった為に、金を積んでの入学と思われた様だった。そうして入学を認められた人達は自分たちで何処に所属するか選ぶそうだ。

 特別入学は紹介者が必要になる。紹介者は各校の代表等に願う事ができる者であり、同時に紹介者は保証人になる。つまりある程度の有力者になると言える。そして認められ入学した者は、ほぼそのまま繋がりのある所に所属する事になる。

 エリミア様は勿論後者。夜行人種の多くが集まる学校「ゲンロ」の魔法科になるとのことだ。

 そして僕は一応師匠からの紹介状があるので特別入学の可能性があるのだけれど、問題は師匠が誰と知り合いなのかということ、そして紹介状の名前が師匠じゃないということだ。よりによって名乗った名前が先代竜王「ルーデン」と人類最強と言われる武聖「イオシス」。そして宛名がキクノ学園学長「リエール」。胸から出した紹介状の包みを開いてみて皆で苦笑いしか出なかった。それでもエミリアが提出してくれるとのことなので任せるしか無い。

 「駄目だったら一年間どうしよう。」

 最悪エミリアの寮の隅に住ませてくれると言ってくれたし、冒険者家業をして稼ぐしかない。

 とりあえず二日後に顔を見せる約束をしておっさんと冒険者ギルドに顔を出す。生存報告と逃げた商人達と連絡を取る為だ。

 ちなみにおっさんは朝普通に目を覚まし、見張りが出来なかった事、出発に気付かなかったことを謝っていた。一夜の出来事は夢の中のことだと思っているらしい。

 他の街で見たよりも多少小綺麗で広い冒険者ギルドに入ると、さっそくリーダーをしていた狼の獣人を見つけた。

 「よかった。無事だったか。」

 丁度、連絡を残しに来た所らしい。

 もう一人の安否を聞かれて逆に逃げた事を伝えると手前の街に連絡するようにし、商人に預けていた荷物を持って来てくれた。逃げた事が後ろめたかったのか護衛の報酬もくれたのはラッキーだ。思ったよりも早く用事が終わってしまったので衛兵の詰め所へと顔を出す。

 捕まえた獣人を突き出した際に後で顔を出す様にと言われていたからだ。おっさんと自分とエミリア達と獣人。その話す内容に異和は無く、ここでもあっという間に解放された。

 暇になったので街をふらつきながら宿を探す。

 「申し訳ございません。」

 何度聞いただろう。何処も満室だ。安い所も中堅の所も。どうやら一般入学にあわせて特別入学者もやって来て本人だけでなく従者や家族等、供の為に宿が塞がっているらしい。高い所は知らないけれど・・。

 宿を諦めて先にご飯を食べる事にした。食堂やレストランも多いけれど、それよりも多いのが屋台。中央の通りに出ると屋台が立ち並んでいる。とりあえず鼻が引き寄せられた串焼きを二本買い頬張りながら歩く。果実酒のソーダ割りを飲みながらふらついていると日が暮れて来た。

 灯がつき、そして徐々に通りに人が増える。

 「すごいなぁ。」

 はじき出される様に道から外れると人目が切れた所で飛び跳ねる。壁を蹴りながら屋根の上に上がる。

 見下ろす大通りの屋台は灯を付け、人はすり抜ける様に歩く。がやがやと喧噪は止む事が無い。

 「祭りよりも凄いな。」

 師匠と暮らしていた山の中はもちろん麓の町の祭りと比べても雲泥の差だ。

 買っておいたポテトフライを摘みながら町を眺めていても飽きる事が無い。どれくらい経っただろう。月が昇っても全ての店が閉じる事は無く夜の町の喧噪を伝えている。

 「夜でも明るいなんてここは凄い所だな。」

 「何処の田舎から来たのかはわからないけれど、貴方は何をしているのかしら。」

 何度目かの独り言に質問があった。

 後ろに人が居たのは気付いて居たので慌てずに答える。

 「見学。凄いもの。君もそうじゃないの?」

 十分くらい前から後ろに居たので、てっきり同じ様に町を眺めているものだと思っていた。

 「違うわ。貴方を観察していただけよ。」

 「ふーん。」

 特に気にせずに町へと目と落とす。

 「ふーんじゃないの。貴方の田舎では人の家に勝手に入って良いのかしら?」

 声質がわかった気がする。

 「あんまりよろしくはない。」

 師匠に寝込みを教われた事は何度かあったけれど。

 「何故よろしくない事を堂々としているのかしら?」

 「だってここ屋根だろ?それに君も同罪だ。」

 「屋根でも人の家なの!それに私は変な男が屋根の上に居るからなんとかしてくれと言われたのよ!!」

 怒らせてしまったらしい。

 「あーごめん。今降りるから。」

 ポテトの袋を丸めてポケットに突っ込んで立ち上がる。

 「そうだ。この街詳しいのでしょ?」

 「いきなり何よ。」

 「だって人に頼まれて来るくらいだ。それに空も飛べるみたいだし。」

 「貴方気付いて居て無視していたのね。」

 そう十分前に現れたのは空からだった。

 「まぁ飛んでくればわかるよ。それで聞きたいのだけど野宿できそうな所、無いかな?」

 「あんた宿無しなの?」

 怒るよりも驚いたらしい。

 「なんか宿は一杯でね。」

 「この時期に予約無しで来るなんて本当に田舎者なのね。もう呆れるしかないわ。」

 そう言うとわざとらしく大きく息を吐く。

 「田舎者なのは否定しないよ。ここの事もほとんど知らないで来たし。あの辺の森とかどうなのかな。」

 もう暗くなってわからないが、この街は街の中に森や湖があったのだ。

 「あそこはオブリとブレンスの敷地よ。」

 「オブリ?」

 「獣人達の学校よ。そんな事も知らないの?」

 益々呆れられてしまった。

 「じゃあ、あっちの湖とか空き地とかも駄目なのか。」

 「勿論、多分シーネスとガーツのことだと思うけど学生以外が勝手に入って寝泊まりしていたら叩き出されても文句は言えないわよ。」

 「つまり野宿するなら?」

 「塀の外ね。」

 街の中で野宿するのは駄目らしい。

 「でももう閉門したわよ。」

 そりゃ夜には閉まるだろう。

 「道で寝ていたら駄目かな。」

 「道で寝ていたら邪魔じゃない。それに風邪もひくし泥棒にあうわよ。最悪命まで取られるでしょうね。」

 人通りの多い所では寝られないし、少ない所は危ないか。

 徹夜を覚悟するか。

 「街の裏まで探せば空いている宿もあるかもしれないけれど、今からじゃ遅いわね。それにお金も持ってなさそうだし。」

 マリアさんといいやはり僕は貧乏人に見えるのかな。

 「まぁいいわ。付いていらっしゃい。」

 僕が心に傷を負っている間に妙案が浮かんだらしく、彼女は屋根から飛び降りた。

 「早く来る!」

 下から声がするので覗いてみると、なんで付いて来ないのかおかんむりだ。

 ほっとくと口から火を吐きそうなので大人しく後を付いて行く。歩くスピードは速い。他の人の小走りくらいはある。そして彼女の前には道が開く。声をかけて来る人が居る所を見ると別に恐れられている訳じゃないのだろう。

 

 そして今、一軒の屋敷の前に居る。正確には玄関前だ。

 「マーサいる。」

 彼女が声をかけると初老の女性が何人かの女性を連れて出て来た。

 「一晩この田舎者を泊めてあげて。」

 「私も泊まるわ。いつもの部屋はあるわよね?」

 後ろに控えた女性が奥へと消えていく。準備しに行ったのかもしれない。

 「いいのか?何なら庭先を貸してくれるだけでも。」

 明らかにこの屋敷と自分は不釣り合いだ。

 「庭先で何て寝られるくらいならベッドで寝なさいよ。地面が好きな訳じゃないのでしょ。」

 「ほら、よくわからない男を泊めて問題起こすかもしれないだろ。不埒な真似をしでかすかもしれないだろ。」

 「するの?」

 半眼で睨まれた。恐い。

 「いや、するつもりは無いけれど。」

 「じゃあ問題ないじゃない。それに何かしようとしたら私が文字通り叩き出してあげるわ。」

 鼻で笑われた。

 「それよりも貴方がするべきなのは、マーサと私に感謝をすることよ。」

 胸を張って堂々と言われるとそんな気がするのはなんでだろう。

 大人しく頭を下げる。

 「トラ・イグと申します。山川で育った田舎者ですが一晩お世話になります。」

 「変わっている名前ね。私はエルザ。こっちは乳母のマーサ。精々感謝しなさい。」

 それだけ言うと高笑いでもする勢いで部屋の中に消えて行った。

 「こちらへどうぞ。」

 案内されたのは二階の角部屋。今まで見た事無い上質なベッドとカーペット。それに調度品の数々。自分の汚れた体で横になるのは申し訳ない気がする真っ白なシーツをおそるおそる撫でているとノックされた。

 「はい。」

 何も悪い事をしていないのに手を後ろに隠してしまう。

 「お風呂が湧いております。」

 つまり汚いから入れと言う事だろうか。慌てて唯一の着替えを手にしてメイドさんの後を付いて行く。

 「こちらでございます。お済みになられましたらお手数ですがベルを鳴らして下さい。」

 「わ、わかりました。」

 獣人達と戦ったときよりも緊張する。

 「それでは。」

 「待って。」

 戸を閉めようとするメイドさんを呼び止める。

 「何か。」

 「これを。」

 腰にさしっぱなしだった刀と脇差しを差し出す。お世話に成る身としてせめてもの信頼をしめしたつもりだ。

 「お預かりします。」

 恭しく両手に受け取り下がるメイドさん。両手が塞がっていたのに静かにドアが閉まったのは何故だろう。

 服を脱ぎ湯殿へ入る。その大きさは一般の宿の三倍はある。体と頭を洗い、久々に湯船に入ったのに妙に疲れてしまった。

 どれだけ凄い風呂だったかはそこから想像して欲しい。

 風呂を出ると用意されていた服に着替える。どうやら着替えは汚いと判断されて着ていた物と一緒に洗濯へ回った様子だ。残されていた脇差しだけを手にベルを鳴らすと直にメイドさんが現れた。

 「こちらへどうぞ。」

 案内された先にはマーサさんが一人で紅茶を飲んでいた。

 「何から何までありがとうございます。」

 「いえいえ。」

 その柔和な笑顔で本音が見えない。

 「お嬢様がお見えになられるまで少しお待ち下さい。」

 マーサさん手ずから入れてくれた紅茶を飲んでいると直にエルザが現れた。

 「ちょっと付合いなさい。」

 言われるがまま隣の部屋に行くとテーブルの上に料理が並んでいる。

 「私は夕食まだなのよ。」

 串焼きとポテトしか食べてないし、成長期の腹断る訳が無い。エルザはよく食べる。その細い体の何処に入るのだと言うくらい食べる。2kgはありそうなステーキを一気に食べて一息ついたのか、葡萄酒を飲み干してこちらを向いた。

 「遠慮しないで食べなさい。それで明日からどうするつもり?ここに来たということは何処かに入学したいのでしょ?」

 遠慮しているつもりは無いが、エリザの食べる量を前にするとそう見えてもしょうがない。

 「とりあえず知り合いを捜して、紹介状の返事待ちかな。」

 「紹介状なんてもっていたのね。それで誰に出したの。」

 エルザは食べる手を止めずに聞いて来る。

 ちなみにマーサさんは一切手を出さずにお茶を飲みながら話しを聞いている。

 「キクノ学園学園長。」

 「リエール?」

 エリザの食べる手が止まった。

 「確かそんな名前。」

 うろ覚えである。

 「キクノ学園学園長を名乗れるのはリエールだけよ。トラは竜族に見えないけれど紹介してくれた人は竜族なのかしら。」

 「いんや。竜族の人と話したのはエリザさんが二人目だよ。紹介状を書いたのは多分師匠。」

 「有名な人?」

 「さぁ?変な人ではあったけどね。」

 変わり者ではあったけれど有名かどうか言われると怪しい。

 「紹介状を出してくれたその知り合いを聞いても?」

 「いいよ。ゲンロって所に入るエミリア。」

 「エミリア?エミリア・ヴィゴード??」

 体を乗り出して聞いて来る。

 「多分その人。知っているの?」

 「彼女は今年の入学生の中では特に有名よ。トラはよくそんな有名人と知り合いね。」

 「まぁちょっとあってね。」

 途中で襲撃された事をかいつまんで話す。ついでに紹介状の偽名の事も。

 「偽名で紹介状書いても意味が無いと思うけど。」

 「僕もそう思うよ。」

 ましてや武聖や元竜王なんてばれるに決まっているし。

 そこにメイドが一人やってきてエリザに耳打ちした。

 「トラに客よ。それは血だらけにしないでね。」

 言葉と共に預けていた刀を渡された。


 玄関を出ると門を背に一人立っていた。

 「あの時の・・。」

 エミリアを襲撃した隊を率いていた獣人だ。

 周りの気配を探るが他に居る様には感じない。

 「ここは人の家なので争いたくはないのだけど。」

 敵討ちだろうか。

 「いや、争う気はない。」

 あの時持っていた剣も持っておらず、殺気も感じない。

 「巻き込んだのは我々だ。」

 「敵を討つ気はないと。」

 「戦士の戦いに敵討ちは無い。そもそもお前は一人も殺していない。」

 確かに止血もしておいたし、ちゃんと治療をすれば死ぬことはなかっただろう。

 ならば何故エリミア達を狙ったのだろうか。

 その心の内の疑問への回答は勿論無く、男は静かに膝を付くと頭を下げた。

 「戦士達の扱いと命を取らなかったことを森の戦士を代表して感謝する。」

 「僕の斬った人も居たし。」

 「そこは関係ない。我らが望んだ戦いで有り、たとえ命を無くそうとも別の問題である。我らの事はわかりにくいかもしれないが・・。」

 「いえ、僕・・」

 そんな事を言う所じゃないと思い直し刀を胸の高さまで持ち上げる。

 『オギュ・ウィーデ・レンド』

 その言葉に男は一瞬頭を上げ、直に頭を下げる。

 『シュー・レ・ゴース』

 頭を上げ立ち上がった男はもう何も言わない。

 門の前まで行くと振り返り胸を張る。

 「夜分に失礼した。しかし今夜は彼に謝意だけは伝えておきたかった。」

 「いいわ。頭を下げる虎の獣人なんて珍しいものも見られたし、女性の所に夜押し掛けた失礼は見逃してあげる。」

 「感謝する。」

 そうして男は夜の街並に消えて行った。

 「あれは何だったの?」

 「あれ?」

 「何か言っていたじゃない。」

 玄関には入らずに腕を組んで聞いて来た。

 「彼等の古い言葉だよ。「緑の風の導きを」と僕が言ったら「祖霊の祝福があらんことを」って彼がね。」

 彼等の挨拶だ。祝福を与えることは許すことでもあると以前聞いたことがあった。

 「ふーん。彼等の古い言葉なんて良く知っていたわね。」

 「あれだけだけどね。」

 昔、酔っぱらった師匠の友人に教えてもらった。

 なにか考えている様なエルザと部屋まで戻ると食事は既に片付けられていた。

 お茶を飲み解散する段階になってずっと黙っていたエルザが口を開いた。

 「明日も泊まりなさい。リエールお婆様に聞いて来てあげるわ。」

 「知り合いだとは思ったけれど孫だとは・・。」

 竜族は数が多くはないので同じ都市に居る以上は知り合いだとは予想できた。

 「おやすみなさい。」

 「おやすみ。」

 彼女の背に声をかけ、メイドに案内されて部屋へと戻る。

 部屋は相変わらず緊張したけれど、今まで味わった事の無いベッドに入り込むと、あっという間に眠りに落ち、そのまま黄金の夢を見た。


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