ウィゴード城での日々。
「「ありがとうございました。」」
城の中庭で朝の鍛錬が終わる。これから朝食だ。
「午後からもお願いします。」
セシリアの言う通りに午後から再び稽古が始まる。朝の鍛錬はシスに頼まれていた事で、エルザとセシリアを相手に稽古をする物だが、午後からはウィゴード国の何人かの騎士も相手にするので少し気が重い。これは朝の鍛錬に中庭を使わせて欲しいと頼んだ所、幾人かの見学が付き、終いには稽古を一緒にする事になってしまった所為だ。
ちなみにセシリアを呼び捨てにし始めたのは、妹弟子になったからである。旅に出て幾分と親しみを持ち始めたせいか、エルザと同じく呼び捨てにしてくれと本人から言われたのはミスティ共和国を出た後だったと思う。
稽古の無い午前中は何をするか。
鍛錬だ。
ただし、魔法のとなる。
これを受けるのはエミリアと僕。指導するのはチビ姉ちゃんだ。
午前中なのは体力気力が充実しているうちに行う為であり、その為に剣の稽古の前に行う事になっている。
指導と言っても特に何かを指示される訳ではない。エミリアの部屋でチビ姉ちゃんは椅子に座って本を読み、エミリアは自然体に立ち目をつぶり、僕は地面に座って虚空を見詰めている。
エミリアの部屋でやっている理由は3つ。一つは防音の魔法がかかっているため邪魔にならないという事。(内外共に。)二つ目は、ある程度広く落ち着けるという事。三つ目はカイゼルさんが僕の部屋にエミリアを連れ込む事に拒否反応を起こした事だ。
さて、何をやっているのかと言うと、チビ姉ちゃんは文字通り本を読んでいる。ページをめくる動き以外は、たまに顔を上げて僕達を確認するくらいだ。
エミリアは魔力の制御。チビ姉ちゃんの指導を受ける前にはある程度の制御をできていたけれど、無意識のエナジードレインを防ぐ為には、少なくとも僕レベルまで制御できなくてはいけないらしい。その為エミリアは自分の魔力と向かい合い、魔力の放散を必死に押さえている。
僕も通った道なのでわかるけれど、この放散を押さえるのが一番厄介だ。ある程度の制御は比較的簡単にできる。それにこの放散を完全に押さえる事ができる様になると、無意識での魔力放散量が減る。それを突き詰めて行き、無意識での完全なる魔力制御がエミリアの目指す所だ。その為、この数日はひたすらにエミリアは自分と向かい合っている。
チビ姉ちゃんが居るのは進捗の確認と共に、万が一エナジードレインが暴走した時に押さえる為である。これは研究の成果があって、魔法陣ではなく魔法としてチビ姉ちゃんが作り上げた。もっとも、緻密な魔力制御が必要になるので今の所チビ姉ちゃん以外に使える人はいないが・・。
最後に僕がやっている事はエミリアの目指す所から更に発展させたものだ。
いざ放出系魔法を使える様になった僕にチビ姉ちゃんが課した事は二つ。
まず一つ目は、さらなる魔力の精密操作。これは人族が魔法を使う上で必要になる事だけど、その精度を上げる事により、より効率的な魔法の行使が可能になり、消費魔力を下げ威力を増す事ができる様になる。
そして二つ目が、魔力の吸収である。これはヴァンパイアを代表とする夜の一族の専売特許だとおもうのだけど、チビ姉ちゃんが言う所によると違うらしく、その理由は、そもそも固有魔法であるならば魔法陣による魔力吸収ができる訳がないとのことだ。と言っても、魔法陣ではなく魔法として行使するには、必要魔力に比べて効果がでない為、今までは見捨てられて来た魔法である。つまり効率が悪いのだ。
その効率を補う為に魔力操作でなんとかしろという。無茶苦茶だ。魔法の行使も魔力操作ではないかと言う僕の意見は無視された。
もう一度言う無茶苦茶だ。
ただし、その無茶苦茶をチビ姉ちゃんが提案したことには理由がある。それは僕が人族である事だ。人族である事は一回あたりに生み出す魔力量も低ければ、生涯魔力量も少ない。僕やシスは魔力制御の恩恵により日々消費する魔力量を減らす事に成功し、しいては寿命の延長にも成功しているが、僕が放出系の魔法を覚えた事により再び魔力消費が問題となった。ならシスと同じく放出系魔法を使わなければ良いのだけど、チビ姉ちゃん曰く、「折角使える様になったのにもったいない。」「トラにはなるべく長生きして欲しい。」とのことだ。
魔法の威力が上がる上に寿命が延びると言われては、無茶苦茶といえどもやらざるを得ない。それに、長生きして欲しいなんてベッドの上で囁かれたら頑張らない男は居ないと思う。
その無茶苦茶に答える為に今やっているのは、魔力制御を意図的に緩めて空中に溶け込もうとする自分の魔力を再度取り込もうとする作業である。しかしこの数日ではまだ成功していない。
ただ、きっかけは掴めたかもしれない。自分から離れつつある魔力を更なる魔力で覆う様にすると混ざりくっついたのである。一の魔力を回収するのに三十程使うので、大分効率は悪い上に、体内には戻せず体を覆う魔力の一部となるのでまだ先は長そうである。
そんな訳で三人何も発せずにひたすら時間が過ぎて行く。
端から見たらぼーっとしている様に見えるかもしれないけれど、精神も神経もごりごり削られているということはわかって欲しい・・・。
午後の稽古はいつの間にか二十人を超えており、中庭から騎士の訓練場を一つ借りる事になった。こちらは精神的にはきつくない。何故なら、僕は騎士に教える様なガラではないし、そもそも騎士の皆さんは自分たちなりの稽古方法を確立しているため、お互いの刺激の為の交流という側面が大きいからだ。
まずは、皆それぞれ組み立ち会う。その後には複数対複数や、一対複数の立ち会いをする。これは普段できない事なのでエルザやエミリア共々良い経験になる。
最後は皆と一対一の立ち会い。複数ならまだしも一対一で身体強化無しの立ち会いだとシスはともかく、僕のことも越える実力の持ち主は居ないので相手に取っても良い経験になっている様だ。もっとも若手の騎士が集まっている分、実力者・上位者と言われる人は少ないのかもしれないけど。
稽古の後にそれぞれと会話を交わし、アドバイス等をすると解散となる。
その後に風呂、読書、食事、ベッドと続く。
そんな日々がこの十日程続いている。
「休む。」
ある日の夕食が終わり、翌日の予定をエミリアに確認されて思わず言ってしまった。
「お休みですか?」
「今が夏休みじゃない。」
エルザは「何を言っているの?」と言った表情だ。
そう言われても休んだ気がしていないのだからしょうがない。
「それに観光もしてない。」
二回街の中央通りを通っただけだ。それもロクサーヌさんの食材選びに付合っただけ。
「それもそうですわね。私はあまり出かける方ではなかったので気にしていませんでしたけど、折角来ていただいたのですから、我が国のことも色々と知ってもらいたいですね。」
エミリアが引き蘢りだったのかと一瞬思ったけれど、今それはどうでもいい。エミリアが賛成してくれている事が重要だ。
「私も落ち着いて来ましたし、明後日から少し出かけましょうか。」
エミリアが馬車等の準備もしてくれるらしい。
「皆さんはどうします?」
エルザは稽古をしたそうだったけれど、セシリアまで賛成したので、エミリアの提案にチビ姉ちゃん以外の面々も行くことになった。チビ姉ちゃんは本の続きを読んでいるそうだ。
翌日の稽古は全体的に集中してできたのは、僕が単純な所為だろう。
タイトルの書き方も変えようかな・・・。




