ウィゴード城一日目。
エミリアの言う通りに街の様子は全く異なっていた。
次に着いた街は堅牢な城壁に囲まれており、見える範囲は森、そしてその森すら監視する様に櫓や尖塔が幾つも立っている。
一歩街の中に入ればそれなりに商人が集まり活気に満ちているけど、城壁は高く、兵の数も多い。
「やっぱり獣国に対する備えなの?」
街の様子を見てエルザがエミリアに聞いている。獣族はほとんど居ない。
「いえ、他国との戦争の可能性と言うよりは森の魔物に対する備えが大きいのです。」
森の中を抜ける街道にも兵の詰め所が転々とあり、いざ魔物が現れたときは道行く人を守ってくれるらしい。もっとも、僕達は主にエルザの活躍で兵隊さんのお世話になる事は無かったけど。
森の中の街道を行く事二日。段々と霧が出て来た。
「そろそろ着きます。」
マリアさんが御者席から知らせてくれた。
街に近づくに連れて霧が濃くなるらしい。道行く人達も慣れている様子で進んでいるので問題は無いだろう。
「見えて来ました。」
馬車から顔を出すと、霧の先には黒い影。それは街の入り口で、あまり高くない塀がその周りを覆っている。
待たされる事無く街の中へ入ると霧は大分薄くなった。
「まずはお城へ参ります。」
街の様子も気にはなったけれど、マリアさんの指示に従って城へと向かう。
お城は街の一番奥にあり、その背中には湖を背負っている。霧はその湖から漂って来ている様だ。
「綺麗なお城ね。」
「湿気にやられないのかしら?」
エルザとロクサーヌさんが何やら話している。
「霧の事をお気にされているのなら、大丈夫ですよ。中に入ってもらえばわかります。」
城門も馬車でくぐり、正面口に馬車が着くとすかさず兵がドアを開けてくれた。
「エミリア様と御学友様の御着きです。」
馬車も兵が避けておいてくれるらしいので、そのまま先へと進む。
城の中は品のある魔導ランプが至る所に有り明るく、その灯を利用して美術品が適度に並べてある。
「確かに湿気は無いわね。」
「過ごしやすいです。」
「なんでも、この城を立てた時に魔法によって守られる様にしたそうです。街の方にも結界があるので以外と住みやすいのですよ。もっとも、その所為で街を広げられないと言うデメリットもあるのですけど・・。」
城の作りや美術品に着いてエミリアの説明を受けながらどんどんと先へ進む。
「こちらです。」
それまで一言も話さなかった兵が立ち止まり一言だけ発した。
「ありがとう。」
「はっ。」
やり取りを見ているとエミリアがお姫様なのだと改めて思う。
扉の前に立った兵隊がエミリアに確認して扉を開けてくれた。
「やあ。皆さん良く来てくれた。エミリアもおかえり。」
出迎えてくれたのはカイゼルさんとウェルキンさん。
「長旅で疲れただろう。ここに滞在の間はこの城を自分の家の様に使ってくれて構わないからね。ただ、ちょっと今忙しくてあまりお話はできないのだけど、夜には休ませてもらうから一緒に食事を取ろう。」
奥の机には書類が積まれている。
「色々と出かけていた分、目を通さなくてはいけない物が多くてね。あれでも大分減ったのだよ。」
そういうカイゼルさんの目の下にうっすら隈ができている。
「それと妻と息子も会いたがっていたから顔を出してあげて。」
それ以上居るとカイゼルさんが話しをやめそうも無いので早々に辞去し、エミリアの案内で次の部屋に移動する。
どうやら城の中央と左は国の運営の為になっているらしく、右手がエミリアたちの住居らしい。
そんな住居となっている部屋の一つに入ると、妙齢のきれいな女性と大人しそうな少年が待っていた。
「お姉様お帰りなさい。」
エミリアに一目散に駆け寄って来た男の子。
「こら、皆さんにご挨拶をして。」
「すみません・・。」
エミリアに一度抱きついた少年は離れると、こちらに一礼して挨拶をしてくれた。
「ウィゴード国第一王子サキス・ウィゴードです。皆さんのお話は姉からうかがっております。」
「皆様ようこそおいで下さいました。エミリアの母のメントール・ウィゴードです。」
二人に挨拶を先にされて慌てて皆挨拶をする。幾つか会話を交わし、次はマリアさんの案内で各々部屋に案内してもらった。
僕達が居なくなったことでエミリアもゆっくり家族と話しができるだろう。
部屋に一度入って荷物を置くと早速隣の部屋に行く。さっきメントールさんとの話しでチビ姉ちゃんが既に来ている事を聞いたから挨拶がてら顔を見るつもりだ。
コンコンコンコン
「どうぞ。」
「チビ姉ちゃん。」
「ん。トラ。お久。」
部屋は書物の塔が幾つも並び、机の上には紙が散乱しているし、机の下にも何枚か落ちている。
「何時から?」
この様子じゃ二・三日という事もあるまい。
「手紙を届けて直に。」
「そう・・・。」
最初に一度こちらを見たきりでその後はこちらを見ない。
(今のチビ姉ちゃんには何を言っても無駄だな。)
そう判断して部屋を出る。
部屋の外で会ったエルザにもそう伝えておいたところ、皆が僕の部屋に集まった。暇だったらしい。
部屋の調度品から始まり、霧やそれに対する魔法、兵の実力や終いにはメントールさんの肌の綺麗さまで話題は尽きない。
話しを続けていると部屋がノックされた。
「はい。」
「失礼します。」
ドアを開けて入って来たのはメイドさん。
「お風呂の用意ができております。」
他の部屋にもそれぞれメイドさんが向かっていたらしく、エルザ達の姿を認めて他のメイドさんもやって来た。
「ありがとう。さっそく入る?」
皆が頷いたので着替えを持って案内してもらう。男湯と女湯は分かれているので別々にだ。
大浴場というわけではないけれど、程々に大きいお風呂は基本石造りで鏡や彫金、植物などによって飾られている。
「掃除が大変そうだな・・。」
「お客様用のお風呂なので普段は湯を張っていませんので、それほど大変ではありません。」
「へ?」
振り返った先には先程のメイドさん。ただし服装は変わっており、胸元と下半身を隠すだけだ。
「お背中をお流しします。」
「え・・。」
「どうぞ。御迷惑でしょうか?」
「御迷惑じゃありません。」
慌てて座る。
その様子がおかしかったのかクスクスと笑いながら背中から洗ってくれる。途中軽く触れるくらいならまだ問題なかったけれど、頭まで洗ってくれた時はさすがに照れた。だって何故か正面から抱きかかえる様に洗ってくれたのだから。当っているのですよ。胸が顔に。そりゃ反応しちゃうのもしょうがないでしょ。
頭を流すと急いで湯船につかった。
「お洋服は洗濯させていただきます。」
それだけ言ってメイドさんは出て行った。笑っていた様に見えるのは気のせいではなかったと思う。
夕食は滞りなく進んだと思う。カイゼルさんが遅れて来て、早めに戻っていたのを問題ないというのならだけど。よっぽど仕事が押しているのだろう。
その席で話しに上がった獣国への訪問はカイゼルさん達が色々と調製してくれるらしいので、もうしばらくはウィゴード国に滞在する事になった。
エミリアとの別れが延びてサキス君が喜んだのは言うまでもない。




