ミスティ共和国にて。「リエールさんのお願い」。8月9日。
約束の時間に役所を尋ねると直に案内された。
途中控え室でエルザ達を分かれて一人になる。
「失礼します。」
案内してくれた女性がドアを開けてくれたので一礼して部屋に入る。
「ようこそ。手紙は読ませていただきましたが、まずは自己紹介をさせて下さい。私は青年部代表のナツ・イシー。こちらが長老衆代表のタチ・リーン。」
正面に座った青年が右手のお爺さんを指し示す。
「よろしくのぅ。」
「こちらは婦人部代表のラキ・サングリー。」
左手に座った女性が微笑んでくれる。
「そして俺が親方衆代表のムラマ・サングリーだ。」
最後に残った男性が立ち上がって握手を求めてくる。
「よろしくお願いします。トラ・イグです。」
握手に答えると、いきなり手に力を入れてくる。放っておくと握りつぶされそうな程強いので、手首をひねって握手をほどいて手を戻す。
「やるな。」
ニヤリと笑うムラマさんとは対照的にラキさんは呆れ顔だ。
「そんなのは放っておいてどうぞ座っておくれ。」
ムラマさんが何か言いたそうだけど、良いのだろうか?
「座っていただかないと話しもできませんから。」
ナツさんにも進められて一番近い椅子へと座る。
「さて、リエール様からのお手紙拝見させていただきました。トラさんは内容をご存知という事でよろしいのですよね?」
「はい。」
頼まれた時に教えてくれた手紙の内容は、今まで何度かリエールさんと話したことだ。
タタラの時に端を発したこの話しはキクノ学園に鍛冶の学校の創設、若しくはどこかの学校に併設させようというものだ。ルガードさんやリエールさんとの話し合いには何故か何度も参加させられて来た。
「今までも何度かお話をしているので私としては問題ないと考えていますが・・・。」
ナツさんがムラマさんをチラリと見た。
「うちの碌でなしだけ賛成してないのさ。」
「誰が碌でなしか!」
「鍛冶場に籠ってばかりで家には帰って来ない。ケイトが生まれた時もトルテが生まれたときも鍛冶場に居たのは何処の誰だい?」
名字が同じなので薄々思っていたけれど、この二人は夫婦らしい。
「二人共止めんか。客人の前だぞ。」
タチさんの一声で二人共浮いた尻を再び椅子へと落とす。
「トラさんや。儂らは四人での合議制を取っておる。じゃが多数決で決めている訳でもない。勿論最後まで意見が合わぬ時もあるが、その時もなるべく意見をすりあわせる事にしておる。」
「しかし今回は擦り合わせ云々の前段階で反対意見があってね。」
ラキさんがムラマさんを見る。
「じゃが、その意見も最もだとも儂らは考えておる。」
つまりその意見がクリアされないと話し合いにもならないという事か・・。
「その意見をうかがってもよろしいでしょうか?」
リエールさんはそんな事一言も言っていなかったけど、何か理解に齟齬があったのだろうか。
「うむ。ムラマが言うのが良かろう。」
「一言で言うとな。」
「はい。」
「へっぽこ若造達に打つ武器は無い。」
「はぁ・・。」
一言で言わないで欲しかった。
「言葉は悪いけど、「実力の無い学生にちゃんとした武器を渡す必要があるのか」とムラマさんは言いたいらしいよ。」
ナツさんが補足してくれた。
「実力が釣り合わぬ武器を使い駄目にされると腹立たしいし、そもそも武器の性能をそいつの実力と勘違いされたらお互いに良い事は無いだろう。さらに言わせてもらうとな、修行中の職人の作品を使ってくれるのはありがたいが、そこにお互いの信頼が無けりゃ実力も伸びねぇ。」
「つまり、色々と条件を決める前に君たちの実力を見せて欲しいのさ。」
「と、いうわけで用意はしてある。移動するぞ。」
ムラマさんがさっさと立ち上がって部屋を後にした。
「ま、付合ってやってくれ。」
「すまんのぅ。」
他の三人も立ち上がり移動し始める。
「リエール様が問題ないと太鼓判を押した腕、見せてもらうよ。」
どうやら僕に拒否権は無いらしい・・・・。
ナツさん達と移動した先は役所の裏手にある石畳の広場。役所を除く三方が塀で囲まれており、打ち込み様の案山子が三つ程並んでいる。
「何が始まるの?」
エルザ達は先に案内されたようで既に待っていた。
「なんか実力を見せないといけないらしいよ。ちなみにリエールさんの許可済み。」
「お婆様ったら何も言わないで・・・。」
エルザが諦め半分に言う。確かに前もって言っていて欲しかった。もっとも前もって言われたとしても、結局こうなっていた気がする・・・・。
「まずはこいつを相手にしてもらおう。」
ムラマさんが鎧を着た案山子を叩く。
「ぶっ飛ばせば良いわよね?」
エルザが一歩前に出る。なんだかんだ言ってやる気はあるようだ。只単にさっさと終わらせたいだけかもしれないけど。
「おっと。嬢ちゃんはダメだ。それとそちらのお嬢さんもな。」
エルザだけでなくエミリアもダメらしい。
「何故なのかを聞いても良いわよね?」
「嬢ちゃんはリエール様の孫だろ?竜族って聞いている。そちらのお嬢さんは真祖のヴァンパイア。学園の生徒の技量を見たいのに潜在能力が高い二人じゃ意味が無い。それに魔術師の攻撃も今回意図する所と違うからな。と、言うわけで三人に頼む。」
「セシリアさんとトラって全然平均的な技術の持ち主じゃないと思う・・。」
エルザが何か言っている。確かにセシリアさんはガーツ校の十剣だし、僕も平均より上だと思うけど向こうがそれで良いと言っているのだからあえて訂正するつもりは無い。
「私もですか?」
「ああ。料理が専攻とは聞いているが一応な頼む。」
案山子が三体なのは前もってやる人間が決まって居たからという事だろう。エルザも僕と同じ結論に達したのか口を閉ざしている。
「どのようにしたらよろしいでしょうか?」
セシリアさんが剣を抜きながら尋ねる。
「そうだな。これを人だと思って殺してみてくれ。」
「わかりました。」
セシリアさん。ロクサーヌさん。僕の順で案山子を相手にする事にした。
「参ります。」
セシリアさんは相変わらず素早い動きで踏み込み剣を突き、薙ぐ。いずれの攻撃も性格に鎧の隙間を打っている。
「はっ。」
最後に兜の隙間に剣を突き刺して開始の位置へと戻った。
「お見事。」
ナツさんの言う通り見事に案山子は達磨になっている。腕は付け根から落ち、足もまた地面に落ちている。無事な胴体も鎧を外せばボロボロだろう。
次はロクサーヌさんの番だ。
「えいっ。」
右手に持ったナイフを投げる。
「やっ。」
さらに左手のナイフも投げると同時に右手で腰からナイフ抜きさらに投げつける。
ナイフが最後の一本になるまで投げ続ける。幾つかは鎧の隙間に刺さるけど、大半は鎧に弾かれた。未だマリアさんの様に鎧を貫通するナイフ投げはできないらしい。
「えいっ。」
最後に残ったナイフを持って案山子の後ろから斬りつけると、案山子の右腕の肘から下が落ちた。何本かのナイフが刺さっていた所に斬りつけた事により、ロクサーヌさんの腕でも切り落とす事に成功したようだ、
「ありがとうございました。」
息を弾ませながらロクサーヌさんがムラマさんに目線を送る。
「うむ。」
ムラマさんが頷いた事で安心した様でナイフを拾い始める。皆も手伝い直に拾い終わった。
「トラ、思いっきりやっちゃいなさい。」
案山子の前に立つ前にエルザにそう言われた。
「リエール様の言もある。中途半端な物を見せてくれるなよ。」
リエールさん。何を言ったのですか・・・。
腕を切り落とすくらいでは駄目なのかもしれない。
(しょうがない。少し派手にやろうか・・・。)
心を決めていつも通りに強化し、鍔に手を置いたまま案山子に近づく。間合いに入り横に一閃、一歩進んでさらに一閃、そのまま案山子を通り越して最後は縦に一閃。
残心を残して一歩後ろに引くと案山子は地面に落ちた。
そこで納刀してエルザ達の元へ戻る。
「鉄の鎧を四つに斬り分けるか・・・。」
「最初の一撃は前面だけ斬り裂いたようですね。」
「鉄の断面をこうも綺麗に見せてくれるとは。」
ラキさん以外の三人が座り込んで鎧を調べている。
「鉄をこうも斬り裂くなら、他の素材に・・。」
「いや、刃筋が立たない様に弧を・・・。」
「兜を上から斬っているのだから弧は問題では・・・・・。」
何か話し合いが始まった。
「あの。」
返事は無い。
「ああなっちまうと長いから戻っておこうか。」
ラキさんの提案で控え室へと戻り、皆でお茶をもらう。
再び声がかけられたのは一時間もしてからだった。
「いや、試す様な真似をしてすまなかった。」
控え室に三人揃ってやってくると開口一番に謝罪の言葉がムラマさんから発せられた。取り合えずムラマさんの合格は貰えた様だ。
「それについつい話し込んでしまってすまんかったのぅ。久々に気分が高揚したわい。」
最長老のタチさんにも謝られては責める訳にも行かない。そもそもリエールさんが行けないのだという事にしておく。
「まったく。ドワーフの男はどうしようもないね。」
ラキさんにかかるとは長老も旦那も一緒くたらしい。
ムラマさんの反対もなくなり、後はリエールさんと細かい事を詰めるらしいので僕達はお役御免だ。その旨を書いた手紙をチビ姉ちゃんに任せて宿へ戻る。
まだ四日程予約してあるので出発は五日後の朝だ。それまでは女性陣は主に温泉へ、他にはムラマさんの紹介で鍛冶や鉱山を除いてみたり、武器屋を冷やかしたりして過ごした。
次に向かうのはウィゴード国だ。




