学園都市にて。「弟子入り。」7月8日。
既に日課となったエルザとの鍛錬。今までの型や素振りに追加して軽い打ち込みもしている。シスの指示もあって最近のエルザは力を使わない様にしている。
エルザの力は鍛えてあることと、種族的に強い事もあってそこいらの人相手では力だけで勝てる程だ。だから今までの剣は切れ味よりも頑丈さを優先して叩き潰す戦法が多かった。けれどもシスの手ほどきを受ける様になって、当たらない敵や竜族の鱗を切る事ができる敵、鱗を無視してダメージを与える事ができる敵の存在に対しての対抗手段として、剣術を一から鍛え直そうとしている。その為力を使わずに剣の重さや体の動きを見詰め直しているらしい。
「あっ。」
エルザの持っていた剣が飛ぶ。
「相変わらず振りかぶった時に力が入るね。」
上段からの切り下ろしをする時にエルザは力を入れやすい。今回はその所為で剣の初速が遅くなり、鋭さも無かった。
「今日はここまでにしよう。」
「ありがとうございました。」
「うん。」
エルザに面と向かってお礼を言われるのは慣れていないけど、シス曰く、剣においては僕の方が上に当るので礼儀は必要らしい。エルザも納得しているのでまぁいいだろう。
セシリアさんが来たのは朝食が終わってしばらくしてから。お腹もこなれて来ていたので軽く体を動かしてから立ち会う事になった。
「おねがいします。」
庭に立つのは本日二度目だ。
立会人と称してエルザも居る。それにタタラとオルカが木陰に座っている。この二人はこの立ち会いの後に用がある為だ。
「お手柔らかに。」
「参ります。」
セシリアさんが持つのはいつも腰に下げている細剣ではない。装飾も一切無いそれは訓練用に刃を落とした物で、真剣を嫌がった僕の為にセシリアさんがわざわざ持って来た。
細剣を片手で持ち進んでくる。一歩目は大きく、二歩目は足を次ぐ様に。けれども進む速度は変わらない。
「フッ」
脇を閉じて真っすぐに突き出される細剣を刀で弾く。これも訓練用に刃が落としてある。タタラが作ってくれた物で、なんでも刃を作らないで強度を上げてみた物だそうだ。
弾かれた細剣を素早く引き再び突いてくる。剣筋に同じ物は少なく、時に足を入れ替え何度も突き、時に薙ぐセシリアさん。そのしなやかな腕や足を充分に生かし直線だけでなく弧を描く様な事も多い。また、その狙いは正確で肘や肩、首などの関節部分を狙い、相手が鎧を着ていた場合にもダメージを与えられる様にと考えられている。
「はぁはぁ・・。」
(そろそろかな?)
一度大きく後ろに飛び、直に突撃してきた。突き出される剣には今まで以上の威力を感じる。
下段から刀を振り上げ、細剣と交錯する。
「参りました。」
セシリアさんの手に細剣は無い。その細剣は宙を飛び、地面に突き刺さる。
「蛇かしら?」
「うん。」
エルザには判った様だ。
「できる様になったのね。」
「少し考え直してみた。」
「蛇ですか?」
息を整えてセシリアさんは細剣を拾うとこちらにやって来た。
「グノーシス門下の技で相手の武器を飛ばす技みたいよ。でもトラは刀では使えないとか言っていたのだけど・・・。」
「基本から考え直してみたんだ。それにこの刀だったら歪んだりする事もなさそうだし。」
「どういうこと?」
「俺も聞きたいな。よっと。」
タタラ達が座っている木から飛び降りて来たのはシス。
「何時からそこに?」
「立ち会う前から居たぞ。」
「なんで・・・。」
わざわざ隠れなくても良いだろうに。
「なんとなくだ!」
「さいですか・・。」
「それよりも、考えとやらを聞かせてみろ。」
いざ聞かせてみろと言われて少し困る。
「今までは蛇という技があって相手の武器を弾いていたのだけど、弾くという事を蛇という技にしたという事かな?わかる?」
体の動きを口にするとどうも自分の中で齟齬が出る。
エルザもセリシアさんにも上手く伝わっていないようだ。唯一シスだけがニヤリと笑っている。
「続けろ。」
「なんというか僕の中で蛇は今までは棒術の技であって、その応用で槍や薙刀、剣なんかでも使っていたのだけど、杖の動きを他の武器で再現しようとすると、どうしてもその動きに歪みがでる。それが刀の場合武器への負担になっていたのだと思う・・・。」
「それで?」
シスが先を促す。
「そもそも相手の武器を弾くという事は刀にもあって、わかりやすい所だと擦り上げや叩き落とし、手元への攻撃がある。その動きの最適化が蛇だとしてみると、動き自体が変わるはずと思ってやってみたのだけど・・。」
「まだ歪みがあると?」
「うん。」
いざやってみると中々難しい。
「まぁ考えた事をすぐできるなら鍛錬なんかいらねぇからな。後は繰り返しやるのみだろう。それにしても馬鹿息子達にトラの爪の垢でも飲ませたいぜ。」
「一つ聞いても良い?」
「ん?蛇については大体合っているぞ。」
動いてみて気付いた事がある。折角なのでシスに聞いてみたい。
「もしかしてこう上からやっても蛇はできたりする?」
自分の持っていた刀を動かしてみる。
「そうだな。それも鍛錬あるのみだ。」
できるらしい。
「他の技に付いても考えてみろ。いつか俺様の様に様々な武器を使える様になるかもしれねぇぞ。」
確かに技にとらわれずに効果や動きから他の武器に合わせて行くと、それぞれにあった武器の使い方がわかるようになるかもしれない。
「時間はかかりそうだけど・・。」
「いいじゃねぇか。いつまでも考えていられるのは楽しいぞ。」
相手の動きも参考にできるとすると・・・・。
確かにいつまでも考えていられそうだ。
「さて、タタラの嬢ちゃん。できたと聞いて来たが?」
「は、はい。ちょっと待っていて下さい。」
タタラが工房へと走って行く。
「刀を取りに来たのですか。」
「まぁな。あとは稽古をつける約束だったからな。」
「お願いします。」
エルザが嬉しそうに頭を下げる。
「エルザがシスとやるなら、ちょっとセシリアさんも付合ってもらっていい?」
本来はセシリアさんとの立ち会い後にエルザと新しい刀のならしをするつもりだった。
「はい。喜んで。」
今回タタラが作ってくれたのは長脇差し。銘は文月。いくつかの素材を組み合わせた合金で、その練習過程でできたのが先程使っていた刃の無い刀だ。
「まず僕からは攻撃しないので・・・。」
セシリアさんに攻めてもらい防御に専念する。その後は槍や剣を持ってもらい、その後こちらが懐に入っての攻撃や魔法を使った強化など色々と試させてもらった。
「ありがとう。」
「いえ、こちらこそ勉強になりました。」
特に何かを教えた訳じゃなかったけれど、セシリアさんは何かしら掴めたみたいだ。
「それなら良かった。」
「優秀だな。」
シス達の方も一息ついたらしい。
「それでなんで嬢ちゃんがここにいるんだ?」
いまさらセシリアさんがいる事に疑問を持ったらしい。
「はっはい。あの、懇親会でイオシス様がアーサーさん達にお話ししているのを聞きまして・・・・。」
「あぁ馬鹿共がトラと戦わなかったことか。」
「はい。」
「それで、トラに挑んだと。」
「いえ、一手御指南をと思いまして、お願いした次第です。」
「真面目だな。そして優秀。何故うちの馬鹿孫達より席次が低いのかが不思議なくらいだ。」
「そうですか?」
「あぁ。彼奴等は最近調子こいているみたいだから蹴落とすのは楽だと思うぞ。」
孫に対して容赦ないシス。
「そうだな・・・。」
「夏までの間、エルザと一緒に鍛えてやろう。」
「えっ。」
セシリアさんの顔に戸惑いと喜色が見える。
「そのかわり、師弟関係はしっかりする事。とりあえずは俺、トラ、エルザ、嬢ちゃんの順だな。ただし呼び方はイオシスおじ様、お師匠様だな。イオシス様はダメだ。」
「「よろしくお願いします。お師匠様。」」
二人揃って頭を下げる。
「弟子入りってこと?」
「まぁな。こっちが弟子のつもりが師匠と思っていなかったヤツが居るからはっきりさせておこうと思ってな。」
意外と気にしていたらしい。
「僕も?」
一緒に鍛錬をするのだろうか。
「お前は一人で勝手にやれ。色々と試したい事もあるだろ?」
「ならトラは私と。」
いつの間にかチビ姉ちゃんも庭に出て、オルカの隣に座っていた。
「エミリアの所に行く。」
「魔法陣の件?」
「そう。今日行くことになった。」
エミリアの寮にある小屋の魔法陣についてチビ姉ちゃんに相談した際、大会終了後に見てみるという話しだったのだけど、今日になったらしい。
「了解。ちょっと着替えてくるね。」
さすがに汗をかいたので風呂で汗を流して着替える。
戻るとエルザとセシリアさんはお互いに木剣をもって打ち合っており、シスはタタラを脇に置いて刀を振っている。タタラが何かメモを取っているところをみると少し修正があるのかもしれない。
「おまたせ。」
「待ってない。行く?」
立ち上がったチビ姉ちゃんに断ってタタラに一声かける。長脇差しの感想は帰って来てからにしてもらう為だ。立ち会っている二人と寝ているオルカには声をかけず、チビ姉ちゃんとエミリアの寮へと向かう。
途中寄り道する事も無く、寮へと行くと門番に立っていたヴィーダさんに断って小屋へと向かう。エミリア達にはヴィーダさんが声をかけてくれるそうだ。昨夜はうちに泊まった二人だったけど朝食後先に帰って来て所用を済ませると、そのまま待っていてくれたらしい。対して待つ事も無く二人はやって来た。
「お待たせしました。」
「勝手に見させてもらっているよ。」
小屋の前で二人を出迎えることになった。先にチビ姉ちゃんは小屋に入って魔法陣を見ているので一応僕が待っていた形だ。
「よろしくお願いします。」
チビ姉ちゃんの邪魔にならない様に三人揃って小屋の外で待つ。チビ姉ちゃんは持って来た神に色々と書き込んでいる。
「お茶をご用意いたしました。」
僕とエミリアが喋っている間にマリアさんがお茶を用意してくれた。大きな傘の下にはテーブルと椅子。それにお茶とお菓子もある。
(大きな傘はエミリアの日光避けかな。)
「じゃあ遠慮なく。」
椅子に座ってお茶をすする。一杯も飲むとチビ姉ちゃんが小屋から出て来た、
「終わった?」
「うん。私にも頂戴。」
すかさずマリアさんがチビ姉ちゃんにお茶を用意する。
「ありがと。」
お礼を言ってまず一口お茶を口にして、チビ姉ちゃんが自ら書き込んだ紙のうち数枚をテーブルに広げた。
「中々面白かった。ちなみに誰が作ったの?」
「うちの国の魔術師に依頼しました。実際作成したのはマリアと学園の先生ですが・・。」
「確認。依頼は魔法陣の改良で、魔力タンクとの接続及び効率化。」
「はい。」
エミリアは即答する。昨夜話していた事なので確認に過ぎないので当然だろう。
「報酬だけど、この魔法陣を私が使ってもいいならやる。」
「魔法陣ですか?」
「確認を取るってことは何か売り物にするの?」
魔法や魔法陣に著作権はないけれど、商売として使うときは新しい物程制作者に許可を得るのが慣習だ。その間週を破ると魔術師の間で良い顔をされなくなり、今後の協力を得られにくくなる。
「正確には、私の作る物の改良に使ってみたい。一応ばれない様にするけれど・・。」
「問題ありません。元々のアイディアはトラ様の物ですし、今回の魔法陣はそもそも古い物の改良に過ぎませんから。」
マリアさん曰く、ウィゴード国の書庫におさまっている魔法陣の改良と組み合わせで今回の魔法陣は作成されたらしい。
「ならやる。ここに作るの?」
「できますか?」
「できる。魔力タンクとの接続だけなら難しくない。小型化は時間がかかるけど。」
「当面はそれで構いません。材料費について出していただければカイゼル様に今日中にお渡しします。」
「ん。」
チビ姉ちゃんが紙に何か書き出して行く。
「これで。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
マリアさんが紙を一目見てお礼を言い、エミリアもそれに続く。
「よろしくおねがいします。」
彼女達に見送られて寮を後にする。
「僕必要だった?」
「必要。こっち。」
その後何軒も本屋を巡り、家に着いた頃には辺りは暗くなっていた。
「カイゼル様からお手紙です。」
家に帰ると直にセバスさんに手紙を渡された。カイゼルさんはマリアさんから報告を受けて直に対応したようだ。
チビ姉ちゃんにも手紙が渡されたので二人して居間で手紙を開く。
「・・・・・。」
「チビ姉ちゃんにはなんて?」
「制作開始はトラとの話し次第だと。報酬と予算は問題ない。」
「ってことは明日次第か。」
僕の手紙には、以前約束していた食事会についてで、明日の夜の確認と約束の時間前、早めに来て話しがしたいとの事が書いてあった。
「そう。」
それだけ言ってチビ姉ちゃんは早速買って来た本に目を落とし始めた。
夕食はもうすぐらしいので部屋には戻らずに食器を並べるとかの手伝いをして過ごす。
食後はタタラに長脇差しについて幾つか話しをしたらお風呂に入って部屋に戻る。久しぶりに師匠に手紙を書いてみた。明日の朝にでもグリグリに頼もう。




